フォルテピアノ奏者 川口成彦 インタビュー(2026.7.3 キアロスクーロ・カルテット特別公演――フォルテピアノ奏者 川口成彦を迎えて)

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アンサンブルホールムラタ

世界中のクラシックファンから熱い視線を集めるキアロスクーロ・カルテットが、ついにこの夏、京都コンサートホールに初登場!本公演では、弦楽四重奏曲に加え、京都公演だけの特別プログラムとして、フォルテピアノ奏者 川口成彦さんを迎えてピアノ五重奏曲を披露していただきます。

音楽への深い探究心と、緻密なアンサンブルで高い評価を得る両者の初共演。公演に向けて、川口成彦さんに話を伺いました。

 

 

――京都コンサートホールへのご出演は、初出演となった2019年の『3つの時代を巡る楽器物語』第1章「ショパンとプレイエル」以来、今回が2度目となります。約7年の時が経ちましたが、以前と比べ、音楽家としてご自身の中で大きく変わったことはありますか?

『3つの時代を巡る楽器物語』第1章「ショパンとプレイエル」(2019年10月5日開催)

20代や30代前半は、どうしてもコンクールや周囲の評価を強く意識していました。他の演奏家と比較してしまったり、コンサートで演奏した後も「この演奏で大丈夫だったかな」と聴衆の顔色をうかがいながら不安になったりしていました。でも最近は、演奏家も含めて芸術家にとって一番大事なのは、他人の尺度の上ではなく自分自身の尺度の上に己を立たせ、最終的に「自分自身」であることだと感じています。もちろん、いろいろな方の演奏を聴いて学ぶことは大切ですし、特にクラシックの演奏家は主に自分ではない人間が創作した作品を演奏するので、何よりもその作品を尊重しなければなりません。ですので「自己主張をする」ということではなく、自分の作品解釈や演奏時における己の心情やインスピレーションに確固たる意思を持つということです。今は以前よりもそういったものをより大切にしながら舞台に立てるようになってきました。

――そのような意識の変化をもたらした出来事は何だったのでしょうか?

マルタ・アルゲリッチをはじめ、エルヴィン・ニレジハジ(1903-1987)、アルフレッド・コルトー(1877-1962)など一流の演奏家の録音をあらためて聴いた時に、彼らの演奏に共通して宿っているものが、一音出すことにも一切の迷いのない「意思の強さ」だと気がつきました。それは、演奏技術や演奏スタイルなど表面的なことを通り越した部分にある、表現者として最も大事なものであると気がついたのです。しかしながら、人によってはそれを持つことは非常に困難でしょう。私自身、芸術家としてまだ変化の途上にありますが、迷いのない音を出すためにも、以前よりも自分自身を大切にしたいと思っています。私自身人間としても色々なコンプレックスを抱えていますが(多くの人がきっとそうかもしれませんが)、少しでも自分で自分を認めていきたいです。

――演奏するうえで、川口さんが最も大切にしていること、意識していることは何ですか?

私にとっては作曲家の存在が第一です。作曲家、そしてその作品を深く理解したうえで、自分の解釈をもって演奏することを大切にしています。

演奏という言葉には、英語の場合「playing(演奏すること)」「performance(演奏)」「interpretation(解釈)」の3つの表現があります。その中でも私は、海外の方から「I like your interpretation.」と言われるのが一番嬉しいです。つまり「自分がこの作品をどう解釈したか」に共感してもらえたということです。私自身、解釈とは作品や作曲家を深く尊重することだと思っています。もちろん、感じ方は人それぞれですが、自分がその作品をどう受け取り、何を感じたのか。そこに、自分が演奏する意味があるのではないかと感じています。

ですので、「自分自身であることを大切にする」というのは、作品を通して自分が何を感じどう向き合ったのか、その解釈を大切にしたいということになります。今回のコンサートでは、その解釈をキアロスクーロ・カルテットの皆さんと共有できたら嬉しいです。

――フォルテピアノへの探求心、演奏時の意識に変化はありましたか?

フォルテピアノは本当に繊細な楽器で、経験を積めば積むほど、こだわりはむしろ強くなっていきます。例えば音色に関して言えば、この数年で椅子の高さを以前より高めにするようになりました。ほんの1ミリ違うだけでも、音色が変わる感覚があるのです。昔は鍵盤を下に押し込むような弾き方をしていましたが、今はもっと自然に音を響かせたいと思うようになりました。椅子の位置が高いほうが、自分の中では楽器をより響かせられる感覚に近いのです。

ほかにも、打鍵のスピードや、鍵盤に触れる指の面積の違いによっても音色は変わってきます。まだまだ模索している途中ではありますが、以前に比べると、音に対するこだわりや感覚へのアンテナは、より鋭くなってきたように感じています。

――それでは次に、コンサートに関するお話も伺わせていただきます。今回、キアロスクーロ・カルテットとの共演の話を受けた時のお気持ちを教えてください。

まず純粋に、「本当に自分でいいんですか?」という気持ちでした。お話をくださった京都コンサートホールのプロデューサーには、自分が学生のころから気にかけていただいており、7年前の初出演のコンサートもお声がけいただきました。そしてそれから7年ほど経って、また呼んでいただけたことが、まずとても嬉しかったです。演奏家にとって、一度きりではなく再び呼んでいただけるというのは、「また聴きたい」と思っていただけたのかなと感じられる瞬間で、特別な喜びがあります。

さらに今回は、キアロスクーロ・カルテットという世界最高峰のカルテットとご一緒できる機会をいただけました。ピアニストは、ある意味ひとりでも完結できる存在です。でも、アンサンブルをすると一気に世界が広がり、自分ひとりでは見えなかった音楽の景色に出会えるんです。今回の共演でも、きっと新しい発見があると思っています。

――今回の共演に向けて、どのような思いをお持ちですか?

キアロスクーロ・カルテット

世界には素晴らしい音楽家がたくさんいます。今回共演させていただくキアロスクーロ・カルテットのメンバーも、普段からヨーロッパで非常に高いレベルの音楽家たちと交流し、演奏されています。だからこそ、キアロスクーロ・カルテットの皆さんが、私との共演を楽しんでくださるかどうかは、自分自身にかかっていると思っています。それは同時に、自分にとって大きな刺激であり、エネルギーにもなります。

そして、お客様に「この演奏会は素晴らしかった」と感じていただくためにも、どんなレベルのアーティストとでも音楽を共有できる、柔軟性のある演奏家でありたいです。そんな思いに、自然と背筋が伸びるような感覚があります。そういった思いに加えて、今回古楽器で皆さんと共演するということは、作品の核により近づきたいという思いを皆で共有することでもありますので、アンサンブルを通じてその思いを分かち合うことがやはり楽しみです。

――聴きどころはどのようなところでしょうか?

まず、室内楽作品をフォルテピアノで演奏することは、モダンピアノとはまったく違う世界を生み出すと思っています。私は20歳でフォルテピアノに初めて触れて、「ピアノは弦楽器なんだ」とようやく身をもって感じるようになりました。それまではピアノを鍵盤楽器としてしか捉えていなかったのですが、ピアノは「鍵盤のついた弦楽器」であって、ヴァイオリンやチェロと同じように、弦を震わせて音を出している存在だと感じられるようになりました。「鍵盤楽器奏者」ではなく「弦楽器奏者」としてピアノに向かえるようになったことで、ピアノという楽器の持つ「弦の語り」の部分に大きく意識が向くようになり、ピアノの多様な可能性や表現の幅をフォルテピアノを通じて感じるようになりました。

キアロスクーロ・カルテットとの共演では、「ピアノ 対 弦楽器」ではなく、「弦楽器同士」の対話であるという感覚を大切にしたいと思っています。特にシューマンの《ピアノ五重奏曲》は、その対話が非常に豊かに現れる作品です。

――シューマンの音楽について、どのように捉えていますか?

実はシューマンの《ピアノ五重奏曲》は今回、初めて演奏します。とても素晴らしい曲なので、今から楽しみでなりません。

この作品はシューマン独特の世界観が非常に凝縮された曲だと思います。シューマンの音楽は、現実から少し離れた世界へと踏み出しているような、夢想といった言葉だけでは収まりきらない、もっと複雑で、時に歪みや陰影を含んだ感じがします。そこにはとても美しく幸せなものもあるのですが、一方で不安や恐さのようなものも併せ持っている。それこそが、シューマンの音楽の大きな魅力だと思います。

また昔、ショパンとシューマンを同時並行で練習していた時に、明らかに脳みそが切り替わる感覚を感じたことがありました。私がその時大きく感じたことの一つは、自己愛にも近いショパンの内向きな愛のベクトルに対し、シューマンは(ショパンに比較して)愛のベクトルが外に大きく開けているということです。もちろんその時練習していた曲による印象ではありますが、その時からシューマンの音楽が持つ温かな愛に不思議な引力を感じています。

――今回1841年製のエラールを選んだ理由を教えてください。

1841年 エラール社製 フォルテピアノ(タカギクラヴィア所有)

1841年製のエラールは、ダブル・エスケープメント(鍵盤が完全に戻る前に次の音を鳴らせる仕組み)でモダンピアノに少し近づいたハンマーアクションのため、ピアニッシモでの細かい指の動きが比較的作りやすいです。今回の《ピアノ五重奏曲》には弱音での躍動感のあるスタッカートも出てきますが、キアロスクーロ・カルテットの皆さんがどんなに繊細な表現をしても、それに応えたいとの思いがあって、色々悩んだ末にエラールに決めました。

そしてシューマンの《ピアノ五重奏曲》が1842年に作曲されたので、作品が生まれた時代に思いを馳せたいと思います。また、ロベルト・シューマンの妻で大ピアニストだったクララ・シューマンは当時、エラールの楽器も弾いていたと考えられるので、ロベルトももちろんエラールの楽器にも慣れ親しんでいたでしょう

――最後に、京都のお客様へメッセージをお願いします。

私は京都という街が本当に大好きです。歴史があり、街を歩いたり、食事をしているだけでも五感が刺激されます。それはやはり、深い歴史を持ちながら、その歴史を大切に受け継いでいる街だからだと思います。

最近は気が付いたら一日の多くをスマートフォンを見てしまっていたという、どこかロボットのような時間の過ごし方になってしまうこともあると思います。そんな現代だからこそ、18世紀や19世紀の音楽、そしてフォルテピアノに触れることは、人間がもっと人間らしく生きていた感覚を思い出すことができるような(現代の視点において)非日常だと感じています。フォルテピアノを演奏するということは、ある意味で当時の人々の感性に立ち返る時間でもあります。そしてその音楽を、古くからの歴史と文化を大切にしている京都という街で、皆さんと共有できることを、とても嬉しく思っています。

――ありがとうございました。キアロスクーロ・カルテットとの共演を楽しみにしています!

(2026年5月 兵庫にて 事業企画課インタビュー)

 

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