クラリネット奏者 上田希 インタビュー(2025.11.8 ピエール・ブーレーズ生誕100年記念事業 ブーレーズへのオマージュ)

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アンサンブルホールムラタ

京都コンサートホール開館30周年記念、そして作曲家ピエール・ブーレーズの生誕100年を記念して開催する「ブーレーズへのオマージュ」(11月8日)。

本公演の出演者であり、いずみシンフォニエッタ大阪やアンサンブル九条山のメンバーとして活躍するクラリネット奏者の上田希さんにインタビューを行いました。現代音楽の分野でも高い評価を得ている上田さんならではの、興味深いお話が盛りだくさんです。

―――今回の公演は、今年生誕100年を迎えた作曲家ピエール・ブーレーズに迫る、京都コンサートホールのオリジナル企画です。公演に向けて、今のお気持ちをお聞かせください。

ブーレーズ自身、「現代音楽においてクラリネットは重要な位置を占める楽器だ」と言っています。また「俊敏性や音域の広さという点において、クラリネットは多様性のある楽器であり、レパートリーも多い」ということも言っています。ブーレーズがそう捉えていた楽器を吹く者として、その思いに応えなければいけないという気持ちです。

ブーレーズほど多くの著作や映像が残っている作曲家はいません。また、自身の作曲・指揮活動に加え、アンサンブル・アンテルコンタンポランやIRCAMの創設など、人のため、音楽界のため、そして聴衆のために活動をしてきた人でもあります。 “音楽を超越したような場所にいる人物” といった印象です。だって、大統領から「施設を創ってくれ」って言われるほどの人物ですよ。すごい人ですよね!

私はブーレーズが遺したものを読んだり聴いたりしながら、11月の演奏会に向けてブーレーズのことをもっと理解していきたいと思っています。また今回、ブーレーズの薫陶を受けたピアニスト 永野英樹さんとご一緒させていただけるので、ブーレーズに関するお話をたくさん聞き、ブーレーズの作品、そしてブーレーズという音楽家について、もっと知っていけたらとも思っています。

IRCAM(イルカム)
正式名称は「Institut de Recherche et Coordination Acoustique/Musique(音響・音楽の探求と調整の研究所)」。テクノロジーや音響・音楽創造などを研究する、世界最先端の組織。1976年、ポンピドゥー大統領の庇護のもと、ポンピドゥー・センター内に設立され、ブーレーズが初代所長を務めた。

―――これまでにブーレーズの作品を演奏されたことはありますか?

《デリーヴⅠ》を何度か演奏したことがあります。今回の公演のプログラムにある《12のノタシオン》や《フルートとピアノのためのソナチネ》は割と初期の作品ですが、《デリーヴ》はもっと後の作品で、非常に簡潔に書かれています。私自身、ブーレーズの作品は “譜面を読み解き忠実に表現すればブーレーズの音楽になる” といったイメージがあります。ブーレーズの著書で「省察を続けないといけない」という言葉がよく出てくるのですが、実践の中からより良いものを見つけて、考察して、次に繋げて、と。省察し続けているからこそ、ブーレーズの楽譜は意図がはっきり伝わるのであり、その譜面に忠実に音を奏でることでブーレーズの音楽になると思っています。

―――今回演奏する《ドメーヌ》について教えてください。

実は、この作品を演奏するのは今回が初めてです。作品のことはもちろん知っていましたし、重要なレパートリーであるということも分かっていましたが、これまで演奏する機会がありませんでした。《ドメーヌ》は、一時期親交のあったジョン・ケージの ”偶然性” の考え方から発展した “管理された偶然性” の作品です。 “管理された偶然性” というのは、ケージのように全てをコインやサイコロといった不確定なものに委ねるのではなく、全てが作曲家の意図のもとに統制されたうえで、奏者自身が演奏するフレーズの順番や奏法を選択しながら演奏するものです。

―――奏者に選択の権利を与えるなんて、面白い作品ですね!すでに演奏する順番は決めているのですか?

ブーレーズとともにアンサンブル・アンテルコンタンポランで活動したミシェル・アリニョンや、《ドメーヌ》の初演者でもあるヴァルター・ブイケンスといったクラリネット奏者たちが、ブーレーズから「この順番が好きだ」と聞かされている順番の型があり、私もアリニョンのマスタークラスを受けた際にメモを書き残しています。一応、ブーレーズが好んだ演奏順を知っておきつつ、あとは自分次第かなと。ブーレーズが好んだ型にしようか、違う型にしようか、でもやっぱり今回はブーレーズへのオマージュなのでブーレーズが理想的だと思った型でやってもいいかな…と。きっと最後まで迷うと思いますね。

―――演奏順によって曲のキャラクターは変わってくるのでしょうか?

道筋が変わりはしますが、全体像としてはおそらく変わらないと思います。ブーレーズ自身、 “管理された偶然性” の作品については「楽譜全体は地図であり、どの道を通っても街全体は変わらない」と言っています。同じ街ではあるが、通った道が違うので、見えるものや見える角度が違うという感じでしょうか。演奏する側としても、次にどのフレーズが来るかはとても大切で、 “次にこれが来るならこうしておこう” とか、 “起承転結をどうしようか” とか、そういう考えは出てきますね。

―――クラリネットの作品は、モーツァルトの時代から現在までたくさんありますが、その中で《ドメーヌ》はどのような位置づけですか?

 “譜面を読み解き忠実に表現すればブーレーズの音楽になる” という点では、モーツァルトとブーレーズは近いものを感じます。もちろん作曲技法や演奏技法などは異なりますが、 “楽譜を見て楽譜通りに吹けばその作曲家の音楽になる” という種類の作品という点では同じように思っています。私自身、基本的にモーツァルトのような古い作品と、ブーレーズのような新しい作品の譜面を違う視点で見ることはありません。どの作曲家の作品も同じと言ったら変かもしれませんが、演奏すること自体は変わりありませんので、 “何をベースにしているか” そして “そのベースがどう発展していくか” ということを考えながら譜面を読むようにしています。ブーレーズの作品がこの考えに当てはまるかどうかは、もっと勉強してみないと分かりませんが、作品自体を構築されている建築物みたいな感じで、 “ここはこの部分になって” とか “ここはこれが派生してて” というふうに風に譜面を読んでいけるのではないかと思っています。

―――シェーンベルク/ウェーベルン編曲の《室内交響曲》はどんな作品でしょうか?

原曲が大編成の作品で、それをウェーベルンが五重奏に編曲しました。五重奏版では、原曲にある全ての音が入っているわけではありませんが、元の編成を踏襲した形でとてもよくできています。ピアノがたくさんのパートを担っているので音数も多く、どうしても響きが重厚で分厚くなってしますが、それに対し他の4つの楽器(フルート、クラリネット、ヴァイオリン、チェロ)がどうバランスをとっていくかが難しさの一つでもあります。また、指揮者がいれば問題なく合わせられるところも、5人の場合はアンサンブル力が試されます。大変ですがやりがいのある作品です。

―――ブーレーズとシェーンベルクの親和性はどういった点でしょうか?

ブーレーズはシェーンベルクの十二音技法**を勉強し、その後トータル・セリエリズム***に至りました。ただ単に12音をばらばらにして調性に縛られないようにするだけでなく、音の高さや和声、リズム、音量など音楽を構成するすべての要素を管理する技法です。シェーンベルクとの出会いがあったから、ブーレーズという作曲家、そして作品が生まれたとも言えると思います。

ブーレーズの《12のノタシオン》はまさしく12音を使って12小節で作って…と、とてもこだわりを感じられます。逆に言えば、そんな制約がある中で12種類の作品を作曲できることはとても凄いことだと思います。今回の公演が、この《12のノタシオン》で始まるところから、すでにシェーンベルクが感じられますよね。

また、ラヴェルもシェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》を聴いてすごく衝撃を受けて楽譜を取り寄せたらしいです。今回の公演は、ブーレーズを軸に作曲家の関係性が見える、すてきなプログラムだと思います。

**十二音技法
12の半音すべてを均等に扱う作曲技法。特定の音・調を基準としないため、無調音楽を体系的に作り出す。

***トータル・セリエリズム
十二音技法を発展させ、音の高さだけでなく、音価やリズム、音色、強弱などのあらゆる要素を組織的・論理的に管理する作曲技法。

―――ピアニストの永野さんとは、これまでにも何度か共演されていますね。

いずみシンフォニエッタや「サントリーホールサマーフェスティバル」でご一緒したことがありますが、いずれの曲も指揮者がいる作品でしたので、今回のように少人数の室内楽で共演するのは初めてです。今回のお話をいただいてから、シェーンベルクの《室内交響曲》をご一緒できることが楽しみで仕方ありません。この作品はピアノがすごく大変なのですが、永野さんがピアノを弾いてくださって、一緒に演奏できるなんて、とても幸せです!

―――今回のコンサートの聴きどころや、ブーレーズの作品の楽しみ方を教えください。

あまり構えずに、耳や心を開いて聴いていただけたら嬉しいです。感じたままに、あるがままに受け止めてもらうことが一番良いと思います。今回の会場であるアンサンブルホールムラタは、ステージと客席が一体になっている感じがして、私はとても好きなホールです。演奏家と同じ目線・同じ空間に居て、音を受け止めていただける場所だと思います。

―――興味深いお話をありがとうございました。演奏会がますます楽しみになりました!

(2025年7月 京都にて 事業企画課インタビュー)

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フルート奏者 上野由恵 インタビュー(2025.11.8 ピエール・ブーレーズ生誕100年記念事業 ブーレーズへのオマージュ)

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アンサンブルホールムラタ

今秋にお送りする、京都コンサートホールのオリジナル企画「ブーレーズへのオマージュ」(11月8日)。

本公演の出演者であるフルート奏者の上野由恵さんに、現代音楽作品との出会いから、今回演奏していただくブーレーズ作品のことなど、様々なお話を伺いました。

 

―――京都コンサートホール主催公演へのご出演は、2023年3月1日に開催した『KCH的クラシック音楽のススメ』第3回「東京六人組」以来となります。今回、出演依頼を受けた時、どのようなお気持ちでしたか?

ブーレーズ作品の第一人者ともいえる、憧れのピアニスト 永野英樹さんと共演できることがとても嬉しかったです。2021年に「サントリーホール サマーフェスティバル」でご一緒したのですが、本当に素晴らしくて。学べるものは学ぼうと、ずっとそばで永野さんの演奏を聴いていました。現代音楽を知り尽くした雲の上のような存在の永野さんと、今回ブーレーズの作品を一緒に演奏できるなんて、夢のようです。

京都コンサートホールでの演奏は2023年3月以来となりますが、実は京都には学生時代からよく来ていました。毎春、関西日仏学館で開催されている京都フランス音楽アカデミーに何年も参加しており、そこでレッスンをしていただいたフィリップ・ベルノルド先生との出会いは、私の転機とも言えます。また、私は数年前から京都に別宅をもっており、歴史ある文化や季節ごとの美しい自然に触れています。

今回のコンサートも、素晴らしいプログラムだと思います。京都の町自体、古いものを守りながら新しいものも取り入れている感じがしますが、京都の町と同様に、京都コンサートホールも常に、他にはない独自の企画をされている印象があります。

 

―――上野さんは幅広いレパートリーをお持ちで、リサイタルでも必ず現代音楽を取り入れていらっしゃいますが、現代音楽を演奏するようになったきっかけを教えてください。

最初に出会った現代音楽作品はイサン・ユンのエチュードです。高校生の時でした。初めて聴いた時に、調性などの制約がない分、人間の生々しい感情が出せる、だからこそ表現が広がるのだと、新しい発見がありました。それから現代音楽に惹かれるようになりました。2つあるデビューCDのひとつもイサン・ユンの作品集ですが、このCDを作曲家の細川俊夫先生が聴いてくださって、「これからも現代音楽を続けていった方が良い」と言ってくださいました。その言葉がきっかけで自信にもなりましたし、自分が進んでいく道を見つけることができました。

イサン・ユン(尹伊桑)
韓国生まれの作曲家。日本に留学し、その後はパリ音楽院、ベルリン芸術大学等で作曲を学んだ。1967年の東ベルリン事件で韓国へ強制送還されたが、ブーレーズをはじめとする多くの音楽家らの署名により釈放された。

 

―――これまで様々な現代音楽を演奏されてきましたが、その中で感じるブーレーズの音楽の特徴や魅力を教えてください。

今回演奏する《ソナチネ》は、奏法的には古典的な手法で書かれていますので、これまで取り組んできた他の現代作品とは違うものとして捉えています。フルートとピアノの作品で最も難しい曲のひとつと言われており、取り組む前は “とんでもない!” と思っていましたが、譜面を読んでいくととても緻密に書かれていることが分かり、丁寧に丁寧に読んでいけば積み上げられていくものがあると感じています。

この作品を初めて演奏したのは大学院生の頃だったと思います。国際コンクールの課題曲でした。最初はCDを聴いても、楽譜を見ても、何が何だか分からず何も音が追えない状況でした。友達に頼んで50%と75%の速度のCDを作ってもらって、それを何度も聴いてピアノパートとフルートパートを覚えました。ピアノは右手と左手が違うことをしているので、右手と左手それぞれ覚えましたね。かなりの時間をかけて取り組みました。当初は全然うまくいきませんでしたが、そのように練習を重ねていきました。

 

―――《フルートとピアノのためのソナチネ》が、フルートとピアノの作品で一番難しいといわれる所以は何でしょうか?

まず、ピアノが難しいです!フルートにおいては、跳躍が大きかったり、強弱の幅が広かったりと技巧的な難しさもありますが、何が一番難しいかというとアンサンブルです。ピアノがフルートの何倍もの音をかなりのスピードで弾いているなかで、縦のラインを合わせていく難しさがあります。そんな曲は他になかなかないですね。

 

――――聴きどころはどのような点でしょうか?

私自身もそうだったのですが、まず “難しい!” となります。でも、以前フィリップ・ベルノルド先生にこの曲のレッスンを受けた際に、冒頭で「ほら、ファンタジーの幕開けだよ」と言われ、意識が変わりました。ただ難しいというだけではなくて、ファンタジックな作品だと思って見てみると、また全然違う作品として捉えることができました。楽譜はとても緻密に書かれていますが、技巧的に難解な面だけでなく、その時・その場所で生まれる生命感や躍動感を感じながら聴いていただけると嬉しいですし、そういう演奏ができると一番理想的だと思いながら演奏しています。

ブーレーズがこの作品を作曲したのは20~21歳の頃で、ものすごく尖がっていた時代です。若さの最高潮みたいな曲です。ブーレーズ自身、ものすごく頭がよくて、いろいろなことを理解できて、その若さの爆発というか挑戦的なエネルギーも演奏の中で表現できたらいいですね。また、永野さんからブーレーズのいろいろなお話をうかがうことで印象も変わるかもしれませんので、今からリハーサルから楽しみでなりません。

 

――――久々の京都コンサートホールでの演奏となります。京都の皆さまへメッセージをお願いいたします。

現代美術については、街中に作品が展示されていたり有名なアーティストが多くいたりと比較的人々に受け入れられています。 “なんだろうね、よくわからないね、でも面白いね” など言いつつ、皆さんとても気軽に作品に触れている印象があります。現代音楽についてもそうなってほしいと願っています。 “調性がないと分からない” とならずに、現代美術作品と向き合うように、 “わからないけど何だか神秘的” “すごく生命力を感じる” など、難しさや理解という点ではなく、感じるがままにストレートに受け止めていただければ、きっとその良さを感じていただけると思いますし、わたしもそう信じて演奏しています。今回演奏するブーレーズの《ソナチネ》においても難しい曲というよりも、難しさのなかから出る緊迫感のような、生の音楽からしか感じられないものを、奏者と同じ空間で体験してもらえたら嬉しいです。

 

―――ありがとうございました!公演当日、ホールで《ソナチネ》を聴けることを楽しみにしています!

(2025年8月京都にて 京都コンサートホール事業企画課)

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