京都コンサートホール開館30周年記念、そして作曲家ピエール・ブーレーズの生誕100年を記念して開催する「ブーレーズへのオマージュ」(11月8日)。
本公演の出演者であり、いずみシンフォニエッタ大阪やアンサンブル九条山のメンバーとして活躍するクラリネット奏者の上田希さんにインタビューを行いました。現代音楽の分野でも高い評価を得ている上田さんならではの、興味深いお話が盛りだくさんです。
―――今回の公演は、今年生誕100年を迎えた作曲家ピエール・ブーレーズに迫る、京都コンサートホールのオリジナル企画です。公演に向けて、今のお気持ちをお聞かせください。
ブーレーズ自身、「現代音楽においてクラリネットは重要な位置を占める楽器だ」と言っています。また「俊敏性や音域の広さという点において、クラリネットは多様性のある楽器であり、レパートリーも多い」ということも言っています。ブーレーズがそう捉えていた楽器を吹く者として、その思いに応えなければいけないという気持ちです。
ブーレーズほど多くの著作や映像が残っている作曲家はいません。また、自身の作曲・指揮活動に加え、アンサンブル・アンテルコンタンポランやIRCAM*の創設など、人のため、音楽界のため、そして聴衆のために活動をしてきた人でもあります。 “音楽を超越したような場所にいる人物” といった印象です。だって、大統領から「施設を創ってくれ」って言われるほどの人物ですよ。すごい人ですよね!
私はブーレーズが遺したものを読んだり聴いたりしながら、11月の演奏会に向けてブーレーズのことをもっと理解していきたいと思っています。また今回、ブーレーズの薫陶を受けたピアニスト 永野英樹さんとご一緒させていただけるので、ブーレーズに関するお話をたくさん聞き、ブーレーズの作品、そしてブーレーズという音楽家について、もっと知っていけたらとも思っています。
*IRCAM(イルカム)
正式名称は「Institut de Recherche et Coordination Acoustique/Musique(音響・音楽の探求と調整の研究所)」。テクノロジーや音響・音楽創造などを研究する、世界最先端の組織。1976年、ポンピドゥー大統領の庇護のもと、ポンピドゥー・センター内に設立され、ブーレーズが初代所長を務めた。
―――これまでにブーレーズの作品を演奏されたことはありますか?
《デリーヴⅠ》を何度か演奏したことがあります。今回の公演のプログラムにある《12のノタシオン》や《フルートとピアノのためのソナチネ》は割と初期の作品ですが、《デリーヴ》はもっと後の作品で、非常に簡潔に書かれています。私自身、ブーレーズの作品は “譜面を読み解き忠実に表現すればブーレーズの音楽になる” といったイメージがあります。ブーレーズの著書で「省察を続けないといけない」という言葉がよく出てくるのですが、実践の中からより良いものを見つけて、考察して、次に繋げて、と。省察し続けているからこそ、ブーレーズの楽譜は意図がはっきり伝わるのであり、その譜面に忠実に音を奏でることでブーレーズの音楽になると思っています。
―――今回演奏する《ドメーヌ》について教えてください。
実は、この作品を演奏するのは今回が初めてです。作品のことはもちろん知っていましたし、重要なレパートリーであるということも分かっていましたが、これまで演奏する機会がありませんでした。《ドメーヌ》は、一時期親交のあったジョン・ケージの ”偶然性” の考え方から発展した “管理された偶然性” の作品です。 “管理された偶然性” というのは、ケージのように全てをコインやサイコロといった不確定なものに委ねるのではなく、全てが作曲家の意図のもとに統制されたうえで、奏者自身が演奏するフレーズの順番や奏法を選択しながら演奏するものです。
―――奏者に選択の権利を与えるなんて、面白い作品ですね!すでに演奏する順番は決めているのですか?
ブーレーズとともにアンサンブル・アンテルコンタンポランで活動したミシェル・アリニョンや、《ドメーヌ》の初演者でもあるヴァルター・ブイケンスといったクラリネット奏者たちが、ブーレーズから「この順番が好きだ」と聞かされている順番の型があり、私もアリニョンのマスタークラスを受けた際にメモを書き残しています。一応、ブーレーズが好んだ演奏順を知っておきつつ、あとは自分次第かなと。ブーレーズが好んだ型にしようか、違う型にしようか、でもやっぱり今回はブーレーズへのオマージュなのでブーレーズが理想的だと思った型でやってもいいかな…と。きっと最後まで迷うと思いますね。
―――演奏順によって曲のキャラクターは変わってくるのでしょうか?
道筋が変わりはしますが、全体像としてはおそらく変わらないと思います。ブーレーズ自身、 “管理された偶然性” の作品については「楽譜全体は地図であり、どの道を通っても街全体は変わらない」と言っています。同じ街ではあるが、通った道が違うので、見えるものや見える角度が違うという感じでしょうか。演奏する側としても、次にどのフレーズが来るかはとても大切で、 “次にこれが来るならこうしておこう” とか、 “起承転結をどうしようか” とか、そういう考えは出てきますね。
―――クラリネットの作品は、モーツァルトの時代から現在までたくさんありますが、その中で《ドメーヌ》はどのような位置づけですか?
“譜面を読み解き忠実に表現すればブーレーズの音楽になる” という点では、モーツァルトとブーレーズは近いものを感じます。もちろん作曲技法や演奏技法などは異なりますが、 “楽譜を見て楽譜通りに吹けばその作曲家の音楽になる” という種類の作品という点では同じように思っています。私自身、基本的にモーツァルトのような古い作品と、ブーレーズのような新しい作品の譜面を違う視点で見ることはありません。どの作曲家の作品も同じと言ったら変かもしれませんが、演奏すること自体は変わりありませんので、 “何をベースにしているか” そして “そのベースがどう発展していくか” ということを考えながら譜面を読むようにしています。ブーレーズの作品がこの考えに当てはまるかどうかは、もっと勉強してみないと分かりませんが、作品自体を構築されている建築物みたいな感じで、 “ここはこの部分になって” とか “ここはこれが派生してて” というふうに風に譜面を読んでいけるのではないかと思っています。
―――シェーンベルク/ウェーベルン編曲の《室内交響曲》はどんな作品でしょうか?
原曲が大編成の作品で、それをウェーベルンが五重奏に編曲しました。五重奏版では、原曲にある全ての音が入っているわけではありませんが、元の編成を踏襲した形でとてもよくできています。ピアノがたくさんのパートを担っているので音数も多く、どうしても響きが重厚で分厚くなってしますが、それに対し他の4つの楽器(フルート、クラリネット、ヴァイオリン、チェロ)がどうバランスをとっていくかが難しさの一つでもあります。また、指揮者がいれば問題なく合わせられるところも、5人の場合はアンサンブル力が試されます。大変ですがやりがいのある作品です。
―――ブーレーズとシェーンベルクの親和性はどういった点でしょうか?
ブーレーズはシェーンベルクの十二音技法**を勉強し、その後トータル・セリエリズム***に至りました。ただ単に12音をばらばらにして調性に縛られないようにするだけでなく、音の高さや和声、リズム、音量など音楽を構成するすべての要素を管理する技法です。シェーンベルクとの出会いがあったから、ブーレーズという作曲家、そして作品が生まれたとも言えると思います。
ブーレーズの《12のノタシオン》はまさしく12音を使って12小節で作って…と、とてもこだわりを感じられます。逆に言えば、そんな制約がある中で12種類の作品を作曲できることはとても凄いことだと思います。今回の公演が、この《12のノタシオン》で始まるところから、すでにシェーンベルクが感じられますよね。
また、ラヴェルもシェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》を聴いてすごく衝撃を受けて楽譜を取り寄せたらしいです。今回の公演は、ブーレーズを軸に作曲家の関係性が見える、すてきなプログラムだと思います。
**十二音技法
12の半音すべてを均等に扱う作曲技法。特定の音・調を基準としないため、無調音楽を体系的に作り出す。
***トータル・セリエリズム
十二音技法を発展させ、音の高さだけでなく、音価やリズム、音色、強弱などのあらゆる要素を組織的・論理的に管理する作曲技法。
―――ピアニストの永野さんとは、これまでにも何度か共演されていますね。
いずみシンフォニエッタや「サントリーホールサマーフェスティバル」でご一緒したことがありますが、いずれの曲も指揮者がいる作品でしたので、今回のように少人数の室内楽で共演するのは初めてです。今回のお話をいただいてから、シェーンベルクの《室内交響曲》をご一緒できることが楽しみで仕方ありません。この作品はピアノがすごく大変なのですが、永野さんがピアノを弾いてくださって、一緒に演奏できるなんて、とても幸せです!
―――今回のコンサートの聴きどころや、ブーレーズの作品の楽しみ方を教えください。
あまり構えずに、耳や心を開いて聴いていただけたら嬉しいです。感じたままに、あるがままに受け止めてもらうことが一番良いと思います。今回の会場であるアンサンブルホールムラタは、ステージと客席が一体になっている感じがして、私はとても好きなホールです。演奏家と同じ目線・同じ空間に居て、音を受け止めていただける場所だと思います。
―――興味深いお話をありがとうございました。演奏会がますます楽しみになりました!
(2025年7月 京都にて 事業企画課インタビュー)