
京都コンサートホールが誇る国内最大級のパイプオルガンをお楽しみいただける人気シリーズ「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズ」。2026年2月28日に開催するVol.77は、スイス出身のオルガニスト イヴ・レヒシュタイナー氏にご出演いただきます。
フランスを拠点に活躍するレヒシュタイナー氏に、オルガンの魅力や今回のプログラムに関すること、そして最近の活動についてなど、メールインタビューを行いました。
———レヒシュタイナーさんはオルガンのオリジナル作品だけでなく、自らオーケストラ作品をオルガン版に編曲したり、ロック音楽を演奏したり、コンテンポラリーダンスと共演したりと多彩な活動をされていますね。従来のオルガニストの域を超えた様々な活動の中で感じる、オルガンの魅力を教えてください。
私は、オルガンがとても多彩であると同時に、楽器ごとにまったく異なる個性を持っているところが魅力だと感じています。どのオルガンも独自の音の世界を持つため、演奏のたびに、その楽器を一から理解し、音楽を形づくっていくことが求められます。時には、最初に弾いたとき好きになれないオルガンもあります。しかしそれでも、本番に向けてその楽器と向き合い続け、音楽をつくり込んでいく必要があるのです。たいていの場合、そのオルガンの良さが後から見えてきて、たとえ最高の楽器でなくても、結果的に良い演奏をお届けできることが多いです。
―――今回のコンサートでは、オルガンのオリジナル作品であるフランクの《交響的大曲》のほか、自らの編曲でシューベルトの弦楽四重奏《死と乙女》より第2楽章、そしてベルリオーズの管弦楽作品《幻想交響曲》を演奏していただきます。このプログラムのテーマ、そして選曲理由を教えてください。

今回のプログラムは、フランスの交響的伝統に敬意を込めてつくったものです。
私はベルリオーズの《幻想交響曲》をオルガン用に編曲しましたが、それはこの作品がフランス・ロマン派を象徴する作品だと考えたからです。
京都でのリサイタルでは、この作品と鏡のように呼応するフランクの《交響的大曲》を加えることにしました。というのも、この曲が純粋なオルガン作品でありながら、まるでオーケストラ作品であるかのように書かれているからです。フランクは、可能な限りオーケストラを模倣しています。音を響かせている途中で新しい音色を加えるという、当時としては新しい手法を用い、まるで管楽器セクションが途中から演奏に加わるような効果を生み出しています。
シューベルトの作品(「死と乙女」より第2楽章)は、フランク作品とうまく響き合います。オルガンで演奏することにより、この曲をよりオルガン的・オーケストラ的な観点から聴いていただくことができます。
―――レヒシュタイナーさんが編曲されたオルガン版の《幻想交響曲》は、日本では2021年にミューザ川崎のコンサートで取り上げられ、話題になりました。オーケストラの大作をオルガン1台で演奏するなんて、誰も想像しなかったと思います。どうしてこの作品を編曲しようと思われたのでしょうか。また、オルガン編曲版ならではの魅力を教えてください。
このアイデアは、トゥールーズのノートルダム・ド・ラ・ダルバード教会の1888年製ピュジェ・オルガンを、修復直後に初めて聴いたときに生まれました。そのオルガンが持つ、まるでオーケストラのように多彩な響きを生み出せる能力に強く刺激を受け、私はその魅力を記録に残そうと初めてのレコーディングを行いました。そのレコーディングで私は、フランスの交響的伝統を描き出したいと思ったのです。
どのような編曲作品であっても、原曲が持つ音楽的な要素をいくつか失います。しかし同時に、編曲を通して音楽が簡略化されることにより、作品の別の側面が明らかになることもあります。
オルガニストとして《幻想交響曲》を演奏していると、ベルリオーズの旋律と和声の素晴らしさのおかげで、毎回まるで驚きに満ちた音楽の旅をしているかのように感じます。これは、ものすごい持久力が要求される挑戦です。最後には、自分の手と足からまるでフルオーケストラを生み出したように感じられて、ちょっとした誇りさえ覚えます。
―――オーケストラの作品をオルガンで演奏するには、より多彩な音色が求められますね。レヒシュタイナーさんはレジストレーション(音作り)へのこだわりはありますか。どのようなことを考えながら、音色を作っていくのでしょうか。

私が編曲をする時、特定のオルガンのスタイルを念頭に置いておこないます。ベルリオーズの場合、19世紀後半のフランス製のオルガンが私の基準としてありました。
実際に演奏するオルガンはそれぞれ音色が異なり、私が基準としたオルガンに近いものもあれば、そうではないものもあります。作品のスタイルに合う範囲で、そのオルガンの音色をどれだけ幅広く引き出せるかが重要です。
京都コンサートホールのオルガンのストップの中には、公演当日使われないものもあるかもしれません。フランスのシンフォニックな響きとは合わない音色のものもあるからです。しかしながら同時に、思いがけない音色の組み合わせが見つかり、それが驚くほど興味深い響きを生むこともあります。それこそが「生のコンサート」ならではの魅力です。つまり、その楽器を深く理解し、その可能性を最大限に引き出そうとすることがコンサートの醍醐味なのです。
——最近はどのような活動を行われていますか。今取り組んでいる作品や興味のあるもの、今後挑戦してみたいことなどを教えてください。
演奏家として、私はいつも「聴衆に新しい音楽体験を届けること」に関心があります。その考えに基づき、2025年7月にハンブルクで「Hymn to Remembrance(追憶への讃歌)」というプログラムを創作しました。これは、異なるスタイルの非常に対照的な作品を、即興でつないだり、唐突に切り替えたりしながら60分間ノンストップで演奏するというものです。
一見すると、選んだ作曲家や作品の組み合わせは奇妙に見えるかもしれません(バッハ、ピアソラ、メシアン、キース・ジャレット、ドリーム・シアター)。しかし、このプログラムには一つの明確なコンセプトがあり、それぞれの作品が生み出す感情が物語のようにつながるよう、流れを考えて配置しています。会場の反応はとても温かく、演奏者と聴衆のあいだに豊かな感情が生まれ、特別な体験となりました。

自宅では、私が自ら設計した移動式オルガン「 Explorateur※」の音楽的な可能性を探っています。この楽器は、各パイプの風圧を個別にコントロールできる仕組みを持っており、これまで経験したことのないほど多彩な表現を生み出してくれます。この楽器を使ってどんな新しい音楽をつくることができるのか、どんなプロジェクトに取り組めるのか、もっと時間をかけて探っていく必要があると感じています。自分のオルガンを携えて旅をし、そのたび新しい場所に自分で楽器を設置して演奏するという経験は、私にとって非常に新鮮で、そして非常にチャレンジングなものです。
※トニー・デカップによって製作された移動可能なモジュール式オルガン。レヒシュタイナー氏も考案に関わった。
―――最後に、京都のお客様へメッセージをお願いいたします。
京都に伺い、コンサートホールとそのオルガンを楽しみ、私の演奏を聴きに来てくださる皆さまと一緒にひとときを過ごせることを、とても楽しみにしています。どのコンサートも一期一会で、混乱や暴力、不安が渦巻く世界の中で出会える、特別な時間です。私は自分のささやかな才能を使って、聴衆の方々の心を満たし、音楽で心を養っていただけるような感動をお届けしたいと思っています。
―――ありがとうございました。京都でレヒシュタイナーさんの演奏をお聴きできることがますます楽しみになりました!
(2025年12月 メールインタビューにて 京都コンサートホール事業企画課)
♪ 2月28日(土)開催「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズVol.77 世界のオルガニスト“イヴ・レヒシュタイナー”」の詳細はこちら!


京都コンサートホールが誇る国内最大級のパイプオルガンをお楽しみいただける人気シリーズ「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズ」。11月1日に開催するVol.76にご出演いただく松居直美さんのインタビュー後編をお届けします。
J.S.バッハも初期から後期と作風は変化していて、若い時の作品は確かに若さを感じはしますが、作曲技法的に巧いなと思います。あまりに巧みであるし、あれだけのオルガン作品があっても曲の終わり方が全く同じ曲はないのです。たくさんの引き出しを持った人といいますか、バッハに至るまでの数々の音楽が吸収されていて、それがバッハの中で統合されて曲となって出てきていると思うのですが、1曲ずつの曲のキャラクターの違いの面白さもありますし、バッハ以上にどの作品を弾いても興味が持て、その興味が尽きることがない作曲家はいないように感じます。しばらく時間をおいて改めて演奏してみるとまた違った発見がいつもある作曲家は、バッハの他にはあまりいないような気がします。ですので、バッハの作品を理解したと思っているわけではありませんし、近づくほどに峰が高く見えるような、そんな存在です。
オルガニストになるというビジョンは全くなかったですね。実は一度、オルガンを辞めようと思ったことがありました。大学院を卒業してから1年くらいの時期です。オルガン科を卒業しても “何かになれる” というモデルがあったわけではありませんし、可能性も考えられませんでした。私が学生の頃はオルガンのあるコンサートホールはなかったので、ホールオルガニストという職もありませんでした。しかし、その頃たまたま誘われて行った国際基督教大学でのコンサートを聴いて、 “もう一度オルガンを演奏したい” と思ったのです。そのコンサートで演奏していたのは、東ドイツのトーマス教会のオルガニストだったハンネス・ケストナーでした。

-1024x576.jpg)
.jpg)




-724x1024.jpg)


-724x1024.jpg)




-724x1024.jpg)
-724x1024.jpg)
smallC青柳聡-1024x682.jpg)









