今秋にお送りする、京都コンサートホールのオリジナル企画「ブーレーズへのオマージュ」(11月8日)。
本公演の出演者であるフルート奏者の上野由恵さんに、現代音楽作品との出会いから、今回演奏していただくブーレーズ作品のことなど、様々なお話を伺いました。
―――京都コンサートホール主催公演へのご出演は、2023年3月1日に開催した『KCH的クラシック音楽のススメ』第3回「東京六人組」以来となります。今回、出演依頼を受けた時、どのようなお気持ちでしたか?
ブーレーズ作品の第一人者ともいえる、憧れのピアニスト 永野英樹さんと共演できることがとても嬉しかったです。2021年に「サントリーホール サマーフェスティバル」でご一緒したのですが、本当に素晴らしくて。学べるものは学ぼうと、ずっとそばで永野さんの演奏を聴いていました。現代音楽を知り尽くした雲の上のような存在の永野さんと、今回ブーレーズの作品を一緒に演奏できるなんて、夢のようです。
京都コンサートホールでの演奏は2023年3月以来となりますが、実は京都には学生時代からよく来ていました。毎春、関西日仏学館で開催されている京都フランス音楽アカデミーに何年も参加しており、そこでレッスンをしていただいたフィリップ・ベルノルド先生との出会いは、私の転機とも言えます。また、私は数年前から京都に別宅をもっており、歴史ある文化や季節ごとの美しい自然に触れています。
今回のコンサートも、素晴らしいプログラムだと思います。京都の町自体、古いものを守りながら新しいものも取り入れている感じがしますが、京都の町と同様に、京都コンサートホールも常に、他にはない独自の企画をされている印象があります。
―――上野さんは幅広いレパートリーをお持ちで、リサイタルでも必ず現代音楽を取り入れていらっしゃいますが、現代音楽を演奏するようになったきっかけを教えてください。
最初に出会った現代音楽作品はイサン・ユン*のエチュードです。高校生の時でした。初めて聴いた時に、調性などの制約がない分、人間の生々しい感情が出せる、だからこそ表現が広がるのだと、新しい発見がありました。それから現代音楽に惹かれるようになりました。2つあるデビューCDのひとつもイサン・ユンの作品集ですが、このCDを作曲家の細川俊夫先生が聴いてくださって、「これからも現代音楽を続けていった方が良い」と言ってくださいました。その言葉がきっかけで自信にもなりましたし、自分が進んでいく道を見つけることができました。
*イサン・ユン(尹伊桑)
韓国生まれの作曲家。日本に留学し、その後はパリ音楽院、ベルリン芸術大学等で作曲を学んだ。1967年の東ベルリン事件で韓国へ強制送還されたが、ブーレーズをはじめとする多くの音楽家らの署名により釈放された。
―――これまで様々な現代音楽を演奏されてきましたが、その中で感じるブーレーズの音楽の特徴や魅力を教えてください。
今回演奏する《ソナチネ》は、奏法的には古典的な手法で書かれていますので、これまで取り組んできた他の現代作品とは違うものとして捉えています。フルートとピアノの作品で最も難しい曲のひとつと言われており、取り組む前は “とんでもない!” と思っていましたが、譜面を読んでいくととても緻密に書かれていることが分かり、丁寧に丁寧に読んでいけば積み上げられていくものがあると感じています。
この作品を初めて演奏したのは大学院生の頃だったと思います。国際コンクールの課題曲でした。最初はCDを聴いても、楽譜を見ても、何が何だか分からず何も音が追えない状況でした。友達に頼んで50%と75%の速度のCDを作ってもらって、それを何度も聴いてピアノパートとフルートパートを覚えました。ピアノは右手と左手が違うことをしているので、右手と左手それぞれ覚えましたね。かなりの時間をかけて取り組みました。当初は全然うまくいきませんでしたが、そのように練習を重ねていきました。
―――《フルートとピアノのためのソナチネ》が、フルートとピアノの作品で一番難しいといわれる所以は何でしょうか?
まず、ピアノが難しいです!フルートにおいては、跳躍が大きかったり、強弱の幅が広かったりと技巧的な難しさもありますが、何が一番難しいかというとアンサンブルです。ピアノがフルートの何倍もの音をかなりのスピードで弾いているなかで、縦のラインを合わせていく難しさがあります。そんな曲は他になかなかないですね。
――――聴きどころはどのような点でしょうか?
私自身もそうだったのですが、まず “難しい!” となります。でも、以前フィリップ・ベルノルド先生にこの曲のレッスンを受けた際に、冒頭で「ほら、ファンタジーの幕開けだよ」と言われ、意識が変わりました。ただ難しいというだけではなくて、ファンタジックな作品だと思って見てみると、また全然違う作品として捉えることができました。楽譜はとても緻密に書かれていますが、技巧的に難解な面だけでなく、その時・その場所で生まれる生命感や躍動感を感じながら聴いていただけると嬉しいですし、そういう演奏ができると一番理想的だと思いながら演奏しています。
ブーレーズがこの作品を作曲したのは20~21歳の頃で、ものすごく尖がっていた時代です。若さの最高潮みたいな曲です。ブーレーズ自身、ものすごく頭がよくて、いろいろなことを理解できて、その若さの爆発というか挑戦的なエネルギーも演奏の中で表現できたらいいですね。また、永野さんからブーレーズのいろいろなお話をうかがうことで印象も変わるかもしれませんので、今からリハーサルから楽しみでなりません。
――――久々の京都コンサートホールでの演奏となります。京都の皆さまへメッセージをお願いいたします。
現代美術については、街中に作品が展示されていたり有名なアーティストが多くいたりと比較的人々に受け入れられています。 “なんだろうね、よくわからないね、でも面白いね” など言いつつ、皆さんとても気軽に作品に触れている印象があります。現代音楽についてもそうなってほしいと願っています。 “調性がないと分からない” とならずに、現代美術作品と向き合うように、 “わからないけど何だか神秘的” “すごく生命力を感じる” など、難しさや理解という点ではなく、感じるがままにストレートに受け止めていただければ、きっとその良さを感じていただけると思いますし、わたしもそう信じて演奏しています。今回演奏するブーレーズの《ソナチネ》においても難しい曲というよりも、難しさのなかから出る緊迫感のような、生の音楽からしか感じられないものを、奏者と同じ空間で体験してもらえたら嬉しいです。
―――ありがとうございました!公演当日、ホールで《ソナチネ》を聴けることを楽しみにしています!
(2025年8月京都にて 京都コンサートホール事業企画課)