ピアニスト ユリアンナ・アヴデーエワ 特別インタビュー(2024.03.09 The Real Chopin×18世紀オーケストラ 京都公演)

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京都コンサートホール

3月9日開催の「The Real Chopin × 18世紀オーケストラ 京都公演」では、モーツァルトの交響曲に加え、2つのショパン国際コンクール優勝者のソリスト2名による、ショパンのピアノ協奏曲全2曲などをお届けします。

《ピアノ協奏曲第1番》を演奏するユリアンナ・アヴデーエワ氏は、「第16回ショパン国際コンクール」の覇者で、モダンピアノとフォルテピアノの両方を演奏し、18世紀オーケストラとショパンのピアノ協奏曲全集の録音を行うなど、何度も共演を重ねています。

公演に向けて、アヴデーエワ氏へのインタビューを行いました。18世紀オーケストラについてのエピソードや、フォルテピアノで弾くショパンの魅力についてお話しくださいました。ぜひ最後までご覧ください!

©Sammy Hart ユリアンナ・アヴデーエワ

――ユリアンナさんは、これまで18世紀オーケストラと度々共演されていらっしゃいますが、オーケストラとの初共演された時のことを教えてください。

マエストロ ブリュッヘン率いる18世紀オーケストラとの出会いは、2012年の夏、ワルシャワで開催された音楽祭「ショパンと彼のヨーロッパ」でした。鮮明に思い出すこの出会いは、特別な出来事として私の中に刻まれ、これからも忘れることはないでしょう。

音楽祭とあわせて録音もされることとなり、ショパンのピアノ協奏曲第1番と第2番を演奏しました。そのリハーサルを、エドヴィン・ブンク氏が保有する素晴らしいエラールピアノとともに、ワルシャワのルトスワフスキスタジオで行いました。しばらく古楽器を弾いていなかった私は、歴史に残る名演奏をしてきたマエストロと18世紀オーケストラを前に、わくわくすると共に少し緊張していました。

ただ、リハーサルはとても楽しく和やかな雰囲気のなかで進められ、マエストロは音楽で、団員や私とコミュニケーションを図り、まるで音楽への情熱を各々と交わすかのようでした。彼が常に、楽譜から新しいことを見つけようとする姿勢に非常に驚かされたことを覚えています。2012年にこのような機会をいただけたことに大変感謝しています。

©The Fryderyk Chopin Institute ユリアンナ・アヴデーエワ(左)フランス・ブリュッヘン(右)

――18世紀オーケストラとの思い出で最も印象的なものを教えてください。

翌年(2013年)のマエストロ ブリュッヘンによる最後の日本ツアーで、18世紀オーケストラとご一緒できたことは本当にラッキーでした。その時のリハーサルや舞台裏、移動中など、メンバー間に流れる雰囲気は、まるで大きなひとつの家族のようでした。本番中も皆が常に温かく、お互いを支え合っており、私もメンバーからのサポートを強く感じながら演奏することができました。

またピアノはオーケストラの真ん中に客席側を向く形で配置されていたので、マエストロや聴衆と向き合いながら演奏しましたので、ブリュッヘンが音楽を作り上げる時に彼の目に宿る、類まれなる情熱を見ることができました。

2013年3月の日本で18世紀オーケストラと一緒に演奏した際の、最も印象深い思い出です。

©The Fryderyk Chopin Institute(ユリアンナ・アヴデーエワと18世紀オーケストラ)

――ブリュッヘンの最後の日本ツアーは、とてもすばらしい演奏だったと当時とても話題になりました。
次に、フォルテピアノについてお伺いします。まずは、フォルテピアノを最初に弾いた時の印象はどうでしたか?

古楽器との出会いは、スイスのチューリッヒ芸術大学で学んでいる時のことでした。副専攻として学ぶ楽器を必ず選ばなくてはならなかったのですが、鍵盤楽器以外は考えられませんでした。教授陣リストの中に、オーストリアのハープシコード奏者であり、フォルテピアノ奏者としても著名なヨハン・ゾンライトナー先生の名前を見つけ、彼の元で学ぶことにしました。

いつもモダンピアノを学んでいた私にとって、フォルテピアノは、「第2のピアノを」のようなものでしたが、その時の学びが発展して現在こうしてフォルテピアノを演奏しているのも、私の中に眠っていた古楽器への情熱を呼び覚ましてくださったゾンライトナー先生のお陰です。

バッハをはじめ、シューベルトやモーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、リスト、ブラームスの後期に至るまでの作曲家たちが実際耳にしていた音を学べる機会はなかなかありません。彼らはいま私たちが奏でている楽器(モダンピアノ)を使って作曲していませんからね。

古楽器という新しい世界への冒険はとても刺激的で、私自身を一層豊かにしてくれました。

――今回はショパンが愛したプレイエルのフォルテピアノ(1843年製)で弾いていただきますね。フォルテピアノを使ってショパンのピアノ協奏曲を弾く魅力を教えてください。

ショパンをフォルテピアノで弾くと、タイムマシーンに乗った感覚になります。ショパンが作曲した当時の音に包まれる経験は貴重です。ショパンが生きていた時代、ピアノは楽器として変革期にありました。協奏曲はショパンの初期の作品であり、ショパンがその後の人生で弾いていたピアノとは、また別の楽器のために作曲されたと言えます。

とてつもなく長く指示されたペダリング、特定のフレージングや強弱記号など、ショパンの記譜法に関する多くの疑問が、フォルテピアノを弾くことで答えへと導かれます。

一度フォルテピアノで弾いてみると、現代のピアノとは音の伸びや大きさがまるで異なるので、一気に多くの事柄が明確になります。フォルテピアノを弾いて得られる豊かな経験、新たな知識は全て、モダンピアノでも存分に生かされます。

©京都コンサートホール(当日演奏するフォルテピアノと共に)

――モダンピアノとフォルテピアノのそれぞれの楽器でショパンを弾くと、実際にどのような違いがありますか?

ショパンの音楽をモダンピアノで演奏するときと古楽器で演奏するときでは、それぞれにメリットとデメリットがあります。

なによりもまず、「音」の問題です。モダンピアノは音が強いですが、フォルテピアノのほうが豊かな倍音を持っています。モダンピアノでショパンを楽譜に書かれた通りに弾こうとすると、理解できない部分が多いのですが、フォルテピアノで演奏すると、その疑問が全て解消され、ペダルやアーティキュレーション、テンポに至るまで、モダンピアノの弾き方をどう変えるべきかがわかるようになります。

また、フォルテピアノを演奏する時、ホールのサイズも重要になってきます。なぜなら、モダンピアノに比べてフォルテピアノはそんなに音量が大きくないからです。対してモダンピアノでは、暖かな音をいかに持続させ、長いフレーズを生み出すのかの挑戦となります。古楽器で演奏する際は、テンポを揺らすことや、発音のタイミング、フレーズに細心の注意が必要となりますが、古楽器での演奏経験があれば、求める理想形が明確になり、モダンピアノでその音を実現させることがはるかに容易となります。

このようにフォルテピアノを演奏するためには、全く異なるフィーリングを持つ必要がありますが、ピアノを弾く方にはぜひ一度チャレンジしてほしいです。その後のピアノ人生に多くのことをもたらしてくれるでしょうから。

――今回の公演では、フォルテピアノのために書かれた藤倉さんの新曲も演奏されますが、作品の印象を教えてください。

まずは、この作品を演奏させていただけることを大変誇りに思いますし、すごく興奮しています。他にはない雰囲気を持つ面白い作品で、独特の言葉や音楽の世界が広がっています。

古楽器で藤倉氏が何を表現したかったのか、皆さんも聴いてすぐに頭に浮かぶでしょうし、この作品を日本の観客の皆さんへお届けできることを、とても楽しみにしています。

©京都コンサートホール(当日演奏するフォルテピアノと共に)

――ショパンはもちろん、藤倉さんの作品も、とても楽しみです。
それでは最後に、お客様に向けてのメッセージをお願いします。

18世紀オーケストラとの演奏ツアーが、今から楽しみでなりません。前回マエストロ ブリュッヘン、そして18世紀オーケストラとすみだトリフォニーホールで演奏してから、もう11年が経とうとしています。マエストロを思い出し、寂しくもなりそうですが、この素晴らしいオーケストラと、またステージで演奏できることをとても楽しみにしています。マエストロの音楽への情熱と功績を引き継ぎ、18世紀オーケストラと共に素晴らしい音楽を奏でたいです。皆様のご来場を心からお待ちしております!

――アヴデーエワさん、お忙しい中インタビューにお答えいただきありがとうございました。

ぜひ皆様もショパンが作曲していた当時の音ともいえる、生のフォルテピアノの演奏をお聴きいただければと思います。ご来場を心よりお待ちしております。

The Real Chopin × 18世紀オーケストラ 京都公演」(2024/3/9)特設ページはこちら

18世紀オーケストラメンバー 山縣さゆりさん(Vn.)特別インタビュー(2024.03.09 The Real Chopin×18世紀オーケストラ 京都公演)

投稿日:
京都コンサートホール

2024年3月9日(土)に29年ぶりに京都公演を行う「18世紀オーケストラ」。同オーケストラのヴァイオリンのメンバーとして長年ご活躍されている山縣さゆりさんにインタビューを行いました。古楽との出会いや、18世紀オーケストラ創設者ブリュッヘンとの思い出、古楽オーケストラの魅力などを教えていただきました。
ぜひ最後までお読みください。

――山縣さんは、18世紀オーケストラに長年参加されているとお聞きしましたが、古楽との出会いや古楽の魅力について教えてください。

山縣さゆりさん(以下敬称略):私が古楽と出会ったのは、日本でまだモダンヴァイオリンの学生をしていた頃でした。その当時、数人の管楽器奏者の方々がオランダから帰国し、桐朋学園大学音楽部古楽器科を創設したのです。そして、何かのきっかけでその方たちと出会うことになり、あっという間に、その古楽器の魅力の虜になっていました。何がそんなに魅力的だったのかは明確ではありませんが、とにかく私にとって、その考え方や奏法(作曲された時のスピリットを尊重する)があまりにもしっくりきて、ほかの方法など在りえないと感じました。

その当時、日本にはまだバロックヴァイオリンを専攻できる大学が存在しなかったので、モダンヴァイオリンを日本で学んだ後、オランダに留学しました。

――18世紀オーケストラには、いつ頃から参加しておられますか?

山縣:18世紀オーケストラに初めて参加したのは、私がオランダに留学した翌年(1985年)で、それ以来ずっとメンバーです。

――メンバーとして長年参加されてきた18世紀オーケストラですが、現在のオーケストラの状況についてお聞かせいただけますか。

18世紀オーケストラ ©Simon Van Boxtel 写真中央が山縣さん

山縣:実はここ2、3年の間に、最初から参加していたメンバーがほとんどリタイアしてしまったので、現在リニューアルの真っただ中です。今後どのようにしたら、今まで育んできたスピリットを継承しつつ未来へと繋げ、そして広げてゆけるのか、模索しているところです。

最近の若いバロック演奏家たちは、皆さん本当に素晴らしいので、まずはこの才能豊かな人たちとオリジナル楽器の素晴らしさを分かち合いたいと考えています。そして、ブリュッヘンとの思い出を押し付けるのではなく、彼の意図した⾳楽の本質を、後世にうまく語り継いでいくことができれば素晴らしいなと思います。

――今回のプログラムにもあるモーツァルトの交響曲は、18世紀オーケストラの創設者ブリュッヘンが得意とし、数多くの名演を残したレパートリーですが、ブリュッヘンとの思い出などをお聞かせいただけますか。

山縣:確か初めて参加したツアーで、今回演奏する「ハフナー」のシンフォニーを演奏したように覚えています。ブリュッヘンは、第1ヴァイオリンのメロディーの持って行き方に物凄く神経質で、リハーサルでは、弾き方を一音一音指示され、大変な緊張感があったことを思い出します。
オリジナル楽器でのモーツァルトの演奏は、それはそれは新鮮で、それまでに演奏し尽くされた有名な交響曲が、あたかも新作で、これが初演ではないかと勘違いするほど耳に新しく斬新で、鳥肌が立つことはしょっちゅうでした。

――よく演奏されるモーツァルトが、オリジナル楽器で弾くと毎回新作と感じるほど新鮮な演奏だったのですね!ますます公演が楽しみになってきました!!
使用されるオリジナル楽器についてお尋ねしたいのですが、今回はモーツァルトとショパンを演奏されますが、同じ楽器を使用されますか?

山縣:本来でしたら2つの楽器で弾き分けるのですが、今回のようなツアーの場合、二つの楽器を持ち歩く事はとても大変なので、基本的に一台の楽器で演奏します。管楽器の方たちも恐らく同じだと思います。私は、弓は二本持って行く予定です。一つはモーツァルト用、もう一つはショパン用です。

(上から順にバロック、初期クラシック、後期クラシックのヴァイオリンの弓)

――2種類の弓で弾き分けられるのですね!ピッチについては、いわゆるバロックよりも後のクラシックピッチ*(A=430Hz)で演奏されますか?

山縣:今までほとんどの場合、モーツァルト以降は430Hzで演奏してきました。今回も同様となります。

*注:バロックピッチの種類も沢山あるが、(A(ラの音)=415Hz)、現在のオーケストラでは(A(ラの音)=440Hz~442Hz)が主流。クラシックピッチは、現在のオーケストラの音よりほんの少し低くチューニングされている。

――とても興味深いお話をありがとうございました。ちなみに、今回共演する2人のソリスト(アヴデーエワさんとリッテルさん)とは、すでに共演されていますね。

山縣:アヴデーエワさんとは、ワルシャワの音楽祭で何度かご一緒しました。確か、レコーディング(ブリュッヘン指揮)もあったと思います。去年(2023年)の夏も、ブレーメンの音楽祭で、ショパンの両方のコンチェルトを一緒に演奏しました。

またリッテルさんは、2018年に第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールに出場された時に、私たちがコンチェルトの伴奏を務めました。

トマシュ・リッテル&18世紀オーケストラ ©The Fryderyk Chopin Institute                                           (第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールより)

 

 

――すでに共演されているソリストお二人という事で、今回の公演ではさらにどのような音楽になるか楽しみですね。また今回は指揮者がいませんが、指揮者なしの本番もよくありますか?その場合はやはりコンサートマスターが中心となって音楽を創っていくのですか?

山縣:最近は、指揮者なしの本番も少しずつ増えていますね。ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンの初期の作品あたりまででしょうか。
交響曲の場合は、コンサートマスターが中心となります。協奏曲の場合は、その曲にもよりますが、コンマスとソリストの両方が中心的存在となります。

指揮者のいない演奏は、やはり普段とはかなり違った雰囲気になります。交響曲の場合は、団員一人ひとりが室内楽に参加するようなイメージです。そして、協奏曲の場合は、団員全員がソリストに耳を傾け、一音でも逃すまいと頑張ります。
やはり指揮者がいない分、それぞれ一人ひとりの責任が重くなり、緊張感がより高くなるといって良いかもしれません。

――指揮者がいない公演も多く演奏されているのですね。貴重なお話をたくさんありがとうございました。京都コンサートホールの過去の公演プログラムを見ていると、前回の18世紀オーケストラの京都公演(1995年)のプログラムには、山縣さんのお名前がありました!
最後に29年ぶりとなる京都公演に向けてのメッセージをお願いいたします。

山縣:実は今回のツアーには、このオーケストラの創設者であるブリュッヘンを知らない団員がたくさんいます。でも皆、オリジナル楽器の魅力に取りつかれてこの道を選び、そのスピリットを受け継いでいる人たちばかりです。ブリュッヘンがオーケストラの前に立つことはもうありませんし、当時と全く同じ音を作り出すことも出来ません。でも、いま私たちが持ち合わせる、出来る限りの力と情熱をもって精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。

――山縣さん、いろいろと質問にお答えいただきありがとうございました!3月9日の公演で18世紀オーケストラの皆様にお会いできるのを楽しみにしております。もちろん演奏もとっても楽しみです!

The Real Chopin × 18世紀オーケストラ 京都公演」(2024/3/9)特設ページはこちら

福田彩乃(サクソフォーン)インタビュー(2024.3.3 Join us(ジョイ・ナス)!~キョウト・ミュージック・アウトリーチ~ 最終年度リサイタル Vol.2「福田彩乃 サクソフォーン・リサイタル」)

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京都コンサートホール

2022年度より、第2期登録アーティストとして活動するサクソフォーン奏者の福田彩乃さん。活動1年目は京都市内の小学校へ、2年目は小学校だけでなく、中学校や福祉施設等に生演奏を届けてきました。活動の締めくくりとして開催するリサイタルを前に、インタビューを行いました。

―――今年度のアウトリーチも残りわずか2公演となりました。これまでの活動を振り返っていかがでしょうか。

はじめはプログラムをこなすことに必死だったのですが、2年を通して聴き手の反応など、色んなことを考える余裕が生まれてきました。予想していた反応と実際に得られる反応が違うこともあり、「こんなこともやっていいんだ」とか「こう言ったらこういう反応をしてくれるんだ」と視野が広がりました。

1年目のアウトリーチ先は小学校だけでしたが、2年目は聴いてくださる方の年齢が幅広く、どのように接したら良いかがすごく不安でした。公演を重ねて得られたものが沢山あったので、聴き手の対象が広がったことはありがたかったです。

―――回を重ねるごとにプログラムがブラッシュアップされていくのを感じていました!あらためて、どのようなことを考えながらプログラム構成をされたか教えてください。

1年目は『作品の背景の大切さ』を伝えたいと思いプログラミングしました。単に音楽を聴いた時と、作品の背景を知ったうえで音楽を聴いた時の感じ方の違いを知っていただきたいなと思ったのです。

せっかく2年間あるので、2年目は別のことをしようとプログラムを一新しました。ただ、それまで1年間同じプログラムでやって来たので、自分の考えが凝り固まってしまい、なかなかそこから脱却することができず苦労しました。なので、新しいプログラムを初めて披露するときは結構ドキドキしました。

2年目も最初は『作品の背景』に重きを置いてお話していたのですが、公演を重ねていくうち、音楽に対する『自分自身の想い』をお話したほうが良いなと感じるようになりました。

―――なぜ『作品の背景』から『自分自身の想い』へと重きが変わったのでしょうか。

音楽に対する自分自身の想いを伝えるようにしたら、しっかりと聴いていただけた印象があったのです。『お客様が聴き入る』という体感を得られたので、言葉ひとつでこんなにも反応が変わるんだな、と学びました。

1年目は作品の背景について、しっかり説明してから演奏につなげていましたが、今では少ない言葉でも、ぐっと曲に集中してもらえるようになりました。「本当に伝えたいことをシンプルに伝えたほうが、伝わることもあるんだな」「こういう伝え方もあるんだな」と今は感じていますね。

2年間を通して「こうじゃなきゃダメ」という考え方がなくなり、頭が柔らかくなったように思います。

―――アウトリーチを通して、福田さん自身の「考え方」が変化していったのですね。

ホールで演奏するときは音楽好きのお客様が多いですが、アウトリーチで行く先々には音楽に興味のない方も多いので、自己満足になっていないか、「自分は音楽が好きでやっています!」と押しつけになっていないか、すごく不安に思っていました。

ただ実際のアウトリーチ公演で、集中して聴いてくださったり涙ながらに聴いてくださる方を目にした時は「自分がやっていることって無駄じゃないんだなあ」「自己満足ではなかったんだなあ」と思えて、自分の自信にもつながりましたね。ホールでのコンサートでは一方的になってしまうことも多いので、アウトリーチ活動を通してどのような伝わり方、受け取り方をされるかを考える癖がつき、すごく勉強になりました。

―――聴き手のことを考えて、アウトリーチでは譜面台の高さにも気を遣っていましたね!

距離が近いからこそ、演奏中に視線をどこに向けたら良いかが悩ましいところで、あまり聴き手の方をじろじろ見ると集中が切れちゃうかな、と思って譜面を見ながらチラ見したりしています。今までだったら楽譜や音楽にのみ集中していたのが、聴き手にも意識を向けられるようなったのは、すごく成長したなと思います(笑)。

―――アウトリーチ活動の中で、福田さんが伝えたいことは伝えられましたか。

そうですね、少しずつ伝わっている感覚が得られるようになってきました。最初から自分が伝えたいことを伝えられるように進めてきたつもりですが、はじめはなかなかうまくいっていない印象がありました。伝えたいことが伝わっていると、話している時の感覚が全然違って、すんなり受け入れてもらえているような不思議な雰囲気があります。特に子ども達は反応がとても正直なので(笑)。

―――アウトリーチ活動を通して、福田さんが得たものは何でしょうか。

アウトリーチ活動を始める前は、自分の想いや意思をはっきり持っていると思っていましたが、いざ伝えようとするとうまく言葉にできないことや、思ったように受け取ってもらえないことがあり、自分の頭の中で考えていることは、案外ぼんやりしたものだったんだな、と気付きました。「自分を強く持つということをしなくてはいけない」と思えたことは大きいです。

―――自分自身を見つめる時間でもあったということですね。

そうですね。プログラムを作る時、人の意見に流されて自分の中にかなりの迷いが生まれてしまうこともありました。今までの自分であれば全てを受け入れて彷徨っていたと思いますが、「それではいけない」と気付けたことは大きな収穫です。他人の意見を受け入れ過ぎると自分がなくなってしまうので、どこまで取り入れるかの取捨選択が大事だと、今は思えています。

今後意見を言っていただける機会は少なくなっていくと思うので、京都コンサートホールのスタッフの皆さんと一緒にプログラムを作れた経験は、大切で有難いなと感じています。

―――第2期登録アーティストとしての活動は、この3月で一旦ひと区切りとなりますが、今後はどのような活動をしていきたいですか。

いま決めていることとしては、自主リサイタルを年に1度、開催することです。

リサイタルは1年間の研究を突き詰めた成果を発表する場として考えており、これまで4回開催しました。博士課程まで修めたこともあり、演奏家でありながら、音楽や奏法について今後も研究していきたいという想いがあります。これからも毎年続けていきたいです。

また願望として、私自身が京都市立芸術大学のサクソフォーン専攻『第1期生』であったこともあり、京都という街で、サクソフォーンの発展に貢献していきたいと考えています。『サクソフォーン』と聞くとジャズを思い浮かべる方が多いですが、クラシックというジャンルにおいての知名度も上げるため、周知につながる活動をしていきたいです。視野を広く持ち色々な所へ飛び出し、活動の場を少しずつ広げていけたらいいなと思っています。

―――様々な所へ出かけて演奏するという点では、アウトリーチに近いものがありそうですね。2年間の活動の集大成となるリサイタルを3月3日に開催しますが、プログラムを紹介していただけますか。

私自身、サクソフォーンは多彩な音色を出せる楽器だと思っているので、その多彩さをみなさまに知っていただけるようなプログラムを組みました。

J.マッキーの《ソプラノサクソフォーン協奏曲》、R.モリネッリの《ニューヨークからの4つの絵》は、各楽章にタイトルが付いているので情景などをイメージしやすく、音色の違いをより感じ取っていただけるのではないかと思い、プログラムを決めるなかで早々に選曲しました。

楽章ごとに、作曲者が何を表現したかったのかを想像しながら、音の多彩さをみなさんに聴いていただきたいと思います。1作品の中に異なる雰囲気の曲があるということも、みなさんに知っていただきたいですね。

―――いつも一緒に演奏しているピアニストの曽我部さんと、その2曲は演奏したことがありますか。

マッキーは2回目ですが、モリネッリは初めてです!モリネッリは私自身もこれまで取り組んだことがなかったので、本当に初披露です。どちらもピアノが大変なのですが、曽我部さんと相談し、無事OKをもらえました(笑)。

―――普段アウトリーチで披露している作品も入っていますね。

真島俊夫の《シーガル》はこれからも大切にしたい作品で、特に入れたいなと思っていました。J.リュエフの《シャンソンとパスピエ》は私が楽器を始めたころに、初めてソロで演奏した作品です。曲調的に1曲目に持ってくるのはどうかな、とも思ったのですが、初心に返ろうと思い、演奏会の最初に演奏します。R.ヴィードーフの《サクス・オ・フン》は人の笑い声を表現した面白い作品なので、リラックスして聴いていただきたいです。聴きごたえのある作品の合間に、リラックスタイムもお届けします!

―――G.ガーシュインの《3つの前奏曲》とV.モロスコの《ブルー・カプリス》はいかがでしょうか。

ガーシュウィンは、過去にサックスアンサンブルで演奏した個人的に思い入れのある作品です。その時はサクソフォーン四重奏で第2曲を演奏しました。こちらも3曲に分かれているので聴きやすく、楽しんでいただけると思います。

モロスコは指が目まぐるしく動く無伴奏の作品で、ジャズをはじめ、色んなジャンルの音楽が散りばめられています。テクニカルでもあり、初めて聴く方にもお楽しみいただけると思います。最後にとあるサクソフォーンの名曲が少しだけ引用されているので、ぜひ最後まで注目して聴いていただきたいです。

また、ガーシュウィン、モロスコ、マッキーがアメリカの作曲家なので、「繋がりがある!」と決め手のひとつにもなりました。

「こんな風に演奏したら、お客様にこれが伝わるかな?」ということを1曲1曲考えながらプログラムを組みました。

―――お客様にとって、そして福田さんにとって、どのような演奏会にしたいですか。

リサイタルというと演奏者からお客様へ、一方的に演奏をお届けすることも多いのですが、聴いてくださる方がいるからこそ成り立つ演奏会です。アウトリーチで培ってきた経験を活かし、お客様の反応を見ながらお話を交えて進行していきたいです。せっかく同じ空間で同じ時間を過ごすので、堅苦しいものではなく、お互いが「やって良かった」「来てよかった」と思える演奏会にしたいです。

―――お客様と一緒に演奏会をつくるイメージですね。私たちもそのような演奏会になるよう精一杯サポートします!それでは、最後にお客様へのメッセージをお願いします。

登録アーティストとして、2年間活動してきた成果を発表する場でもあるので、活動で得たことをこの演奏会に織り交ぜたいです。お話の仕方、間の取り方等も工夫しながら、音楽が自然と耳に入ってくる時間を皆さまとつくりたいと思っています。

今回はアルトサクソフォーンだけでなく、ソプラノ、テナーも含めた3種類のサクソフォーンを使用するので、サクソフォーンの多彩さを一層感じていただけるのではないでしょうか。どうかお気軽に、京都コンサートホールまでお越しいただけたら嬉しいです。心からお待ちしております!

(2024年1月 事業企画課 インタビュー)

2年にわたるアウトリーチ活動の成果と、福田さんの渾身のプログラムを聴きに、ぜひ京都コンサートホールへお越しください!

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鎌田邦裕(フルート)インタビュー(2024.3.2 Join us(ジョイ・ナス)!~キョウト・ミュージック・アウトリーチ~ 最終年度リサイタル Vol.1「鎌田邦裕 フルート・リサイタル」)

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京都コンサートホール

3月2日に京都コンサートホール第2期登録アーティストの卒業リサイタルを行うフルーティストの鎌田邦裕さん。
2年間のアウトリーチ活動や、卒業リサイタルに向けてのインタビューを行いました。是非最後までお読みください!

2023年アウトリーチ公演より

――2年間のアウトリーチ活動を積み重ねて、演奏家としてご自身に変化はありましたか。

私はこの2年間のアウトリーチで、同じ曲を何度も繰り返し披露する機会をいただきました。そんな中、毎回同じ曲を演奏していても、心の底から「今、演奏しているこの音楽が好きで、その気持ちを伝えたい」と感じることが改めて大切だと思いましたし、実際にそのように感じながら活動できた2年間だったかなと思っています。

――アウトリーチを通して、ご自身が伝えたい思いや気持ちが相手に伝わったという手応えを感じられたということですね。

そうですね。演奏している最中に聴き手の顔を見ていると、素の表情で聴いてくれていることが多いのですが、演奏が終わった後に笑顔でこちらに来てくれたり、子どもたちが書いてくれた手紙を読んでいると、自分が思っていた以上に音楽を感じてくれたのだなと思いました。嬉しい驚きでしたし、新たな発見でしたね。

――印象に残っているアウトリーチはありますか。

夜間部のある中学校でのアウトリーチは新鮮でした。「鶴の巣ごもり」という曲を演奏した時の、外国人の生徒さんたちの反応が印象に残っています。この曲を演奏すると、日本の方々はたいてい喜んでくださるのですが、以前、スロバキアで演奏したとき、現地の方々は、まるで現代音楽を聴いているかのような反応でした。しかし、その生徒さんたちは、日本に住んでいることもあってなのか、とても自然な姿勢で聴いてくださっていたように感じました。

また、山科にある京都市立の小学校でのアウトリーチも印象に残っています。自然や山に囲まれた環境で育っているためか、感受性が豊かで、私の予想を超えた素晴らしい発想で発表してくれた子どもたちが多かったです。

2022年アウトリーチ公演より

――2年間のアウトリーチを通し、鎌田さんが一番伝えたかったことを教えてください。

音楽は自由に聴いて良いんだよ、ということですね。自分が出したい音や伝えたい気持ちはたくさんあるのですが、聴き手も私と同じことを感じるとは必ずしも言えないし、私が良いと思ったものを相手も100%良いとは思ってくれないかもしれない。でも、それで良いんです。音楽を聴いて自由に想像を膨らませたり、周囲に迷惑さえかけなければ、体を動かしてリズムをとったり、好きに音楽を楽しんでいただいて良いと思います。

――2年間のアウトリーチを終えて、その集大成として3月2日にリサイタルを開催されます。どのようなテーマでプログラムを組みましたか。

今回のテーマは「神話」です。私は昔から、ギリシャ神話や星座にまつわるお話が好きでした。ギリシャ神話の中には笛にまつわるお話もあるので、今回は神話や祈りをモチーフにした作品を選びました。

2023年3月4日 ジョイントコンサートより

――幅広い時代の作品を選んでくださっています。バッハもありますし、ユレルの「エオリア」という現代作品も選んでくださっていますね。

現代曲は難しいというイメージがあるかもしれませんが、昔、大学でお世話になった先生から「私たちと同じ時代に生きている人が作った曲なのだから、バッハやモーツァルトよりも私たちに通じるものはたくさんあるはずだ」と言われたことがあり、今ではその言葉の意味がよくわかるようになりました。バッハから現代曲まで、大きな歴史的な流れを感じていただければと思います。

――鎌田さんは毎年、東京や京都、故郷の山形でもリサイタルをなさっていますね。

20歳の頃から山形で毎年リサイタルをしているのですが、今年で11年目を迎えます。お客さまにあまり馴染みのない曲を演奏することもあるのですが、毎回トークを交えながら様々な工夫を凝らしてやってみると、知らない曲でも「面白かった!」という反応をいただけます。

――今回の京都での公演でプログラミングをされる際、工夫をなさったことはありますか。

アウトリーチで出会った方々を思い浮かべながら、小さなお子さんや普段クラシック音楽を聴かないような方々にも聴きやすい作品をなるべく選曲するようにしました。たくさんの方に聴いていただきたいです。

――京都コンサートホールの登録アーティストを卒業された後、これからの鎌田さんの活動の目標を教えてください。

ずっと変わらず夢であり将来の目標として持ち続けているのは、大学などの教育機関でフルートを学ぶ人々の指導がしたいということです。そこからフルートを通じて音楽の喜びや楽しさを感じる人が増えてほしいと思います。

また、昨年10月から京都フィルハーモニー室内合奏団に在籍していますが、ソロだけではなくオーケストラやアンサンブルについても学びたいと思っています。オーケストラでは、これまでに出会えなかったような作曲家の作品を演奏することができ、とても勉強になりますし、幸せなことだなと感じています。

そして、これは山形でリサイタルを続けている理由のひとつでもあるのですが、私が山形にいた高校生の頃を思い返すと、身近に専門的にフルートを学べるところはありませんでした。ですので、地方で専門的に音楽を学びたいと思っている人たちに学びの場を提供できる環境を構築していきたいです。

2023年3月4日 ジョイントコンサートより

――山形で10年以上、リサイタルを続けてこられた理由をあらためて知ることができました。とても素敵な目標ですね。

これまで続けてきた中で、私の背中を追ってフルートの道を選ばれた方もいました。それはやはり、続けてきたことのひとつの成果だと感じています。アウトリーチでも同じことが言えると思うのですが、継続するということはとても大切なことです。全国的に、このようなアウトリーチのプログラムを誰もが受けられるようになっていったら良いと思います。

――それでは最後に、お客さまに向けてメッセージをお願いします。

まずは是非、コンサートにご来場いただきたいです。コンサートにお越しいただければ、それまで知らなかった世界や心が開かれたり、感じたりすることが絶対にあると思います。コンサートに来たからといって、何か物がもらえるわけでもなく、お腹がいっぱいになるわけでもありません。しかし、新たな音楽的な体験ができますし、非日常の時間を過ごしていただく中で、そのコンサートでしか得られない経験や感情が必ずあると思います。今回のテーマは「神話」ということで、日常から離れた2時間ほどのひとときを皆さまと一緒に過ごすことができれば幸せです。

――ありがとうございます。たくさんの方にご来場いただけるといいですね。

そうですね。まだ私のことをご存知ではない方もたくさんおられるかと思いますが、とにかく「一度コンサートに来てみてください!」と強く思います。これまで見知らぬ人たちが、コンサートでたった2時間とはいえ一緒の時間を過ごすなんて、すごい巡り合わせだと思うんです。コンサートをきっかけに、「この音楽、好きだな」と思っていただければ幸せですし、演奏を通して私という人柄も見ていただき、何か親しみを感じていただければ嬉しいなと思います。

――今日は色々なお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。3月2日のリサイタルを楽しみにしています!

2023年3月4日 ジョイントコンサートより

★Join us(ジョイ・ナス)!~キョウト・ミュージック・アウトリーチ~最終年度リサイタルVol.1 「鎌田邦裕 フルート・リサイタル」(3/2)公演詳細はこちら

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株式会社マツシマホールディングス 松島一晃社長 特別インタビュー(2024.03.09 The Real Chopin×18世紀オーケストラ 京都公演 スポンサー)

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京都コンサートホール

2024年3月9日、古楽オーケストラの名門「18世紀オーケストラ」が京都にやってきます!18世紀オーケストラの来日は11年ぶり、京都公演はホール開館(1995年)以来、実に29年ぶりの開催となります。

期待が高まる本公演をバックアップしてくださるのが「株式会社マツシマホールディングス」です。
MAZDAをはじめ、Mercedes-BenzやVolkswagen、Audi、BMW等の正規ディーラーとして車を販売するだけでなく、各種中古車の販売や自動車の修理・整備から伝統工芸、飲食店、アート、クリニック、スポーツなど、幅広い分野で事業内容を展開している「株式会社マツシマホールディングス」。
今回は、社長でいらっしゃる松島一晃様に特別インタビューを行い、様々なお話を伺いました。

(聞き手:高野裕子 京都コンサートホールプロデューサー)


高野:こんにちは。今日は、マツシマホールディングス(以下「マツシマ」)の新社屋でお話を伺います。大きな窓からたくさんの光が差し込む、明るい素敵なオフィスですね!
さっそくですが、貴社の会社概要を教えていただけますか。

株式会社マツシマホールディングス本社

松島一晃社長:MAZDAのディーラーから始めた本社は今年で創業69年目となり、来年の3月で70年目を迎えます。京都には100年を超える老舗の会社がたくさんありますから、70年と言ってもまだ半人前かもしれません。でも70年も続けてやってこられた理由は、どんどん新たなことに挑戦し変化してきたからだと思っています。
先ほども申しましたように、最初はMAZDAのディーラーだけをやっていたのですが、そこからBMWであったりMercedes-BenzやVolkswagenなど、輸入車も取り扱うようになりました。いまから30年くらい前の話です。今では複合ディーラーという存在はあまり珍しいものではないかもしれませんが、当時としては世界的にも珍しかったのです。
今は車だけではなく、アートだったりスポーツだったり、飲食だったり、それぞれ広く浅くではありますが、様々な事業を京都を中心に展開しております。多彩な価値をお客様に提供できるような会社を目指しています。

高野:マツシマのHPに社長が掲げていらっしゃる理念が掲載されていますね。「全員でつくる家族と社会に誇れる会社」とありますが、これはどのような思いで掲げられた理念になりますか。

松島一晃氏(マツシマホールディングス社長)

松島社長:クルマってどこでも買えますよね。マツシマで買っても、ほかのディーラーで購入しても、BMWだったら同じBMWのクルマです。じゃあ、マツシマでわざわざクルマを買う理由って何でしょうか。ただクルマを買う・売るという関係だったら別にマツシマじゃなくても良いですよね。でも、そんな中で「クルマを買うならマツシマが良い」と仰ってくださるお客様がいるわけです。それは、うちの会社が人間と人間の感情的な繋がりを大事にしているからだと思っています。クルマを買うときって、この担当者が良いな、この店の雰囲気が良いな、この会社が好きだな、と言ったような「感情的なもの」が大きいでしょう。
それは会社と従業員という関係性でも同じことで、たんに食べていくだけで良い、生活できればそれで良い、と思うのであれば、別にうちの会社でなくても、他の会社で働いても一緒です。でもここで働くからには「マツシマホールディングスだからこそ働きたい」と思ってほしいですよね。そういう意味で、従業員だけではなく家族までもが社会に対して「マツシマで働いている」ということを誇ることができる会社にしたいと考えています。これは非常に重要なことだと思っています。

高野:「社会」という言葉を使われる会社はたくさんあると思うのですが、「家族」という言葉を理念に掲げられる会社ってなかなかないように思います。社員だけではなく、その家族も大切にする会社ということですものね。社長のお言葉からは、従業員お一人おひとりを大切に考えていらっしゃることがよくわかります。

松島社長:いまマツシマでは600名ほどが働いているのですが、「600名の従業員」ではなく、一人ひとりの従業員に向き合っていくことを大事にしたいと考えています。その一人の従業員の人生や価値観に向き合っていくためには、やはり本人だけではなく家族も大切にしなければいけません。
昔からマツシマでは社員旅行に家族を連れて行く、ということをやっています。

高野:家族を連れて行く社員旅行!びっくりしました!

松島社長:やっぱり、マツシマで働くことを家族も応援してくれないと、仕事に対する活力ってわかないですよね。従業員だけではなく家族も「この会社で働けてよかった」と思ってもらえたら、本人の業績にも良い影響を与えると思うのですよ。会社って、普段はその本人の姿しか見えないものですけど、その人の家族の存在って本当に大きいですよ。

高野:松島社長が先ほどから「人と人との繋がり」をキーワードにお話をしてくださっていますが、これは「(クラシック)音楽」にも共通して当てはまることだなと感じながら拝聴しておりました。我々がコンサートを開催する理由はたくさんありますが、基本は「音楽を介してたくさんの人と人を繋げよう」という気持ちからスタートしています。マツシマの理念と非常に近いものがありますよね。
貴社は、Bリーグ所属のプロバスケットボールチームである「京都ハンナリーズ」をはじめ、スポーツやアート、文化芸術等をたくさん応援なさっています。当ホールの主催事業「18世紀オーケストラ京都公演」(2024年3月9日開催)も今回ご協賛くださいますが、このような社会活動も貴社の理念に通じるものがあるのでしょうか。

松島社長:そうですね。例えば、クルマをたんなる「移動手段」と考えるのであれば、別にどんなクルマだって良いと思っています。でもわざわざ「BMWが良い」とか「ベンツが良い」など、こだわりを持って購入される方がたくさんいます。中には、納車まで1年、2年、3年かかっても「待つ」と仰るお客様もいるくらいです。そのような方々は、クルマに対して機能的な価値だけではなく、こだわりであったり自己表現であったりといった“情緒的な価値”を求めていらっしゃいます。この“情緒的・感情的価値”の究極が、スポーツや文化芸術、音楽なのではないかと考えているのです。マツシマでクルマを購入されたお客様に、特別な意味を持つ感情的な価値を提供すると、さらに喜んでくださいます。それが、ゆくゆくは会社の成長にも繋がっていくのではないか、と思っています。

高野:社長が応援されているスポーツや文化芸術は、すべて「京都」に関係するものばかりですね。

松島社長:はい。ここ京都という場所で商売をさせていただいているということに対して、とても恵まれているな、ありがたいな、と感じています。ですので、地元のスポーツやアートを応援することで、京都に恩返しができたらいいなと思っています。
スポーツにしてもアートにしても、本当に素晴らしいものなのに、まだまだ知らない人や触れたことがない人ってたくさんいるでしょう?大切なことは、知らないもの・ことでも一度は体験してみることだと思っています。
このような「(スポーツやアートに対して)入り口を作る役割」は、京都で広く長く商売をさせていただいている我々だからこそできることなのではないかと考えています。

高野:京都で文化芸術に携わる人間として、松島社長のような考え方を持っていらっしゃる経営者が地元におられるということは非常に心強く、頼もしく感じます。文化芸術は別になくても生きていける分野です。クラシック音楽も、別に生演奏でなくてもいいし、CDを流していても良いわけです。しかし、生の文化芸術に触れるということは、確実にその人の心や人生を豊かにします。マツシマさんがわたしたちを応援してくださるということは、結果的に、京都というまち全体を元気にするということに繋がっていると思っています。あらためまして、わたしたちの活動を応援してくださり、心から感謝申し上げます。
さて今回「18世紀オーケストラ」という古楽オーケストラの公演にご協賛してくださいましたが、このコンサートについてどのようなことを期待されていますか。

松島社長:世界的なアーティストが京都に来る、貴重な機会ですよね。「18世紀オーケストラ」は古楽の世界的パイオニアですし、ピアニストのユリアンナ・アヴデーエワやトマシュ・リッテルは世界を代表するショパン弾きです。でも、彼らを知らない人々ってたくさんいますよね。彼らが京都コンサートホールに来ることさえも知らない人がたくさんいるでしょう。ですので、応援する側としては「このような素晴らしい機会が京都でありますよ」ということを、できるだけたくさんの方々に知っていただきたいです。あまり堅苦しく考えず、「なんか凄そうな人が京都に来るんやなぁ。ほな、行ってみよか」くらいの軽い感じで京都コンサートホールにお越しいただき、演奏を聴いていただいた後「なんや、クラシックってええな。オーケストラってええな。音楽ってええな」と思っていただけると良いなと思っています。そうしたら、その先にも繋がっていきますしね。
できれば、若い方々にもたくさんご来場いただけるといいですよね。

高野:本当にそうですよね。おそらく、普段からクラシック音楽を聴かれたり、クラシック音楽がお好きな方々は、このコンサートの存在を知ってくださっているのではないかと思います。でも最近、常々思うことなのですが、難しいのは「それ以外」の方々の手元にもコンサート情報を行き渡らせることです。クラシック音楽ファンの裾野をこれまで以上に広げていくためには、この「これまでクラシック音楽に興味のない人々」にも京都コンサートホールの存在を知っていただき、実際にコンサートにお越しいただくことが必要だと考えています。

松島社長:クラシック音楽やコンサートホールって敷居が高いと思うのです。ですので、みなさんに「意外と身近なものなんだな」と感じてもらえるような仕掛けをしていかないといけないんじゃないかな。これはクルマも一緒で、手間をかけるわりには結果がなかなか出ないことも多く、「これだけ広報したのに、1人しか来てへんやん」ということも多々ありますが、その積み重ねが大切だと思っています。
SNSを使った広報も大切なのですが、デジタルだけでは伝わらないこともたくさんあります。例えばクルマでしたら、ネットで見るだけではなく、実際にクルマを見て・触ってもらうだけで返ってくる反応が全く異なります。自らの手や足を使ってお客様に届けていく情報って大切です。先ほどからお話している“感情的な部分”にも繋がっていると思っています。

高野:異分野のエキスパートの方からのアドバイスは大変貴重です。普段わたしたちが見えていない角度からのご意見ですので、とても参考になります。広報については、SNSをはじめデジタルに頼りがちなので、松島社長が仰るような「自らの手や足を使って届けていく情報」をあらためて見直してみたいと思います。
さて、最後に「18世紀オーケストラ京都公演」に行こうかどうしようか迷っていらっしゃるお客様に、松島社長から一言メッセージを頂戴できますでしょうか。

松島社長:もし「18世紀オーケストラ」の演奏を聴いたことのない方々がいらっしゃるとしたら、一度ぜひご鑑賞いただきたいと思います。私は小さい頃からクラシック音楽とは縁遠い環境で育ってきたので偉そうなことは言えないのですが、でもやっぱり、生で鑑賞すると心が揺れるのですよね。ホールに鳴り響く音を聴いていると、身も心も音楽と一体になれる感覚を抱きます。
もうずいぶんと回復してきましたが、一時期はコロナでホールに行くことすらできない時期が続きました。リアルに心を揺らす・動かすことのできる体験が少なくなってきた今、生演奏を聴いていただき、もう一度、たくさんの方々に心から感動する体験をお届けしたいです。一人でもたくさんのお客様がコンサートにお越しくださったらいいなと思っています。

高野:わたしもそう思っています。間違いなく素晴らしい演奏会になると思いますので、わたしたちも公演当日まで広報活動に励んでいきます。
今日はお忙しいところ、貴重なお時間をいただきまして誠にありがとうございました!


マツシマホールディングス 代表取締役社長
松島 一晃(まつしま・かずあき)
1986年生まれ、京都府出身。2009年 東京海上日動火災保険株式会社に就職。14年 父が経営する株式会社マツシマホールディングスに転職。16年 専務取締役就任。17年 代表取締役専務就任、株式会社A・STORY創業。19年 株式会社マツシマホールディングス代表取締役副社長、22年 同社代表取締役社長に就任。


★チケット好評販売中!!★

「The Real Chopin × 18世紀オーケストラ 京都公演」

[日時] 2024年3月9日(土)14:00開演(13:15開場)

[会場] 京都コンサートホール 大ホール

[出演]ユリアンナ・アヴデーエワ(第16回ショパン国際コンクール優勝)、トマシュ・リッテル(第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール優勝)、18世紀オーケストラ

[使用楽器]
1843年製 プレイエル マホガニーケース
製造番号No.10456(タカギクラヴィア所有)

[曲目]
モーツァルト:交響曲第35番 ニ長調 K.385「ハフナー」
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 作品21(リッテル)
藤倉大:Bridging Realms for fortepiano(第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクール委嘱作品/日本初演)(アヴデーエワ)
ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11(アヴデーエワ)

[チケット料金]
一般 S 13,000円 A 11,000円 B 9,000円 C 7,000円
*会員 S 12,000円 A 10,000円 B 8,000円 C 6,000円

*会員:京都コンサートホール・ロームシアター京都Club及び京響友の会会員が対象です。

公演の詳細はこちらから⇒https://www.kyotoconcerthall.org/orchestra18c_2024/

 

ピアニスト トマシュ・リッテル 特別インタビュー(2024.03.09 The Real Chopin×18世紀オーケストラ 京都公演)

投稿日:
インタビュー

2024年3月9日開催の「The Real Chopin × 18世紀オーケストラ 京都公演」では、2つのショパン国際コンクール優勝者をソリストに迎え、ショパンのピアノ協奏曲全2曲などをお届けします。《ピアノ協奏曲第2番》を演奏するトマシュ・リッテル氏は、「第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール」の本選で18世紀オーケストラと共演し、同曲を披露して見事優勝しました。

当公演に向けて、ピアニストで音楽ライターの長井進之介さんが行ったリッテル氏へのインタビューをお届けします。18世紀オーケストラや演奏する《ピアノ協奏曲第2番》、そしてショパンをピリオド楽器(作品が書かれた当時の楽器)で演奏する意義について語ってくださいました。ぜひ最後までご覧ください。


2024年3月、18世紀オーケストラと共に「The Real Chopin」と題したコンサートツアーを行うトマシュ・リッテル。第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールで第1位となった彼は、ピリオド楽器の音色を最大限に活かしながら、溢れる歌心とドラマティックな表現で魅せてくれるピアニストだ。そんな彼に、今回のコンサートに向けての意気込みを伺った。

「ご一緒させて頂く18世紀オーケストラは、伝説的なリコーダー奏者であるフランス・ブリュッヘンが結成したオーケストラであり、ピリオド楽器への熱い想いを持ったスペシャリストたちが集っています。コンクールの時にも共演させて頂きましたが、とても互いを尊重し合って演奏ができたことが印象に残っています。彼らの音色や柔軟な反応は本当に素晴らしいので、今回の共演もとても楽しみです」

第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール本選にて(C)The Fryderyk Chopin Institute

今回リッテルがソリストを務めるのはショパンのピアノ協奏曲第2番。若きショパンならではの華麗なテクニックと繊細な詩情が込められ、オーケストラとの緻密なやり取りも特徴的な作品だ。

「ショパンの作品をよく見ていくと、モーツァルトの影響を強く受けていると感じます。特に初期の楽曲はそれが顕著で、演奏の難しさにもつながっているところです。古典的なスタイルとロマンティックな音楽運びのバランスをうまくとっていかなくてはなりません。オーケストラとの共演においても、輝かしさと共に軽さ、やわらかさのある音色を作り出しながら対話をしていく必要があると思います」

さらに第2番とどのように対峙していくかについても語ってくれた。

「音楽というのはその時の経験などが大きく影響していくものだと思いますが、ピアノ協奏曲第2番は、特に初恋などショパンの内面と深く結びついたナイーヴな作品ですね。同時に、彼が愛したポーランドの民族色も強く表れています。これは特に第3楽章に見られるものです。かなり素直に彼の想いが反映された作品ですから、あまり作り込み過ぎず、正面から向き合って演奏していければと思っています」

今回のコンサートはショパンの時代のピアノである1843年製プレイエルが使用され、まさに「真実のショパン」に出会う絶好の機会だ。最後に、ピリオド楽器を使ってショパンを演奏するという事について、リッテルの考えを尋ねた。

「ショパン自身が即興を得意とし、様々な演奏法を探求していた人なので、一つの答えがあるわけではありません。ですから私はどのような方向から即興ができるか、ということを常に試しています。自由であり、あらゆる可能性が開かれていることこそがピリオド楽器演奏の醍醐味だと思うのです。そもそもショパンが生きていた時代、彼の音楽はいわゆる“現代音楽”でしたから、聴衆は常に新しいものに出会い驚いていたはず。私も皆さんに何か新鮮なものをお届けできるように演奏をしていきたいですね。京都コンサートホールの素晴らしい響きの中で、最高のオーケストラと共に演奏できることが今からとても楽しみです」

【取材・文】長井進之介(ピアニスト・音楽ライター)

 

The Real Chopin × 18世紀オーケストラ 京都公演」(2024/3/9)特設ページはこちら

 

京都市立芸術大学 副学長 大嶋義実×京都コンサートホール プロデューサー 高野裕子 対談<後編>(Kyoto Music Caravan 2023)

投稿日:
京都コンサートホール

2023年、京都市立芸術大学の新キャンパス移転と文化庁の京都移転を記念して、京都市内で開催中のクラシック音楽の一大イベント「Kyoto Music Caravan 2023」。京都市11行政区それぞれの名所や観光地で無料コンサートを開催しており、その締めくくりとして「スペシャル・コンサート」を京都市立芸術大学の新キャンパスで行います。

10月1日に京都市立芸術大学の新キャンパスがオープンしたことを記念し、京都市立芸術大学副学長の大嶋義実教授と、Kyoto Music Caravan 2023のディレクターである京都コンサートホールプロデューサーの高野裕子による対談を2回に分けて実施しました。
前編では本企画が生まれた背景についてお届けしましたが、後編では京都芸大の新キャンパスや「スペシャル・コンサート」についてお送りします。
ぜひ最後までご覧ください。

(聞き手:京都コンサートホール 中田 寿)

――今回は対談の後編ということで、「スペシャル・コンサート」を行う、新キャンパスの堀場信吉記念ホールにやってまいりました。新しいキャンパスはいかがですか?

大嶋氏(以下、敬称略):新キャンパスのコンセプトは「テラスのような大学」です。外側に向かって開かれ、社会の中から少し浮き上がっていて、人が自由に出たり入ったりできるような大学を目指しています。
実際にほんの一週間だけ使っていても、見事にそのコンセプトを表現できているように感じています。

――一般の方が入れるスペースもあるのでしょうか。

大嶋:そうですね。まだ準備中のところもありますが、図書館など一般の方が自由に入れるスペースはあります。もちろん練習室などはセキュリティがしっかりしています。いま対談を行っているこのホールは、11月2日の杮落とし公演で、一般の方々にも開放されます。

堀場信吉記念ホール(京都市立芸術大学)

――高野さんは新キャンパスに本日初めて入られたと思いますが、第一印象はいかがですか?

高野:ガラス張りのキャンパスで、外側から光がたくさん入るせいか、全体的に明るい印象を受けました。京都駅からのアクセスが抜群に良いですね。

大嶋:そうですね。駅からこのホールまでだと徒歩5分で来られると思います。

高野:ロケーションとしても京都の中心地にありますし、雰囲気も明るくて開放的なキャンパスですので、人がどんどん集まる大学になるのではないかなと思います。

大嶋:本当にそういう大学になりたいですね。

――京都駅付近は観光客の方も多いので、そういった学外の方々もこのキャンパスに興味を持たれるかもしれませんね。

芸大通(京都市立芸術大学)©市川靖史

大嶋:このホールが入っている建物と隣の建物の間に、道が一本入っています。我々はそれを「芸大通」と呼んでいるのですが、そこは誰もが入れるエリアで、すでに外国の観光客の方々がリュックサックを背負って歩いているのを幾度も見ています。

高野:沓掛キャンパスでは見られなかった光景ですよね。

大嶋:そうですね。その前の岡崎キャンパスは、平安神宮と塀一枚しか隔てられてなかったので、外国の方がよく平安神宮と間違えて、キャンパスに入って来たことを思い出します。

――大嶋さんが新キャンパスで特に注目している場所はどこですか?

大嶋:さきほどお話した「芸大通」は南北を通る道ですが、東西の通りには大階段があります。将来的にはそこで、美術と音楽の学生がコラボレーションしてパフォーマンスができたらいいなと思っています。

――素敵ですね!
いま私たちがいる「堀場信吉記念ホール」はどのようなコンセプトのもとで設計されたのでしょうか。

大嶋:まず客席数について、小さすぎず大きすぎず、京都のクラシック音楽用のホールにはない「800席」という規模が選ばれました。この「800席」という数字は、大学の式典等をするのにもぴったりのサイズなんですよ。
あとは、オペラにもオーケストラの響きにも合うように設計されました。京都コンサートホール 大ホールと同じ「シューボックス」型のホールですが、前4列は座席を収納するとオーケストラ・ピットにもできる仕様になっています。

高野:学生たちの実技試験もこのホールで行われるのでしょうか。

大嶋:はい、その予定です。

高野:響きがとても良いので、このホールでオーケストラの練習や実技試験をしたら、演奏家としての「よい耳」が育つでしょうね。

大嶋:そうですね。練習室ばかりではなくて、音響のいいホールで演奏経験を積めるのは、学生たちにとって大きな自信に繋がると思います。
私は教育機関に併設されているホールを「道場」とよく呼んでいますが、学生たちにはこの「道場」で自分の技を磨いて卒業してほしいなと思っています。

高野:今回の移転で新しいピアノを何台か導入されたそうですね。

大嶋:はい、本当にありがたいことにご寄付をいただき、新しく3台のピアノを迎えることができました。

高野:ご寄付いただけるなんて、素晴らしいことですね。

大嶋:卒業生など様々な方々からご縁を繋げていただき、一件一件直接お願いしに伺いました。たくさんの方々から今回の移転に対してご賛同いただき、多くのご寄付をいただけたことは、本当に嬉しかったです。
本学には「笠原記念アンサンブルホール」という名前のホールがもう一つあるのですが、その名前の由来になった株式会社MIXI創設者の笠原健治さんのお母さまは、京都芸大で35年間ピアノを教えていらっしゃったピアノの先生でした。そのようなご縁でMIXIの本社に伺って寄付をお願いしましたら、快く賛同してくださいました。
また、京都市内の楽器屋さんから「京都芸大の移転は音楽業界にとって非常に大切なこと。今後も良い音楽家をたくさん輩出する良い大学になってほしい」とご寄付してくださったんです。そのお気持ちは涙が出るほどありがたかったです。

笠原記念アンサンブルホール(京都市立芸術大学)©市川靖史

高野:たくさんの方のご尽力があってこの移転が実現したということですね。

大嶋:本当にその通りです。

――次はスペシャルコンサートについてお伺いします。いま対談を行っているこの会場で『Kyoto Music Caravan 2023』の締めくくりとなる「スペシャルコンサート」を2024年3月30日に開催します。どういった意図で企画されましたか。

高野:Kyoto Music Caravan 2023』の最後を飾る「スペシャルコンサート」は、とにかく明るくて楽しいコンサートにしたいと思っていました。このコンサートが「終わり」ではなく、ここから何かが始まって、それがずっと先にまで繋がっていってほしいと気持ちがあったのです。
そこで、京都芸大の在学生はもちろん、京都にはクラシック音楽を学ぶ子どもたちがたくさんいますから、彼らにも出演していただくことで、京都の「未来の音楽シーン」を明るく華やかに描けるのではないかと考えました。

――なぜ京都芸大の学生だけでなく、子どもたちにも出演をお願いしたのでしょうか。

高野:京都は、クラシック音楽を学ぶ土壌が整っているまちだと思っています。京都子どもの音楽教室や京都市少年合唱団、京都市ジュニアオーケストラ、そして京都堀川音楽高校と、様々なジャンルのクラシック音楽を小さい時から学べるのです。子どもたちが成長して、クラシック音楽を本格的に学びたいと思った時は、京都市立芸術大学音楽学部への進学を目指すことができます。
この京都らしさや強みをコンサートを通して伝えたいと思っています。

――こんなにも音楽教育の環境が充実している町はなかなかないですよね。合同演奏では、阪哲朗さんが指揮を務めてくださいますね。

阪哲朗 ©Florian Hammerich

高野:はい、阪先生は京都芸大のご出身で、現在は母校の指揮科教授を務めていらっしゃり、かつ日本を代表する指揮者でいらっしゃいます。最後のステージを飾ってくださるのは、阪先生しかいらっしゃらない・・・という気持ちでご出演をお願いさせていただきました。

大嶋:阪先生は非常にお忙しい先生ですから、ご出演くださるのは有り難いですね。

高野:そうなんです。ご多忙でいらっしゃるにもかかわらず「スペシャル・コンサート」のためにご予定を空けてくださったのは、阪先生が母校の新キャンパスや子どもたちとの共演に期待してくださっているからだと思います。

――そんな阪先生と子どもたちがこのステージで演奏するのですね。

大嶋:このホールの名前にもなっている堀場信吉先生は、京都芸大の前身である「京都市立音楽短期大学」ができた時の最初の学長で、音楽学部の基礎を作ってくださった方です。信吉先生は、音楽家のキャリア形成を大変重要視されていて、京都芸大だけでなく京都市立堀川高等学校音楽課程(現 京都市立京都堀川音楽高等学校)のことも気にかけていたそうです。

高野:音楽家のキャリア形成を重要視されていたなんて、時代を先取りしていらっしゃったような先生だったのですね。

大嶋:はい、そうですね。
今回のコンサートで、そんな信吉先生の想いを受けた学校の生徒たちが、先生の名前の付いたホールで演奏するところを、皆さまにご鑑賞いただけるのは嬉しいですね。そして演奏者たちには、信吉先生に「聴いてくださっていますか」という気持ちで演奏してもらいたいと思います。

京都市立京都堀川音楽高等学校

――今回の出演団体の一つである「京都子どもの音楽教室」は、短期大学設立の翌年である1953年に創立されていますので、音楽教室にも信吉先生の想いが繋がっているかもしれませんね。

大嶋:その通りだと思います。音楽教室はもともと京都芸大の教員による「音楽教育研究会」が運営していました。幼い頃からの音楽教育は子どもたちの人格形成にかならずや良い影響をおよぼすであろうと信じ長年活動してきました。食べることにも困っていたはずの戦後すぐの時代に未来を見据えて「これからの子どもたちには音楽が必要である」とおそらく考えられた信吉先生の思いを我々も引き継いでいかねばならないと感じています。

京都子どもの音楽教室

――スペシャルコンサートでは、そんな想いを受け継いだ子どもたちが演奏を披露してくださるわけですね。

高野:プログラム前半は単独ステージとして、音楽教室・少年合唱団・ジュニアオーケストラ・堀川音楽高校がそれぞれの演奏を披露してくださいます。
プログラム後半は、京都芸大の学生たちと子どもたちが一緒になって、ジョン・ラターの《グローリア》を演奏し、華やかにコンサートを締めくくります。

京都市ジュニアオーケストラ©Tatsuo Sasaki

――後半は全員で演奏するわけですね。

高野:そうですね。芸大生であるお兄さん・お姉さんの隣で子どもたちも一緒に演奏することが大切だと思っています。

――そういう機会はあまりないのでしょうか?

大嶋:子どもの音楽教室や堀川音楽高校の演奏会を京都芸大生が手伝うことはありますが、同じ仲間として一つの演奏会を作り上げるということはこれまであまりなかったのではないでしょうか。その光景を見たら、信吉先生もきっと天国で喜んでくださると思います。

京都市少年合唱団

――たくさんのお客さまにお越しいただきたいですね。

高野:クラシック音楽がお好きな方はもちろん、近隣の方々や子どもたちの演奏を聴いてみたい方、新キャンパスに興味がある方、さまざまなお客さまにお越しいただきたいです。

――コンサートを通して、お客さまにどのようなことを伝えたいですか。

高野:昨今の世界では様々なことが起こっていますが、「京都の文化芸術の未来はきっと楽しいものになるにちがいない」と感じていただきたいです。また、たくさんの方々に、京都ゆかりの音楽家たちの活動を応援していただきたいです。

大嶋:11区で行っている無料コンサートにお越しくださったお客さまがスペシャルコンサートにも来てくださったら嬉しいですね。

――市内11区のコンサートでは私たちがホールを飛び出して演奏をお届けしていますが、今度は皆さまに京都芸大のホールへお越しいただくことになりますね。

高野:11区で開催している無料コンサートでは、さまざまなお客さまがお越しくださっているのだなと感じます。なかには、「クラシック音楽にはあまり興味がなかったけれど、お寺や神社でのコンサートが気になったから来てみました」というお客さまもいらっしゃるわけです。このようなお客さまって、ホールで演奏会を開催している時にはあまり出会うことのできないタイプのお客さまなんですよね。そういった新たな出会いがとても嬉しいです。

大嶋:スペシャルコンサートを聴いたことで、クラシック音楽ファンになって、京都コンサートホールにも行ってみようと思ってくださったら、本当にいいですよね。

――ぜひそうなってほしいです。本企画でホールを出て様々な会場でコンサートをしたことで感じたことはありましたか?

高野:ホールでお客さまがいらっしゃるのを待つだけではなく、こちらから出向いて生演奏を届けながら、ホールの存在をアピールすることが大切だなと感じました。先ほどもお話しましたが、新たなファン層を獲得するために必要なプロセスだと考えています。

大嶋:本企画を通して、これまで繋がらなかった音楽家や会場を提供してくださった各会場の皆さんと出会えたことも大きな収穫でしたね。

高野:それは本当にそうですね。今回、素晴らしい音楽家がまだたくさんいることをあらためて認識しましたので、どんどん外へ出て色んな若い音楽家たちと出会いたいと強く思いました。

――では最後に、今後も魅力的な「文化芸術都市・京都」であり続けるために、必要だと思われることを教えてください。

大嶋:まず京都芸大としては、良い卒業生を送り出すこと、そのためには良い先生が活発な活動をされること、それに尽きますね。学生や先生が自分のクリエイティビティを今まで以上に発揮できる環境になれば、より良い演奏研究やより良い音楽教育に繋がると思います。そうなれば自然に「京都芸大が面白いことやっている」と外に伝わっていくのではないでしょうか。
また京都の未来については、有名なアーティストのコンサートだから聴きに行くのではなく、京都コンサートホールの企画だから行く、京都に行けば内容の濃い音楽に触れられる、となってほしいと思っています。
そのための人材供給を京都芸大ができたら、これほど嬉しいことはないと思っています。

――高野さんは、今後の京都の文化芸術シーンを盛り上げるために、どのようなホールであり続けたいと思っていますか。

高野:京都コンサートホールでは、2019年からアウトリーチ事業に力を入れてきました。あらゆる方々に生演奏をお届けしてファン層を拡大していく、京都で活躍する若手音楽家の活動の場を公共ホールが広げていく――そういったことを目的とした事業です。このアウトリーチ事業と『Kyoto Music Caravan 2023』は違う事業のように見えるかもしれませんが、目指す方向性は同じです。今後もわたしたちは、地元京都ゆかりの音楽家を応援し続けるホールでありたいと考えています。

また本企画を通じて、京都芸大との連携について大きな可能性を見出すことができました。今後、当ホールや京都芸大、堀川音楽高校、子どもの音楽教室、少年合唱団、ジュニアオーケストラが連携しながら互いに発展していけるかどうか・・・それが、京都のクラシック音楽界の発展にも繋がっていくと思っています。京都コンサートホールは、みんなをつなぐ「ハブ」のような役割として、今後も機能していきたいです。

――たくさんお話を聞かせていただき、ありがとうございました。『Kyoto Music Caravan 2023』はまだ続きますので、引き続きよろしくお願いいたします。

 


大嶋 義実(おおしま・よしみ)
京都芸大卒業後、ウィーン国立音大を最優秀で卒業。プラハ放送響首席奏者、群響第一奏者を歴任。現在京都芸大副学長・理事、同大音楽学部・研究科教授を兼任している。
日本音コンをはじめとする内外のコンクールに入賞入選。ソリストとして国内はもとよりヨーロッパ各地、アジア諸都市で毎年公演を行なうほか、プラハ響、群響、京響をはじめ数多くのオーケストラと協演。多数のCD他、著書に《音楽力が高まる17の「なに?」》、第1回音楽本大賞読者賞を受賞した《演奏家が語る音楽の哲学》がある。

 

高野 裕子(たかの・ゆうこ)
京都市出身。京都市立音楽高等学校(現 京都市立京都堀川音楽高等学校)、京都市立芸術大学音楽学部ピアノ専攻卒業後、同大学大学院音楽研究科修士課程、博士後期課程を修了。博士(音楽学)。2009~13年フランス政府給費留学生及びロームミュージックファンデーション奨学生としてトゥール大学大学院博士課程・トゥール地方音楽院古楽科第3課程に留学。2017年4月より京都コンサートホールに勤務し、現在 京都コンサートホールプロデューサーおよび事業企画課長。


★「Kyoto Music Caravan 2023」の特設ページはこちら

「音楽家の枠を越えたリヒャルト・ワーグナー」音楽学者 岡田暁生 特別インタビュー【後半】(2023.11.18 京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクト Vol.4『ニーベルングの指環』より(ハイライト・沼尻編))

投稿日:
京都コンサートホール

2023年、リヒャルト・ワーグナー(1813-1883)が生誕210年・没後140年を迎えます。「京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクト Vol.4」公演では、日本のワーグナー演奏の第一人者ともいうべきマエストロ沼尻竜典を指揮に迎え、京都市交響楽団と共に特別なオール・ワーグナー・プログラムをお届けします。

コンサートをより楽しんでいただくため、8月から3回にわたり開催している「ワーグナーを知るためのプレ・レクチャー」。講師は、ご自身もワーグナー(音楽)のファンであり、沼尻マエストロとも親交のある、岡田暁生さんです。
そんな岡田さんにインタビューを行い、前半記事ではワーグナーにまつわるお話を伺いました。後半記事では、沼尻竜典さんやプログラムに関するお話をお送りします。

(聞き手:京都コンサートホールプロデューサー 高野 裕子)


高野:リヒャルト・ワーグナーのお話の次は、指揮者の沼尻竜典さんに関するお話を伺います。沼尻さんの指揮者としての最大の魅力はどこにあるとお考えですか。

岡田暁生氏(以下、敬称略):オーケストラを自在に操る制御能力でしょう。沼尻さんは桐朋学園大学のご出身で、最初は三善晃先生のもと作曲を学ばれたのですよね。ですから単にスコアを正確に再現するというだけではなく、作品を内側から創造するような指揮をされると思います。

高野:先日、京都市交響楽団の第680回定期演奏会(2023年7月15日)で指揮をなさった「サロメ」を拝聴しましたが、京響との相性も最高でした。

岡田:とても素晴らしかったと思います。最近は、オーケストラの制御能力に加えて、声楽的な表現を自由自在に操れるようになっていらっしゃいます。日本の指揮者は、ピアノ2台で指揮の勉強をするので、どうしても器楽的な表現になってしまうのですよね。しかし沼尻さんは、あれだけオペラを振ってこられていますから、オーケストラを振る時であっても声楽的なしなやかさを持ちながら、奏者の呼吸を読んで指揮なさっています。

高野:確かに、沼尻さんの指揮姿を拝見していても、息苦しさといったものを一切感じません。

岡田:そうですね。

高野:今年の3月、沼尻さんは16年間務めたびわ湖ホールの芸術監督を退任なさいました。在任中、びわ湖ホールでさまざまなオペラを演奏されましたが、特筆すべきは、バイロイト音楽祭で上演されるワーグナーの10作品全て(W10)を上演なさったことです。
一人の指揮者が一つの劇場でW10すべてを完遂したのは、沼尻さん&びわ湖ホールが国内初だそうで、本当に凄いことを成し遂げられたのだなと思います。

岡田:ワーグナーのオペラは本場ドイツでも人気ですが、そうそう簡単に上演できる作品ではないですからね。難しいし、規模が大きい。特に『ニーベルングの指環』は編成がとてつもなく大きいです。《マイスタージンガー》を上演しようとすると、合唱も必要ですし。また、『ニーベルングの指環』や《マイスタージンガー》、《パルジファル》といった作品は特別なものなので、普段から気軽に上演するものではないのです。このように、本場ドイツでもなかなか上演できない作品を、沼尻さんとびわ湖ホールは毎年聴かせてくれました。しかも、非常に高い水準で演奏してくださったのです。これは、素晴らしいことです。

高野:沼尻さんと共に演奏した京都市交響楽団の功績も大きいですよね。

岡田:本当に素晴らしかった。ドイツのオペラ劇場のオーケストラよりはるかに水準が高いと思うこともしばしばでした。オペラのオーケストラに必要なのは、シンフォニー・オーケストラのような正確さとは少し違います。むしろドラマの流れを作り出し、歌手を引き立て、最後にクライマックスをもってくるという、黒子の役割です。京響はそういった要望にも応えながら、シンフォニーオーケストラとしての器楽的コントロールの確かさ、響きの重厚さといったものをみせてくれました。また、京響はワーグナー作品のように長大なオペラであっても手を抜くことなく、最初から最後まで高いレベルで演奏します。本場ドイツでも、京響ほど素晴らしいオーケストラを聴ける機会はあまりないですよ。

高野:京響をこんなに褒めてくださり、わたしまで嬉しくなりました。ありがとうございます。ところで沼尻さんは、日本の若手歌手の演奏をできる限り普段からたくさん聴くようにしていると仰っていました。

沼尻竜典氏 ©RYOICHI ARATANI

岡田:沼尻さんは、原則として日本人を中心にキャスティングなさっていました。これも偉業と言って良いでしょう。バリトン歌手の青山貴さんを抜擢なさったのも沼尻さんです。沼尻さんは、一つのオペラを上演するために、ダブルキャストとカバー歌手、合計3名の歌手を準備なさっていました。3人の歌手を相手にオペラを準備するということは、指揮者にとって非常に大変なことです。これは、後々の世代に対しても(経験を積んだ歌手をたくさん育てるという意味で)絶大な遺産になっていると思います。

高野:さて、今回の「京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクト Vol.4」では、沼尻さんがすべて選曲してくださいました。オール・ワーグナー・プログラムで、前半は《ニュルンベルクのマイスタージンガー》の前奏曲、《トリスタンとイゾルデ》から2曲、そして後半は「ハイライト・沼尻編」として『ニーベルングの指環』を約1時間に凝縮してお届けする予定です。びわ湖ホールのオペラで沼尻さんとご一緒されていた、ソプラノ歌手のステファニー・ミュターさんとバリトン歌手の青山貴さんもご出演くださいます。

岡田:ワーグナーが作曲家として一番成熟していた頃の作品ばかりです。沼尻さんは、ワーグナーが先人の影響から完全に脱却して、力が最もみなぎっていた時代に書いたものを意識して選ばれたのでしょうね。

高野:沼尻さんのワーグナー演奏については、どのように感じていらっしゃいますか。

岡田:ワーグナーと言えば「ドイツ的で重厚」みたいな通念がありますが、そういうステレオタイプから解放された、とても自由に呼吸が出来るワーグナーですね。ワーグナーが20世紀モダニズムに大きな影響を与えたことはいうまでもありませんが、例えばドビュッシーやラヴェル、あるいはリヒャルト・シュトラウスやマーラーの側から光を当てたワーグナー、という印象を持ちます。沼尻さんがこうしたレパートリーを得意中の得意にしておられることはいうまでもありません。いわば十九世紀の分厚いコレステロールをそぎ落としたワーグナーですね。

高野:さまざまな時代の音楽を多角的に咀嚼してこられたからこそ、できる技なのでしょうね。ますます、11月18日のコンサートが楽しみになってきました。
今回は色々なお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。


★チケット好評販売中!!★
京都コンサートホール×京都市交響楽団 プロジェクト Vol. 4
ワーグナー生誕210年×没後140年
「『ニーベルングの指環』より(ハイライト・沼尻編)」
2023年11月18日(土)14時30分開演(13時45分開場)
京都コンサートホール  大ホール
<オール・ワーグナー・プログラム>
《ニュルンベルクのマイスタージンガー》より  第1幕への前奏曲
《トリスタンとイゾルデ》より 〈前奏曲〉〈愛の死〉
『ニーベルングの指環』より(ハイライト・沼尻編)
[指揮]沼尻竜典
[ソプラノ]ステファニー・ミュター [バリトン]青山 貴
[演奏]京都市交響楽団

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「音楽家の枠を越えたリヒャルト・ワーグナー」音楽学者 岡田暁生 特別インタビュー【前半】(2023.11.18 京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクト Vol.4『ニーベルングの指環』より(ハイライト・沼尻編))

投稿日:
京都コンサートホール

ドイツ・ロマン派時代の頂点に立つ作曲家、リヒャルト・ワーグナー(1813-1883)。今年で生誕210年・没後140年を迎えます。
「京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクト Vol.4」公演では、日本のワーグナー演奏の第一人者ともいうべきマエストロ沼尻竜典氏を指揮に迎え、京都市交響楽団と共に特別なオール・ワーグナー・プログラムをお届けします。
コンサートに先立ち、「ワーグナーを知るためのプレ・レクチャー」を8月から3回にわたりお送りしています。講師は、京都大学人文科学研究所教授の岡田暁生さんです。第1回(8月25日)は「ワーグナーの人生」、第2回(9月22日)は「ワーグナーの魔力」というタイトルでお話してくださり、第3回(10月27日)は「ワーグナーと近代」についてレクチャーをしてくださる予定です。

今回は、ご自身もワーグナー(音楽)のファンであり、指揮者の沼尻竜典さんとも親交のある岡田暁生さんに「リヒャルト・ワーグナー」や「京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクトVol.4」にまつわるさまざまなお話を伺いました。
「前半」と「後半」の2回に分けて掲載します。

(聞き手:京都コンサートホールプロデューサー 高野 裕子)


高野:8月、9月と2回にわたり、ワーグナーに関する濃密なレクチャーをいただき、誠にありがとうございました。今日はレクチャーに参加されていないお客様にもワーグナーの魅力をお伝えしたく、岡田先生にいろいろなご質問をさせていただきます。
まず、19世紀の音楽史において、リヒャルト・ワーグナーという人物はどのような立ち位置にあったのか教えていただけますか。

岡田暁生氏(以下、敬称略):「19世紀の総合」、そして「20世紀の展望」、それに尽きるでしょう。つまりワーグナーは、19世紀に至るまでのさまざまな音楽の流れを総合し、それを20世紀の色々な音楽の流れに繋げた人物だということです。いま言った「20世紀の色々な音楽」には、ドビュッシーやシェーンベルクはもちろん入りますし、映画音楽やアニメ的な音楽まで入ります。ハリウッド映画の音楽にまで射程が及ぶというのは、ワーグナーにしかできない凄さだと思いますね。

高野:「オペラ作曲家」という枠に収まりきらないということですね。

岡田:そう、それを遥かに越えた人物です。この時代、こういう作曲家はほかにいません。

高野:ワーグナーはオペラや楽劇をたくさん書いた作曲家ですが、彼はそれらを通して何を目指したのでしょうか。

岡田:「世界を表現したかった」のではないでしょうか。世界が始まってから滅亡するまでを作品の中で描きたかった。言い換えれば、「近代の神話」を作りたかったのだと思います。
我々の一番の不幸といえば、世界の断片化だと考えます。例えば、私たちは各々の仕事以外のことは興味がないですよね。自分の仕事が世界の中でどうなっているかなんて、多くの人々は考えもしないでしょう。世界全体を憂いて、今後どうなっていくのかという視点を「持ちたい」とは思っても、なかなか持てないものです。なぜなら、世界が細分化・専門化しすぎて、全体像が見えなくなってきているからです。ワーグナーはそれをもう一度、「これが世界だ」ということを見せたかったのではないでしょうか。特に『ニーベルングの指環』では、そういうことを表現したかったのではないかと思います。

高野:ワーグナーがそのような考えに及ぶようになったきっかけはあったのでしょうか。

岡田:「資本主義に対する呪い」、「近代社会への呪い」ですね。ドイツの哲学者のカール・マルクスが当時、ワーグナーと同じような立場から物を考えていました。彼は、「資本とは何か」と考え、「この状況を放置すると、とんでもないことになるぞ」と心配していたのです。ワーグナーが『ニーベルングの指環』で描いたことは、まさにこういった「資本主義批判」なのです。この世界はいずれ滅びるだろう、滅びた後どのように世界が蘇るのか、それとも蘇らないのか、ということを作品で表現しようとしました。ここまで大きな視点で音楽を構想した人は、昔も今もひっくるめて、存在しないのではないでしょうか。

高野:確かにそうですね。ワーグナーは神話の世界を描こうとしましたが、同時代人のイタリアやフランスのオペラを見てみると、「私たちの目から見た現実世界」を描いていますからね。

岡田:そうそう、「私の恋は一体どうなるの」という視点で物語が進みますよね。
さらに、ワーグナーは『ニーベルングの指環』の中で、環境問題を予言しているようにも思えます。人間が「黄金」という資源をラインの乙女から奪い、またありとあらゆる地下資源を小人に繰り返し掘り起こさせて、そして黄金で作った指環で世界を支配し、結局滅びていく・・・という物語ですから。ヴァルハラ城が火で焼けて、洪水が来る・・・という話は、ある意味、21世紀の現在でも通じるテーマでしょう。
また同時に、ワーグナーは「どうすれば欲望から人間が救われるか」というテーマも常に頭の中にあったようです。これは、ほとんど宗教的なテーマとも言えますが。

高野:このようなワーグナーのオペラや楽劇は当時、誰に向けて書かれたのでしょうか。例えば、イタリアやフランスの作曲家たちは、さまざまな層の音楽愛好家に向けて音楽を書いていましたが、ワーグナーの作品はとても同じようなジャンルの音楽には思えません。

岡田:ワーグナーはまだ見ぬ未来の人類に向かって書いていたのだと思います。いわば、未来へのメッセージですね。同時代の人々に向けて書いていたとは考えられません。

高野:当時の人々は、ワーグナーがそのような壮大なテーマを掲げて作品を書いていたことに気付いていたのでしょうか。

岡田:一部の知識人は、確実に気がついていたでしょうね。例えば、フランスの象徴主義の詩人シャルル・ボードレールや哲学者アンリ・ベルクソン、ドイツの思想家フリードリヒ・ニーチェなど、思想界や文学界、美術界など、あらゆるジャンルの知識人たちがワーグナーの音楽を聴いて、「これだ!」と思ったわけですからね。昔は、教会の儀礼の中に音楽や美術が統合されて、一つの世界が形作られていたのですが、音楽、彫刻、美術などと世界が細分化されていくにつれ、世界を「一つのものとして見る」というプロセスがなくなっていきました。ワーグナーが「総合芸術」を目指したのは、そのような文脈があったのだと思います。つまり、もう一度「世界を見る」というテーマから芸術を作ろうとしたわけです。ワーグナーに陶酔した当時の知識人たちは、そういった考えに共感したのでしょう。

高野:ところで、岡田先生は8月のレクチャーの中で、「ワーグナー自身は《さまよえるオランダ人》以前の作品は自分の作品だと認めたくなかった」とお話されました。ワーグナーの作風が確立するに至った、つまり、ワーグナーに影響を与えた人物や事象は何だったのでしょうか。

岡田:ワーグナーが本当に“化け始める”のは、お尋ね者になってからです(注:ワーグナーは1849年のドイツ三月革命の革命運動に参加し、失敗。その後、全国で指名手配され、スイス・チューリッヒで9年間の亡命生活を送った。その間に『ニーベルングの指環』に着手した)。つまり、『ニーベルングの指環』以降ですね。《ローエングリン》までは、例えばドレスデンやパリなどの劇場のために、現実の枠の中で考えた作品を書いていましたが、お尋ね者になってからは時間もたっぷりありましたから、想像力の羽を伸ばそうとしたのですよね。当時、チケットの売れ行きを気にせず、自分のしたいことを徹底的にするだけの時間とお金があったのです。

高野:なるほど。ワーグナーは20年近くかけて『ニーベルングの指環』を書いています。それだけの時間を費やして、未来へのメッセージを書き続けていたわけですね。

岡田:彼は「近代の神話」を作りたかったのでしょうね。神話は未来永劫に語り継がれますから。芸術を通して、神なき世界に新しい宗教を作りたかったのではないでしょうか。

高野:ワーグナーは本当に宗教的ですよね。

岡田:ワーグナーは骨の髄までプロテスタントでしたが、J.S.バッハのように、神が存在していると心の底から信じられるほど無邪気な人ではありませんでした。時代的なものもありますが、当然ながら神に対して疑いのようなものを持っていたと思いますよ。本当のところは、神に救ってほしかったのでしょうね。滅びるのが怖かったから。死ぬのが怖い、と言ったほうが良いでしょうか。

高野:「神」といえば、「神々の死」を唱えたニーチェが思い出されます。さきほどニーチェがワーグナーに共感したという話題が出てきましたが、ニーチェとワーグナーは当時どのような関係だったのでしょうか。

岡田:ニーチェはワーグナー信者でした。ニーチェもワーグナーも、近代の最大の問題は、宗教的観念の滅亡であると考えた人物でした。ニーチェが初期のワーグナーにピンときたのは、そういった背景があるからです。ところが、ワーグナーの中にあるエセ宗教的なところと言いますか、自分を神格化しようとする体質があるとニーチェが見抜いてしまい、最終的には離反しました。

高野:実際問題、ワーグナーは自分を神に仕立てたかったのでしょうか。

岡田:そうだと思います。だから、離反したニーチェの気持ちは分かります。ただ、近代の芸術家は、ある種ポピュリスト的な資質がなければ、公衆に訴えかけることができないですよね。政治家にも共通する事柄だと思いますが、広く公衆に訴えかけるために、俗受けすることを躊躇しない胆力がないとダメ。ワーグナーはそういったポピュリスト的な資質を持った人間でした。

高野:ワーグナー人気は、このような資質にも起因しているのでしょうね。

岡田:はい。近代の作曲家を見てみると、大なり小なり、こういったある種の「はったりを躊躇しない力」が備わっているように思います。ワーグナーほどではないですが、マーラーやリヒャルト・シュトラウス、ラヴェルなどもそうではないでしょうか。リヒャルト・シュトラウスは、とある二流の作曲家について「彼はすごく良い音楽家だけれども、唯一欠けているものがある。それは、下品と言われることをためらいすぎることである」と言ったそうです。これは金言ですよね。巨匠は「下品」と言われることを時にためらわないですから。

高野:さて、話題をワーグナーのオペラに戻します。
ワーグナーは作曲だけではなく、脚本も書いていましたが、そちらの評価は当時どうだったのでしょうか。

岡田:文学的な質は低いですが、音楽と一体となれば話は別です。彼は自分の世界を自ら創出したかったので、すべて自分で担っていました。台本をほかの誰かに書かせたら、自分だけの世界ではなくなりますから。全ての起源に自分を関わらせたかったのでしょう。

高野:ワーグナーは舞台装置にもこだわったと聞きました。

岡田:そうです、ものすごくこだわりました。ワーグナーは演出家として一流だったそうです。舞台の仕組などにも非常に詳しかったと言われています。もしワーグナーが現代に生きていたら、作曲もできる「ハリウッドの映画監督」になっていたかもしれません。

高野:当時から、そんなワーグナーの存在は偉大だったと思いますが、ワーグナーから影響を受けた作曲家はたくさんいたのでしょうね。

岡田:影響を受けなかった作曲家はいないでしょう。ジョン・ウィリアムズも、ワーグナーがいなかったら「スター・ウォーズのテーマ」を書いていなかったかもしれません。

高野:逆に言えば、「ワーグナーから絶対に影響を受けたくない!」と頑なに思っていた作曲家もいたのではないでしょうか。

岡田:それもみんな思っていたでしょうね。「影響を受けたくない」と思っていること自体、影響を受けているわけですから。みんな、ワーグナーから逃れられないのです。リヒャルト・シュトラウスは「ワーグナーは乗り越えられる壁ではないから、自分はその回り道をした」と言っています。ストラヴィンスキーも初期の作品は、ワグネリズム全開です。
ワーグナーが作品の中で達成してみせた“観客に宗教的法悦を体験させる”ことを、みんなやってみたかったのでしょうね。

高野:前から不思議に思っていたのですが、ワーグナーの音楽って、無宗教のわたしなどが聴いたとしても、宗教的なエクスタシーをなぜか感じてしまうのです。

岡田:ワーグナーはそれがやりたかったのですよ。音楽を通して、新しい宗教を創りたかったのです。そして、それは成功したと言えるでしょうね。
つまりワーグナーは、音楽家の枠を越えた人物だったのです。

――【後半】に続く――


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京都コンサートホール×京都市交響楽団 プロジェクト Vol. 4
ワーグナー生誕210年×没後140年
「『ニーベルングの指環』より(ハイライト・沼尻編)」
2023年11月18日(土)14時30分開演(13時45分開場)
京都コンサートホール  大ホール
<オール・ワーグナー・プログラム>
《ニュルンベルクのマイスタージンガー》より  第1幕への前奏曲
《トリスタンとイゾルデ》より 〈前奏曲〉〈愛の死〉
『ニーベルングの指環』より(ハイライト・沼尻編)
[指揮]沼尻竜典
[ソプラノ]ステファニー・ミュター [バリトン]青山 貴
[演奏]京都市交響楽団

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指揮者 沼尻竜典 インタビュー<後編>(2023.11.18 京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクト Vol.4『ニーベルングの指環』より(ハイライト・沼尻編))

投稿日:
京都コンサートホール

京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクトVol.4 ワーグナー生誕210年×没後140年『ニーベルングの指環』(ハイライト・沼尻編)(11/18)の開催に先がけ、指揮者の沼尻竜典氏とびわ湖ホール総括プロデューサーの村島美也子氏にお話を伺いました。後編では、今回共演されるお二人の歌手や京都市交響楽団についてお話いただきました。ぜひ最後までご覧ください!

――今回コンサートにご出演いただくステファニー・ミュターさんは、びわ湖ホールの『ニーベルングの指環』で見事なブリュンヒルデ役をこなされましたが、彼女との出会いを教えてください。

ステファニー・ミュターさん

沼尻:エアフルトの劇場で働いている旧知のピアニストから「まだ無名だが、今後とても伸びそうな歌手がいるので一度声を聴いてほしい」と紹介され、当時私が音楽総監督を務めていたリューベックの劇場まで来てもらいました。ワーグナーは歌手に声量がないといけないんですが、彼女はしっかりした声が素晴らしく飛ぶ。その場でミュターさんにブリュンヒルデ役をお願いしました。今ではバイロイト祝祭劇場に出るほどの歌手になりました。

村島:彼女は、実力はもちろんのこと、お人柄も本当に素晴らしいです。

沼尻:ドイツの劇場の世界には、小さな劇場でキャリアを開始した歌手にも、世界の頂点に立つ劇場へとつながる階段が用意されています。しかし日本の歌手は、地域ごとにあるオペラ団体の所属の方が多いので、なかなか世界とつながる機会がありません。世界どころか、地方在住の優秀な歌手が東京の舞台に立つことさえ難しい。そういえば、私のいたリューベックの劇場も決して大きくはありませんが、そこで《さまよえるオランダ人》にゼンタ役で出演した歌手が今年、バイロイトでゼンタを歌いました。ベルリン·ドイツオペラにも出演するようです。

――『リング』でヴォータン役を務めた青山貴さんも、びわ湖ホールオペラシリーズの常連ですよね。

沼尻:彼はとんでもなく声が良いのです。

村島:圧倒的な美声ですよね。沼尻さんは青山さんをずっと逸材だと言い続けてらっしゃいますし。当時、びわ湖ホールのオペラでは大抜擢とも言える配役でしたからね。

沼尻彼は、準備をきっちりしてきます。最初の稽古から、長いオペラの歌詞を完璧に覚えてきます。

――青山さんはもともとワーグナー歌いだったのですか?

沼尻:いえ、そもそも真の意味で「ワーグナー歌い」と呼べる歌手は日本にいません(笑)。ワーグナー作品の公演がほとんどないのですから。

――ちなみに、初めてヴォータン役に抜擢された時の、青山さんの反応はどうでしたか?

青山貴さん

村島:ご本人はすごく悩んだと後日仰っていました。なにせ、ヴォータンは神々の長ですからね(笑)。青山さんは、普段は腰が低くて優しい人なのです。でも、ステージに立つと本当に堂々としていて、そのギャップも魅力のひとつです。

沼尻:日本のオペラ団体が制作する公演では声楽の先生が配役するわけですが、海外のオペラハウスや、日本でも劇場制作のプロダクションでは、芸術監督、プロデューサー、演出家が歌手を選びます。劇場制作のオペラ公演がもっと増えて世界標準のやり方で配役していけば、日本人歌手の可能性がさらに引き出され、世界と戦えるようになると思っています。その代わり、配役する劇場側も歌手のことを勉強しなければなりません。

村島:マエストロは、本当に色んなところに歌手を観に行かれますよね。これだけ公演を観に行く指揮者はいないと思いますよ。歌手を見つけてきては、「あの子良いと思うのだけど」と話せる。素晴らしいと思います。ミュターさんや青山さんも、そういうところから見つけてこられましたしね。

――ミュターさんと青山さんについて、貴重なお話をいただきありがとうございました。さて、マエストロは京都市交響楽団とも長年共演されていますが、沼尻さんから見て、京都市交響楽団のワーグナー演奏はどこが魅力的でしょうか?

沼尻:京響のメンバーはびわ湖ホールのワーグナーを毎年楽しみにしてて、実によく個人勉強、個人練習をされていました。もうワーグナーの毒が皆さんの体じゅうに回っているのでは(笑)。実際、毒に当てられてないとワーグナーはうまく演奏できないんです。9演目ワーグナー作品に一緒に取り組んできた蓄積を、11月18日のコンサートで凝縮してお見せできるのではないかと思います。

――今回プログラム前半で演奏する《トリスタンとイゾルデ》は、実は京都市交響楽団との共演は初めてなのですよね。

沼尻:はい、ワーグナーの主要オペラ10作品のうち、《トリスタン》だけ京響と演奏していないのです。私に体力があるうちに、いつかぜひ京都市交響楽団さんと一緒に全曲演奏したいと勝手に考えています。
今回演奏する『ニーベルングの指環』(ハイライト·沼尻編)は、もともと2001年に東京フィルハーモニー交響楽団と新星日本交響楽団が合併した時記念演奏会で初披露しました。その後、名古屋フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会でも演奏しましたが、どちらも歌が入らない版でした。今回は特別に声楽入りの版を作りました。

――すべて繋げて演奏されるのですよね。

沼尻:はい、すべて繋げてひとつの曲のようにしています。今までにいくつものリングの演奏会用の抜粋版が作られていますが、「沼尻編」は完全なオリジナルです。音楽的に特に魅力的な名場面を繋いだ感じですね。全曲で16時間のうち、美味しいところをまとめて1時間にしていますので、ワーグナーを初めて聴く方でもお楽しみいただけると思います。ワーグナーの音楽にハマるきっかけになれば嬉しいです。

――びわ湖ホールでワーグナー作品を全部制覇したお客様でも楽しめますでしょうか。

沼尻:もちろん楽しめます。舞台の情景を思い出しながら聴いていただけたら。

村島:びわ湖ホールで熱演をしたステファニー・ミュターさんもドイツから再びお呼びいただき、素敵な企画だと思います。バイロイト歌手の実演に触れる機会は、日本では滅多にないですし。

沼尻:ワーグナーの音楽は、ドイツの管弦楽法、和声法の成熟の極地だと思います。ワーグナーの後に活躍したリヒャルト·シュトラウスがさらにそれらをもう一歩、彼なりの方向に進めましたが、以降の発展はもうほとんど無いのです。むしろ現代音楽の作曲家たちによって既存の音楽を破壊する方へ向かいますから。

――本当に楽しみです。

沼尻:私と京響のワーグナーをこのまま終わらせてはもったいないと、今回の企画を提案してくださった京都コンサートホールには心から感謝しています。楽譜の編集にあたった京響の楽譜係はとても大変だったと思うので、この場をお借りしてお礼を申し上げたいです。京響ファンにもオペラファンにも楽しんでいただける内容ですから、迷っていらっしゃる方にはぜひ今すぐポチッとしていただきたいです(笑)。

――沼尻さんと京都市交響楽団の『リング』再演、いまから心待ちにしています。本日はお忙しいなか、お時間をいただきありがとうございました。

★指揮者 沼尻竜典 インタビュー<前編>はこちら

★公演情報「京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクトVol.4
ワーグナー生誕210年×没後140年『ニーベルングの指環』(ハイライト・沼尻編)」