第2期登録アーティスト 福田彩乃(サクソフォーン)インタビュー(2023.3.4 Join us(ジョイ・ナス)!~キョウト・ミュージック・アウトリーチ~ジョイント・コンサート)

投稿日:
アンサンブルホールムラタ

2022年度より2年間アウトリーチ活動を行う、2名の京都コンサートホール第2期登録アーティスト。
1年目は京都市内の小学校などの学校でそれぞれ10公演ずつアウトリーチを行い、その活動報告として、ジョイント・コンサートを2023年3月4日(土)に行います。

サクソフォーン奏者の福田彩乃さん(ふくた・あやの)にインタビューを行いました。楽器との出会いや1年目のアウトリーチ活動、そして「ジョイント・コンサート」など話をお聞きしました。

ぜひ最後までご覧ください。

福田さんについて

――まずは、福田さんについてお聞きしたいと思います。アウトリーチの感想文を子どもたちからもらった際、よく書かれている質問なのですが、サクソフォーン(以下「サックス」)との出会いについて教えてください。

福田彩乃さん(以下敬称略):初めてサックスと出会ったのは、中学校年生の部活体験の時でした。もともとピアノを弾いていたのですが、部活体験でサックスを初めて吹いて、その楽しさから「この楽器、やりたい!」と思いました。体験の時にどれくらい楽器を吹けたかを元に判断されるオーディションで、無事に勝ち抜くことができ、アルト・サックスを担当することになりました。

――楽しいという感覚は大事ですよね。そのあと高校まで三重で過ごされて、進学先として京都市立芸術大学を受けようと思われたきっかけは何でしょうか?

福田:高校一年生の終わり頃、三重県内で実施された楽器の講習会に初めて参加しました。ちょうど進路に悩んでいた時期だったのですが、初めてプロの方に楽器を教わり、「私も音楽の道でやっていきたい」という気持ちが芽生えました。そこから講習会で教えてもらった方に、後の師匠となる先生を紹介してもらい、レッスンに通っているうちに芸術大学を受けたいという思いになりました。

――最初から京芸を目標としていたのでしょうか。

福田:受験当時は京都市立芸術大学にサックス科がなかったので、愛知県立芸術大学を受験しました。ただ落ちてしまい、ショックを受けて楽器をやめることも考えましたが、一浪することにしました。その途中で、京都市立芸術大学にサックス科ができる情報を聞いて、目指すことにしました。
もし初年度の受験で受かっていたら、今とは全然違うことになっていたかもしれないので、京都には勝手に運命を感じています(笑)

――大学に入るまでは京都と縁はありましたか。

福田:小学校の修学旅行の時に来たくらいで、京都は憧れの存在でした。早いもので移住してから9年目になります。

――現在は大学院の博士課程に在籍していらっしゃいますが、今年度の活動は研究がメインでしたでしょうか。

福田:今年度はやはり博士論文の執筆を一番重視していましたが、ありがたいことに演奏の機会を多くいただいたので、両立がけっこう大変でした。今までと比べると練習時間が少なかったので、いかに少ない時間でクオリティーを保つかということに悩んだ一年でした。

――演奏に研究、そしてアウトリーチと、大変な一年だったのですね。大学院に行こうと思った理由は何でしょうか。

福田:感覚で伝承されている奏法を文章などにまとめられたら自分の強みになりますし、これから指導する立場になった時に役に立つのではないかと思い、大学院に進みました。

――ちなみに博士論文はどのようなテーマで書かれましたか。

福田:サックス演奏時の口の中の状態について、日本語音節に限定して、例えば「あ」と「お」を意識した時の違いが、サックスの音に影響を与えるかを研究していました。
音を数値化して分析した結果、大きく異なるデータが得られました。自分の体感としても、意識する音節によって音が変わる印象があります。なので、感覚的なものが今回の論文で証明されたのではないかと実感しています。

――たしかに細かいニュアンスが演奏では大事ですよね。普段の演奏にも影響はありますか?

福田:はい、かなり影響があります。特にサックスの音色について研究していたこともあり、音を出す時の意識がかなり変わり、少しずつですが「この口の形をすればこんな音が出る」というのが掴めるようになってきました。
また曲を演奏する中で、ずっと同じ吹き方をしていると退屈になってしまうので、意識して変えるようになりました。

――これまで日本語の発音をベースにした研究はあまりなかったのでしょうか。

福田:口元(アンブシュア)の研究はされるようになってきたのですが、具体的に日本語の音節を意識した研究はあまりなかったので、貴重かと思います。

――サックスは他の楽器と比べると、歴史が浅い楽器かと思いますので、日本でこれから役立ちそうですね。

福田:そうですね、特に楽器を始めたばかりの人に有用ではないかと思っています。

アウトリーチについて

――さて、今年度から京都コンサートホールの登録アーティストとして活動してくださっていますが、登録アーティストに応募されたきっかけを教えてください。

福田:もともと組んでいる「NOK Saxophone Quartet(ノックサクソフォンカルテット)」というグループで、3年ほど前に1年間アウトリーチ活動をしていました。その後アウトリーチに携わる機会が少なかったのですが、もっとやっていきたいと考えていました。そんな時にこのアウトリーチ制度を見つけ、ぜひ挑戦してみたいなと思い応募しました。

――実際にこの一年間活動されてみて、普段の演奏活動に与える影響はありましたか?

福田:いい影響ばかりです。アウトリーチは子どもたちとの距離が近い分、反応をストレートに感じることができて、言い回し一つで反応が変わるのがわかります。
その経験から、ちょっとしたことで全体の印象にどれだけ影響が出るかを学びました。

――カルテットで行っていたアウトリーチと比べていかがでしたか?

福田:カルテットの時は、他のメンバーの意見を聞いてまとめ役をすることが多かったのですが、今回は自分で全部決めないといけなかったので大変でした。プログラム作りにもずいぶん悩み、試行錯誤した日々でした。

――そうだったのですね。プログラムは共演者の曽我部さんと話し合って決めていますか?

福田:ピアニストの曽我部さんとは長い期間を一緒に過ごしているので、話し合って曲を決めています。新しいレパートリーをさらに少しずつ増やして、新しいことにも挑戦できればと思っています。

――曽我部さんとはいつ出会われましたか?

福田:京都市立芸術大学で出会ったので、今年で9年目になります。ピアノの伴奏法のレッスンのためにペアが組まれて、たまたま同じペアになったのがきっかけです。

――最初に会った時の印象はどうでしたか?

福田さん:元気で愉快な人だなという印象でした。自分の考えをしっかり持っているので、悩みを相談すると意見をくれたり、音楽的なこともアドバイスしてくれるので、私にとって大事な存在です。

――アウトリーチへ行く前には研修やランスルー(通しリハーサル)を行いましたが、実際に初めてアウトリーチへ行った時はどうでしたか?

福田:大人を相手に行ったランスルーと比べて、実際のアウトリーチの方がやりやすく感じました。反応がとても良い子どもたちだったので、楽しかったです。研修までは自分の目線でしか考えられていなかったので、多方面から意見を聞けたのは貴重でした。

――たしかに福田さんのアウトリーチを見ていると、いつも楽しんでされていると感じます。

福田:そうですね笑)、毎回子どもたちとのキャッチボールを楽しみながらやってきました。

――毎回子どもたちに合わせて言い回しを変えているのは素晴らしいと思いました。この一年間の活動で印象的だったことはありますか?

福田:吉松隆作曲の〈悲の鳥〉が6分半ほどの曲なので、低学年の子たちがずっと聞くのは難しいのではないかと思っていました。実際にアウトリーチで演奏してみたらそんなことはなく、子どもたちが集中して聴いてくれたのが、一番印象に残っています。
また後日いただいたお手紙の中で「〈悲の鳥〉が一番良かった」という意見もたくさんあり、とても嬉しかったです。

――福田さんは、最初のプログラム提出時から〈悲の鳥〉をメインに据えていて、聴かせたいという思いがあったと思うのですが、どういう意図があるのでしょうか?

福田:私自身悩んでいた時に励ましてくれたのが音楽だったこともあり、感情を揺さぶる音楽が好きです。「感情が動く」ということを子どもたちにも体感してもらいたくて、この曲を選びました。

――アウトリーチでは、曲の背景にあるエピソードをお話されているので、その意図が子どもたちに伝わっているように感じます。アウトリーチを通して子どもたちに一番伝えたいことは何でしょうか?

福田:近年はYouTubeなどで気軽に音楽が聴けますが、音楽は突然生まれたものではなく、色んな人が関わって、その人たちの気持ちや背景にあるものが反映され一つの曲ができていると私は思います。
アウトリーチでは、奏法や楽器の歴史について知ってもらい、最終的には「背景にあるものを知った上で音楽を聴いてほしい」ということを一番伝えたいと思っています。

――2年目の活動に向けた目標は何でしょうか?

福田さん:来年度は小学生だけでなく、大人の方も対象になるかと思います。アウトリーチの訪問先の方に何を伝えたいのかを自分の中でより明確にし、プログラム作りをしたいと思っています。

――登録アーティストの活動は2年間ですが、活動を終えた後にやってみたいことはありますか?

福田:ずっと京都で活動していきたいと思っています。演奏活動をする上で、私にとってアウトリーチはとても大切な活動なので、アウトリーチで得た経験を活かせるような活動をしていきたいと考えています。
通常のソロリサイタルでは、トークはアンコール前に少し、ということが多いと思いますが、私はどういう気持ちで演奏を聴いてもらうか、導入が大切だと思っているので、しっかりしたプログラムのコンサートでもトークを入れたいと思っています。

――通常のコンサートだとプログラムノートで内容を伝えることが多いですよね。

福田:もちろんプログラムノートも大切ですが、クラシック音楽に馴染みのない方もいますし、色んな方を対象に演奏活動をしたいので、トークで私たちのことも知っていただきつつ、演奏も聴いていただきたいと思っています。

――アウトリーチとつながっていますね。

――ちなみにサックスはいろんなジャンルで活躍できる楽器かと思いますが、その中でもクラシックでやっていこうと思われた理由は何でしょうか?

福田:初めて楽器と出会った吹奏楽部での選曲が、クラシックの落ち着いた曲が多かったことから、自分の好みがクラシック寄りになりました。あとは自分の出したいと思っている音が、クラシック音楽で使う、歌うような優しい音だと思うのが理由です。

――本拠地を東京に移して活動されるアーティストも多いですが、京都をベースにしたいと思っているのですね。

福田:京都が好きというのもありますが、京都市立芸術大学サックス科の第一期生ということもあり、これから京都の地でサックスという楽器をより広めていきたいと思っています。

――京都コンサートホールとしても応援しています!ちなみに京都で好きな場所やお気に入りはありますか。

福田:鴨川沿いが好きでよく散歩に行くのですが、四季折々の景色や時間によっても雰囲気が変わり、移り変わっていく様子が好きです。

――いいですよね。ほかにハマっていることや好きなことはありますか?

福田:ちいかわ」というキャラクターにハマっていて、グッズに囲まれて暮らしています。あとは水の生き物が好きで、亀を飼っています。京都水族館にもよく行きます。

あとはパソコンを触るのが好きなので、チラシのデザインをしたりします。アンサンブルやリサイタルのチラシ、プログラムも作りました。普段はほとんど楽器かパソコンを触っているという感じです。他にサックス四重奏のための編曲もよくやっています。

――すごいですね!!

福田さんがデザインした公演チラシ

 

ジョイント·コンサートについて

――さて、話題を「ジョイント·コンサート」に移したいと思います。これまで京芸の演奏会などで、京都コンサートホールで演奏される機会はあったかと思いますが、その中でホールでの思い出があれば教えてください。

福田:大ホールは、大学4年生の時に京都市立芸術大学の定期演奏会でソリストをさせてもらったことが思い出に残っています。
アンサンブルホールムラタは、同じく大学4年生の時に芸大のサックス科がようやく全学年揃い、サックス科での第一回の記念すべき演奏会をしました。演奏会を運営する立場でもあったので、とても記憶に残っています。

――そうだったのですね。アンサンブルホールムラタでリサイタルをするのは初めてですか?

福田:はい、一人は初めてですので、とても楽しみです。

――今回のプログラムについて、選曲意図を教えてください。

福田:今回登録アーティストになって初めて音楽ホールで演奏するので、この一年間どういうアウトリーチ活動を行ってきたのかを交えて、演奏したいなと思いました。
そのためアウトリーチでいつも演奏していた、サンジュレーの《コンチェルティーノ》を入れました。そのタイミングで楽器紹介もしようと考えています。
エスケシュ作曲の《リュット》は、サンジュレーと対照的で、特殊奏法を多用した現代曲です。
また《コンチェルティーノ》はサックスが生まれた頃の曲で、対して《リュット》は割と最近に作られた作品です。100年ほどしか経っていないはずなのですが、サックスでできることがたくさん増えたことを伝えたいと思いました。
そのあとは、私が一番大事に思っている「歌うようにサックスを吹くこと」を伝えられるような作品を2曲選びました。

――サックスの可能性を知っていただけるプログラムですね。それでは最後にお客様へのメッセージをお願いします。

福田:初めてコンサートに来ていただける方でも楽しんでいただけるように、トークを交えながら演奏いたします。来て良かったと感じていただけるような内容を考えておりますので、気軽に足を運んでいただけましたらと思います。
お待ちしております!

――ありがとうございました。ジョイント・コンサートを楽しみにしております!

2023年3月4日開催の「ジョイント・コンサート」の公演情報はこちら

☆福田彩乃さんからの動画メッセージ

「Join us(ジョイ・ナス)!~キョウト・ミュージック・アウトリーチ~」特設ページはこちら

第2期登録アーティスト 鎌田邦裕(フルート)インタビュー (2023.3.4 Join us(ジョイ・ナス)!~キョウト・ミュージック・アウトリーチ~ジョイント・コンサート)

投稿日:
アンサンブルホールムラタ

京都コンサートホール第2期登録アーティストとして、アウトリーチ活動を1年間行った2人のアーティストが、3月4日開催の「ジョイント・コンサート」に出演します。本公演では、それぞれの想いがぎゅっと詰まった、特別なプログラムを皆さまにお届けします。
公演に向けて、第2期登録アーティストのひとりであるフルーティストの鎌田邦裕さんにインタビューを行いました。この1年間のアウトリーチ活動やご自身のこと、また「ジョイント・コンサート」のプログラムなどについてお話しいただきましたので、ぜひ最後までご覧ください!

――9月から始まった2022年度のアウトリーチ活動が無事終わりましたね。この1年間のアウトリーチ活動で印象的だったことは何でしょうか?

鎌田邦裕さん(以下、鎌田さん):子どもたちの「素直な反応」です。抽象的ですが、フルートの音を“届ける向き”やその場所(音楽室や体育館など)での“響きのイメージ”などを少し変えるだけで、反応がすごく変わるんですよ。さらにお話を交え、言葉を使うことで、子どもたちの聴き方やイメージする幅みたいなものが、全然変わってくるんだなと感じました。
毎回、自分の音楽や想いを「届ける」ことをとても意識していて、「一緒にやろうね、一緒に感じようね」という気持ちを込めて臨んでいます。

――普段のコンサートとこのアウトリーチ活動で、お話や演奏で変えていることはありますか?

鎌田さん:私は普段のコンサートでもお話をたくさんするようにしているのですが、話し方や内容は大人向けと子ども向けでもちろん変えています。でも、演奏の方は大人・子どもに関わらず、いつも自分が出せる全力を出さないといけないと思っています。
また、普段のコンサートでも、音楽に初めて触れる方にも届くように、わかりやすく演奏することを心掛けています。例えば、楽譜に「(ピアノ:弱く)」と書いてあっても、ただ小さく、弱く演奏するだけではないんです。例えば、舞台上でこそこそ話の演技をするときに、実際の距離感の声の大きさでこそこそ話をしても、誰にも伝わらない。でも、みんなに聴こえるような声でこそこそ話の演技をして初めて、お客さんにこそこそ話の演技をしていることが伝わる。演奏も同じように、わかりやすく、味濃く色付けてお届けするということを大切にしています。

――アウトリーチ活動が始まる前に、4回の研修会を経てプログラムを組みましたよね。実際に子どもたちの前で披露してみて、いかがでしたか?

鎌田さん:自分のやりたいことと、子どもたちが感じ取れることの差をどのように埋めていくのかがとても難しいなと感じています。子どもたちが聴きたいものだけを演奏するのではなく、初めて聴く曲でも、まずは一度聴いてみてもらうことが大事だなと思うので。
一方で、音楽に入る取っ掛かりとしては、みんなが知っている曲の方がいいなと思っていて、今のプログラムでは、映画『となりのトトロ』の「さんぽ」のメロディーを使って、イメージを膨らませてもらうワークショップをしています。こちらが想定している以上に面白い、自由な発想の答えが出てくることもあるので、毎回とても刺激的です。

――来年度に向けて、意気込みをお願いします。

鎌田さん:来年度に新たに出会う方々とも、アウトリーチを通して、音楽でも言葉でもコミュニケーションをとっていきたいですし、そこからみなさんの心も、自分自身の心も、さらに豊かになっていけば嬉しいですね。

――それではここで、鎌田さんの自身のことについてみなさんにご紹介したいと思います。まず、鎌田さんとフルートとの出会いについて教えてください。

鎌田さん:元々は4歳頃からピアノを習っていました。母が大人になってから趣味でフルートを始めていて、小学2年生の頃に、母がフルートを習っていた先生にピアノを教えてもらうことになったんです。その教室ではもちろん周りはフルートを吹いている方ばかりだったので、自分もフルートを吹いてみたいと思うようになり、小学3年生の10月に楽器を買ってもらって習い始めました。

――大学は、京都市立芸術大学に進学されましたよね。鎌田さんのご出身は山形県鶴岡市ですが、なぜ京都市立芸術大学を選んだのでしょうか?

鎌田さん:親との約束で、大学に進学するのだったら国公立の大学が条件だったので、「じゃあ、(音楽学部のある)芸大を目指そう!」となりました。芸大受験に向けて音楽を本格的に学ぼうと動き始めたのが、高校3年生に上がる年の春休みで、その後ご縁があって、8月の夏休みに京都市立芸術大学の大嶋義実先生と出会いました。レッスンを受けると自分の音色の悪さを指摘されることの連続で、1時間のレッスンがそれだけで終わるような感じでした。私は小学校の頃からフルートを吹いていたものの、芸大受験を目指すようなレッスンを受けていなかったので、全然きちんと吹けていなかったんですよ。その時は、自分の耳も開いていなかったので、大嶋先生が言っている意味が全くわかっていませんでした。ただ、先生がこれだけ熱心に「ちがう」と言うのだから、何か意味があるんだろうなと思って。「良い音で吹かないと意味がない」とずっと思っていたのもあって、大嶋先生のもとだったら音色が磨けると考え、京都市立芸術大学を受験しました。

――京都市立芸術大学で、アウトリーチ活動を一緒に行っている佐藤亜友美さんに出会ったんですよね。

鎌田さん:ピアニストの佐藤亜友美さんは大学の同級生で、クラリネットの山永桂子さんと3人で組んだ「panna cotta(パンナコッタ)」というトリオでも活動しています。「panna cotta」がなかったら、佐藤さんと一緒にアウトリーチ活動をすることはなかったかもしれないなと思っていて、とてもありがたい出会いだと思っています。

――そもそも京都コンサートホール第2期登録アーティストに応募したきっかけは何だったのでしょうか?

鎌田さん:自身のリサイタルでは曲間で毎回お話を入れていて、次の曲に入るための導入をしてから演奏しています。これはアウトリーチと通ずるところがあるかもしれないと以前から思っていました。第1期登録アーティストの先輩方のアウトリーチ活動や「ジョイント・コンサート」を見て、とても面白いアプローチの仕方だなと感動したのを覚えています。私も登録アーティストになれば、ホールからのサポートを受けられ、学ぶ機会が増えて、自身の成長につながるだろうなと思い、応募させていただきました。

――現在は京都コンサートホールのアウトリーチ活動のほかに、どのような演奏活動をしていますか?

鎌田さん:関西を中心にオーケストラの客演で演奏したり、フルートの指導を行ったりしています。また、地元の鶴岡市でリサイタルを20歳のときから続けていて、今年で10回目となりました。地域柄か、山形では音楽を学ぶ機会や場所がとても少なかったので、音楽の文化の土壌を作るために、種を蒔いているんです。今後は日本全国でも同じように、音楽家になりたい人たちが夢を叶えるための「架け橋」になっていければなと思っています。

――ここからは、3月4日開催の「ジョイント・コンサート」についてお伺いしたいと思います。まず、京都コンサートホールでの思い出があれば教えてください。

鎌田さん:初めて京都コンサートホールに来たのは、大学の定期演奏会だったと思います。大ホールにあった左右非対称な不思議な形のパイプオルガンがとても印象に残っています。何よりも特徴的だと感じたのが螺旋状のスロープで、外からはわからないのに、エントランスホールに入った瞬間からとても芸術的だなと思いました。以前ロビーコンサートにも出演させていただきましたが(2022年1月29日開催「京都コンサートホール・ロビーコンサート Vol.9 鎌田邦裕 フルートコンサート」)、とても素敵な空間でした。
アンサンブルホールムラタには、何度もコンサートは聴きに来ていますが、ステージに立つのは今回が初めてで、とても嬉しいです。

――「ジョイント・コンサート」のプログラムはどのように組みましたか?

鎌田さん:今回のプログラムは、アウトリーチで演奏している曲を中心に組んでいます。これは、一度アウトリーチで聴いてくれた子どもたちに、“コンサートホール”で同じ曲を聴いてみてほしいと思って選曲しました。
また、フラッター(巻き舌により音を震わせる特殊奏法)がたくさん出てくる「鶴の巣篭もり」を入れました。アウトリーチでフラッターを紹介するときに「くまんばちの飛行」演奏しているので、その「くまんばちの飛行」の“洋”の響きとは異なる“和”の響きを味わってもらえると思います。
さらに、プログラムの最後ではプーランクの「フルート・ソナタ」を演奏しますが、この曲は12~13分ほどあって子どもたちには少し長く感じるかもしれません。ですが、1楽章から3楽章まで通して聴いて「ひとつの物語を全て読み切った」という経験もしてみてほしいなと思い選曲しました。
プログラム全体を料理のフルコースだと思って、順番に味わっていただければと思います。

――それでは最後に、お客様に向けてメッセージをお願いします。

鎌田さん:フルートってどんな楽器なんだろう、音楽って何なんだろうと興味をもっている時点で、既に音楽の才能があると思います。その気付きや好奇心はとても素晴らしいものだと思うので、その探したいものを持って「ジョイント・コンサート」を聴きに来てくれたら嬉しいです。
また、音楽は心を動かしてくれるツールだと思うので、お越しいただいたみなさんに自分の心と向かい合ったり、思いを馳せたりする時間を過ごしていただけるような演奏会にしたいです。そして、心が動くとはどういう意味なのかを一緒に考えられたらいいなと思っています。

――たくさんのお話をありがとうございました!「ジョイント・コンサート」でお会いできるのを楽しみにしています!

★Join us(ジョイ・ナス)!~キョウト・ミュージック・アウトリーチ~「ジョイント・コンサート」(3/4)公演詳細はこちら
★鎌田邦裕さんのアウトリーチ活動はこちら <1> <2> [⇒Facebook]
★鎌田邦裕さんのからの「ジョイント・コンサート」に向けたメッセージ動画はこちら [⇒YouTube]

(2023年2月 事業企画課 インタビュー)

 

ヴァイオリン奏者 藤江扶紀さんインタビュー(10.22神に愛された作曲家 セザール・フランク)

投稿日:
アンサンブルホールムラタ

京都コンサートホールでは、セザール・フランクの生誕200周年を記念して、特別公演「神に愛された作曲家 セザール・フランク」を10月22日(土)に開催いたします。

プログラム後半に予定している《ピアノ五重奏曲》では、フランス出身の世界的ピアニスト、エリック・ル・サージュと、国内外の第一線で活躍する日本の若手奏者たちが共演します。
今回は当日ヴァイオリンを担当する、トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団の首席奏者 藤江扶紀さんにお話を伺うことができました。
フランスでのご活動についてや、フランク《ピアノ五重奏曲》の魅力、そして今回の共演者についてなど、色々とお話いただきました。
ぜひ最後までご覧ください。

◆藤江さんについて

――この度はインタビューのお時間をありがとうございます。藤江さんは大阪出身ということですが、過去に京都市交響楽団と共演されたことがあるそうですね。

藤江扶紀さん(以下敬称略):私の先生であった工藤千博さんが、京都市交響楽団のコンサートマスターをされていたこともあり、中学校1年生の時に、京都コンサートホールで演奏しました。人生で2回目のオーケストラとの共演で、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」を弾いた覚えがあります(2003年10月19日「こどものためのコンサート」)。

――その後、京都に来られる機会はありましたか?

藤江:そうですね、演奏会を聴きに来たり、ローム ミュージック ファンデーションの奨学生として演奏しに来たりしていました。ただ、アンサンブルホールムラタで演奏するのは今回が初めてです。

――それは楽しみですね。大学(東京藝術大学)を卒業後は、すぐにパリに留学されたのですか?

藤江:卒業直前に、「京都フランス音楽アカデミー」でオリヴィエ・シャルリエ先生に出会ったんです。先生がいらっしゃるパリ国立高等音楽院を受けるために、半年間先生のお宅や私立の音楽院でレッスンを受けながら語学を勉強した後、パリ国立高等音楽院の大学院に入学しました。
そして大学院を卒業して約半年後、2018年1月に「トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団」へ入団しました。

ちなみにオーケストラに入団するまでは、毎年「宮崎国際音楽祭」に参加していて、そこで今回共演する横島くんや上村さんと何度か一緒に弾きました。二人と共演するのはその時以来で、約5年ぶりになります。

――そうだったのですね。トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団では、“co-soliste”という肩書でいらっしゃいますよね。日本では聞き慣れない名前ですが、具体的にはどういった役割なのでしょうか?

藤江:コンサートによってポジションが変わるのですが、日本で言う「コンサートマスター」「アシスタント・コンサートマスター」(コンサートマスターの隣の席)「第2ヴァイオリンの首席奏者」「第2ヴァイオリンの副首席奏者」(首席奏者の隣の席)のいずれかを担います。なので、ほぼすべてのコンサートに出演していて、なかなか日本に帰ってこられません(笑)。
今回の公演には何が何でも出演したかったので、早めに休みを取りました!

本拠地のホールの外壁にお写真掲載中!

 

** トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団のヴァイオリン奏者の肩書について教えていただきました **
・super soliste:特別コンサートマスター
・violon solo:第一コンサートマスター
・violon chef d’attaque:第二ヴァイオリン首席奏者
・violon co-soliste:上記3つの席いずれかを担うポスト

 

――そういうことだったのですね、ありがとうございます。
フランスでは、室内楽やソロを演奏することも結構ありますか?

藤江:オーケストラのメンバーで組んでいるカルテット(弦楽四重奏)で演奏したり、ソリストとしてメンバーが指揮を振る室内オーケストラや他のオーケストラに呼んでいただいたりしています。時間があればもっとやりたいなと思っています。

オーケストラメンバーによる弦楽四重奏「Quatuor Agôn」 オーケストラとの共演コンサートの大きな看板が街中に ソリストとして演奏中のお写真
(2021年7月)

 

◆今回のコンサートについて

――では話を10月の公演に移したいと思います。今回は弓さんとつながりのあるメンバーが揃いましたよね。

藤江:はい、公演がすごく楽しみです。特に弓くんは、自分が持っていないアイデアや知識を持っていて、彼と話していると面白い発見が多いです。また、音楽に対して求めていることが似ているように感じるときがあります。
私はフランクの曲の中でも《ピアノ五重奏曲》が特に好きで、数年前に弓くんにちらっと言ったことがあるんです。弓くんはそのことを覚えていてくれていて嬉しかったです。

――そうだったんですね!ちなみにフランクの《ピアノ五重奏曲》を演奏したことはありますか?

藤江:一度だけフランスの音楽祭で弾いたことがあって、今回は久しぶりの演奏になります。この曲は私がやりたいと言っても、難曲であるためか、ピアニストに断られることが多いんですよ(笑)。

――《ピアノ五重奏曲》のどのようなところがお好きですか?

藤江:煮え切らない感じがある曲ですよね。起伏があって、濃淡があって、感情的なところもたくさんあって、でも、フランスの色彩感やフォーレのようなパステル調の音も垣間見えて…そのバランスが本当に好きなんです。年を重ねてから好きになる人が多い曲だと思うのですが、私は初めて聞いた時から好きでした。
すっきりするわけではないけれど、気持ちに寄り添って、色んな感情を整理してくれるんです。フランクは真面目な性格で、外に出せない内に秘めた感情を表現したのではないかなと思います。
そして何と言いますか、救われない感じに救われます。ハマる人にはハマるという曲だと思うので、この沼に皆さんを引きずり込みたいです(笑)。

――今回共演されるメンバーについて、また公演の聴きどころを教えてください。

藤江:ル・サージュさんはお会いしたことはありませんが、パリで2回ほど演奏会に行ったことがあります。もともとル・サージュさんのフランクやフォーレの「ピアノ五重奏曲」をCDやYouTubeでよく聞いていて、まさか一緒に演奏できるとは思いもしませんでした。
そして弦楽器のメンバーは、この4人で一緒に弾くのは初めてですが、今までで知っている彼らのパーソナリティから想像すると、人間的にも、音楽の面でも絶対に楽しいものになると思います。それぞれの考え方を持ち寄ったときに、どういう音楽が生まれるのかをぜひ期待していただきたいです。

――いろんなお話を聴かせてくださり、ありがとうございました。また10月にお待ちにしております!

(2022年8月京都市内某所 事業企画課インタビュー)


★出演者インタビュー
ピアニスト エリック・ル・サージュ氏 特別インタビュー
横島礼理さん(ヴィオラ)&上村文乃さん(チェロ)インタビュー

★「神に愛された作曲家 セザール・フランク——フランク生誕200周年記念公演——」の公演情報はこちら

横島礼理さん(ヴィオラ)&上村文乃さん(チェロ)インタビュー(2022.10.22神に愛された作曲家 セザール・フランク)

投稿日:
アンサンブルホールムラタ
今年生誕200周年を迎える、ベルギー出身の音楽家セザール・フランク (1822-1890)。京都コンサートホールでは、特別公演「神に愛された作曲家 セザール・フランク」を開催し、フランクが遺した傑作をお届けいたします。
プログラム後半に予定している《ピアノ五重奏曲》では、フランス出身の世界的ピアニスト、エリック・ル・サージュと、国内外の第一線で活躍する日本の若手奏者たちが共演します。
今回、ヴィオラを演奏する横島礼理(よこしま・まさみち)さんとチェロ奏者の上村文乃(かみむら・あやの)さんにお話を伺うことができました。
フランクや《ピアノ五重奏曲》の魅力、そして今回の共演者についてなど、色々とお話いただきました。ぜひ最後までご覧ください。

◆お二人について

――今日はインタビューの機会をありがとうございます。お二人はご面識があると伺いましたが、出身高校が一緒なのですか?

横島礼理さん(以下敬称略)はい、同じ桐朋高等学校でした。

――高校時代から一緒に演奏をされていたのですか?

上村文乃さん(以下敬称略):元々私が同じ学年のメンバーで組んだカルテット(弦楽四重奏)で、メンバーの小林美樹さん(ヴァイオリン)が留学する際、代わりを横島くんにお願いしたのが最初の共演でした。高校卒業後は一緒に弾く機会がなかなかなかったのですが、今年の5月にびわ湖ホールで行われた大阪フィルハーモニー交響楽団さんの演奏会にソリストとして出演した時に、客演で横島くんがいて、それが学生時代以来の共演でした。

――旧知の仲でいらっしゃるのですね!お二人は京都で演奏されたことはありますか?

上村:昨年5月に京都市交響楽団の「第656回定期演奏会」(2021年5月11日開催)にソリストとして出演した時に、京都コンサートホールへ初めて行きました。緊急事態宣言中でしたが、無観客ライブ配信での開催を決めてくださり、大変嬉しかったです。だた、京都のお客様にお会いできなかったのが心残りですね。

また、留学期間中に「ローム ミュージック ファンデーション」からの奨学金を受けていたので、その報告会のため京都に行くことはあったのですが、演奏会では訪れる機会がなかなかなかったんです。お客様と交流するのが一番の喜びなので、今回の公演で京都へ伺えるのを心待ちにしています。

横島:関西には、所属しているNHK交響楽団の演奏会や大阪フィルハーモニー交響楽団への客演で度々行くことがありますが、京都には今年8月にNHK交響楽団の演奏会(ロームシアター京都)で初めて伺います(※取材時は6月)。先日観光で京都を訪れ、金閣寺や清水寺に行ったり、鴨川沿いを散策したりもしましたよ。

――そうなんですね。現在、横島さんの活動のメインはヴァイオリンかと思いますが、10月の演奏会ではヴィオラを弾いていただきます。ヴィオラもよく演奏されますか?

横島:学生時代はよく弾いていましたが、卒業後は演奏機会が少なく、今回久しぶりにヴィオラを弾けるのがすごく楽しみです。

――お客様も「ヴィオラの横島さん」が聞けるのを楽しみにされていると思います。横島さんが思うヴィオラの魅力ってどのようなところにあると思いますか。

横島:和声の移り変わりを一番味わえるところではないかなと思います。ちなみにモーツァルトは、自身が作曲した弦楽四重奏曲を自ら初演する際、ヴィオラは内声であり、和声の移り変わりを一番味わえるという理由から、必ずヴィオラ・パートを選択して演奏していたそうです。

――上村さんはバロックチェロとモダンチェロの両方で演奏活動なさっていると思いますが、どのように弾き分けていらっしゃいますか?

上村:チェロの役割が時代によって変わるので、曲に合わせて弾き分けています。ロマン派初期までは「通奏低音」としての役割が主ですが、それ以降は一つのパートとして見なされることが多いです。

――そうなのですね。ちなみにバッハの「無伴奏チェロ組曲」は、モダンチェロでもよく弾かれると思いますが、上村さんはどちらの楽器で弾かれますか?

上村:どちらのチェロでも弾きたいと思っています。バロックチェロで弾くときは、弾き方やメソッドをバッハがいた時代のバックグラウンドにできるだけ合わせています。一方、モダンチェロには、大きなホールで弾いても隅々まで音が届いて、スピーチをするような力強さがあります。曲が偉大だからこそ、そういったモダンチェロの良さも発揮できると思います。同じ曲を弾いても、扱う楽器によって解釈が全く異なるので、アプローチ方法を切り替えるのが大変です。

 

◆今回の弦楽器メンバーについて

――次は今回の共演メンバーについてお伺いします。今回、第一ヴァイオリンを弓さんが担当されますが、お二人は弓さんといつからの付き合いですか?

横島:弓くんとは高校の同級生で、それ以前には、6~7歳の頃に埼玉で同じ先生に習っていたことがあります。学生時代にはカルテットで一緒に演奏をしていて、そのとき私はヴィオラを弾いていました。

同じ先生に習っていた幼少期のお写真(一番左が横島さん、右から2番目が弓さん)

上村:弓くんは高校の一年後輩で、お互いソリストとして同じ演奏会に出演したことはありますが、共演は今回が初めてとなります。
高校生の時から素晴らしいソリストであることはもちろん、眼光が鋭いイメージで私にとっては近寄り難い存在でした。いま考えると、10代の頃から自分に厳しく、ストイックに生きていたのかなと改めて尊敬します。

神奈川フィルハーモニー管弦楽団「熱狂のチャイコフスキー3大協奏曲」(2018年6月30日)にて、上村さん(一番左)と弓さん(真ん中)

――藤江さんと共演されたことはありますか?

上村:藤江さんとは同い年で、学生時代に関わりはなかったのですが、「宮崎国際音楽祭」に出演した時、オーケストラの中で一緒に演奏したことがあります。その時に横島くんも一緒でしたね。

横島:はい、これまでそれぞれに面識はあったのですが、今回の4人で室内楽をやるのは初めてなので、とても楽しみです!

◆フランクという作曲家、今回演奏するピアノ五重奏曲について

――さて、今回の演奏会では、今年生誕200周年を迎えるセザール・フランクを取り上げます。お二人はフランクについて、どのようなイメージをお持ちですか?

横島:フランクはたくさんの有名な弟子を輩出していて、独自のスタイルを作り上げたフランスの作曲家というイメージがあります。初めてNHK交響楽団にエキストラで出演した際、演奏した曲がフランクの《交響曲 ニ短調》だったので、思い出に残っています。

――そうなのですね!今回の《ピアノ五重奏曲》は演奏されたことはありますか?

横島:いえ、今回初めて演奏します。《ピアノ五重奏曲》は冒頭が強烈で印象強く、とても好きな曲なので楽しみにしています。

――こちらこそ楽しみにしております!上村さんはいかがでしょうか。

上村:幼い頃は、フランクといえば「フランス音楽」で、オルガンも演奏することから宗教音楽に詳しい作曲家だと認識していました。ですが、初めて師事した先生の演奏会で《ピアノ五重奏曲》を聞いたときに、宗教的というより、訴えかけるようなフランクの内面が出ていると感じて、表面的に知っていたフランクとギャップがあるなと思いました。

――たしかに実際に聞いてみるとイメージが変わることがありますよね。

上村:今回の公演で初めて《ピアノ五重奏曲》を弾くにあたって、改めてフランクの生い立ちを調べてみました。出身はベルギーで、両親はドイツ系出身。本人はフランスで長らく暮らしていたけれど、当時の時代背景もあって、外国人としての壁を感じていたのではないかなと思いました。
宗教音楽については、オルガンの仕事を始めてから作曲するようになったもので、宗教的な要素を音楽でうまく表現できない葛藤があったみたいです。フランクは、それをなんと弟子に相談していたそうです。若い彼らと一緒にアイデアを練っていたと知って、フランクに人間的な温かみを覚え、「彼の曲から感じたものはこれなんだ」と思いました。

フランクを知れば知るほど演奏するのが楽しみになりました。

――そんなエピソードがあるのですね。生誕200周年を機に、そして今回のコンサートを通して、皆さまにフランクのことをもっと知っていただきたいですよね。それでは最後に、お客さまへのメッセージをお願いできますでしょうか。

上村:弦楽器には昔からつながりのあるメンバーが集まりました。また偶然にも、ル・サージュさんと同じフランスで活動している藤江さん、フランクが生まれ育ったドイツ語圏で活動中の弓くんと、メンバーのキャラクターが今回の公演に合っています。お互いの良さがぶつかり合うことによって生まれるものを、お客様に聞いていただきたいです。

横島:素晴らしいメンバーたちと共演できるのがとても楽しみです。フランクの《ヴァイオリン・ソナタ》・ピアノ曲・《ピアノ五重奏曲》を一挙に堪能できる、ほかでは聞けないプログラムをぜひお聴きください。

――いろんなお話を聴かせてくださり、ありがとうございました。10月に京都でまたお会いできることを心待ちにしております!

(2022年6月都内某所 事業企画課インタビュー)


★「神に愛された作曲家 セザール・フランク——フランク生誕200周年記念公演——」の公演情報はこちら

★ピアニスト エリック・ル・サージュ氏 特別インタビューはこちら

伊東信宏さん・三ッ石潤司さん・三輪郁さん オンライン・インタビュー(2021.10.02ラヴェルが幻視したワルツ)

投稿日:
アンサンブルホールムラタ

10月2日(土)15時開催「ラヴェルが幻視したワルツ」(京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ)。出演者の伊東信宏さん(監修・レクチャー)、三ッ石潤司さん(ピアノ・作曲)、三輪郁さん(ピアノ)にオンライン・インタビューを実施しました。

お三方共に旧知の仲でいらっしゃるということで、非常に濃い内容のお話を伺うことができました。ぜひ最後までご覧ください。

――今日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。まずは監修してくださった伊東さん、本公演のコンセプトについて教えていただけますでしょうか。

伊東信宏(監修・レクチャー)

伊東信宏さん(以下敬称略):コンセプトの中心にあるのは、ラヴェルの《ラ・ヴァルス》という曲です。
    コロナ禍が始まった頃、フランソワ=グザヴィエ・ロトが指揮する《ラ・ヴァルス》の映像がYouTubeにアップされたのですが、それを観てピンとくるものがありました。
    ラヴェルが《ラ・ヴァルス》を作曲したのはスペイン風邪のパンデミック下、今からちょうど100年前のことです。コロナ禍の今こそ、この作品を演奏すべきなのではないか、と思うようになりました。
    ラヴェルという人は、非常にシャイな人で、本音を言いたいときでも誰かのふりをしてしか言えないタイプ。《ラ・ヴァルス》も“ウィンナ・ワルツのふりをして”、自分の表現したいことを表現している曲なのだろうと昔から思っていました。
    《ラ・ヴァルス》の中には、ウィンナ・ワルツの断片みたいなものがたくさん出てきますが、それらはくっきりとは見えてこず、全部に紗がかかったかのように聞こえます。
    そういった「ウィンナ・ワルツの断片」を寄せ集めて、「紗幕の向こうにあるワルツ」を再構成してみたくなりました。つまり、《ラ・ヴァルス》から「本物のウィンナ・ワルツ」を仕立てるというような事をしたら面白いんじゃないかなと思ったのです。
    どなたにお願いしようかと考えた時、すぐに三ッ石さんのお顔が思い浮かびました。三ッ石さんはウィーンに長年住まれておりましたし、「ウィーンのインサイダー」とも言える人です。三ッ石さん自身がちょっとラヴェルに似たシャイなところがあって、でもこういう形の曲なら乗ってくださると思ってお願いしてみたら、快諾してくださいました。

三ッ石潤司さん(以下敬称略):即答しましたよ、やります!と。

伊東:快諾してくださって、とても嬉しかったです。三ッ石さんはピアノの名手でもありますので、新作委嘱と一緒に《ラ・ヴァルス》の演奏もお願いしました。この作品はピアノ・デュオですから、ピアニストが2名必要です。そうなると、やはりウィーンに長年住まれている三輪郁さんにお願いするしかないなと思い、打診しました。三輪さんにもご快諾いただき、よかったです。

三ッ石:三輪さんには僕の弾けないところを全部カバーしてもらおうと思っています(笑)

三輪郁さん(以下敬称略):いやいや、それはこちらのセリフです(笑)

伊東:こうなったらせっかくなので、音楽会として単純にウィンナ・ワルツを楽しんでもらうような面も必要だと思い、シェーンベルクとウェーベルンが室内楽版に編曲した、ヨハン・シュトラウスII世のウィンナ・ワルツなどもプログラミングしました。

――三ッ石さんの委嘱作品《Reigen(輪舞)―― La Valse の原像》について教えてくださいますか。

三ッ石潤司(ピアノ・作曲)

三ッ石:僕はもともとパロディという精神がすごく好きなんです。
    そもそも作曲っていうのは、最初は模倣から入るものだと思います。ですので、「様式を理解する」ということと、「それを模倣して曲を書く」ということは、作曲家としても演奏家としてもすごく重要なことなのではないかと考えています。
    作曲家としてパロディを書くということは、とても面白いことです。「どーだ!良く似ているだろう」ってドヤ顔もできるしね(笑)。
    だから今回、伊東さんから委嘱作品のお話をいただいた時、「面白そうだな」と思いました。もちろん、「いいものができるかな」と不安にはなりましたが。

――ラヴェルの《ラ・ヴァルス》でも、三ッ石さんの《Reigen(輪舞)――La Valseの原像》でも要になる「ウィンナ・ワルツ」について教えてくださいますか。

三輪:ウィンナ・ワルツの最大の特徴は、「ウン・チャッ・チャ」というように3拍が均等に演奏されず、「ウ・チャッッ・チャ」というように2拍目が通常より早いタイミングで入るんですよね。
    1980年代の終わり頃にウィーンで勉強していたのですが、実際に現地の舞踏会に呼ばれたことがありました。綺麗なドレスを着て壁の花になっていたら、地元の知らない青年がやってきて、私の手を取って一緒に踊ってくれました。周りの人たちの動きを真似ながらステップを踏んでいると、2拍目の間にドレスがひるがえることが分かったり、あるいは、それまで右回りで踊っていたのに左回りに変わった瞬間に「間」が誕生することが分かったり、だんだん回転のスピードが増していく等といったことを体感できました。ウィンナ・ワルツ特有のリズムは、舞踏会の場で必然的にそうなったのだということが分かりました。
    あともう一つ、ウィンナ・ワルツの拍節感に関する体験談があります。
    私たちにとっては少し早いタイミングに感じられる2拍目ですが、ウィーンの音楽家たちは「普通に弾いている」らしいのです。彼らと共演する時、2拍目のダウンボウ(上から下に弓を下ろす)や3拍目のアップボウ(下から上に弓を上げる)で自然と勢いが出たり、弓の動きが突き上げられたりするのですが、そこにワルツの回転が加わり、ウィンナ・ワルツ独特のテンポ感や抑揚が生まれていました。その自然な動きの中からウィンナ・ワルツの拍節感が生まれていたのです。

三ッ石:三輪さんはすごく丁寧にウィーン人の3拍子の説明をしてくれましたが、実はウィーンの人たちはそう言いながらも違うことを考えているのではないかなと思ったりもします。確かに理論的にはそうなのですが、彼らはおそらく理論では生きていない(笑)。そこがまたウィーンの面白さじゃないかなと思います。

――それでは続いて、コンサートのメインである《ラ・ヴァルス》についてお伺いします。今回はピアノ2台版で演奏していただきますが、ピアニストからみた《ラ・ヴァルス》とはどんな曲ですか?

三輪郁(ピアノ)

三輪:《ラ・ヴァルス》は、私にとってずっと憧れの曲でした。
だけど、絶対弾けないと思っていて、これまでずっと遠ざけていた曲なんですよね。
    忘れもしないのですが、三ッ石さんにピアノを始めて聴いてもらった時に「音色的にラヴェル。ドビュッシーっていうかラヴェルかもね。」と言われた事がありました。

三ッ石:え、そうなの。

三輪:その当時、自分にはどちらかというとドビュッシーの方が合っていると思っていました。でも、三ッ石さんからそう言われたので、ラヴェルを何曲か弾いてみました。ラヴェルの世界って、スペイン的な要素がありますよね。モヤッとした響きの中にきらきら感を感じたり、陰影みたいなものを感じたり。そういったものをお洒落に表現できるといいのかな、とは考えていました。私の父はトロンボーン奏者なのですが、オーケストラで奏でられるラヴェルの音楽を聴いたら、もう圧倒されちゃって。それをコンパクトにまとめたピアノの世界で、それも一人で全部やるなんて、そりゃ無理よって思っていましたが、「オーケストラみたいな音で、ラヴェルのピアノ作品を弾けたらいいな」とはずっと思っていました。
    だから今回、この演奏会のお話をいただいた時は、ものすごく嬉しくって。すごくワクワクしています。しかも、今回パートナーとして、三ッ石さんと一緒にできるっていうのは、もうめちゃめちゃ楽しみです。

三ッ石:僕がまだ大学生の頃、アルゲリッチが弾く《夜のガスパール》の録音を聴いた時に、「こんな事がピアノでできるんだ」と驚きました。あまりに驚いたので、実際に楽譜を買ってみて弾いてみたのですが、「なるほどこんなふうになっているのか」という箇所がたくさんありました。おそらくアルゲリッチは、ただシンプルに演奏しているのではなかったのだと思います。一種の「手品」ですよね。手品として成立するくらいの腕前が、ラヴェルのピアノ作品には必要なんです。
    ラヴェルのピアノ音楽は弾きやすくはないのですが、弾けるようには書いてある。そこがラヴェルのずるいところです。「これ弾けないとだめでしょ?」という、ギリギリのラインで書かれているので、僕らはそれに翻弄されるというか……。どうしても完璧に弾かないとまずいな、という気分にさせられますね。

――それでは最後に、公演にお越しくださるお客様へメッセージをお願いします。

伊東:まずウィンナ・ワルツの楽しさ、そしてラヴェルの魅力が伝わればと思います。それをお客様が色々な角度で楽しんでいただけると嬉しいです。色んな楽しみ方をしていただければ、と思います。

三ッ石:今回、プログラミングされている作品すべて、サービス精神旺盛な曲ばかりです。難しいことですが、表面的には楽しい曲ではあるけれど、その裏にどこか一抹の腐敗みたいなものを見せることができればいいなと思います。

三輪:変幻自在に変わっていく響きの面白さ、あとは色合いを楽しんでいただきたいです。ウィーンの自由さの中には、たくさんの色合いが存在します。例えばウィーンのオペラ座では、歌い手によって伴奏の仕方を変えています。そういうことを毎日やっているような人たちがいる国なので、その日・その時・どう弾きたいか、舞台上でいきなり変わるかもしれません。ウィーンにはそういった面白さがあります。
    今回のコンサートでは、そういった面白いことを仕掛けられる作品がたくさんプログラミングされています。舞台の演奏者が楽しんでいる空気感がお客様に波及するくらい、楽しいステージになるといいなと思います。

伊東:京都のお客様ですから、きっとそういう演奏を楽しんでくださる方も多いんじゃないかなと思います。

――興味深いお話をたくさんお聞かせいただき、本当にありがとうございました。
我々もコンサート当日を楽しみにしております。

 

 

洛和会ヘルスケアシステム 特別インタビュー(「The Power of Music~いまこそ、音楽の力を~」開催に寄せて)

投稿日:
アンサンブルホールムラタ

京都コンサートホールがお送りする特別な4公演のシリーズ『The Power of Music~いまこそ、音楽の力を~』。
本シリーズは、新型コロナウイルス感染症で大変な今だからこそ、音楽の力を信じて前に進みたい――そんな思いを込めて企画いたしました。

いよいよ10月2日「ラヴェルが幻視したワルツ」(京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ)からシリーズがはじまります。

開催に向けて、本シリーズのサポーターである洛和会ヘルスケアシステム様に、メールインタビューを行いました。お答えくださったのは、12月4日「クリスマス・コンサート」(大ホール)のプレコンサートに出演される、和田義孝さん(洛和会京都音楽療法研究センター次長・音楽療法士)です。

ぜひご覧ください。

――長年、京都で「医療」「介護」「健康・保育」「教育・研究」の4本柱で人々の暮らしを守ってこられた洛和会ヘルスケアシステム様ですが、1990年代から「音楽療法」を積極的に取り入れられています。医療の現場から見た「音楽の力」について教えていただけますでしょうか。

和田義孝さん

和田義孝さん:みなさんも音楽を聴いて自然に足や体が動いたことや、ひと昔前の音楽を耳にするとそれを聴いていた時の状況や情景を思い出したご経験などおありかと思います。いずれも音楽が働きかける力によるものだと考えます。
医療現場では、音楽療法士がその力を患者さんのニーズに応じて利用した音楽療法を行っております。病気により生きる意欲を失われた患者さんが音楽療法を通して新しい楽器と出会い、楽器の演奏を通して少しずつ自信や意欲を取り戻されたこともありました。またリハビリスタッフと連携して、好きな音楽を歌唱、鑑賞しながらリハビリを行うこともあります。このように「音楽の力」はさまざまな形で医療現場において活用されています。

 

――洛和会ヘルスケアシステム様が応援してくださる本シリーズ『The Power of Music~いまこそ、音楽の力を~』では、コロナ禍だからこそお客様に聴いていただきたい作品を集めています。音楽を通して、アフター・コロナをお客様とシミュレーションしてみようという試みです。
洛和会ヘルスケアシステム様の当シリーズに対する想いや、ご出演いただく「クリスマス・コンサート」のプレコンサートへの意気込みを教えていただけますでしょうか。

和田義孝さん:コロナ禍であっても新しい音楽は常に生まれ続けています。この1年間で、リモートでの多重録音による音楽制作、オンラインを活用した音楽配信など、新しい音楽制作や演奏形態が生まれました。音楽が私たちの生活の中に無くてはならない存在だからだと思います。過去にも世界でこのような危機的な状況が幾度と起こりましたが、音楽は絶えませんでした。そのような状況は作曲家や作品にも何らかの影響を与えていると思います。
『The Power of Music~いまこそ、音楽の力を~』では、4つのコンサートを通して過去を振り返り、そしてアフター・コロナの世界を考えるきっかけとなる大変興味深いプログラムだと思います。
シリーズ最後のクリスマス・コンサートでは、洛和会京都音楽療法研究センターがプレコンサートに出演させていただくことになりました。音楽療法で使用している楽器なども取り入れて、当センターならではの楽しいプログラムにできればと考えております。

※プレコンサートは、当日14:15よりステージ上で予定(クリスマス・コンサートのチケットをお持ちの方のみご覧いただけます)。

——最後に、このコンサート・シリーズにお越しになられるお客様へ、一言メッセージをいただけますでしょうか。

和田義孝さん:コンサートホールで聴く生の音楽は、耳で聴くだけではなく、目で演奏者の様子を見たり、体で音の振動を感じたり、演奏者や指揮者の緊張感を一緒に味わったりと、五感で楽しむことができます。クラシック音楽に対して堅苦しいイメージを持っている方もいらっしゃるかと思いますが、気軽にコンサートホールにお越しいただき、音楽のいろいろな楽しみ方や、新しい音楽との触れ合いを体験していただけたらと思います。

* * *

「The Power of Music~いまこそ、音楽の力を~」特設ページ

ラヴェルが幻視したワルツ(10/2)
京都コンサートホール presents 兵士の物語(10/16)
オピッツ・プレイズ・ブラームス~withクァルテット澪標~(11/13)
京都コンサートホール クリスマス・コンサート(12/4) ※プレコンサート(和田義孝さんご出演)

特別寄稿「オピッツのブラームス」(「オピッツ・プレイズ・ブラームス~withクァルテット澪標~」11月13日)

投稿日:
アンサンブルホールムラタ

11月13日(土)、ドイツ・ピアニズムを脈々と受け継ぐ巨匠オピッツが、京都コンサートホールでオール・ブラームス・プログラムを披露します。

公演に寄せて、音楽学者でドイツ音楽がご専門の西原稔氏(桐朋学園大学名誉教授)より、ブラームスと巨匠オピッツについて特別に寄稿いただきました。ぜひ、ご覧ください。


オピッツのブラームス/西原稔

ゲルハルト・オピッツは今日、まちがいなく世界でもっとも権威あるブラームス演奏家である。彼のリリースしたブラームスのピアノ作品全集はその卓越した作品解釈で知られ、オピッツの指から生み出される燦然と輝くその音質と音色はドイツの伝統を深く実感させる。

©HT/PCM

彼のメインはドイツ音楽で、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲やピアノ協奏曲全曲も彼の記念すべき業績である。ブラームスの演奏ではまず揺るぎない演奏技術が求められ、その技術によってしか表現できない要素が多いが、オピッツがベートーヴェン演奏で培った堅牢で構築的な演奏は彼のブラームスの土台となっている。また、ブラームスの作品にはベートーヴェンだけではなくシューベルトやシューマン、メンデルスゾーンなどの影響も流れ込んでいるが、オピッツの幅広いドイツ音楽の演奏で得た経験が彼のブラームス演奏に反映されている。

ブラームスの作品は非常に輻輳(ふくそう)的である。その旋律には彼の愛した民謡の旋律だけではなく、彼の内面世界を映し出したメランコリックなモノローグが融合している。オピッツのブラームスは、この複雑に屈折した世界を細やかに描き出す。オピッツの演奏が素晴らしいのは、ブラームスの内面のこの輻輳した世界に耳を傾け、それを自身の音楽として語るからである。

オピッツが日本の現代音楽にも深い関心を持っているのは、あまり知られていない。彼は、藤家渓子の「水辺の組曲」や武満徹の「雨の樹素描」、池辺晋一郎の「大地は蒼い一個のオレンジのような」、そして諸井三郎の「ピアノ・ソナタ第2番」の録音を手掛け、とくに諸井の作品には深い共鳴を示しているという。また日本人の演奏家にもオピッツに師事した方は多い。

オピッツが中期の2曲の「ラプソディ」と後期のピアノ小品集、そしてブラームスが大変な精力を傾けて完成した「ピアノ五重奏曲」の演奏で、ブラームスのどのような世界を示してくれるのか、大いに期待がもてる。


西原 稔(音楽学者・桐朋学園大学名誉教授)

山形県生まれ。東京藝術大学大学院博士課程満期修了。桐朋学園大学音楽学部教授を経て、現在、桐朋学園大学名誉教授。18,19世紀を主対象に音楽社会史や音楽思想史を専攻。「音楽家の社会史」、「聖なるイメージの音楽」「音楽史ほんとうの話」、「ブラームス」、「シューマン 全ピアノ作品の研究 上・下」(以上、音楽之友社、ミュージック・ペン・クラブ賞受賞)、「ドイツ・レクイエムへの道、ブラームスと神の声・人の声」(音楽之友社)、「ブラームスの協奏曲とドイツ・ロマン派の音楽」(芸術現代社)、「ピアノの誕生」(講談社)、「楽聖ベートーヴェンの誕生」(平凡社)、「クラシック 名曲を生んだ恋物語」(講談社)、「クラシックでわかる世界史」、「ピアノ大陸ヨーロッパ」(以上、アルテスパブリッシング)、「世界史でたどる名作オペラ」(東京堂)などの著書のほかに、共著・共編で「ベートーヴェン事典」(東京書籍)、翻訳で「魔笛とウィーン」(平凡社)、監訳・共訳で「ルル」、「金色のソナタ」(以上、音楽之友社)「オペラ事典」、「ベートーヴェン事典」(以上、平凡社)などがある。


★「オピッツ・プレイズ・ブラームス~withクァルテット澪標~」(11/13)の公演情報はこちら

【第1期登録アーティスト】ジョイントコンサートに向けて①(ピアニスト・田中咲絵)

投稿日:
アンサンブルホールムラタ

2019年度よりスタートした「Join us(ジョイ・ナス)! ~キョウト・ミュージック・アウトリーチ~」。

初年度の2019年度は1年にわたり、京都コンサートホール登録アーティストの3組(石上真由子さん、DUO GRANDE[上敷領藍子さん・朴梨恵さん]、田中咲絵さん)と共に京都市内の小学校をまわり、たくさんの子どもたちに生演奏を届けることができました。その締めくくりとして2020年3月1日に「ジョイント・コンサート」を開催する予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の影響により直前に公演中止となりました。
2020年4月からの2年目のアウトリーチ活動も中止を余儀なくされましたが、2021年3月7日に、1年越しでジョイント・コンサートを開催いたします(※チケットは完売)。

登録アーティストたち3組4名はこの1年間、自分の内面を見つめなおす時間として前向きに捉え、ネガティヴな感情とも向き合いながらも、新たな曲に取り組んだり、インターネットでの配信を試みたり、改めて楽譜を深く読み返したり、感染対策を施して自主演奏会を行ったりと、今できる音楽活動を精一杯重ねてきました。

そんなアーティストたちがコロナ禍で取り組んだことやコンサートに向けての思いを本ブログにて順番に紹介していきます。
まず1回目は、ピアニスト・田中咲絵さんからのメッセージです。ぜひ最後までご覧ください。

* * *

2020年は世界中の誰もが、思い描いていた未来とは全く異なる1年を過ごされたのではないでしょうか。

私も、当初2020年3月に予定されていたこのジョイント・コンサートが中止になるなんて、去年の今頃は夢にも思っていませんでした。出演予定だったコンサートが中止になるということ自体が初めての経験でしたし、周りの音楽家の皆さんのコンサートも軒並み中止になっていく光景をSNSを通して目の当たりにし、胸が痛みました。

しかし、個人的にはコロナ以前は常に何かに追われるようにスケジュールをこなしていたので、「これは一旦立ち止まって自分自身を充電するチャンス」と捉え、前向きな気持ちで自粛期間を過ごすことができました。

自粛期間には、この時にしかできないことをしようと思い、ピアノに関して言えば、これまでに取り組んだことのない作曲家の作品や、ずっと弾いてみたかった曲にいくつか挑戦しました。(7月に京都コンサートホールのYouTubeにアップされたメッセージ動画内で演奏しているシューマン=リストの献呈も新しく取り組んだ曲です。)

本番のステージで皆さんに演奏を聴いていただけることはとても幸せなことですが、じっくりと自分のためだけにピアノと向き合えた時間もとても尊く感じました。この期間が少しでも自分の肥やしとなっていればいいなと思います。

夏以降は、他の楽器の方の伴奏として動画収録にご一緒させていただく機会や、感染症対策を施した上でのコンサートや試演会など、これまでにない形での演奏の機会が徐々に戻ってきました。お客さんの立場としても、いくつかのコンサートを聴きにホールへ足を運びました。

今までの普通が普通でなくなってしまった今、このようなご時世でも音楽を聴きに会場へ足を運んでくださる方々、感染症対策を始め、コンサート開催までにあらゆる面でサポートをしてくださるスタッフの皆さんのおかげで、コンサートが成り立っているということを改めて実感しています。

そして何よりも、「生の音楽を演奏者とお客さんが同じ空気の中で共有できることの喜び」をとても強く感じました。

ジョイント・コンサートの開催が1年越しに決定し、チケット発売後すぐに売り切れ状態になったことからも、多くの方々がこのコンサートを楽しみにしてくださっているんだなと、とても嬉しく思っています。このコンサートが今度こそ無事に開催され、皆さまと楽しいひと時を過ごすことができますよう、私も心から願っています。

★「 Join us !~キョウト・ミュージック・アウトリーチ~」特設ページはこちら

フォーレに捧ぐ――特別寄稿「フォーレの音楽とそのピアノ五重奏曲の魅力」

投稿日:
アンサンブルホールムラタ

日本を代表する若手トッププレイヤーたちが京都でフォーレの傑作に挑むコンサート「フォーレに捧ぐ――北村朋幹×エール弦楽四重奏団」(11/10開催)。

今回は、作曲家・音楽評論家でフランス音楽に詳しい野平多美さんに、フォーレの音楽と今回演奏される「ピアノ五重奏曲」について特別にご寄稿いただきました。


フォーレの音楽とそのピアノ五重奏曲の魅力/野平多美

フォーレの音楽は、とにかく身を委ねて聴く。それが最上の方法と分かっていても、何かと詮索してしまうのが人間のサガである。では、何を頼りに聞いたらいいのか。実は、もっとも重要なのが、いつもより“耳を開き”瞬間瞬間の“音楽の場を楽しむ”ことが有効である。

“音楽の場”とは、豊かな響きの移り変わりであったり、何か主張するテーマとその背景であったり。これは、古典派からロマン派の音楽を中心に聴いている方には察知するのがお得意なはず。しかし、フォーレの音楽で難しいのは、句読点が曖昧なこと。バロックー古典派―ロマン派では、何か断言するような締めくくりが出てくるのが拠り所なのであるが、それがなかなか聞こえてこないのである。だから、聴き始めは、行先知れずの、その音楽の宙吊り状態を楽しむのが秘訣である。そうしていると、自ずと音楽が必要な句読点に導いてくれる。

フランス近代音楽の三巨匠が、フォーレ、フォーレの弟子のラヴェル、そしてドビュッシーとすると、ラヴェルは、どれほど豊穣な響きで推移しても、音楽の句読点がとても明確である。輪郭も、くっきり描かれているので聴いていて迷子にならない。絵画で言えば、ゴーギャンか、美学的には異なれどロートレックの絵のようである。かたやドビュッシーは、細い線が幾重にも重なっても透明な響きが特長であり、近くで見すぎると何やら曖昧模糊としているが全体像が割と明確なモネやスーラの絵と似ていることは、ご存知であろう。では、フォーレはと言えば、実は絵の手法では難しく、同類の画家がなかなか思いつかない。突如とした色彩の転換が音楽で行われ、これは、ライヴで変化する音楽ならではの本質を捉えた見事な特徴と言える。つまり、聴いている者が期待するような音楽(調性・音響)の進み方をしないことが、フォーレの音楽表現の特長なのである。

 

知っておくべきことは、フォーレの音楽は、基本的にオルガン音楽がその源流になっているということ。それを頭に置いてフォーレ作品を聴いてほしい。しばしば下方にかたまる和声的な響きはそれに起因するものである。フォーレは、サン=サーンスの跡を継いでマドレーヌ寺院の正オルガニストを務めた。さらに、幼少の砌には、ニデルエイメール宗教音楽学校でグレゴリオ聖歌を学び、その和声付けなどの修練を重ねたフォーレの耳は、私たちが親しんでいる長調、短調の2極化の音響だけでなく、教会旋法の響きも根底にあるのだ。ちなみに、父親が校長を務めていたピレネ地方の小さな村モンゴジの師範学校の教会堂にあった小オルガンは、フォーレが触れた最初のオルガンで、本当に素朴な音がしたのを覚えている。

和声を詳しく見ると、三和音が基本形(ドーミーソ)で示されるのは、非常に間遠になっている。あとは、三和音の転回形(ミーソード、ソードーミ)の響きを好んでいて、そして属七の和音(ソーシーレーファ)は、圧倒的に第2転回形(レーファーソーシ)をフォーレは多用した。

そして音楽の中に時折見られる決然とした表情は、フォーレの信条そのもの。

パリ音楽院の院長時代には、時代に即して必要なものと不必要なものを見極め、科目の新設や教授たちの選考もとても潔く決断したという。これを、音楽院のロベスピエールと呼んだ人もいるほど。人情に流されないで信念を貫くのが、フォーレ流なのである。

「ピアノ五重奏曲」のそれぞれの背景を見ると、1909年作曲の第1番は、人生の中でも自らの感情を隠さずに恋愛に創作に、とても豊かな時代の作品。フォーレ独特の温かな厚い響きも、人生の満足度が表れている。

第2番は、それから後、亡くなる(1924年)前、最晩年の1921年に聴覚の異常と戦い、また病を得ながらも、内的な音を深く深く探求する方向性にある作品なので悲壮感が漂う。

聞きどころは、先述した和声の変化と、オルガニストとしては心から崇拝するバッハの対位法的な書式に洗練さを加えた、各声部の見事な絡み合いであろう。

若い演奏家が、この老成した音楽に高いテクニックとフレッシュな音楽感覚で挑むのは、聴く者にとってとても興味をそそられる。健闘を大いに期待したい。


野平 多美(作曲家、音楽評論家)

国立音楽大学を卒業後、フランスに渡り、パリ国立高等音楽院において作曲理論各科を卒業。1990年に帰国。国立音楽大学講師、東京学芸大学講師を経て、現在、お茶の水女子大学非常勤講師。2005年よりアフィニス文化財団研鑽助成委員、18年6月よりアフィニス文化財団理事を務めている。日本フォーレ協会、日本ベートーヴェンクライス会員。
作曲家としては、ギターのための「Water drops」(2017/CD・NAXOS「福田進一・日本のギター音楽No.4」に収録)、絵本と音楽の会「ぐるんぱのようちえん」(作曲、音楽構成2016)ほか作・編曲を多く手がけている。音楽評論家としては、「音楽の友」ほかで健筆を揮うほか、トッパンホールの企画アドヴァイザー(1999~2001)、軽井沢の音楽祭などや都内の演奏会の公演企画に携わり好評を得ている。2018年には、野平一郎作曲・室内オペラ「亡命」の台本を書き下ろし話題になった。
主要著書は「魔法のバゲット ~ マエストロ ジャン・フルネの素顔」(全音楽譜出版社)、 「フォーレ声楽作品集」(共著/同)などがある。


★「フォーレに捧ぐ――北村朋幹×エール弦楽四重奏団」(11/10)の公演情報はこちら

★出演者特別インタビュー
①「北村朋幹さん×山根一仁さん(前編)」
②「北村朋幹さん×山根一仁さん(後編)」
③「田原綾子さんインタビュー(前編)」
④「
田原綾子さんインタビュー(後編)」

フォーレに捧ぐ特別インタビュー④ 田原綾子さんインタビュー(後編)

投稿日:
アンサンブルホールムラタ

11月10日(日)開催「フォーレに捧ぐ――北村朋幹×エール弦楽四重奏団」では、国内外で活躍する若手トップ奏者たちが、フォーレの傑作を披露します。

公演に向けて、エール弦楽四重奏団(以下「エールQ」)のヴィオラ奏者である田原綾子さんへのインタビューを敢行。前編では、田原さんとヴィオラの出会い、そしてフォーレについてお話いただきました。後編では、共演するエールQと北村さんについて伺いました。

――これまで、田原さんご自身のこと、そして今回演奏していただくフォーレについてお話伺いましたが、今度はエールQについてお聞きします。

エールQのメンバーは、皆それぞれソリストとして活躍し、住んでいる場所も違うため、集まる機会は少ないと思います。メンバー3人についてご紹介いただけますか?

田原:えー、なんだか改めてだと恥ずかしいですねー(笑)

まず山根君は、たしか、私が小学校6年生の時、河口湖でのセミナーで初めて出会いました。やんちゃで、憎めない感じの男の子だったのですが、当時から天才肌で、私とは全然違うところにいる人だなぁと思っていました。すごく華があって、「こういう人いるんだなあ」って出会った瞬間に思っちゃいました。私は本当に不器用な人間なので(笑)。

昔からとても恵まれた環境にいさせてもらっていたのですけど、ぱっと弾ける方ではなく、ちゃんと練習しないと弾けないタイプでしたので、山根君は本当に凄いなと思っていました。何より山根君の持っている、音楽に対する愛情や想いなどは、彼にしかない強さや鋭さだと思います。私たちにとって、山根君は大切なヴァイオリニストです。

――同じ弦楽器奏者でもいろんなタイプの方がいますね。毛利さんはどうでしょうか。

田原:毛利さんは通っていた音楽教室が同じで、弦楽アンサンブルで同じクラスになって以来ずっと一緒で、本当に大事な友人です。彼女とはよく一緒に弾いていて、なんと言いますか、もうカルテットのメンバーは全員そうなんですけど、家族みたいな感覚です。演奏していても普通に一緒にいても、考えていることがなんとなく分かります。まぁ向こうがどう思っているか分からないですけどね(笑)。

多分彼女には、私の思っていることは全部バレていると思います。よく「分かりやすい」って言われていますし。一緒にいて本当に居心地が良いです。実家も割と近くにあるのですが、そういったところも含めて、何でも話せる仲だと思っています。毛利さんはすごく大人で、常に上を目指している人なので、彼女がいてくれていたからこそ、私は今まで頑張ってこれたんだと思います。

――何でも話せる存在って大事ですし、そういうところは演奏にも出ますよね。

田原:チェロの上野君は、エールQで初めて出会いました。彼は昔から有名な存在で、名前はもちろん知っていたので、まさか一緒に弾くことになるとは思いもしませんでした。私は彼のファンでもあるので、一緒に弾くだけで嬉しいですし、音の受け渡しをしただけでちょっと嬉しくなっちゃいます(笑)。
そういう話を山根君にすると「なんで上野には甘いんだ、僕には全然優しくしてくれない」って言われちゃうんですけど、しょうがないですよね、そういうものなんです(笑)。

上野君はもともと無口なタイプなんです。例えば4人で弾いていて「ここの部分はどう弾く?」ってなった時は、だいたい山根君が「こう思うんだけど、どうかな?」と言ってやってみます。だた、みんなで行き詰まった時に上野君が「ここはこうしてみようか」とパッと提案すると、すんなりまとまることがあるんです。女性同士もそうなのですが、山根君と上野君も非常に信頼し合っているのがよく分かります。

本当にかけがいのない、良い仲間に出会えたと思っています。彼らがいなかったら、私はヴィオラを弾いていなかったでしょうから。

――聞いているだけでも楽しそうですね。田原さんにとってエールQはヴィオラの原点でもありますよね。

田原:そうなんです。なのでメンバーには頭が上がらないですね。

(C)Hideki Shiozawa

――以前、エールQの公開リハーサルを見学したことがあったのですが、本当に楽しんで演奏している様子が伝わってきました。今度演奏されるフォーレのピアノ五重奏曲は、それぞれに高度な技術が求められますが、それ以上にお互いの音楽性や方向性といったものを合わせる必要がありますよね。ですので、田原さんがメンバーについてお話される内容を伺って、今回のプログラムはエールQにぴったりだなとあらためて思いました。

田原:本当にそう思います。いま、みんなで集まる機会ってなかなかなくて、久しぶりにメンバーに会うとそれぞれの変化が手に取るように分かります。
ただ、不思議なのですが、そうやって久しぶりに会って一緒に演奏しても、「あぁ、この感触・・・!」ってなるんですよね。
こんなふうに思える人たちがいるっていうのはありがたいことだと思います。カルテットの活動を続けるのって本当に難しいのですよ。よくメンバーチェンジもしますしね。

前に毛利さんと「私たちはカルテットという名前だけど、多分『カルテット』じゃなくて『ファミリー』なんじゃないかな」という話をしたことがありました。すぐに恥ずかしくなって「自分たちでなに言っちゃってるんだろうね」ってなったんですけど(笑)。
「カルテットを組んでいるから」と言って、無理に集まるのも「少し違うね」という話もしていました。目の前のことだけではなく、ずっと繋がっていられるように長い目で見るというか。それに、私たちはたとえ半年ぶりでも昨日も会った感じで、自然に集まることが出来るので。

今回、エールQとして弾かせていただくのは、なかなか久しぶりな感じがするのですが、メンバーみんながベストコンディションで集まることが出来たら良いなと思っています。

――エールQは、「組んでいないから解散のない」カルテットだと耳にしたことがあります。

田原:はい。「組みましょう」と言って組んだカルテットではなく、「気が付いたら集まっていた」カルテットです(笑)。メンバー全員が、エールQで室内楽を始めました。私たちの原点ですよね。友達と一緒に音楽を作るのも初めてでしたし、長いリハーサルもこなして、そのあとはみんなでご飯を食べに行って・・・。いわゆる「青春の1ページ」と言っても良いと思います。高校生の時の話です。
いまは少し年を重ねてきて、それぞれが色々なことに取り組み始めてきたので、「仕事」というものがどのようなものか分かってきた気がします。だからこそ、エールQは本当に純粋に音楽でつながっている仲だということをあらためて感じるんです。
こういう仲間は欲しくても出来るものではないし、巡り合わせですよね。本当に運が良かったんだなと思います。

――たしかに、最初に室内楽をやろうと言ったメンバーでずっと一緒にできるって幸せですよね。なかなか珍しいですよね。

田原:そうですね、本当に「ご縁」だと思います。あと、多分どのカルテットもそうなんじゃないかなと思うんですけど、メンバーそれぞれが大事にしている本質的なものが非常に近いというか、そこも良かったんだろうなと思っています。

カルテットって面白くって、例えば、4人いるうちの3人が同じメンバーだったとしても、たった一人が入れ替わっただけで全く別のグループの音になってしまいます。それくらい、カルテットは繊細で面白いもので、奥深い世界だと思います。そこにピアニストが入ると、4人だけで出来上がっている世界を広げてくれる。きっと北村くんなら、さらに広げてくれるような気がするので今から本番がすごく楽しみです。


共演する北村朋幹さんについて


――今回共演するピアニストの北村朋幹さんとは以前からお知り合いでしたか?

田原:北村君と私は以前、それこそフォーレの《ピアノ五重奏曲第2番》を一緒に弾いたことがあります。さらに、エールQと北村君の組み合わせでは、ブラームスの《ピアノ五重奏曲》を演奏したことがあります。北村君の演奏を聞かせてもらったり、一緒に弾いていると、あんなに命を削って音楽に向き合っている人はいないだろうと思います。すごく自分に厳しい人なので、『(自分の甘さに反省しつつ)ごめんね、いつもありがとう』と思いながらいつも弾くんですけど(笑)。
北村君はとてもリハーサルを大切にしているのですが、私もその考え方には共感しているので、一緒に演奏出来ることがとても嬉しいです。

――一緒に演奏していて、やはり刺激を受けますか?

田原:そうですね。自分一人で演奏していると、自分の中で完結してしまう。例えば、感じ方であったり音楽の捉え方であったり、自身で経験したこと以上のものは広がらないのですが、他の人と一緒に演奏すると「あぁ、こういう考え方もあるのか」と刺激を受けます。
特に私は、エールQを組んだ当初は、ヴィオラも初心者でしたし、何もかもが初めてだったので、刺激を受けてばかりでした。ヴィオラに転向した後は、様々な人と出会い、これまでよりも一層色んな刺激を受けています。自分以外の人から新しいことを知ることになるので、視野が広がるような感じです。

――演奏する時の「相性」も関係しますか?

田原:相性はありますね。不思議なもので、演奏の相性は本当に人間関係と一緒だと思います。
少し喋ると「この人とはちょっと話しにくいな」、「噛み合いにくいな」って思ってしまうことがありますよね。人それぞれタイプや性格が違うから当然のことなのですが、演奏する時にもきっとそれがあると思うんです。
ヴィオラって相手とシンクロさせることが多い楽器なので、一緒に演奏しているとその人の本質を感じやすい気がします。もちろん大変なことはあるのですが、それゆえに室内楽ってすごいなぁ、音楽って素晴らしいなぁと思います。演奏している最中に「楽しいな」と思える出会いがあると幸せですし、本番で良いものが生まれると「音楽をやっていて良かった」と心底思います。

ピアニストの北村君の場合で言うと、彼がメロディーを弾いている上で私が演奏する時、あるいは同じ旋律やハーモニーを彼のピアノに重ねた時に、とっても幸せな気持ちになります。またそういう気持ちを味わうことが出来るんだと思うととても楽しみです。


今回の演奏会に向けて


――今回の演奏会に向けての抱負をお聞かせください。

田原:個人的にはエールQ&北村君と一緒にこのホールで演奏させていただける、それだけで何よりも嬉しいというのが正直な気持ちです。大切で特別なメンバーたちと長い時間、この素敵なホールで弾けるというのは本当に幸せなことですし、みんなの背中を追いかけて頑張ってきて本当に良かったなと思いますね。

――最後に聴衆の皆さまへメッセージをお願いします。

田原:普段なかなか耳にできないプログラムを私たち5人の演奏で聴いていただき、「芸術の秋」・「音楽の秋」の日曜のひと時を過ごしていただけたらいいなと思います。そしてたくさんの方に聞きに来ていただけましたら嬉しいです。

(2019年4月アンサンブルホールムラタにて)


★公演情報はこちら

特別インタビュー①「北村朋幹さん×山根一仁さん(前編)」

特別インタビュー②「北村朋幹さん×山根一仁さん(後編)」

特別インタビュー③「田原綾子さんインタビュー(前編)」