指揮者 阪 哲朗 インタビュー(2026.9.13 第15回関西の音楽大学オーケストラ・フェスティバル IN 京都コンサートホール)

Posted on
インタビュー

関西の音楽大学・芸術大学8校の学生が一堂に集い、大学の垣根を越えてオーケストラの演奏をお届けする年1回のフェスティバル「関西の音楽大学オーケストラ・フェスティバル IN 京都コンサートホール」。2011年に開始し、今年で15回目を迎えます。

今年の指揮者は、このフェスティバルの参加大学である京都市立芸術大学(以下、京芸)を卒業し、現在は母校の教授を務めている阪哲朗先生。参加学生にとっては大先輩にあたります。

公演を前に、阪先生にさまざまなお話を伺いました。ぜひご覧ください!

 

――指揮者への道

阪先生、本日はお時間をいただきありがとうございます。今年のフェスティバル、 どうぞよろしくお願いいたします!
はじめに 、阪先生が「指揮者になりたい」と思われたきっかけを教えていただけますか?

指揮者を初めて意識したのは高校生の時です。もともと野球部と合唱部を兼部していて。指を怪我してボールを投げられない時期があり、ちょうどその頃、合唱部の顧問の先生から「あんた、指揮やって」と勧められたのがきっかけでした。

指揮者が何をしなければいけないのかも、よく分かっていませんでしたね。みんなをまとめる人くらいの認識で。ただ、もともとスポーツでも団体競技が好きでしたので、音楽でも合唱やオーケストラのように 「みんなで一つのものをつくる」というところに魅力を感じたのだと思います。

 

高校何年生の時でしょうか ?

2年生の時です。ちょうど進路選択の時期でしたが、得意だった音楽か体育での二択でした(笑)。ピアノは4歳から習っていたこともあり、やはり好きな音楽の道を選びました。

ただ、ピアノの先生からは大反対されましたね。「あなたを音楽家にするためにピアノを教えていたのではないし、音大に行くならツェルニーやエチュードもやらなきゃいけなかったのに・・・」と言われました。先生としては、「この子は趣味として音楽を続けていけたらいいな」というお考えだったのでしょう。

 

合唱部に入られた理由は何ですか ?

もともと歌うことが好きだったのです。学校の行き帰りも歌っていたくらいで。
先輩の強い勧誘があった、というのもありますね。

 

指揮者を目指す中で、京芸の作曲専修を選ばれた理由を教えてください。

当時、京都教育大学で作曲を教えておられた藤島昌壽(ふじしま・まさひさ)先生が、合唱部の一年上の先輩のお父様で、先生に指揮者になりたいと相談したところ、「指揮をするなら作曲を学ばないと」と助言をいただいたのが、作曲専修を選んだ理由です。

また、藤島先生は京芸の非常勤講師もされていて「京芸では和声や対位法も入学後もしっかり見てくれるし、廣瀬量平先生が作曲を教えられているから、京芸がいいよ」ともご指南いただきました。廣瀬先生といえば当時合唱部で毎日のように先生の曲を歌っていましたし、「その方から学べるのであれば」と導かれるように京芸に進学しました。

廣瀬量平 (1930-2008): 作曲家。京都市立芸術大学名誉教授。1977年から1996年まで京芸の教授を務めた。2005 年から2008年までは京都コンサートホール館長を務めた。戦後の日本における音楽教育と音楽文化の発展に大きく貢献したひとり。作品は国内外で高く評価されている。

 

学生時代は、作曲を学びながらも指揮活動をたくさんされていたようですね。

学生時代は、指揮をしていることは先生方には隠していました。破門されるんじゃないかと思って。ただ芸祭(京芸の学園祭のこと )ミュージカルや四芸祭などで指揮をする機会が次第に増えてきて、「あいつは指揮ばかりしている」と廣瀬先生にも知られるようになりました。

そんなある日、廣瀬先生から「君は作曲で卒業させることにしたから」と言われたのです。もちろん私は作曲専修で卒業するつもりだったのですが、廣瀬先生は破門にするどころか私の将来のことを考えてくださっていました。このまま作曲科か、あるいは指揮科に転科させて指揮科で卒業させるべきかと、指揮科の先生らと相談までしてくださっていたんだと聞かされ、本当に驚き、心から感謝したものでした。

四芸祭:京都市立芸術大学、東京藝術大学、愛知県立芸術大学、金沢美術工芸大学の国公立系芸術大学4校によって毎年
行われていた、芸術文化の交流を目的としたイベント。現在は沖縄芸術大学が加わり五芸祭として開催している。

 

――指揮者、そして教育者として

京芸を卒業後、留学されウィーンで指揮を学ばれ、指揮者としてのキャリアを築かれていきました。現在は指揮者として活動される一方、母校の京芸でも教鞭を執られていますが、「舞台に立つこと」と「学生を教えること」には、どのような違いがありますか ?

プロの現場で共演する相手は、すでに音楽家として活動している人たちです。一方、大学で関わるのは、これから音楽家へと成長していく学生で、その過程を支える役割があります。

音楽大学には、楽器の演奏技術に優れた学生が集まってきます。しかし、さらに大切なのは、自分自身の楽器や専門分野を越えて、異なる楽器・異なる専攻の人たちとどのように音楽を創り上げていくかということです。そのためには、音楽における共通言語を見つける訓練が必要になります。

例えば、指揮者の場合は楽器を演奏するわけではありませんので、すべての音楽家と共有できる音楽言語を通して、コミュニケーションを取らなければなりません。 理論と演奏 、その間をつなぎながら音楽家を育てていくことが私の役割だと思っています。

音楽の世界に限らず、練習にはよく「質」と「量」があると言われます。日頃から同じことを漫然と繰り返すいわば「量」のみの練習をするのではなく、昨日の自分より今日の自分、今日より明日と、試行錯誤を重ね自分に課題を課しながら進んでいく・・・「質」を伴った練習の積み重ねを経て、やがてプロの音楽家になっていくのでしょう。

 

「教える」という仕事も 、阪先生にとって、指揮者として大切な活動のひとつなのですか?

そうですね。人に物を教えるためには自分が分かっていないといけませんし、きちんと言語化する必要もあります。人を育てて一人前という言葉もありますしね。

そして私は常々、京芸で育ててもらったのでその恩返しができたらなと思っています。それと同時に、自分がこれまで国内外で経験し、先生・先輩方からいただいた事を次の世代へ伝えていくことも、自分の役割だと考えています。母校の学生に限らず、多くの学生、次の世代に伝えていくことも大切です。

 

――関西の音楽大学オーケストラ・フェスティバルについて

このフェスティバルは、関西の音楽大学・芸術大学8校の学生が一堂に集まる 、年に一度の機会です 。学生たちにとって、どんな影響があると思いますか?

学校の中だけでは得られない刺激があると思います。8つの大学の学生が集まりますので、いい意味でのプライドや責任感、自身の大学に対しての誇りも生まれますし、同世代の学生がどんな演奏をしているのかを知ることもできます。

私が学生だった頃は、このような交流機会は四芸祭くらいでした。東京藝術大学の学生オペラを観て大きな刺激を受けた私は、その後、京芸でも学生オペラに取り組むようになりました。

このような出会いや刺激は、その後の音楽活動にも大きな影響を与えてくれるものだと思います。

 

このフェスティバルで、学生たちにどんなことを経験してほしいですか ?

実は私自身は《ラ・ヴァルス》以外は日本で初めて指揮をする作品ばかりです。私にとっても新しい挑戦ですし、学生たちにとっても、きっとこれまでとは違う音楽の考え方に触れる良い機会になると思います。

フランスの音楽は和声の色彩感、各楽器のソロらしさ、またそれに伴う細かなニュアンスなどが魅力ではないでしょうか。例えば音が多いパッセージで全ての音を同じように並べてしまうと、結果的に単に音数が多いだけの音楽になってしまいます。言葉で説明するのは難しいですが「ここは雰囲気として感じてもらえばいいのか」「ここははっきり聴かせるべきなのか」というような判断が重要になります。そうした選択や感覚を、今回の経験を通して感じ取って欲しいと考えています。

 

プログラミングの意図や作品の聴きどころを教えてください。

今回は、学生たちが卒業後も演奏する機会の多い代表的なフランス作品を選びました。今回取り上げるドビュッシーの作品には、まだワーグナーの影響が色濃く残っています。そして、そのドビュッシーがいなければラヴェルは作曲家として世には出て来なかったかもしれないと言えるほど、ドビュッシーとラヴェルのつながりは大きなものがあります。

ドビュッシーは音楽だけでなく、その生き方も非常に個性的で型破りなところがあり、感性や芸術性を強く感じさせる作曲家です。一方、ラヴェルは職人的な作曲家で、模倣や仕掛けを巧みに使いながら、聴き手を驚かせるような音楽を創り上げています。よくセットで語られる2人ですが、個性の違いを感じていただけると思います。

 

コンサートを楽しみにしているお客様 、そして共演する学生へメッセージをお願いします。

フランス音楽は、ドイツ音楽(例えばソナタ形式)のような構築、論理的なものを重視するというよりも、もっと直接的に感覚へ訴えてくる部分があります。フランス印象派の絵画のように、見る者の想像力をいかに働かせるかのような独特な味わいがあります。

フランスに行ったことがある方なら、スーパーに並ぶ野菜の瑞々しい色鮮やかさをご存じかもしれません。ドイツとは違う原色、発色が鮮やかで輝きのある世界です。
涼しげな水辺のような表現、日の出のような自然現象の描写、または人間の生命の根源的なエネルギーに満ちた祭りなど、様々な魅力を感じていただけら、と思います。

共演する学生たちには、若い世代だからこそ持っているピュアな感性や爆発的なエネルギーを、そのまま音楽の色彩や感覚として存分に表現してほしいですね。彼らの持つ素晴らしい演奏技術だけではなく、自分たちの感性で感じ取ったものを飾ることなく、音楽としてお客様に届けられることを期待しています。

 

ありがとうございました 。
阪先生が学生たちと繰り広げる、フランス音楽の数々を楽しみにしています!

本日はお 時間をいただきありがとうございました。
今年のフェスティバル、どうぞよろしくお願いいたします!

 

(2026年7月 京都コンサートホールにて 事業企画課インタビュー)

 

★「第15回関西の音楽大学オーケストラ・フェスティバル IN 京都コンサートホール」の詳細はこちら