第3期登録アーティスト 宮國香菜(ピアノ)インタビュー<後半>(2026.3.8 Join us(ジョイ・ナス)!~キョウト・ミュージック・アウトリーチ~「最終年度リサイタル」)

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京都コンサートホール

2024年度から2年間、京都コンサートホール第3期登録アーティストとして活動してきた、ピアニストの宮國香菜さん。
インタビュー後半では登録アーティストとしての活動の集大成となる「最終年度リサイタル」について話を伺いました。

※インタビュー前半は「こちら」よりご覧いただけます。

―――3月8日に実施する「最終年度リサイタル」のプログラムについてお伺いします。どのようにプログラムを組んだのですか?

この2年間の締め括りとして、自分自身がこれまでに惹かれてきた作曲家の作品を演奏したいと思い、選曲しました。

―――プログラムの最後に演奏予定の、ショパンのピアノ・ソナタ第3番は、昨年から「弾きたい」とずっとおっしゃっていましたよね。

そうなんです。アウトリーチ公演のなかで、私がピアノを大好きになったきっかけのひとつとして、ショパン100選のCDを紹介していました。CDは小学生の頃に両親からプレゼントしてもらったものなのですが、傷だらけになるくらい何度も何度も聴いてきました。そのCDのなかには、今回のリサイタルのメインである、ショパンのソナタ第3番が入っており、小さい頃から「いつか弾きたい!」とずっと憧れてきました。全楽章演奏するのは今回が初めてですので、この機会に演奏できることが非常に嬉しいです。

―――とっても素敵なエピソードですね!ちなみに、ショパンのピアノ・ソナタは全3曲ありますが、なぜ第3番がとくに好きなのですか?

子どもの頃にショパンを初めて聴いたとき、曲の背景についてあまり知りませんでしたが、彼の音楽を聴くと、喜怒哀楽などの心情が、ものすごく強く伝わってきて惹きつけられたんです。特にソナタの第3番は、その描写が一段と鮮明で、すごく心に響くものがありました。ピアノという楽器の表現の幅の可能性を非常に感じられ、ピアノの良さを最大限に味わっていただける作品です。

―――「時を越えるピアノの詩情」という、今回のリサイタルのテーマについて教えてください。

シューベルト、シューマン、フォーレ、ドビュッシー。今回のプログラムで取り上げている作曲家全員、ピアノ作品の中に詩情を入れて作曲している作曲家だと思います。そういった作曲家の作品を並べて、そこに描かれている詩情を、ピアノで私なりに解釈したいと思い、このテーマで選曲しました。
ショパンを軸に、彼に何かしら関わりのある作曲家の作品を取り上げてプログラムを組んでいます。

―――ありがとうございます。ショパン以外の曲目についても教えてください。

フォーレの 《ノクターン第 6番》 は、 心に寄り添ってくれるような大好きな作品のひとつです。音の陰影がまるでステンドグラスに射し込む光のように感じられ、初めて聴いた時に“教会”の情景が思い浮かびました。
あと、フォーレの曲は和声が独特で、聴くとフォーレの曲だって絶対に分かるんですよ。この曲も彼特有の和声が用いられていて、なんとも言葉で表しがたいハーモニーが素敵です。
フォーレもシューベルトも、演奏会で演奏させていただくのは今回が初めてです。またシューマンの《森の情景》も全曲演奏するのは初めてなんです。
どの曲も本当に素晴らしい作品ですので、皆さんに楽しんでいただけるよう精一杯準備しています。

―――リサイタルを通して、お越しくださるお客さまに一番伝えたいことは何ですか?

やはり、偉大な作曲家たちがこんなに素晴らしい音楽を残してくれたということです。
ひとりのピアニストとして、それをたくさんの方にお届けすることができれば幸いです。
また、アウトリーチ活動で出会った子どもたちもお越しくださると聞いていますので、初めてコンサートホールに足を運んでくださる方々にも、私の演奏を通して音楽の魅力をお伝えして、クラシック音楽に興味を持っていただけるようなきっかけになれば何よりです。

―――(担当スタッフからのコメント)
スタッフ①(山田)まずは2年間、お疲れ様でした。本当に努力家で、ひとつひとつのことに丁寧に取り組みながら、たくさんの素敵なアウトリーチ公演を京都市内でお届けしてくださりありがとうございました。ご本人のお話のなかで、宮國さんご自身の変化として、前向きに物事を捉えることができるようになったとおっしゃっていましたが、それはそばで見ている私たちも感じていました。この2年間でピアニストとしてもそれ以外の面でも、本当にたくましくご成長される姿を間近で見守らせていただけて、私たちも嬉しかったです!

スタッフ②(高野)この2年間を通して、初めは見えていなかった宮國さんのお茶目な部分が徐々に見え出して、真面目なだけでなく実は面白い人なのかなって感じました。ですので、この2年間のアウトリーチ活動の中で、宮國さんの持っていらっしゃる魅力的な部分を皆さんにお伝えすることができたことがとても良かったなと思います。子どもたちとの距離も公演を重ねるごとにどんどん縮まっていったことも見ていて嬉しかったです。

―――最終年度リサイタルでは、2年間の集大成が凝縮された、充実したプログラムをとても楽しみにしております!

(2025年12月 京都コンサートホール事業企画課インタビュー)

♪3月8日(日)開催「最終年度リサイタル Vol.2 宮國香菜 ピアノ・リサイタル」の詳細はこちら!

第3期登録アーティスト 宮國香菜(ピアノ)インタビュー<前半>(2026.3.8 Join us(ジョイ・ナス)!~キョウト・ミュージック・アウトリーチ~「最終年度リサイタル」)

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京都コンサートホール

2024年度より、第3期登録アーティストとして活動するピアニストの宮國香菜さん。

活動1年目は京都市内の小学校へ、2年目は小学校だけでなく、児童館や福祉施設等に生演奏を届けてきました。活動の締めくくりとして開催するリサイタルを前に、インタビューを行いました。

前半では、2年間のアウトリーチ活動について、語っていただきましたので、ぜひ最後までご覧ください!

―――今年度のアウトリーチも残り2回となりました。これまでの活動を振り返っていかがでしょうか。

この2年間、率直に言って楽しかったです!

“たくさんの方に音楽を届けたい”という強い思いが、学生の頃からずっとあったので、2年間継続してアウトリーチ活動をする機会をいただけたことは本当に幸せでした。演奏会とは違い、聴いてくださる皆さんといろいろなお話を交えながら、近い距離で交流できたことが嬉しかったです。

―――1年目は主に京都市内の小学校を主に訪問し、今年2年目は総合支援学校や子ども園、老人ホームなどにも出向き、さらにアウトリーチの幅が広がりましたが、どのように感じましたか?

特に支援学校や福祉施設でのアウトリーチは、これまでとは内容を大きく変えました。初めてのことも多く、不安もあったのですが、とても良い経験をさせていただいたなと思っています。支援学校の生徒さんたちは、音を心から感じて、その感情をぱっと出すことができる方々ばかりで、私自身が学ばせていただくことも非常に多かったです。
音楽の持っている“喜び”など、無限の可能性をさらに引き出せるように、こちらからもっと聴き手にアプローチした方がいいなと気づくことができました。

―――具体的にどのようにアプローチしましたか?

まずは私自身が“楽しい”と感じていることを、しっかりと伝えるということですね。私は、子どもの頃から音楽が大好きで、とにかく“楽しい”という感情が根底にあったので、その原点をもう一度あらためて思い出すということが大切だなと思いました。

―――何よりも演奏者本人がまず楽しんでいることは、とても大切なことですよね。

支援学校の先生方から、普段あまり“音”に感心を持っていない生徒さんや、ずっとその場にいるのが難しい生徒さんもいらっしゃるとお伺いしていました。しかしアウトリーチの最後には、全員で揃って音楽を楽しむことができ、そのことに先生方も感動してくださっていたので、やはり音楽は心を通い合わせる力があることを、私自身も再確認することができました。

 

―――この2年間の活動で、23回ものアウトリーチ公演がありましたね。プログラムの組み立て方は、1年目と2年目で変化はありましたか?

まず1年目の活動の中で、自分のやりたいことが固まったので、2年目はそれをさらにバージョンアップさせました。聴いてくださる方との距離感をより縮めるために、伝え方や選曲について試行錯誤しました。

―――聴き手との距離を縮めたり、もっとわかりやすく意図を伝えるために、どんな工夫をしましたか?

1年目はアウトリーチ活動が初めてということもあって、型にはめ込んで考えてしまっていたのですが、2年目は現場に合わせた柔軟な対応を心がけました。近くで聴いてくださる生徒さんのちょっとした一言を拾って、そこから話を広げていくことで、より聴き手の方との距離を縮めることができました。

―――2年間のアウトリーチ活動を通して、宮國さんがピアニストとして得たものはありますか?

ピアノは、一人で黙々と向き合い積み重ねていくことの多い楽器だと思っていました。しかしこの活動を通して、 音楽を届けるということは、決して一人だけでできることではなく、聴いてくださる方、学校や施設の方々、 コンサートホールのスタッフの皆さんなど、 本当に多くの方がいらっしゃるからこそできることだと強く感じました。
またピアノを演奏する中で、聴き手への伝え方を考えることが大切だとあらためて実感しました。お客様の心に響く演奏をするために、本当にこれで良いのかと自分自身に問いかけ続けないといけないなと、ハっとさせられるような瞬間が多々ありました。

―――ちなみにこの活動を経て、宮國さんご自身に変化はありましたか?

はい。元々どちらかというとポジティブなタイプではないのですが、アウトリーチ活動でさまざまな方と交流させていただくなかで、前向きに捉えようという気持ちが強くなりました。どのように言ったら良いのでしょうか、めげずにもっともっと積極的になろうというような。
ありがたいことに、アウトリーチの公演をおおよそ1ヶ月に1回実施する環境で、常に次の回のことを考えながら毎日を過ごしていました。いつも頭の片隅に、プログラムや演奏のことを考えながら過ごすなかで、アウトリーチ後にもちろん反省する部分もあったのですが、その中で「自分の良いところを伸ばしていこう」という気持ちが芽生えていったのかなと思います。

―――登録アーティスト卒業後、どのような音楽活動をしていきたいですか?

演奏活動をずっと続けたいという強い気持ちがあります。自身が生まれ育った京都で、たくさんの方に恩返しできる音楽家になり、これからも目の前にあることを大切に、そして周りの方々へ感謝しながら活動していきたいと思っています。

また、コンサートホールでのアウトリーチ活動のように、子どもやホールにお越しいただくことが難しい方々に音楽を届ける活動も継続していきたいと思っています。

―――ピアニストとしては、どんな演奏家になりたいですか?

心に響く音楽を皆さんに届けたいです。
私自身も子どもの頃に、音楽を聴いてワクワクしたり感動した記憶が鮮明に残っているので、子どもたちにそのようなきっかけを与えられるような演奏家になりたいです。

―――演奏活動以外にも、市内の高校の音楽教員や、楽器店でのピアノ講師の仕事もされていますが、このアウトリーチ活動がほかの仕事にも役立ったことはありましたか?

高校の音楽教員としては、生徒との対話をもっと大切にしないといけないということをあらためて実感しました。先生と生徒って少し壁があるように感じていたのですが、もっともっとみんなのことを知りたいという気持ちが強くなり、授業以外でも関わることが増え、生徒との交流が深まった気がします。

―――アウトリーチ活動のなかで、人との対話をたくさん重ねましたよね。
ピアノの先生としては、子どもの生徒さんが多くいらっしゃると思いますが、いかがでしょうか?

大学院を修了してすぐに音楽教員やピアノ講師の仕事を始めたのですが、はじめは自分の中でこうしないといけないという固定概念のようなものがありました。
しかしこのアウトリーチ活動を通して様々な方と交流したことで、生徒さんの個性をもっと引き出してあげられるようなレッスンをすることが大切だと気づかされました。生徒さんの年齢に関係なく、相手がどうしたいのかということを、たとえ言葉で表現できないような小さな子どもであっても、私が導いていってあげられるように引き出しをいっぱい作ろうと意識が変わりました。

―――アウトリーチ活動を通してのご自身の変化など、たくさんお聞かせくださりありがとうございました。

(2025年12月 京都コンサートホール事業企画課インタビュー)

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オルガニスト イヴ・レヒシュタイナー インタビュー(2026.2.28 オムロン パイプオルガン コンサートシリーズVol.77「世界のオルガニスト“イヴ・レヒシュタイナー”」)

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インタビュー

 

京都コンサートホールが誇る国内最大級のパイプオルガンをお楽しみいただける人気シリーズ「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズ」。2026年2月28日に開催するVol.77は、スイス出身のオルガニスト イヴ・レヒシュタイナー氏にご出演いただきます。

フランスを拠点に活躍するレヒシュタイナー氏に、オルガンの魅力や今回のプログラムに関すること、そして最近の活動についてなど、メールインタビューを行いました。

———レヒシュタイナーさんはオルガンのオリジナル作品だけでなく、自らオーケストラ作品をオルガン版に編曲したり、ロック音楽を演奏したり、コンテンポラリーダンスと共演したりと多彩な活動をされていますね。従来のオルガニストの域を超えた様々な活動の中で感じる、オルガンの魅力を教えてください。

私は、オルガンがとても多彩であると同時に、楽器ごとにまったく異なる個性を持っているところが魅力だと感じています。どのオルガンも独自の音の世界を持つため、演奏のたびに、その楽器を一から理解し、音楽を形づくっていくことが求められます。時には、最初に弾いたとき好きになれないオルガンもあります。しかしそれでも、本番に向けてその楽器と向き合い続け、音楽をつくり込んでいく必要があるのです。たいていの場合、そのオルガンの良さが後から見えてきて、たとえ最高の楽器でなくても、結果的に良い演奏をお届けできることが多いです。

―――今回のコンサートでは、オルガンのオリジナル作品であるフランクの《交響的大曲》のほか、自らの編曲でシューベルトの弦楽四重奏《死と乙女》より第2楽章、そしてベルリオーズの管弦楽作品《幻想交響曲》を演奏していただきます。このプログラムのテーマ、そして選曲理由を教えてください。

今回のプログラムは、フランスの交響的伝統に敬意を込めてつくったものです。

私はベルリオーズの《幻想交響曲》をオルガン用に編曲しましたが、それはこの作品がフランス・ロマン派を象徴する作品だと考えたからです。

京都でのリサイタルでは、この作品と鏡のように呼応するフランクの《交響的大曲》を加えることにしました。というのも、この曲が純粋なオルガン作品でありながら、まるでオーケストラ作品であるかのように書かれているからです。フランクは、可能な限りオーケストラを模倣しています。音を響かせている途中で新しい音色を加えるという、当時としては新しい手法を用い、まるで管楽器セクションが途中から演奏に加わるような効果を生み出しています。

シューベルトの作品(「死と乙女」より第2楽章)は、フランク作品とうまく響き合います。オルガンで演奏することにより、この曲をよりオルガン的・オーケストラ的な観点から聴いていただくことができます。

―――レヒシュタイナーさんが編曲されたオルガン版の《幻想交響曲》は、日本では2021年にミューザ川崎のコンサートで取り上げられ、話題になりました。オーケストラの大作をオルガン1台で演奏するなんて、誰も想像しなかったと思います。どうしてこの作品を編曲しようと思われたのでしょうか。また、オルガン編曲版ならではの魅力を教えてください。

このアイデアは、トゥールーズのノートルダム・ド・ラ・ダルバード教会の1888年製ピュジェ・オルガンを、修復直後に初めて聴いたときに生まれました。そのオルガンが持つ、まるでオーケストラのように多彩な響きを生み出せる能力に強く刺激を受け、私はその魅力を記録に残そうと初めてのレコーディングを行いました。そのレコーディングで私は、フランスの交響的伝統を描き出したいと思ったのです。

どのような編曲作品であっても、原曲が持つ音楽的な要素をいくつか失います。しかし同時に、編曲を通して音楽が簡略化されることにより、作品の別の側面が明らかになることもあります。

オルガニストとして《幻想交響曲》を演奏していると、ベルリオーズの旋律と和声の素晴らしさのおかげで、毎回まるで驚きに満ちた音楽の旅をしているかのように感じます。これは、ものすごい持久力が要求される挑戦です。最後には、自分の手と足からまるでフルオーケストラを生み出したように感じられて、ちょっとした誇りさえ覚えます。

―――オーケストラの作品をオルガンで演奏するには、より多彩な音色が求められますね。レヒシュタイナーさんはレジストレーション(音作り)へのこだわりはありますか。どのようなことを考えながら、音色を作っていくのでしょうか。

スイス・ジュネーブのヴィクトリアホールにて

私が編曲をする時、特定のオルガンのスタイルを念頭に置いておこないます。ベルリオーズの場合、19世紀後半のフランス製のオルガンが私の基準としてありました。

実際に演奏するオルガンはそれぞれ音色が異なり、私が基準としたオルガンに近いものもあれば、そうではないものもあります。作品のスタイルに合う範囲で、そのオルガンの音色をどれだけ幅広く引き出せるかが重要です。

京都コンサートホールのオルガンのストップの中には、公演当日使われないものもあるかもしれません。フランスのシンフォニックな響きとは合わない音色のものもあるからです。しかしながら同時に、思いがけない音色の組み合わせが見つかり、それが驚くほど興味深い響きを生むこともあります。それこそが「生のコンサート」ならではの魅力です。つまり、その楽器を深く理解し、その可能性を最大限に引き出そうとすることがコンサートの醍醐味なのです。

——最近はどのような活動を行われていますか。今取り組んでいる作品や興味のあるもの、今後挑戦してみたいことなどを教えてください。

演奏家として、私はいつも「聴衆に新しい音楽体験を届けること」に関心があります。その考えに基づき、2025年7月にハンブルクで「Hymn to Remembrance(追憶への讃歌)」というプログラムを創作しました。これは、異なるスタイルの非常に対照的な作品を、即興でつないだり、唐突に切り替えたりしながら60分間ノンストップで演奏するというものです。

一見すると、選んだ作曲家や作品の組み合わせは奇妙に見えるかもしれません(バッハ、ピアソラ、メシアン、キース・ジャレット、ドリーム・シアター)。しかし、このプログラムには一つの明確なコンセプトがあり、それぞれの作品が生み出す感情が物語のようにつながるよう、流れを考えて配置しています。会場の反応はとても温かく、演奏者と聴衆のあいだに豊かな感情が生まれ、特別な体験となりました。

移動式オルガン「Explorateur」(レヒシュタイナー氏のFacebookより)

自宅では、私が自ら設計した移動式オルガン「 Explorateur」の音楽的な可能性を探っています。この楽器は、各パイプの風圧を個別にコントロールできる仕組みを持っており、これまで経験したことのないほど多彩な表現を生み出してくれます。この楽器を使ってどんな新しい音楽をつくることができるのか、どんなプロジェクトに取り組めるのか、もっと時間をかけて探っていく必要があると感じています。自分のオルガンを携えて旅をし、そのたび新しい場所に自分で楽器を設置して演奏するという経験は、私にとって非常に新鮮で、そして非常にチャレンジングなものです。

トニー・デカップによって製作された移動可能なモジュール式オルガン。レヒシュタイナー氏も考案に関わった。

―――最後に、京都のお客様へメッセージをお願いいたします。

京都に伺い、コンサートホールとそのオルガンを楽しみ、私の演奏を聴きに来てくださる皆さまと一緒にひとときを過ごせることを、とても楽しみにしています。どのコンサートも一期一会で、混乱や暴力、不安が渦巻く世界の中で出会える、特別な時間です。私は自分のささやかな才能を使って、聴衆の方々の心を満たし、音楽で心を養っていただけるような感動をお届けしたいと思っています。

―――ありがとうございました。京都でレヒシュタイナーさんの演奏をお聴きできることがますます楽しみになりました!

(2025年12月 メールインタビューにて 京都コンサートホール事業企画課)

♪ 2月28日(土)開催「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズVol.77 世界のオルガニスト“イヴ・レヒシュタイナー”」の詳細はこちら!

編者に聞く――エッセイ本『超楽器』をなぜ、作ったのか

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京都コンサートホール

このたび、京都コンサートホールが開館30周年を記念して、京都ゆかりの著者16名によるエッセイ本『超楽器』を世界思想社より刊行いたしました。編者をつとめた、京都コンサートホール鷲田清一館長と、高野裕子プロデューサーに本書についてお聞きしました。

まだお手に取られていない方は、ご購入のきっかけに、お手に取ってくださった方は、刊行の裏話として、ぜひ最後までお読みください。

―――「超楽器」刊行にあたって、いまの率直な思いをお聞かせください。

鷲田館長:開館から30年経って、最近の京都コンサートホールはチケットが完売になるなど、たくさんのお客様にお越しいただいています。これまで、本当に多くの人に支えられてきました。今回刊行した『超楽器』は、そんなホールを支えてきてくれた方が手に取って、喜んでくれる本にしたかった。読み物として、手に取りやすく、読んで面白い本にしたかったんですよね。

「超楽器」についての想いを語る鷲田清一館長

いま、京都コンサートホールは“クラシック音楽の殿堂”と呼ばれていますが、「クラシック音楽」という言葉の定義って難しいですよね。たとえば、現代音楽も「クラシック音楽」として一括りにされていますが、そもそも現代音楽にはジャズや民族音楽なども入っており、その境界線は曖昧です。元来、音楽にはグラデーションのように、先鋭的なものから、鼻歌や盆踊りといった生活に密接に関わっているものなどが多様にあります。それに関わる人たちもプロフェッショナルからアマチュアまで、色々な人がいますね。歌う場所も、音楽ホールからカラオケまである。クラシックに限らず、音楽って境界線を引きにくいものなのです。言ってみれば、どんな人でも関わることのできるものなのです。だから、この『超楽器』の執筆者を決める時は、クラシックの専門家だけではなく、山極壽一さんのようにジャングルのゴリラの世界から金剛永謹さんの邦楽の世界まで、意外なジャンルまで拡げて、読み手がどこからでも入れるように心がけました。

―――色々な方が色々な視点から音楽にアプローチして書かれていて、著者によっては、音楽へのネガティブな思いをスタートに書かれている方もいらっしゃる。視点や入り口は各々さまざまなのに、どのお話も結局読み終わると、「音楽っていいよね」に帰結する内容になっていますよね。

鷲田館長:著者の中には、最初は音楽が「嫌い」だったのに、あることをきっかけにぐっと「好き」に寄ってきた人もいる。本書の中では語られていないけれども、岡田暁生さんのようにピュアな、コアなクラシック音楽ファンが、いつの間にかジャズに夢中になっていたりすることもある。同じ音楽の中でも色々なジャンルや視点で「行ったり来たり」できるところが音楽の面白さであり、難しさでもあるのでしょうね。

―――著者皆さんプロフェッショナルなのに、「こう」という決めつけがない。その面白さがこの本の中に詰まっていることが素晴らしいと感じました。

鷲田館長:さっき「行ったり来たり」と言いましたが、それが顕著に現れているページがあります。文末の著者紹介のページです。みなさんに「好きな曲」をお尋ねしたのですが、クラシック系の人はポピュラーやフォークソングを挙げているのに対し、音楽家でない人たちはクラシック系の曲を挙げているのが面白いですよね。

高野プロデューサー鷲田館長は・・・(ページをめくる)「好きな曲」はフォーレのレクイエムで、「好きな楽器」はエレクトリック・ギターだそうで(笑)。

鷲田館長:ちょっと反抗してみました(笑)。

高野プロデューサー:そこが鷲田館長らしいなぁと。

鷲田館長:みなさんそういう落差ってありますよね。

高野プロデューサー:ぜひみなさんにも最後の著者紹介まで楽しんでいただきたいですね。

鷲田館長:こうやって著者の方々をあらためて見てみると、色々なジャンルの方が書いてくださいましたね。きっと手に取るファンの方々も様々な方がいらっしゃるでしょうね。

高野プロデューサー:この本を通じて、きっと色んなジャンルのファンが交差してくれるでしょうね。

―――ありがとうございます!
京都コンサートホールに限らず、こういった音楽ホールというものが、この先の未来でどういった形なることが望ましいか、音楽ホールに対する想いや夢があればお聞かせください

鷲田館長:「施設」として一番幸福なことは、それを使う人とその周りに暮らしている人々がハッピーであること。「ああ、ここにあってくれてよかった」と思ってもらえること。ここを訪れる人、地域の人にとって、この施設があることでどれだけの満足感があるかが大切だと思っています。そういう施設になるためには、良いコンサートや企画が必要です。音楽は聴くだけではなく、色々な楽しみ方があります。例えば聴くだけではなく、踊ったり、雰囲気を感じたり。そういった色々な楽しみ方を、ここ京都コンサートホールの様々な場所を使いながら提供していくことができればいいなと思います。僕の夢は、世界中の人が「京都コンサートホールっていうすごいホールがある」と認識してくださると同時に、地元の人々から非常に愛される存在にホールがなってくれることです。

―――私事なのですが、幼い頃から北山地域に近い場所に暮らしていて、働く前から、ホールに足を運んでいました。思えば30年ずっと当たり前にホールがここにありました。それは特別で有難いことなのだとあらためて大人になって思います。

鷲田館長:僕もそう思います。優秀な建物は、意味がわからなくても、わけのわからない子どもにとっても、そこにあると心地の良い存在だと思います。そういえばこれまであまり見かけたことがないけど、京都コンサートホールの敷地内でもっと子供たちが遊んでいても良いなと思っています。朝、子供たちが遊んでいて、少し悪さをして、守衛さんが出てきて「こらー!!!」と怒鳴っていたりね。まるでお寺みたいだよね。

お寺は昔から子供が遊ぶ場所で、和尚さんがコラ!と怒鳴ると子供たちが散り散りに逃げて行きます。京都コンサートホールもそんな場所であったらいいとおもいます。

―――でも一方では、一流のアーティストが来て演奏しているということですね。

鷲田館長:自分たちが遊んでいるところに、なんか綺麗な着飾った人が沢山来ている。それを見て子供たちが「何やってるんやろ?」と興味を持つ。僕はそういう景色が好きです。そういう施設にならないといけないですね。

高野プロデューサー:京都コンサートホールをはじめ、ご近所さんの京都府立植物園や京都府立大学、京都学・歴彩館も含めてこの辺り一帯が京都を代表する文化ゾーンになったらいいですよね。

鷲田館長:「京都の音」といったら「除夜の鐘」だけれども、「京都コンサートホールの音」ができるといいですよね。例えばクリスマスになったらクリスマスの演奏とかね。京都を訪れると、京都の色々な音が聴こえてきます。その中の一つに「京都コンサートホールの音」が入ってくるといいね。

高野プロデューサー:館長は『超楽器』の中でも書いていらっしゃいますね(ページをめくる)――川のせせらぎ、鳥のさえずり、お寺の鐘の音、部屋越しに聞こえてくる祇園の三味線の音。それに「京都コンサートホールから聞こえてくる音楽」が加わると最高ですね。

―――『超楽器』はどんな方に手に取ってもらいたいですか。

高野プロデューサー:この書籍の構想を練る時、「どんな本にしたいか」ということについて、鷲田館長と出版元である世界思想社の編集者の方と3人でああでもない、こうでもないと話し合いました。3人に共通していたのは、「クラシック音楽にこれまで縁がなかった人にも読んでほしい」という想いでした。クラシック音楽にこれまで縁がなかった方でも面白く読んでいただけるような内容に仕上がっているなと思いますし、本を読んだ後に「なんかクラシック音楽って楽しそう」「京都コンサートホールにいっぺん行ってみようかな」と思ってくださると嬉しいです。

もちろんこの本には、これまで京都コンサートホールを支えてくださったファンの方々への感謝の気持ちもたくさん詰まっています。「30年間、京都コンサートホールにお越しくださってありがとうございます」というわたしたちスタッフの気持ちがこの本を介してたくさんの方々に伝わるといいですね。

―――これから『超楽器』を手に取られる方へのメッセージをお願いします。

鷲田館長:読んだら人にプレゼントしたくなる一冊です。

高野プロデューサー:装丁もとても素敵に綺麗に作っていただきました。鷲田館長は構想の段階から「人にプレゼントしたくなるような本にしたい」とおっしゃっていましたしね。

鷲田館長:執筆者には、クラシック音楽について真正面から語るのは今回が初めてではないかと思うような方もいらっしゃる。

高野プロデューサー:本当に豪華な執筆陣で、感謝の気持でいっぱいです。色んなジャンルのプロフェッショナルが語る音楽体験が掲載されているので、本をきっかけにみなさんの特別な音楽体験についても思い起こしていただけると嬉しいです。

高野裕子プロデューサー(京都コンサートホールエントランス前にて)

―――ありがとうございました!
ぜひ皆さま、実際にお手に取って、読んで、音楽を一層好きになる。京都コンサートホールに来たくなる。
そんな素敵な読書時間となりましたら幸いです。
もしよろしければ、アンコールの拍手喝采の気持ちで、ご友人へのプレゼントもご検討ください!

京都コンサートホール30周年記念エッセイ本『超楽器』は好評販売中です。

(2025年10月某日
聞き手・構成:京都コンサートホール事業企画課 日浦由美子)

★『超楽器』詳細・ご購入はこちら(世界思想社のページ)

★京都コンサートホール30周年記念ページはこちら

作曲家 酒井格 インタビュー (2025.11.30『KCH的クラシック音楽のススメ』Vol.6「ブラス・スターズ in KYOTO」)

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京都コンサートホール

第29回 京都の秋 音楽祭の最後を華やかに締めくくる、日本のトップ・プレイヤーたちによる夢の競演「ブラス・スターズ in KYOTO」(11月30日)。

今回のススメは日本のトップ・プレイヤーが集結し豪華なアンサンブル公演が開催されます。本公演のプロデュース・作曲・編曲を担当してくださる、酒井さんにインタビューを行いました。

――酒井さんは幼少期にピアノを始められ、中学校に入学してからは吹奏楽部でフルートを担当されていたと聞きました。

そうです、よくご存知でいらっしゃいますね!

――いつ頃、作曲を始められたのですか?

初めて作曲をしたのは、たしかピアノを初めてすぐの頃でした。ピアノ曲で、「子犬の行進」や「星のうた」といったタイトルをつけて作曲していました。幼い頃から「楽譜を書く」ことが何より好きだったみたいです。一方、両親からは「音楽で食べていくのは厳しい」と言われ、勉強を優先するよう言われていました。しかし、大学受験を目前に体調を崩してしまい、受験を諦めて浪人生活に入ったのです。浪人時代になんとなく吹奏楽コンクールの全国大会を観に行ったのですが、その時に音楽への情熱が再燃しました。どうしても音楽がやりたくなり、「音楽の教員になるなら両親にも音大受験を許してもらえるかもしれない!」と考え、一大決心をしました。どの専攻で音大受験をするか悩んだのですが、昔から好きだった作曲がしたいと思い、作曲専攻を選択しました。                             偶然にも、その時に住んでいた向かいの家に大阪音楽大学出身の方が住んでいらっしゃったのです。その方に作曲家の千原英喜先生をご紹介いただき、師事することになりました。先生には浪人時代から大学時代まで、本当にたくさんお世話になりました。

――――本当に作曲がお好きでいらっしゃったのですね。ところで吹奏楽界で絶大な人気を誇る「たなばた」はいつ頃作曲されたのですか?

実は「たなばた」の作曲は高校時代にしました。私の曲には転調が繰り返し現れるので、当時高校の同級生には難しいと感じられて、よく煙たがられていましたね(笑)。だから、「たなばた」も当時演奏されることはあまりありませんでした・・・。「たなばた」が日の目を見ることになったのは大阪音楽大学2年生の時です。当時大学で吹奏楽を指導していらっしゃった先生たちの前で「たなばた」をピアノで初披露したところ気に入ってくださり、そのまま吹奏楽編成で演奏していただきました。

――――高校生の時に作曲されたんですね!今や日本の吹奏楽界では知らない人はいない名曲がお蔵入りするところでしたね。酒井さんは「たなばた」を含め、今までたくさんの作品を作曲されていますが、作曲される際はどんなことを意識されているのでしょうか。

私の場合、人や場所、乗り物などをヒントにすることが多いです。スタイルとしてはクラシカルなものが多いですが、ジャズに影響されて作曲した作品もあります。私の作品は基本的に晴れ(明るい)曲が多く、旋律はシンプルです。そのほうが覚えやすく展開がしやすいと考えているからです。作曲はまるで料理のようだなと思っています。色んな調味料で味付けするのがとても楽しいです。

――――たしかに作曲は料理と似ているかもしれませんね!ところで酒井さんの作品は、「たなばた」や「おおみそか」、そして本演奏会でも演奏する「はじめての贈り物」など、曲のタイトルが印象的なものが多いですよね。頭の中でタイトルに基づくストーリーを作ってから作曲されているのですか?

いや、タイトルからストーリーを作るというより、タイトルを曲のスタイルのヒントにしています。「サン・ファン・バウティスタ号の航海」は、東日本大震災のあとに復興の道標となるような前向きな作品を作りたくてタイトルをつけました。また「はじめての贈り物」というタイトルをつけたのは、作品を委嘱してくれた金管グループのメンバーがちょうどその時に出産を控えていたことがきっかけです。「名前、どうしよう?」と悩む彼女に、先輩メンバーから「名前は親からの最初で一番大切なプレゼントです。悩んで下さい。」と、声が掛けられました。それがとても記憶に残り、このタイトルをつけました。この曲には、子供を思う親の優しい気持ちが詰まっています。ちなみにこの曲、曲尾が2バージョンあるのです。ゆっくり終わるバージョンとアップテンポで終わるバージョン。アンサンブルコンテストでは演奏時間に制限があるのでアップテンポのバージョンが選ばれることが多いのですが、ゆっくり終わるバージョンはまるで人間の一生のように、ゆっくりと閉じていきます。自身の立場や環境によって曲の解釈も変わると思うので、今回のメンバーでの演奏がとても楽しみです。

―――さて、本公演では、酒井さんが編曲されるラヴェルの「道化師の朝の歌」と、酒井さんの新曲「800秒間世界一周」が披露されますね。この2曲について教えてください。

ラヴェルの「道化師の朝の歌」についてはとても難しい楽曲ですが、ピアノと打楽器が入ることによって色々な工夫ができるので、それがとても楽しいです。「800秒間世界一周」についてはお気づきの方もいらっしゃると思いますが、1956年にアメリカで公開された映画「80日間世界一周」にかけています。この曲では、まず日本を出発し、色んな世界の音楽を聴いてもらいながら、お客さんに世界旅行の気分を味わってもらいたいなと思っています。それぞれの楽器にフィーチャーして、色んな表現をお客様にお聴きいただけたらいいなと思っています。

――どんな世界旅行になるのかとても楽しみです!それでは、最後にお客様にひとこと願いします!

金管楽器は勇ましいイメージがあるかもしれませんが、実際は繊細な音であったり温かい音であったり、時にミステリアスな音であったりと、色んな音色を奏でることができます。金管楽器が合わさった時のハーモニーは圧巻です。今回の演奏会では日本を代表する金管楽器奏者が一同に会し、一つの音楽を奏でます。こんな機会にはなかなか恵まれませんし、奇跡と言っても良いほどです。彼らが音楽を楽しんでいる、それぞれが音楽と向き合っている姿をたくさんのお客様にぜひ見ていただきたいです。吹奏楽をやっているお客様はもちろん、金管アンサンブルを初めて聴くお客様にも楽しんでいただける楽しい公演です。ぜひお越しください!

トランペット奏者 菊本和昭 インタビュー (2025.11.30『KCH的クラシック音楽のススメ』Vol.6「ブラス・スターズ in KYOTO」)

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京都コンサートホール
©Lasp  lnc

第29回 京都の秋 音楽祭の最後を華やかに締めくくる、日本のトップ・プレイヤーたちによる夢の競演「ブラス・スターズ in KYOTO」(11月30日)。

本公演の出演者であるトランペット奏者の菊本和昭さんに、出演メンバーやプログラムのことなど、様々なお話を伺いました。

 

―――菊本さんは兵庫県のご出身ですが、洛南高等学校や京都市立芸術大学で学ばれた経験を通して、「京都」というまちはどのような場所ですか?

京都には、高校1年生から30歳までいました。
僕にとっての「京都」とは、トランペット奏者として育ててくれた大事なまちです。京都は、京都市立京都堀川音楽高等学校や京都市立芸術大学、京都市交響楽団があるように、クラシック音楽を学んだり触れたりすることができる豊かな土壌が整っています。そして僕が高校2年生のときに完成し、大学在学中に初めてのオーケストラの本番を迎えたのが、ここ京都コンサートホールでした。今でも京都コンサートホールを訪れると「おかえりなさい」と声をかけてくださるスタッフの方がいらっしゃるので、実家のような温かさを感じています。

―――京都というまちは菊本さんにとって、たくさんの思い出がつまった特別な場所なのですね。
さて、今回の演奏会でプロデュースおよび作編曲を担当いただく酒井格(さかい・いたる)さんについてお伺いします。
酒井さんの楽曲は明るく軽快な作品が多いように思うのですが、酒井さんの作品にどのようなイメージをお持ちですか。

優れた作曲家って聴いた瞬間に、誰の曲かわかりますよね。格さんの曲も和音の使い方が特徴的で、聴くとすぐに彼の作品だとわかります。演奏するのは決して簡単ではないけれど、「良い演奏をしたい」「頑張ろう」と思えます。格さんの作品には明るさだけでなく、内に秘めたものがある気がするんですよね。

――菊本さんと酒井さんの出会いはいつ頃ですか。

格さんとの出会いは大学生の時です。「あ、“たなばた”の人や!」って興奮したことを覚えています。それ以降、格さんの曲はたくさん演奏しています!でも実は「たなばた」は未だに演奏したことがないんですよね(笑)。

――酒井さんのお人柄について教えてください。

とにかくユーモアに溢れている方です!とある先生の退官パーティーで演奏するための曲を作曲してくださったのですが、作品のタイトルは「明日(あす)の歌」。なんとAs(アス)-dur(変イ長調)の曲だったんです(笑)。面白いでしょ!

―――そんな、ユーモアあふれる酒井さんが、演奏会のために書き下ろしてくださる新曲『800秒間世界一周』について、酒井さんが「各楽器でさまざまな国を表現してみたい」とお話しされていましたが、菊本さんご自身は訪れてみたい国はありますか?

スペイン、ポルトガルに行ってみたいですね!ラテン系の気質に触れてみたいです。あと、アイスランドかなぁ~。

――これまで訪れて良かったと思う国があればぜひ教えてください。

訪れて良かった国はフィンランドですかね。夏に訪れたのですが、とんでもなく涼しい。デンマークの街並みもとても綺麗でした。美しい街並みや教会など、建築物に惹かれます。

―――楽曲の中にどの国が登場してくるのか楽しみですね!
さて、今回ご出演くださるメンバーでの演奏会は初めてとお伺いしました。

そうなんです。僕にとっても未知の世界ですが、このメンバーで演奏すると「金管アンサンブルってこんな音がするんだ!」とびっくりするかもしれませんね。一人ひとりの音が豊かに響き、まるでオーケストラを聴いているのではないかと思うような、迫力ある演奏を楽しんでもらえるのではないかと思います。また、今回はバーンスタインによる金管楽器のための室内楽を4曲演奏するのですが、金管五重奏による《ダンス組曲》のほかに、トランペット、トロンボーン、チューバの各ソロによる作品も演奏します。バーンスタインの室内楽をほぼ全曲聴くことができる機会はなかなかありませんので、そういった意味でも貴重な機会になりそうです。

―――豪華なメンバーでの演奏、どんな音がするのか今からとても楽しみです!ところで、出演メンバーのご紹介をしていただけますか。

ホルンの水無瀬一成さんは京都市立芸術大学で同期でした。1つ上の学年にテューバの次田心平さん、2つ上の学年にトロンボーンの風早宏隆さんがいました。大学は違いますが、トランペットの稲垣路子さんは僕と同い歳です!京都出身というくくりで見てみると、水無瀬さんや次田さんのほかに、トランペットの上田じんさん、ベーストロンボーンの小西元司さんがいます。京都市交響楽団のくくりでは、稲垣さん、水無瀬さん、小西さん、そして打楽器の中山航介さんがいます。ちなみに僕とトロンボーンの岡本哲さんは「元」京響組です。こうやって見てみると、みんな何かしら京都に縁があるのですよね。あっ、ピアノの新居さんは京都出身ではないのですが、実家が京都のお隣の奈良県で、お名前が由佳梨(ゆかり)ということで・・・京都にゆかりある奏者です(笑)。

―――うまい!オチまでつけてくださるとは、さすが関西人でいらっしゃいますね!それでは最後に、ファンの方々に向けてメッセージをお願いいたします!

2025年、ラヴェルは生誕150周年、グレグソンは生誕80周年、そして我らが格さんは生誕55周年です(笑)。そして京都コンサートホールは30周年!そんなスペシャルアニバーサリーコンサートを開催しますので、沢山のお客さんに足を運んでいただけるようがんばります。京響ファンのみなさん!いつもとは違うメンバーの姿が見られますよ!ぜひ、お越しください。

―――ありがとうございました!公演当日、今までにないブラスサウンドを京都コンサートホールで聴けることを楽しみにしています!

                                                                                        (2025年8月 京都市内にて
>インタビュアー:京都コンサートホール事業企画課 髙梨菜美)

11月30日(日)開催、KCH的クラシック音楽のススメVol.6「ブラス・スターズ in KYOTO」の詳細についてはこちら🎺!

オルガニスト 松居直美 インタビュー<後編>(2025.11.1 オムロン パイプオルガン コンサートシリーズVol.76「松居直美 presents “J.S.バッハに至る道”」)

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インタビュー

京都コンサートホールが誇る国内最大級のパイプオルガンをお楽しみいただける人気シリーズ「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズ」。11月1日に開催するVol.76にご出演いただく松居直美さんのインタビュー後編をお届けします。

前編はこちら

――前編では、オルガンとの出会いや留学時代のお話をお伺いしました。留学から戻ってきてオルガニストとしての道を歩まれ始めましたが、当時の日本では松居さんがオルガニストの先駆け的な存在だったのでしょうか?

先に述べたように、私が留学から帰ってくるまでは、ホールにあるような大きなオルガンはNHKホールにしかありませんでした。もちろん私よりももっと前にオルガンを勉強している先輩はたくさんいらっしゃいますが、活動の場がなく、ホールにオルガンもありませんでしたので、自分が卒業した学校の先生になったり、教会でオルガンを弾いたり、あるいは留学先で教会音楽家の資格をとってそのまま海外で活動をしたりしていましたね。残念ながら当時の日本は、オルガンやオルガニストが広く知られる環境ではありませんでした。

――当時に比べ、今は全国のいくつものホールに大きなオルガンがあり、オルガンのコンサートが各地で開催されていますね。楽器としてのオルガン認知度・人気も築いていると思います。

それは各ホールの努力の賜物だと思います。ただオルガンのコンサートをするだけでなく、オルガンの仕組みをお話ししながらのレクチャー・コンサートであったり、オルガンスクールのような啓発的な意義のある取り組みもされていますよね。今、30代で頭角を現しているオルガニストというのは、コンサートホールでオルガンコンサートを聴いてオルガンを始めた方、そしてホールが行っているオルガンスクールの出身者が多いのです。その背景には、ホールの皆さんの努力があります。

――今やオルガン、そしてオルガニストは日本のクラシック音楽界にはなくてはならない存在です。これからのオルガン界に思い描く未来を教えてください。

もう少しオルガンで仕事ができるようになればいいと思いますね。私たちやその下の世代もそうなのですが、今の時代に音楽大学でオルガンを勉強したら “こんなことができる” “こんな人になれる” といった確たるものを示しきれていないように感じています。ホールオルガニストがいるホールはまだ片手くらいしかありませんし、 “オルガンを勉強したってどうにもならない” と思っている若い人は結構いるのです。ですので、オルガニストが生きていける道・活動できる場所というものがもう少しないのだろうかとは思ってはいます。何がきっかけになるかわかりませんので、身近なことでできることをやっていくしかないと思うのですが、どうしたらよいのか、まだ私には見えていません。

また、いま日本には1,000台以上のオルガンがありますが、これを維持管理していく人、そして弾いていく人が減ってしまうことも悩ましいことです。維持管理する職人も第一世代が高齢化していますので、次の世代が引き継いでくれたらと願います。

――松居さんのオルガンへの想いをお聞かせいただきありがとうございます。京都コンサートホールにもとても立派なオルガンがありますので、大切にしていきたいと思います。ところで、松居さんは京都コンサートホールのオルガンに対して、どのような印象をお持ちでしょうか?

京都コンサートホールのパイプオルガン

過去に2回ほど演奏したことがありますが、まず最初に見たときは、 “面白いな” と思いました。左右非対称に作ってありますので、見た目だけでなく、音の聴こえ方も面白くなるのです。左右対称のオルガンはどのように音が聴こえてくるのか大体決まっていますが、非対称の場合は変わってきます。また、ドイツ系とフランス系の音色が同居していますので、音の組み合わせの種類がとても多くなります。ドイツ系とフランス系それぞれの音色を使ってもよいですし、両方の音を混ぜて使うこともできます。

――今回のコンサートのタイトルは「J.S.バッハに至る道」です。スウェーリンクから始まり、北ドイツ・オルガン楽派のオルガニストたち、そしてJ.S.バッハと、バロック時代のオルガニストの系譜をたどるようなプログラムです。このプログラムの意図、そして聴きどころを教えてください。

北ドイツ・オルガン楽派からJ.S.バッハまでの時代は名曲が多く、繰り返し何度も弾いてみたいと思わせられます。スウェーリンクの《半音階的ファンタジア》は彼の代表作といえるような作品です。続くシャイデマンはスウェーリンクの弟子です。今回演奏する《アレルヤ、我らの神をほめたたえよ~H.L.ハスラーのモテットによる~》は、多声のための古い合唱曲であるモテットを鍵盤用に移したものですが、単に鍵盤用に書き移しただけでなく、いろいろな変化をつけた曲で、そこが面白いと思っています。ヴェックマンはハンブルクのヤコブ教会のオルガニストでした。ヤコブ教会のオルガンはとても巨大なのですが、《第1旋法によるプレアムブルム》はその巨大な楽器からこんな曲が生まれたのだと思わされる、私の好きな作品です。ブクステフーデは、言わずと知れた名曲ばかりですね。そして後半にはJ.S.バッハの作品を並べました。

今回のプログラムはJ.S.バッハに至るまでの作曲家を並べてはいますが、 “こことここが似ているね” など難しく捉えていただかなくてよいと思っています。それぞれが個性的で美しい曲ですので、1曲1曲楽しんで聴いていただければよいと思います。

――プログラムの後半には、偉大なるJ.S.バッハの作品が並びました。バッハの偉大さ・素晴らしさはどのようなところに感じますか。

J.S.バッハも初期から後期と作風は変化していて、若い時の作品は確かに若さを感じはしますが、作曲技法的に巧いなと思います。あまりに巧みであるし、あれだけのオルガン作品があっても曲の終わり方が全く同じ曲はないのです。たくさんの引き出しを持った人といいますか、バッハに至るまでの数々の音楽が吸収されていて、それがバッハの中で統合されて曲となって出てきていると思うのですが、1曲ずつの曲のキャラクターの違いの面白さもありますし、バッハ以上にどの作品を弾いても興味が持て、その興味が尽きることがない作曲家はいないように感じます。しばらく時間をおいて改めて演奏してみるとまた違った発見がいつもある作曲家は、バッハの他にはあまりいないような気がします。ですので、バッハの作品を理解したと思っているわけではありませんし、近づくほどに峰が高く見えるような、そんな存在です。

――やはり、オルガニストにとってバッハは特別なのでしょうか?

特別ですね。簡単な曲は習い始めて割と早くに弾かせてもらいますが、それでも改めて弾くとなると全く違う曲のような気持ちで取り組まないといけないような、終わりがないような感じです。オルガンだから感じられること・得られることがバッハの作品の場合はたくさんあると思います。バッハの作品を演奏するときは、オルガニストでよかったなと思う瞬間です。

――最後にお客さまへメッセージをお願いいたします!

今回のプログラムは、最初は割と素朴な感じのような、いま私たちが慣れ親しんでいる近代和声とは違う世界の作品から入っていきますが、どの作品も美しい曲ですので、あまり難しく考えずに楽しんで聴いていただけたら嬉しく思います。

――ありがとうございました!11月1日、京都コンサートホールのオルガンで松居さんの演奏をお聴きできることを楽しみにしています。

(2025年7月 東京にて 京都コンサートホール事業企画課インタビュー)

♪11月1日(土)開催「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズVol.76 松居直美 presents “J.S.バッハに至る道”」の詳細はこちら!

オルガニスト 松居直美 インタビュー<前編>(2025.11.1 オムロン パイプオルガン コンサートシリーズVol.76「松居直美 presents “J.S.バッハに至る道”」)

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インタビュー

京都コンサートホールが誇る国内最大級のパイプオルガンをお楽しみいただける人気シリーズ「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズ」。11月1日に開催するVol.76にご出演いただくのは、本シリーズ初登場となる日本オルガン界の第一人者 松居直美さんです。

7月中旬、教会での演奏を終えた松居さんにお話を伺いました。

 

――素敵な演奏をお聴かせいただきありがとうございました!11月のコンサートがますます楽しみになりました。今日は松居さんとオルガンのお話をたくさん聞かせてください。早速ですが、松居さんとオルガンとの出会いはいつですか?

私の両親はクリスチャンでしたので、幼いころから毎週日曜日は教会に通っていました。私が中学生の頃、当時通っていた教会にパイプオルガンが導入され、その時にオルガンの音色を聴いたのが出会いです。当時はピアノも習っていましたし、通っていた学校もミッション系でしたので、教会音楽は非常に身近でしたが、導入されたオルガンの披露演奏会を聴いたときに今までに聴いたことのないような音が聴こえてきたのです。オルガンは教会の2階に設置されたため、上から音が降ってくるような、そんな感覚でした。いま見ればごく一般的な楽器ですが、中学生だった私は「オルガンを弾いてみたい!」と思ったのです。

 

――そこからオルガンを演奏されるようになったのですか?

そうですね。教会では子どもが興味を持てばオルガンを弾かせてくれましたし、そのうち伴奏をさせてもらったり、慣れてきたら礼拝の奏楽も弾かせてもらえました。そういう点では、恵まれていたと思います。

 

――当時はオルガンを教えてくださる方がいたのですか?

当時は教会内にキリスト教音楽学校(現キリスト教音楽学院)があり、そこに通いオルガンを習いました。教えてくださったのは日本人の先生です。

 

――国立音楽大学への進学は、どのように決められたのですか?

ミッション系の一貫校に通っていたのですが、オルガンが好きで、もっとたくさんの作品を演奏してみたいと思い、音大に進学しました。周りのオルガン科の学生は牧師の娘さんや、日頃から教会に通ってオルガンを弾いているような方ばかりでした。

 

――大学卒業後はオルガニストになりたいと思っていましたか?

オルガニストになるというビジョンは全くなかったですね。実は一度、オルガンを辞めようと思ったことがありました。大学院を卒業してから1年くらいの時期です。オルガン科を卒業しても “何かになれる” というモデルがあったわけではありませんし、可能性も考えられませんでした。私が学生の頃はオルガンのあるコンサートホールはなかったので、ホールオルガニストという職もありませんでした。しかし、その頃たまたま誘われて行った国際基督教大学でのコンサートを聴いて、 “もう一度オルガンを演奏したい” と思ったのです。そのコンサートで演奏していたのは、東ドイツのトーマス教会のオルガニストだったハンネス・ケストナーでした。

※ハンネス・ケストナー
J.S.バッハも音楽監督を務めていた、ライプツィヒの聖トーマス教会のオルガニストであった人物。

 

――その演奏会を聴いて、ドイツ留学を決められたのですか?

はい。ただ迷いはありましたね。20代半ばというのはその後の人生を大きく左右する、とても大切な時期です。そのような時期にドイツに行って何年も時間を費やしてよいのかと悩みました。

ドイツの大学院では、ジグモンド・サトマリー先生のもとで3年半ほどオルガンを学びました。サトマリー先生は演奏の解釈にしても、音色の作り方にしても、私の視野をとても広げてくれた方です。古典作品だけでなく現代音楽にも取り組まれており、たくさんの方に作品を委嘱していました。現代音楽では楽譜が完成されていない(演奏しながら作り上げていく)こともありますが、その点においては不完全な楽譜から最大限のものを引き出すことができる素晴らしい方です。

※ジグモンド・サトマリー
1939年ハンガリー生まれのオルガン奏者。1970年にハンブルクのルター教会の音楽監督・オルガン奏者に就任。1978年よりフライヴルク音楽大学の教授を務める。京都コンサートホールでは1999年11月7日にリサイタルを開催している。

 

――ちなみに、オルガンはどのように学んでいくのでしょうか?同じ鍵盤楽器でもピアノとオルガンでは楽譜も奏法も違いますし、オルガンは音作りも自身でしなければいけない楽器ですよね。

音色に関して言えば、最初は先生が作ってくださいます。そのうち基本的な音の作り方を習いますが、オルガンひとつひとつ全く違いますので、基本的な考え方をそのまま当てはめてもどうしようもありません。留学した初めの頃は、初めて弾くオルガンの場合は先生が音色を作ってくださって、それを覚え、 “この組み合わせだとこういう音になるんだな” という経験を積み重ねていきました。楽譜や本に書いてあるものを読むだけではどうしようもありません。今でもほかのオルガニストが作った音の組み合わせを聴いて、 “ういうこともできるのだ” と思うときもありますし、これからも無限にあると思っています。奏法に関しては、まずは弾き方を習い、そして曲の解釈や演奏技術、様式などを習っていくという感じでした。

 

――ドイツ留学のあと、オランダにも留学されていましたよね?

ドイツ留学から戻ってきてしばらくしてから、オランダへ留学しました。オランダへは文化庁の海外特別派遣生としていきましたので期間は短かったのですが、主人がオランダに駐在していたため、日本とオランダを行き来するような生活を送りながら、オランダでも演奏活動をしていました。

 

――ドイツとオランダでオルガンを学ばれましたが、日本と海外ではオルガンを学ぶ環境は違いましたか?

当時、NHKホール以外に大きなオルガンはありませんでした。NHKホールは日常的に通えるような場所ではありませんし、サントリーホールができたのも私が留学から帰ってきて半年くらい後のことです。ですので、それまで私が日本で弾いてきたオルガンは小さな楽器でした。今のようにインターネットもなければYouTubeで見たり聴いたりすることもできない時代で、レコードを聴いたり本を読むくらいしか情報を得る方法はありませんでした。それが留学先ではいきなり大きくて響きのある楽器、そして石造りの教会で弾くのですから、違う楽器に出会ったような感じでしたね。

 

――オルガンが好きでオルガンを学ばれてきたなかで、オルガニストになろうと決心されたのはいつ頃ですか?

オルガニストになろうと思ったのは留学から帰ってきた後ですね。留学した時はオルガンが好きでオルガンが生まれた場所に行ってみたいという思いで行きましたので、海外の大学の卒業資格を取って何かになる・何かの職に就く、ということは考えられませんでした。

私が留学から帰ってきたときはちょうどバブルの時期でした。輝かしいものへの興味としてコンサートホールでオルガンを聴いてみたいという人がたくさんいるような状況で、演奏の機会もたくさんいただきました。ただ、日本はキリスト教国ではありませんし、教会も国教会のように国や人のサポートがあって存在しているわけではありませんので、日本でオルガンが楽器として人々にどのように定着していけるのかは分かりませんでした。そもそも、それまで日本のコンサートホールにはオルガンもなかったのですからね。演奏曲も今回(11/1)の公演のようなプログラムを出しても敬遠されてしまうというか、宗教的なタイトルが付いてしまうと、引かれる感じはあったように思います。ただ、ヨーロッパのような教会の縄張り争いはありませんでしたので、公共的な存在としてオルガンには別の道があるのではないかとも思っていました。

 

――貴重なお話をたくさんお聞かせいただきありがとうございます。インタビュー後半では、この続きや日本のオルガンにまつわるお話、そして今回のプログラムについてお話を伺いました。後編もお楽しみに!

(2025年7月 東京にて 京都コンサートホール事業企画課インタビュー)

 

♪11月1日(土)開催「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズVol.76 松居直美 presents “J.S.バッハに至る道”」の詳細はこちら!

作曲家 酒井健治 インタビュー(2025.11.8 ピエール・ブーレーズ生誕100年記念事業 ブーレーズへのオマージュ)

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インタビュー

20世紀を代表するフランスの偉大な音楽家 ピエール・ブーレーズの真髄に迫る、京都コンサートホールのオリジナル企画「ブーレーズへのオマージュ」。コンサートの翌日11月9日(日)には、ブーレーズの作品や思想への理解をさらに深めていただくため、京都市立芸術大学 堀場信吉記念ホールにてスペシャルイベント「ピアニスト永野英樹による公開マスタークラス」を開催します。

コンサート、そしてマスタークラスをより楽しんでいただくため、マスタークラスで永野氏と対談を行う、京都市立芸術大学音楽学部音楽研究科作曲専攻教授 酒井健治氏にブーレーズにまつわるお話を伺いました。

―――京都コンサートホールでは、今年生誕100年を迎えた音楽家 ピエール・ブーレーズに焦点を当てたコンサートを開催します。酒井さんがブーレーズの作品に初めて触れたのはいつですか?

ブーレーズの存在自体は以前から知っていましたが、きちんと楽譜を見て作品を聴いたのは大学3年生の時です。当時、京都市立芸術大学で作曲を教えていた前田守一先生の研修室で、楽譜を見ながら音楽を聴くといった内容のゼミがあり、その中にブーレーズの作品がありました。

―――その時のブーレーズに対する印象はどのようなものでしたか?

『どうやってこの作品を書いたのだろう?』とまず思いましたね。それまではメロディーをどのように作るか、和声をどう付けるかなど、いわゆるクラシックの作曲技法を学ぶのがほとんどでした。現代音楽の語法なんて全く詳しくなかった頃に聴いたので、 “どのようにこの音楽を作ったのか”  “なぜこれが作曲家にとって良い表現なのか”  “どういう美学・感性をもってこの作品を書いたのか” 、そういったことを考えるきっかけになったのがブーレーズでした。

―――その後もブーレーズの作品を聴く機会はありましたか?

作品を聴くことはもちろん、私自身の作風にも大きな影響を与えてくれました。特にブーレーズのオーケストラ曲のグロッケンシュピールなどのきらびやかな音響、金属の打楽器を豊富に使って余韻を作るような作風には、とても影響を受けました。

―――酒井さんは京都市立芸術大学そしてパリ国立高等音楽院を卒業された後、ブーレーズが設立したIRCAM(フランス国立音楽音響研究所)で学ばれていますが、実際にブーレーズにお会いしたことはありますか?

ブーレーズに初めて会ったのはIRCAMでした。確か2009年です。私は2007年から2009年まで研究員として2年間、IRCAMに滞在していました。当時、修了作品を制作するため施設によく寝泊まりしていたのです。確か夜の22時頃だったと思うのですが、カフェで休憩しようと飲み物を取りにエレベーターを降りたら、ブーレーズが目の前にいたのです。僕は『え?』となりましたし、ブーレーズも『え?』となっていましたね(笑)。不思議な出会い方でした。その後、私の修了作品がポンピドゥー・センターでアンサンブル・アンテルコンタンポランの演奏により初演されることになったのですが、その時にもブーレーズは聴きに来ていました。作品を聴いていただいた後に直接お話ししたのですが、ものすごく緊張していて何をしゃべったかは覚えていません。でも『よかったよ』とは言ってもらえましたね。当時、ブーレーズはかなり高齢でしたので、一緒に活動をすることはなかったのですが、ブーレーズの存在感、そしてオーラのようなものを強く感じました。

―――ちなみに、酒井さんも学ばれたIRCAMはどのような施設ですか?

総合文化施設であるポンピドゥー・センターの一部門で、電子音響の研修所です。ブーレーズが設立し、初代所長も務めています。ちょうど私が入所した年に、研究員の履修システムが1年制から2年制に変わりました。1年目に15名ほどが入所し、半年間にわたって電子音響を学び非公開で作品発表を行います。そして2年目に進むときに審査が行われ、15名から6名にメンバーが絞られます。2年目は丸々1年かけてソフトウェアをさらに深く学びます。

―――どちらかというと学びの環境・要素が強いのですね。

研究員との肩書ではありますが、実際は音響音楽に必要な知識を学ぶための施設ですね。朝の10時から夕方の5時まで毎日パソコンに向かい勉強していました。しかもそれで終わりではありません。勉強のスピードがかなり速く、そして内容も濃いため、5時まで勉強した後は1日の復習をずっとしていました。作曲活動をする時間もあまりなく、ただひたすら1年間勉強し続けるといった感じでした。

―――お話を聴いているとIRCAMはほんの一握りの人しか入れないような、かなりの狭き門ですね。若い作曲家にとっては、登竜門のような場所なのでしょうか?

若い作曲家にとって、IRCAMは自己表現を進化させる場所であると同時に、キャリア形成の場所でもあると思います。パリ国立高等音楽院で学び、IRCAMに入って、そしてローマ賞を取るというのが、フランスにおける作曲家のひとつのステップにもなっています。フランスで活躍している作曲家の多くがこの道をたどっていますね。

―――現代音楽におけるIRCAMの重要性、そしてブーレーズの功績がとてもよくわかりました。さて、酒井さんは指揮者としてのブーレーズにはどのような印象をお持ちですか?

パリに住んでいるときにブーレーズが指揮する姿を見たことがあります。作曲家としてのブーレーズと直接的な繋がりがあるかはわかりませんが、ブーレーズのリハーサルは極めて合理的なのですよね。楽譜を通してブーレーズの人柄を知ることは難しいと思うのですが、指揮者としてのブーレーズはきわめて厳格な音楽づくりをしていました。ただそれと同時に、ユーモアを忘れないという一面もあって、そういった場面に出会ったときに、『ああ、やっぱりブーレーズも人間なんだな』って思いました。僕が楽譜を通して知るブーレーズ以上に、指揮者ブーレーズは人間的だなと思います。楽譜からも論理だけでは片づけられない作曲家の顔みたいなものは見えるのですが、実際に指揮をしている姿を見ると結構インパクトがありました。

―――さて、今回の企画「ブーレーズへのオマージュ」では、関連イベントとして11月9日(日)にピアニスト 永野英樹さんのマスタークラスを開催します。マスタークラスでは、永野さんと酒井さんとの対談も予定していますが、永野さんとはご面識はありますか?

お会いしたことは数えるくらいしかありません。私の作品をアンサンブル・アンテルコンタンポランで取り上げていただいた時も、別の専属ピアニストの方が演奏されていたので、まだお仕事をご一緒したことがないのです。でも実は一度、フランスの空港でばったりお会いしたことがあり、その時は長い間話し込んだ記憶がありますね。お仕事でご一緒するのは今回のマスタークラスが初めてになりますので、今から楽しみにしています。
マスタークラスの受講者・聴講者は大学時代の自分と同じように、 “楽譜上のブーレーズは知っているけれども、人間としてのブーレーズは知らない” という方がかなり多いのではないかと思います。そういった方たちに、ブーレーズの素顔が垣間見られるようなエピソードを永野さんからお聞きしたいなと思っています。

―――たくさんの興味深いお話をお聞かせいただきありがとうございました。作曲家としてブーレーズの影響力、偉大さを改めて感じました。マスタークラスでの対談も楽しみにしています!

(2025年8月 京都にて 事業企画課インタビュー)

▶「ブーレーズへのオマージュ」特設ページはこちら

クラリネット奏者 上田希 インタビュー(2025.11.8 ピエール・ブーレーズ生誕100年記念事業 ブーレーズへのオマージュ)

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アンサンブルホールムラタ

京都コンサートホール開館30周年記念、そして作曲家ピエール・ブーレーズの生誕100年を記念して開催する「ブーレーズへのオマージュ」(11月8日)。

本公演の出演者であり、いずみシンフォニエッタ大阪やアンサンブル九条山のメンバーとして活躍するクラリネット奏者の上田希さんにインタビューを行いました。現代音楽の分野でも高い評価を得ている上田さんならではの、興味深いお話が盛りだくさんです。

―――今回の公演は、今年生誕100年を迎えた作曲家ピエール・ブーレーズに迫る、京都コンサートホールのオリジナル企画です。公演に向けて、今のお気持ちをお聞かせください。

ブーレーズ自身、「現代音楽においてクラリネットは重要な位置を占める楽器だ」と言っています。また「俊敏性や音域の広さという点において、クラリネットは多様性のある楽器であり、レパートリーも多い」ということも言っています。ブーレーズがそう捉えていた楽器を吹く者として、その思いに応えなければいけないという気持ちです。

ブーレーズほど多くの著作や映像が残っている作曲家はいません。また、自身の作曲・指揮活動に加え、アンサンブル・アンテルコンタンポランやIRCAMの創設など、人のため、音楽界のため、そして聴衆のために活動をしてきた人でもあります。 “音楽を超越したような場所にいる人物” といった印象です。だって、大統領から「施設を創ってくれ」って言われるほどの人物ですよ。すごい人ですよね!

私はブーレーズが遺したものを読んだり聴いたりしながら、11月の演奏会に向けてブーレーズのことをもっと理解していきたいと思っています。また今回、ブーレーズの薫陶を受けたピアニスト 永野英樹さんとご一緒させていただけるので、ブーレーズに関するお話をたくさん聞き、ブーレーズの作品、そしてブーレーズという音楽家について、もっと知っていけたらとも思っています。

IRCAM(イルカム)
正式名称は「Institut de Recherche et Coordination Acoustique/Musique(音響・音楽の探求と調整の研究所)」。テクノロジーや音響・音楽創造などを研究する、世界最先端の組織。1976年、ポンピドゥー大統領の庇護のもと、ポンピドゥー・センター内に設立され、ブーレーズが初代所長を務めた。

―――これまでにブーレーズの作品を演奏されたことはありますか?

《デリーヴⅠ》を何度か演奏したことがあります。今回の公演のプログラムにある《12のノタシオン》や《フルートとピアノのためのソナチネ》は割と初期の作品ですが、《デリーヴ》はもっと後の作品で、非常に簡潔に書かれています。私自身、ブーレーズの作品は “譜面を読み解き忠実に表現すればブーレーズの音楽になる” といったイメージがあります。ブーレーズの著書で「省察を続けないといけない」という言葉がよく出てくるのですが、実践の中からより良いものを見つけて、考察して、次に繋げて、と。省察し続けているからこそ、ブーレーズの楽譜は意図がはっきり伝わるのであり、その譜面に忠実に音を奏でることでブーレーズの音楽になると思っています。

―――今回演奏する《ドメーヌ》について教えてください。

実は、この作品を演奏するのは今回が初めてです。作品のことはもちろん知っていましたし、重要なレパートリーであるということも分かっていましたが、これまで演奏する機会がありませんでした。《ドメーヌ》は、一時期親交のあったジョン・ケージの ”偶然性” の考え方から発展した “管理された偶然性” の作品です。 “管理された偶然性” というのは、ケージのように全てをコインやサイコロといった不確定なものに委ねるのではなく、全てが作曲家の意図のもとに統制されたうえで、奏者自身が演奏するフレーズの順番や奏法を選択しながら演奏するものです。

―――奏者に選択の権利を与えるなんて、面白い作品ですね!すでに演奏する順番は決めているのですか?

ブーレーズとともにアンサンブル・アンテルコンタンポランで活動したミシェル・アリニョンや、《ドメーヌ》の初演者でもあるヴァルター・ブイケンスといったクラリネット奏者たちが、ブーレーズから「この順番が好きだ」と聞かされている順番の型があり、私もアリニョンのマスタークラスを受けた際にメモを書き残しています。一応、ブーレーズが好んだ演奏順を知っておきつつ、あとは自分次第かなと。ブーレーズが好んだ型にしようか、違う型にしようか、でもやっぱり今回はブーレーズへのオマージュなのでブーレーズが理想的だと思った型でやってもいいかな…と。きっと最後まで迷うと思いますね。

―――演奏順によって曲のキャラクターは変わってくるのでしょうか?

道筋が変わりはしますが、全体像としてはおそらく変わらないと思います。ブーレーズ自身、 “管理された偶然性” の作品については「楽譜全体は地図であり、どの道を通っても街全体は変わらない」と言っています。同じ街ではあるが、通った道が違うので、見えるものや見える角度が違うという感じでしょうか。演奏する側としても、次にどのフレーズが来るかはとても大切で、 “次にこれが来るならこうしておこう” とか、 “起承転結をどうしようか” とか、そういう考えは出てきますね。

―――クラリネットの作品は、モーツァルトの時代から現在までたくさんありますが、その中で《ドメーヌ》はどのような位置づけですか?

 “譜面を読み解き忠実に表現すればブーレーズの音楽になる” という点では、モーツァルトとブーレーズは近いものを感じます。もちろん作曲技法や演奏技法などは異なりますが、 “楽譜を見て楽譜通りに吹けばその作曲家の音楽になる” という種類の作品という点では同じように思っています。私自身、基本的にモーツァルトのような古い作品と、ブーレーズのような新しい作品の譜面を違う視点で見ることはありません。どの作曲家の作品も同じと言ったら変かもしれませんが、演奏すること自体は変わりありませんので、 “何をベースにしているか” そして “そのベースがどう発展していくか” ということを考えながら譜面を読むようにしています。ブーレーズの作品がこの考えに当てはまるかどうかは、もっと勉強してみないと分かりませんが、作品自体を構築されている建築物みたいな感じで、 “ここはこの部分になって” とか “ここはこれが派生してて” というふうに風に譜面を読んでいけるのではないかと思っています。

―――シェーンベルク/ウェーベルン編曲の《室内交響曲》はどんな作品でしょうか?

原曲が大編成の作品で、それをウェーベルンが五重奏に編曲しました。五重奏版では、原曲にある全ての音が入っているわけではありませんが、元の編成を踏襲した形でとてもよくできています。ピアノがたくさんのパートを担っているので音数も多く、どうしても響きが重厚で分厚くなってしますが、それに対し他の4つの楽器(フルート、クラリネット、ヴァイオリン、チェロ)がどうバランスをとっていくかが難しさの一つでもあります。また、指揮者がいれば問題なく合わせられるところも、5人の場合はアンサンブル力が試されます。大変ですがやりがいのある作品です。

―――ブーレーズとシェーンベルクの親和性はどういった点でしょうか?

ブーレーズはシェーンベルクの十二音技法**を勉強し、その後トータル・セリエリズム***に至りました。ただ単に12音をばらばらにして調性に縛られないようにするだけでなく、音の高さや和声、リズム、音量など音楽を構成するすべての要素を管理する技法です。シェーンベルクとの出会いがあったから、ブーレーズという作曲家、そして作品が生まれたとも言えると思います。

ブーレーズの《12のノタシオン》はまさしく12音を使って12小節で作って…と、とてもこだわりを感じられます。逆に言えば、そんな制約がある中で12種類の作品を作曲できることはとても凄いことだと思います。今回の公演が、この《12のノタシオン》で始まるところから、すでにシェーンベルクが感じられますよね。

また、ラヴェルもシェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》を聴いてすごく衝撃を受けて楽譜を取り寄せたらしいです。今回の公演は、ブーレーズを軸に作曲家の関係性が見える、すてきなプログラムだと思います。

**十二音技法
12の半音すべてを均等に扱う作曲技法。特定の音・調を基準としないため、無調音楽を体系的に作り出す。

***トータル・セリエリズム
十二音技法を発展させ、音の高さだけでなく、音価やリズム、音色、強弱などのあらゆる要素を組織的・論理的に管理する作曲技法。

―――ピアニストの永野さんとは、これまでにも何度か共演されていますね。

いずみシンフォニエッタや「サントリーホールサマーフェスティバル」でご一緒したことがありますが、いずれの曲も指揮者がいる作品でしたので、今回のように少人数の室内楽で共演するのは初めてです。今回のお話をいただいてから、シェーンベルクの《室内交響曲》をご一緒できることが楽しみで仕方ありません。この作品はピアノがすごく大変なのですが、永野さんがピアノを弾いてくださって、一緒に演奏できるなんて、とても幸せです!

―――今回のコンサートの聴きどころや、ブーレーズの作品の楽しみ方を教えください。

あまり構えずに、耳や心を開いて聴いていただけたら嬉しいです。感じたままに、あるがままに受け止めてもらうことが一番良いと思います。今回の会場であるアンサンブルホールムラタは、ステージと客席が一体になっている感じがして、私はとても好きなホールです。演奏家と同じ目線・同じ空間に居て、音を受け止めていただける場所だと思います。

―――興味深いお話をありがとうございました。演奏会がますます楽しみになりました!

(2025年7月 京都にて 事業企画課インタビュー)

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