作曲家 酒井健治 インタビュー(2025.11.8 ピエール・ブーレーズ生誕100年記念事業 ブーレーズへのオマージュ)

Posted on
インタビュー

20世紀を代表するフランスの偉大な音楽家 ピエール・ブーレーズの真髄に迫る、京都コンサートホールのオリジナル企画「ブーレーズへのオマージュ」。コンサートの翌日11月9日(日)には、ブーレーズの作品や思想への理解をさらに深めていただくため、京都市立芸術大学 堀場信吉記念ホールにてスペシャルイベント「ピアニスト永野英樹による公開マスタークラス」を開催します。

コンサート、そしてマスタークラスをより楽しんでいただくため、マスタークラスで永野氏と対談を行う、京都市立芸術大学音楽学部音楽研究科作曲専攻教授 酒井健治氏にブーレーズにまつわるお話を伺いました。

―――京都コンサートホールでは、今年生誕100年を迎えた音楽家 ピエール・ブーレーズに焦点を当てたコンサートを開催します。酒井さんがブーレーズの作品に初めて触れたのはいつですか?

ブーレーズの存在自体は以前から知っていましたが、きちんと楽譜を見て作品を聴いたのは大学3年生の時です。当時、京都市立芸術大学で作曲を教えていた前田守一先生の研修室で、楽譜を見ながら音楽を聴くといった内容のゼミがあり、その中にブーレーズの作品がありました。

―――その時のブーレーズに対する印象はどのようなものでしたか?

『どうやってこの作品を書いたのだろう?』とまず思いましたね。それまではメロディーをどのように作るか、和声をどう付けるかなど、いわゆるクラシックの作曲技法を学ぶのがほとんどでした。現代音楽の語法なんて全く詳しくなかった頃に聴いたので、 “どのようにこの音楽を作ったのか”  “なぜこれが作曲家にとって良い表現なのか”  “どういう美学・感性をもってこの作品を書いたのか” 、そういったことを考えるきっかけになったのがブーレーズでした。

―――その後もブーレーズの作品を聴く機会はありましたか?

作品を聴くことはもちろん、私自身の作風にも大きな影響を与えてくれました。特にブーレーズのオーケストラ曲のグロッケンシュピールなどのきらびやかな音響、金属の打楽器を豊富に使って余韻を作るような作風には、とても影響を受けました。

―――酒井さんは京都市立芸術大学そしてパリ国立高等音楽院を卒業された後、ブーレーズが設立したIRCAM(フランス国立音楽音響研究所)で学ばれていますが、実際にブーレーズにお会いしたことはありますか?

ブーレーズに初めて会ったのはIRCAMでした。確か2009年です。私は2007年から2009年まで研究員として2年間、IRCAMに滞在していました。当時、修了作品を制作するため施設によく寝泊まりしていたのです。確か夜の22時頃だったと思うのですが、カフェで休憩しようと飲み物を取りにエレベーターを降りたら、ブーレーズが目の前にいたのです。僕は『え?』となりましたし、ブーレーズも『え?』となっていましたね(笑)。不思議な出会い方でした。その後、私の修了作品がポンピドゥー・センターでアンサンブル・アンテルコンタンポランの演奏により初演されることになったのですが、その時にもブーレーズは聴きに来ていました。作品を聴いていただいた後に直接お話ししたのですが、ものすごく緊張していて何をしゃべったかは覚えていません。でも『よかったよ』とは言ってもらえましたね。当時、ブーレーズはかなり高齢でしたので、一緒に活動をすることはなかったのですが、ブーレーズの存在感、そしてオーラのようなものを強く感じました。

―――ちなみに、酒井さんも学ばれたIRCAMはどのような施設ですか?

総合文化施設であるポンピドゥー・センターの一部門で、電子音響の研修所です。ブーレーズが設立し、初代所長も務めています。ちょうど私が入所した年に、研究員の履修システムが1年制から2年制に変わりました。1年目に15名ほどが入所し、半年間にわたって電子音響を学び非公開で作品発表を行います。そして2年目に進むときに審査が行われ、15名から6名にメンバーが絞られます。2年目は丸々1年かけてソフトウェアをさらに深く学びます。

―――どちらかというと学びの環境・要素が強いのですね。

研究員との肩書ではありますが、実際は音響音楽に必要な知識を学ぶための施設ですね。朝の10時から夕方の5時まで毎日パソコンに向かい勉強していました。しかもそれで終わりではありません。勉強のスピードがかなり速く、そして内容も濃いため、5時まで勉強した後は1日の復習をずっとしていました。作曲活動をする時間もあまりなく、ただひたすら1年間勉強し続けるといった感じでした。

―――お話を聴いているとIRCAMはほんの一握りの人しか入れないような、かなりの狭き門ですね。若い作曲家にとっては、登竜門のような場所なのでしょうか?

若い作曲家にとって、IRCAMは自己表現を進化させる場所であると同時に、キャリア形成の場所でもあると思います。パリ国立高等音楽院で学び、IRCAMに入って、そしてローマ賞を取るというのが、フランスにおける作曲家のひとつのステップにもなっています。フランスで活躍している作曲家の多くがこの道をたどっていますね。

―――現代音楽におけるIRCAMの重要性、そしてブーレーズの功績がとてもよくわかりました。さて、酒井さんは指揮者としてのブーレーズにはどのような印象をお持ちですか?

パリに住んでいるときにブーレーズが指揮する姿を見たことがあります。作曲家としてのブーレーズと直接的な繋がりがあるかはわかりませんが、ブーレーズのリハーサルは極めて合理的なのですよね。楽譜を通してブーレーズの人柄を知ることは難しいと思うのですが、指揮者としてのブーレーズはきわめて厳格な音楽づくりをしていました。ただそれと同時に、ユーモアを忘れないという一面もあって、そういった場面に出会ったときに、『ああ、やっぱりブーレーズも人間なんだな』って思いました。僕が楽譜を通して知るブーレーズ以上に、指揮者ブーレーズは人間的だなと思います。楽譜からも論理だけでは片づけられない作曲家の顔みたいなものは見えるのですが、実際に指揮をしている姿を見ると結構インパクトがありました。

―――さて、今回の企画「ブーレーズへのオマージュ」では、関連イベントとして11月9日(日)にピアニスト 永野英樹さんのマスタークラスを開催します。マスタークラスでは、永野さんと酒井さんとの対談も予定していますが、永野さんとはご面識はありますか?

お会いしたことは数えるくらいしかありません。私の作品をアンサンブル・アンテルコンタンポランで取り上げていただいた時も、別の専属ピアニストの方が演奏されていたので、まだお仕事をご一緒したことがないのです。でも実は一度、フランスの空港でばったりお会いしたことがあり、その時は長い間話し込んだ記憶がありますね。お仕事でご一緒するのは今回のマスタークラスが初めてになりますので、今から楽しみにしています。
マスタークラスの受講者・聴講者は大学時代の自分と同じように、 “楽譜上のブーレーズは知っているけれども、人間としてのブーレーズは知らない” という方がかなり多いのではないかと思います。そういった方たちに、ブーレーズの素顔が垣間見られるようなエピソードを永野さんからお聞きしたいなと思っています。

―――たくさんの興味深いお話をお聞かせいただきありがとうございました。作曲家としてブーレーズの影響力、偉大さを改めて感じました。マスタークラスでの対談も楽しみにしています!

(2025年8月 京都にて 事業企画課インタビュー)

▶「ブーレーズへのオマージュ」特設ページはこちら