オルガニスト 大木麻理 インタビュー(2021.12.04京都コンサートホール クリスマス・コンサート)

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インタビュー

コロナ禍だからこそ聴いていただきたいコンサートシリーズ『The Power of Music~いまこそ、音楽の力を~』の最終回「京都コンサートホール クリスマスコンサート」。12月4日(土)15時より、京都コンサートホール 大ホールで開催します。

いよいよ冬本番ということで、めっきり寒くなってきた今日この頃。パイプオルガンとハンドベルアンサンブルのハーモニーで一足先にクリスマスの雰囲気をたっぷりとお楽しみいただけるコンサートです。

今回は、クリスマスコンサートにご出演くださるオルガニストの大木麻理さんに色々なお話を伺いました。


大木麻理(オルガニスト)

――2018年に「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズVol.62」にご出演くださった折、和太鼓とのコラボレーションで鮮烈な印象を与えた大木麻理さん。以降、全国各地でパイプオルガンを使った様々な試みに取り組んでいらっしゃいます。今回の演奏会はハンドベルとの共演ですね。クリスマスシーズンにぴったりの組み合わせです。

大木麻理さん(以下、敬称略):そうですね、共演する「きりく・ハンドベルアンサンブル」の皆さんと相談しながら、「クリスマスだから聴きたいよね」という曲をたくさんプログラミングしました。もちろんクリスマスというテーマも大事なのですが、今回の公演のコンセプトは「音楽の力」でしたよね。

――はい、そうです。「クリスマス・コンサート」は、コロナ禍で奔走してくださる医療従事者の方々や、心が疲れてしまっている方、世界中の皆さんにパイプオルガンとハンドベルのハーモニーを京都から届けて、アフターコロナに向けて元気になっていただきたいという思いから企画された公演です。

大木:当初、京都コンサートホールのスタッフの皆さんとお話した時に出たキーワード「祈り」と「復活」はプログラミングの時にすごく意識しました。だからといって畏(かしこ)まるのではなく、演奏を聴いた後に「日常を忘れる特別な時間」「いいクリスマスを迎えられるね」といった想いをお客様に持ち帰っていただきたいです。あたたかな空間を作ることができたらいいなと思っていて、コンサートの最後には「希望の光」が見えるようなプログラミングにしています。

――大木さんは、以前にも「きりく・ハンドベルアンサンブル」と共演なさったことがあるそうで、2年ぶりとのこと。今回共演なさる際に楽しみにされていることはありますか?

大木:きりく・ハンドベルアンサンブルの演奏って、本当に「千手観音」のようなのです。色んな場所から手が綺麗に出てきて、圧巻のフォーメーションで演奏なさるのです。まるで美しいダンスを見ているかのよう。1人につきたった2本の手しか持っていないのに、こんなことができるのかと驚きます。お客様は、耳でも目でも楽しんでいただけることでしょう。わたしもお客さんとして聴きたいくらい(笑)。

「耳でも目でも楽しむことができる」というのは、パイプオルガンにも共通することですね。オルガニストは手と足を駆使して演奏するので、「アクロバットなことをしているね」とよく言われます。

――確かにそうですね。

大木:あとは、「楽器の発音の仕組み」という視点から捉えると、パイプオルガンとベルは正反対の性質を持つ楽器と言えるでしょう。ベルは打楽器の一種ですよね。オルガンが持ち合わせていない要素を持っています。逆も然りです。そういう意味で、お互いにない要素を補い合っているので、音楽的にさらに一つ高みにいくことのできる組み合わせなのではないかと思っています。

――なるほど!そう考えると素晴らしい組み合わせですよね。

大木:そうですね。聴いてくださるお客様は絶対に楽しいと思います。演奏する側の私たちも楽しいですから。

きりく・ハンドベルアンサンブル

――大木さんが京都コンサートホールのパイプオルガンを演奏してくださるのは、今回で2度目になります。

 大木:はい、とても楽しみです。京都コンサートホールのパイプオルガンは一見すると、大きくて厳かな楽器に見えるのですが、実際に音を出してみるとすごく暖かな響きがするのです。ちゃんと奏者と対話しながら鳴ってくれる楽器です。色々なストップがあるので、色々なことにチャレンジできます。個性豊かな、良い音がするストップがたくさんあるのです。もちろんそれらのストップを活かしながら、音を作っていく過程が重要になってくるのですが、古いものから新しいものまで、魅力的に弾くことのできる楽器です。

――いま「音作り」のお話をしてくださいましたが、実際にはどのように音色を選んでいかれるのですか?

オルガンを弾く大木さん

大木:方法は色々とありますが、まずはその楽器の特性を活かせる選曲をするように心がけています。次に、実際に楽器を演奏しながらレジストレーション(ストップを選択し、組み合わせることにより音色を作っている作業のこと)を行う際には、その楽器が持つ音色は全部使おうと思っています。これは、私のポリシーですね。どのようなストップでも、その存在価値を発揮させたいなと思っています。

あとは、その曲が書かれた背景を意識するようにしています。例えば、今回演奏するリスト作曲の《バッハのカンタータ「泣き、嘆き、悲しみ、おののき」による変奏曲》に関して言うと、リストがイメージしたであろう音色や、当時のリストが耳にしたであろう楽器の音色を想像します。そして、私が演奏する楽器からそういったものを引き出すためにはどのようにすれば良いか、非常にこだわって音作りを行います。

――当ホールのパイプオルガンには本当にたくさんの種類のストップがあるので、大木さんがそれらをどのような組み合わせで使ってくださるのか、今からとても楽しみです

大木:ありがとうございます。

――さて、最後の質問をさせてください。インタビュー冒頭で本公演のコンセプトである「音楽の力」について少し触れました。このコロナ禍において、大木さんと「音楽」の関係性に変化はありましたでしょうか。

大木:そうですね、「音楽はやっぱり必要なんじゃないか」と思うようになりました。

2020年の最初のパンデミックの時、予定していたコンサートが全てキャンセルされたんですよね。その時は「自分の存在価値はないのだろうか」と思ったりもしました。でも、人間って生まれてから死ぬまで、どこかで必ず「音楽を聴いている」でしょう。そう考えると、私にとっても、その他の人にとっても「音楽は絶対に必要なものだ」と思うようになりました。コロナ禍において、それを初めて確信できたというか。音楽は当たり前に存在していますが、「ただ存在する」のではなく「人生にとって必要なものである」と皆さんが考えてくださったら嬉しいなと思っています。

――私もそう思います。特に我々は「ライブ演奏」を生業としている者ですから、このような時期ではありますが、お客様にはコンサート会場にお越しいただき、ぜひとも生演奏を聴いていただきたいと思っています。

(C)Takashi Fujimoto

大木:そうですよね。特に、パイプオルガンやハンドベルは生演奏で聴いていただくのがベストであると思います。コロナ禍でコンサート配信も増えましたが、パイプオルガンって配信には向かない楽器なのですよ。もちろん、配信にも良い点はありました。例えば、普段は客席から見えないオルガニストの手や足の動きを画面越しに見ていただいたり。そういった面白い機会を作ることはできましたが、やっぱりパイプオルガンの醍醐味ってホール中に鳴り響く音を身体で感じていただくことだと思うのです。その体験は配信やCDでは味わえないものです。ぜひとも、生演奏を聴きにご来場いただけたらと思います。

――本当にその通りです。実際にホールでパイプオルガンの音を聴くと、足元から頭の先までパイプオルガンと身体が“共鳴する”感覚を味わうことができます。今回は、パイプオルガンに加えてハンドベルの美しいハーモニーをも堪能することができる貴重な機会です。コンサート当日を楽しみにしています。
今日はたくさんのお話をお聞かせくださり、ありがとうございました!

(2021年9月 Zoomにて)

《京都コンサートホール クリスマス・コンサート》の公演情報はコチラ

きりく・ハンドベルアンサンブル インタビュー(2021.12.04京都コンサートホール クリスマス・コンサート)

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インタビュー

京都コンサートホールがお届けする、特別なコンサートシリーズ「The Power of Music~いまこそ、音楽の力を~」。シリーズの最終公演である「京都コンサートホール クリスマス・コンサート」では、親しみあるクリスマス・ソングをはじめ、祈りや復活の気持ちが込められた作品の数々を、 京都コンサートホールの国内最大級のパイプオルガンとハンドベルの豊かな響きでお届けします。

公演に向けて、きりく・ハンドベルアンサンブル(以下「きりく」)の代表を務める、世界的なハンドベル奏者の大坪泰子さんにお話を伺いました。
ぜひ最後までご覧ください。

 

——この度は、インタビューにお答えいただきありがとうございます。
まずアンサンブルのメンバーについてお伺いいたします。メンバーの方々は皆さんどのようにハンドベルと出会われたのでしょうか。そしてどのように「きりく」に入られたのでしょうか。

大坪さん(以下敬称略):小中高時代に学校で始めた人がメンバーの約半分ですが、きりくで始めた人もいます。
いま一番若手のメンバーは、小さい頃から頻繁にきりくの公演に通ってくれていました。主に低音域を担当している福田義通は、私がこれまでグループを結成する度に参加してくれています。他のメンバーは、私のブログや打楽器協会の会報などでメンバー募集を知り、きりくに入ってきてくれました。

※きりくのメンバーは現在8名ですが、本公演では7名で演奏予定。

 

——きりくさんのこれまでの演奏活動とコロナ禍での活動について教えていただけますか。

大坪:これまでは毎年1〜2回の自主公演のほかに、国内公演や海外ツアー等を頻繁に行っていました。コロナ禍では、海外ツアーはできなくなった上、自主公演はキャンセルし、その他の公演数も激減しています。
楽器の特性上、集まらないと練習にならないのがコロナ禍での大きなネックとなりました。
昨年は、長年借り歩いていた練習場が一斉にクローズしてしまったため、自前で専用スタジオを作りました。高機能換気システムを入れた安全なスタジオは出来たものの、遠くから電車で通うメンバーも少なくないため、安全を考えるとやはり前ほど自由には集まれなくなりました。昨年以来、全く参加できなくなったメンバーもいます。

ただ、元々私たちは少人数で極度に制限された条件の中で、工夫しながら作品を作ってきました。何かに困れば新しい知恵と方法で動くだけで、むしろそうやって私たちは進歩していくものだと思っています。

——次に、きりくさんが使用されている「ハンドベル」という楽器について教えてください。一般の人がよく見るのは、10本くらいの色がついたハンドベルで、メロディーを奏でるくらいの規模かと思いますが、きりくさんの演奏会では全てのパートをハンドベルで演奏されると思います。どれくらいの本数を使われていて、一人あたりの担当本数はどれくらいなのでしょうか。

大坪:皆さんが「ハンドベル」と呼んだり想像しているものの殆どは、「ミュージックベル」か、ベル型の玩具なのではないでしょうか。
私達が演奏しているのは、「イングリッシュハンドベル」と呼ばれる楽器です。

きりくでは6オクターブ弱の音域を用いており、部分的には3セット使っています。重さは1音あたり500gから5kg位のものもあります。
使う数は曲によって違いますが、大体、1人6〜25個くらいを担当します。多い時には、全員で200個以上使う曲もあります。例えばピアノの鍵盤をバラして持って、自分の音だけ適切に奏でるような状態を想像してみたらわかりやすいと思います。
その他に、音叉型の「クワイアチャイム」という楽器も6オクターブ分使っていて、曲によっては併用しています。

※本公演で使用するベルの数は、約200個の予定です。

——きりくの皆さんが思うハンドベルの魅力はどんなところでしょうか。

大坪:一般とは違う発想や取り組みをしているので、私達の感覚が一般的ではないと思うのですが…倍音が豊かに響いているトランス的な状態が好きです。明るい曲よりは、暗くて深みのある曲が合うと思っています。

あとは、工夫次第で可能性が拡がるところでしょうか。
少人数でやっている事自体もそうですが、こんな事は出来ないだろうと決めつけず、どうやったら出来るかを試行錯誤しながら、新しい何かを発見していくことに喜びがあります。

 

——演奏会でお聴きするのがとても楽しみです。12月4日の「クリスマス・コンサート」で演奏してくださる曲について聴きどころを教えてください。

大坪:テーマが「祈り」だったので、楽器に合っていると思います。
ハンドベルは、時代で言えばバッハがいた頃に、イギリスの教会で生まれた楽器です。当時バッハの曲が演奏されるような事はありませんでしたが、時代を経てこうして出会ってみると、まるでオリジナルのように調和しているのが面白いです。
カッチーニのアヴェマリアとアメイジンググレイスは、今回「クリスマス・キャロルズ」を書いた山岸智秋さんの編曲によるものです。山岸さんは私の好みをよく知っていて、共通項も多いため、若い頃からタッグを組んで作品を作ってきています。

 

——大坪さんがおっしゃってくださったように、山岸智秋さんには、本コンサートのために「クリスマス・キャロルズ」を書いていただきました。山岸さんについてご紹介いただくとともに、今回の新曲に期待することなどをお話いただけますか。

大坪:山岸さんは、私が大学生の頃に教えていた高校のハンドベルクワイアの生徒でした。その後音大に進み、作曲編曲、ピアノ、各種合奏や合唱の指導、大学での教授活動等で活躍しています。
彼は私と音楽的な嗜好が似ているので、信頼してよく編曲を依頼します。私の細かい注文もよく汲んでくれますし、こちらで楽譜に少し手を加えたりする事にも寛容なのは、向こうも信用してくれているからではないかと思っています。
ただ、うちの人数では到底出来そうにない音数を書かれることもあり、毎回悲鳴を上げつつ仕上げながらもまた依頼する、ということをかれこれ30年来続けています。

今回の新作も、作品性の高いアレンジです。大量の音符を前にして、もう少し簡単だったらなと思いつつ、流石だなと思いながら音分けに取り組んでいます。
個性的な音使いをしながらも、素材としては古典的なクリスマスキャロルだけでメドレーになっているところも気に入っています。

 

大木麻理(C)Takashi Fujimoto

——今回共演する大木さんとは、以前(2019年12月)ミューザ川崎で共演されたと聞きました。今回の共演ではどのようなことを楽しみにされていますか?

大坪大木さんとは一度ご一緒しているので安心感があります。オルガンもハンドベルも教会生まれの楽器なので、共に演奏で祈れるのが嬉しいです。
どの曲も楽しみですが、今回はやはり、この公演の為に書かれた新作の「クリスマス・キャロルズ」に特別感があります。信頼できる共演者と編曲者で新しい作品を作れる希少な好機ですから、一回だけで終わらせるのは勿体ないくらいです。

 

——今回のコンサートには、「音楽」を通してコロナで疲れた方々を癒し、コロナに負けず音楽の力を信じて前に進みたい、というメッセージが込められています。「音楽の持つ力」は、ウィズコロナの現在、そしてアフターコロナでどのような役割を果たすと思いますか。

大坪:物理的に孤立しがちなコロナ禍での生活では、心の健康がQOL(クオリティ オブ ライフ)を左右します。音楽は直接心に刺激を与え、癒しや活力をもたらし、生き方にまで影響を与えると信じています。特に今後は、実演に触れて響きを浴びる体験の価値が見直されることと思います。
なんでもリモートで済むような生活習慣がついてきた今だからこそ、音楽を単なる情報として捉えるか、代替不可の体験として捉えるか、価値観の分かれるところではないでしょうか。
まだ厳しい状況下ではありますが、音楽ホール、実演家、そして聴衆の皆さまも、音楽体験の価値を諦めず、忘れず、共に乗り越えていければ嬉しいです。

 

 

——演奏会を楽しみにしている皆さまへ、一言お願いいたします。

大坪:大海の一滴のように僅かでも、たとえ一音でも響きを投じるからには何かに影響を与えていると信じ、演奏をしています。演奏会を楽しんでくださる皆さまお一人お一人のご安全、ご健康、お幸せを祈るとともに、その場を共有した全員から世界に向けた祈りが生まれることを期待しています。皆さまとご一緒できる事を心より楽しみにしております。

——お忙しい中ご協力いただきまして、誠にありがとうございました。
12月の公演を楽しみにしております!

(2021年9月事業企画課メール・インタビュー)

クァルテット澪標 東珠子さん&佐藤響さん インタビュー(2021.11.13オピッツ・プレイズ・ブラームス~withクァルテット澪標~)

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京都コンサートホール

11月13日(土)15時開演「オピッツ・プレイズ・ブラームス~withクァルテット澪標~」では、ドイツの巨匠ピアニストであるゲルハルト・オピッツと京都ゆかりの若手奏者による弦楽四重奏団「クァルテット澪標」が共演します。

公演に向けて、クァルテット澪標の東珠子さん(ヴァイオリン)と佐藤響さん(チェロ)のお二人にお話を伺いました。
クァルテットについて、そして演奏されるピアノ五重奏曲や共演するオピッツさんについてもお話いただきました。

ぜひ最後までご覧ください!


――お忙しい中、インタビューにご協力いただき、ありがとうございます。クァルテット澪標のヴァイオリンを担当されている東珠子さんとチェロを担当されている佐藤響さんから今日はお話を伺います。
ヴァイオリンの大岡仁さんとヴィオラの牧野葵美さんは、先日それぞれお住まいのオーストリアとイギリスからご帰国されたばかりということで、現在隔離期間に入っていらっしゃいます(※インタビュー時10月末時点)
さて、まずは4人がどのように弦楽四重奏団を組まれたのかというお話を最初に伺いたいです。東さんと佐藤さんは同学年でいらっしゃいましたよね。

東珠子さん(以下、敬称略):はい、そうです。

佐藤響さん(以下、敬称略):同じ高校、大学※を卒業しました。(※現 京都市立京都堀川音楽高等学校、京都市立芸術大学)

――大岡さんと牧野さんは違う学校だったのですね。

:はい、二人は私たちよりも1学年上で、相愛大学に通っていました。
私たちの出会いは「京都フランス音楽アカデミー」でした。当時私たちは高校2年生で、オーボエクラスの先生が「室内楽をやろう」と言ってくださって。それで、私と佐藤さんで組んだのですが、その時にヴィオラの牧野さんがいて、一緒に室内楽をやったのです。それがすごく楽しくて。そのうちに「カルテットをやろう」ということになったのですが、「そうしたらヴァイオリンがもう1人必要だね」と言ったら牧野さんが「大岡君を誘ったらやってくれると思う」という話になりました。

佐藤:牧野さんと大岡君は同じ師匠※に習っていたのです(※小栗まち絵先生)。高校2年生の時に日本音楽コンクールで2位を獲った大岡君は当時、スーパー有名人で超多忙にしていましたので、僕たちとカルテットを組んでくれるのかな?と思っていたのですが「いいよ」と快諾してくれました。僕たちが高校3年生の春のことでした。

――学校という枠組みから離れて組まれたカルテットだったのですね。

:はい、いつもとは全く異なる環境で、音楽を通して皆、自分自身を見つめていた時期でした。

――なるほど、4人が音楽的な価値観がぴったりと合ったのですね。

佐藤:いえ、それが違うのですよ。最初はとても苦労しました。特に東さんが苦労していたかな。練習の帰り道、泣いていたこともあったね(笑)

――性格も音楽性も異なる4人が集まるわけですから、時に衝突も起きますよね。そういった部分はコンサートに行っても見えてこないので、個人的にはとても興味のある話です(笑)。

:大岡君と牧野さんって、私が今まで出会ったことのない演奏家だったんです。それがすごく刺激的で。年齢も私たちより1歳上だし、キャリアもずっとずっと上でしたし。そういうことも大きな理由の一つでしたが、やっぱり、それまではソロ中心で、室内楽の経験があまりなかったことが原因だったと思います。先生以外の人たちと、一つの曲を皆で一緒に勉強するわけでしょう。音楽を作る時も、先生とは全然違う視点で話をしてきます。
なので、自分でやりたいことがある時は、相手を説得するだけの「自分」を強く持たないといけないのですが、当時はそれがとても難しかったです。

佐藤:自分の考えていることを言語化できなかったんだよね。

:きっと、大岡君もそうでした。黙っちゃう。

――ということは、牧野さんが積極的に発言をしていたのですか?

佐藤:そうです(笑)。牧野さんはとてもロジカルなのです。

:だから、牧野さんを納得させるには、自分がなぜそう思うのかということを、まずは自分自身がよく理解しないといけないということに気付きました。

――そのようなことを高校生で気付けたということは、なかなか大きな経験だと思います。

:そうかもしれないですね。牧野さんには非常に鍛えられました(笑)。本当にストレートで、真面目で、まっすぐな人なのです。

佐藤:僕自身は、ちょっと違う苦しみを抱いていました。当時、僕は全然弾けなかった。それがとてもストレスだったのです。

:おそらく、それぞれが違う理由でとても苦しんでいた時期でした。だからこそ、お互いに興味を抱いたのかもしれないです。4人がそれぞれの相手を通して、自分自身を見つめたり、自分とは全く異なる世界に生きる相手を見ようとしたり。数年間かけて、アンサンブルのみならず人間関係も築いていたのだと思っています。

――その後、皆さんが大学生になった頃、若いカルテットの発掘と育成を目的としたカルテット振興プロジェクトである「プロジェクトQ」に関西代表として参加されたり、若手弦楽四重奏団としてのキャリアを積んでいかれました。
しかし、一旦、活動を休止されましたね。

:そうです。3年の活動を経た後、大岡君と牧野さんが「海外留学をする」ということになりました。
彼らの希望は前から聞いていたので覚悟はできていましたが、さすがに「活動中止」となるとショックでしたね。

――何年間、活動を中止されたのですか。

:9年です。ですが、その間もメンバー同士、連絡を取り合っていました。やっぱり、活動していた期間、とても楽しかったから。

――活動再開のきっかけは何だったのですか?

:私が大阪でリサイタルを開催したのですが、その時に一時帰国していた大岡君が聴きに来てくれたのです。
9年経って、それぞれががむしゃらに勉強する時期を終えて、就職が決まったり進路が決まったりしていました。
やっと、落ち着いて将来を考えることができたタイミングだったのです。
それで「そろそろ澪標、再開したいね」「ちょっと音を出してみようか」という話になりました。

佐藤:そんな流れで、2018年の夏に大阪と京都で自主公演を開催しました。再スタートです。

――9年を経て、一番最初に4人の音を合わされた時の印象は?

佐藤:女性が強くなっていて、びっくりしました!(笑)

――(笑)面白いですね。東さんは9年経って、ちゃんと自己主張ができるようになっていたのですね。

:はい(笑)

佐藤:東さんは4人の中で一番ポジティブで、ムードメーカーです。

――なるほど、それぞれ役割があるのですね。

:そうです。ノリで弾いちゃおう!というのが私。「いやいや冷静になろうよ」というのが残りの3人です(笑)
大岡くんは本番となるとバリバリ演奏するのですが、普段はぽーっとしています(笑)。本当に優しい人です。

佐藤:僕と牧野さんはめちゃくちゃネガティブなんですよね。

:ネガティブというよりも、2人は理論で考えていく人たちなのです。

――リーダーシップを取られるのは誰なのですか?

:その質問は難しいですね!澪標にリーダーはいないかもしれないです。

佐藤:はい、いないですね。それでうまくバランスが取れているカルテットなのです。

――今回、ドイツの巨匠、ゲルハルト・オピッツさんとブラームスのピアノ五重奏曲を演奏してくださいますね。どのような作品であると捉えていらっしゃいますか?

ピアノ五重奏曲を作曲した頃のブラームス(1866)

佐藤とてもブラームスらしい作品だなと思います。
ピアノカルテットと比較すると全然違うんですよね。ピアノカルテットの場合は、ピアニストも弦楽器奏者も1人1人が対等な立場にあると思うのですが、ピアノクインテットは違うのです。ピアノとカルテットが対峙するというか。とてもやりがいのある作品です。

:この作品はブラームスが比較的若い時に書いたもの(1864年作曲)なので、音楽的にはそこまで複雑ではないのですが、ブラームス青年期の瑞々しさ、シンプルさを表現できたらいいなと思います。

――オピッツさんと共演されることについてはいかがですか。

佐藤:僕だけではなく、みなさんにとって、オピッツさんって「本物中の本物」ですよね。日本のオーケストラメンバーの色々な方々が口を揃えて「オピッツさんはすごい」とリスペクトされているのです。

(C)HT/PCM

大岡君が弾いているボン・ベートーヴェン管弦楽団でもソリストとしてオピッツさんが来られたそうなのですが、やっぱり凄かったそうです。こんなに皆が素晴らしいと絶賛するピアニストと共演できる機会はなかなかないことなので、すごく楽しみにしています。

 

:実は、澪標で他の奏者と一緒に演奏するのは今回が初めてなのですよ。そして、初めて演奏する方がオピッツさんという(笑)
こんなすごい話はないと思って、喜んでオファーをお受けしました。
私たちはこれまで、音程について相当緻密に議論を重ね、和声を作ってきました。そこへピアノが入った時にどうなるか、未知数ですし、とても楽しみでもあります。私たちにとって、素晴らしい経験になるだろうと思っています。

佐藤:こうやって、超一流のピアニストと共演する機会を純粋に楽めるというのは、やっぱりこれまでそれぞれに経験を積み、自信をつけてきたからだと思います。それぞれに自分の「引き出し」は増やしてきましたから。今回はその引き出しを試すことができる、とっても良いチャンスだと思います。

――これまで経験を重ねて自信をつけたからこそ、今回のコンサートを楽しめる……本当に素晴らしいことだと思います。
オピッツさんもクァルテット澪標との共演をとても楽しみにされています。
京都コンサートホールでしか聴くことのできない、オール・ブラームス・プログラム。本番まであとわずかですが、私たちも11月13日を今から楽しみにしています!今日は色々なお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。

(2021年10月 京都コンサートホール応接室にて
聞き手:高野裕子 京都コンサートホールプロデューサー)

 

《オピッツ・プレイズ・ブラームス with クァルテット澪標》の公演情報はコチラ

 

ピアニスト ゲルハルト・オピッツ 特別インタビュー(2021.11.13オピッツ・プレイズ・ブラームス~withクァルテット澪標~)

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京都コンサートホール

京都コンサートホールの特別シリーズ『The Power of Music~いまこそ、音楽の力を~』の第3弾「オピッツ・プレイズ・ブラームス~withクァルテット澪標~」(11/13)では、ドイツ・ピアニズムを受け継ぐ巨匠ピアニストのゲルハルト・オピッツ氏が、オール・ブラームス・プログラムを披露します。

オピッツ氏は、2020年に開催した特別シリーズ「ベートーヴェンの知られざる世界」にご出演いただく予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の影響で出演は叶いませんでした。

今回、待望の京都公演に向けて、オピッツ氏へメールインタビューを行いました。
演奏していただくブラームスの作品や、特別な憧れがあるという京都についてお聞きしました。ぜひ最後までご覧ください。

(C)Concerto Winderstein

——この度はインタビューをお引き受けいただき、ありがとうございます。
昨年はご出演がかなわず大変残念でしたが、
今回改めてオピッツさんをお迎えできますこと、心より嬉しく思います。
さて、オピッツさんはこれまで日本各地で演奏されていらっしゃいますが、京都コンサートホールは3回目のご出演になるかと思います。1回目は2002年にヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮のNHK交響楽団と、2回目は2019年のマルク・アンドレーエ指揮の京都市交響楽団との共演でした。
京都コンサートホールの印象や過去の2回の演奏会での印象的なエピソードがあれば教えてください。

オピッツ氏:京都コンサートホールは、聴衆だけでなく演奏する側にとっても理想的なホールだと思います。ホールの持つ建築のコンセプトと優れた音響のおかげで、この場所で演奏することが本当に楽しいのです。
以前ベートーヴェンの協奏曲第3番とブラームスの協奏曲第1番を演奏しましたが、どちらも素晴らしい思い出です。ヴォルフガング・サヴァリッシュとマルク・アンドレーエという二人の偉大な指揮者とは80年代からのよき仲間、よき友人であり、私たちは何十年も多くの舞台を共にし、信頼し合うことができました。幸いなことにアンドレーエ氏は今も健在で音楽仲間や聴衆を魅了し続けていますが、サヴァリッシュ氏はもうここにはいません。本当に残念でなりません。

2019年1月 マルク・アンドレーエ指揮、京都市交響楽団との共演の様子(C)京都市交響楽団

★2019年のアンドレーエ氏&京都市交響楽団との共演の様子はこちら↓
京都市交響楽団 公式ブログ「公演終了!アンドレーエ&オピッツ「第630回定期演奏会」」

 

——今回の演奏会では、オール・ブラームス・プログラムを演奏していただきます。プログラム前半では、ブラームスの作曲人生において実り多き時期から晩年にかけてのソロ作品を選んでいただきました。選曲の意図と各曲の魅力を教えていただけますでしょうか。

オピッツ氏:1864年にブラームスが作曲した作品34の五重奏曲は若かりし頃のスタイルを踏襲しており、四楽章構成という大規模な作品です。これに呼応するものとして、ピアノの小品に集中して作曲を行った後期の成熟した作品を選びました。
2つのラプソディーは、古典的形式とラプソディーの自由さが統合された作品です。
続いて、ブラームスが“Klavierstücke”(ピアノ小品)と呼んだ最晩年の小品集の持つ魔法のような世界観へと歩みを進め(作品119)、“Fantasien”(幻想曲)と名付けた作品を演奏します(作品116)。
これらの作品の中にはドラマチックで煽情的なものもありますが、そのほとんどは熟考され詩的な美しさが強調された作品です。これこそがブラームスの絶頂期だと思います。

(C)HT/PCM

——後半プログラムの「ピアノ五重奏曲」では、京都ゆかりの若手音楽家による「クァルテット澪標」と共演なさいます。クァルテットのメンバーは現在それぞれ、ドイツ・ベルギー・イギリス・日本で活躍しています。共演する上で楽しみにされていることなどがありましたら教えてください。

オピッツ氏:クァルテット澪標の素晴らしい皆さまと、壮大な五重奏曲作品34で共演できることを楽しみにしています。彼らの演奏への熱烈な評判を耳にし、今回初めてご一緒できることになり、大変嬉しく思います。
この五重奏曲は室内楽曲の中でも特に重要な作品ですし、この曲を演奏することは5人の演奏家同士での知的で深い会話のように思っています。私たち5人は、ともに楽しい演奏を究極の目標として、この素晴らしい作品の魅力を聴衆の皆さまにお届けします。

クァルテット澪標

——オピッツさんは親日家でいらっしゃって、あるインタビュー記事で「とりわけ京都にはある種の憧れを感じています」と話されているのを目にしました。よろしければそのお話を聞かせていただけますでしょうか。

オピッツ氏:私にとっての京都は、日本だけでなく世界中のどの都市と比べても唯一無二の都市です。初めて訪れた1976年以来、いつもその街並みの美しさに感動し、魅了されています。一方に町があり、もう一方に広がるお寺や神社などの歴史的な風景、そして山や森、川などが驚くほど見事に調和しており、まるで完全な芸術作品のようです。千年以上の歴史に根差した伝統の美しさが、現代の生活に見事に溶け込んでいます。

 

——さて、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックは、世界を大きく変化させました。今回のコンサートを含む4つのコンサートシリーズ「The Power of Music~いまこそ、音楽の力~」は、「コロナに屈せず、“音楽の力”を信じて前に進もう」という思いで企画いたしました。「音楽の力」は、ウィズコロナそしてアフターコロナの状況で、どのような役割を果たす(果たしている)とオピッツさんは思いますか。

オピッツ氏:現在のパンデミックの状況によって、私たちが以前のように生活を楽しむことが難しくなっています。音楽はウイルスの脅威による影響や、それに付随する問題を解決することはできませんが、私たちの魂を勇気づけてくれるものです。辛い状況にある私たちの感情や思考を和らげてくれるもの、それが音楽だと思います。

(C)HT/PCM

——最後に、1年越しの演奏会を楽しみにしている皆さまへメッセージをお願いいたします。

オピッツ氏:クァルテット澪標と私は、ヨハネス・ブラームスの芸術的なメッセージに対する私たちの情熱を皆さまにお届けしたいと思います。ブラームスのファンが増えることを願っていますし、音楽愛好家の皆さまにもブラームスの新たな一面を見つけていただけたら幸いです。彼の精神が私たちを啓蒙し、導いてくれますように。

——お忙しい中ありがとうございました。京都でお会いできますことを楽しみにしております。

(2021年10月事業企画課メール・インタビュー)

「オピッツ・プレイズ・ブラームス~withクァルテット澪標~」(11/13)公演情報・チケットの購入はこちら

特別寄稿「フレデリック・ショパン、愛と青春の譜を歌うとき」(「ショパン!ショパン!!ショパン!!!」11月20日)

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京都コンサートホール

京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクトVol.2「ショパン!ショパン!!ショパン!!!」(11/20)。
音楽専門誌などで執筆されている青澤隆明氏に公演の魅力についてご寄稿いただきました。ぜひご覧ください!


フレデリック・ショパン、愛と青春の譜を歌うとき
青澤隆明(音楽評論)

 ショパン・コンクールの年がめぐってきた。昨年の予定がCovid-19の全世界的影響下で1年延期されたが、ショパンの命日をはさんで本選が行われる。そろそろ一世紀にも近づくワルシャワの大舞台で、古今東西の若者たちの青春もさまざまに輝いてきたことだろう。

 育ち盛りの若者にとって1年という時間はとても大きい。フレデリック・ショパンならば、1年のうちに2曲のピアノ協奏曲ほかを書き上げ、もう1曲 「華麗なるポロネーズ」に着手するだけの時間だ。20歳そこそこの青年だった1830年前後、ポーランドでの最後の時節の出来事である。

 ワルシャワでの告別演奏会で、ショパンは作曲したばかりのホ短調協奏曲を披露した。万感の思いだったろう。そこには、若者の希望や理想があり、純粋さがあり、恋慕も憧憬も、憂鬱も焦燥もあった。そして、なにより、未来があった。

 ショパンのオーケストラを用いた作品は6曲が完成されたが、いずれもピアノが主役で、作曲家自らが演奏した。ピアノはショパンの魂であった。鍵盤で織りなすポーランドの種々の民族舞曲は、愛する人々との絆でもあり、純化された愛国の精神でもある。それから、時を超え、世界中の人々の手で奏でられるようになった。

 そのうち今日までもっとも愛される3つの名品が、ひとつのコンサートで味わえる。しかも3人の若いピアニストの手による競演のかたちで。贅沢な話である。幅広く活躍する実力派デリック・イノウエが指揮をする。 京都コンサートホールと京都市交響楽団の意欲的な企画だ。

實川 風(c)Yuki Ohara
福間洸太朗(c)Marc Bouhiron
ニュウニュウ(c)Chris Lee

 

 

 

 

 

 

 三者三様のピアニストは、まさに男盛りともいうべき年頃の、それぞれに主張をもつ青年たちである。實川風が「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」、福間洸太朗がピアノ協奏曲第2番ヘ短調を、ニュウニュウは第1番ホ短調を弾く。つまり、ピアニストはそれぞれ若く個性豊かで、しかし作曲当時のショパンの年代は過ぎている。もし青春のさなかだとしても、時を振り返るだけの余裕が、心理的にも技術的にもあるはず。そして、音楽は見果てぬ愛だ。

 革命前夜のワルシャワを離れても、ショパンの心は愛するポーランドの人々とともにあった。協奏曲は故国で未来への展望を託した夢でもあり、生来リアリストのシビアな性格をもつショパンにして、そこではきわめて甘美な心情がナイーヴに語られている。そして、ポロネーズは言うまでもなくポーランドの誇りであり力である、しかも“ブリランテ”だ。“輝かしい”青春は、未来へと手を伸ばすピアニストの演奏でこそ、清く鮮やかに生きられるべきもの。

 こうして、ショパンの青春の譜を3曲続けて訪ねることは、聴き手にとっても、失われた、いや、決して失われるはずのない、若き愛と青春の旅立ちを謳うひとときとなるだろう。


青澤隆明(音楽評論)
1970年東京生まれ、鎌倉に育つ。東京外国語大学英米語学科卒。高校在学中からクラシックを中心に音楽専門誌などで執筆。新聞、一般誌、演奏会プログラムやCDへの寄稿、放送番組の構成・出演のほか、コンサートの企画制作も広く手がける。主な著書に『現代のピアニスト30-アリアと変奏』(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの『ピアニストは語る』(講談社現代新書)、『ピアニストを生きる―清水和音の思想』(音楽之友社)。


★京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクトVol.2「ショパン!ショパン!!ショパン!!!」(11/20)の公演情報はこちら

【兵士の物語*出演学生特別インタビュー】<後編>

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京都コンサートホール

京都コンサートホールでは、ストラヴィンスキーの没後50年に際し、彼が残した傑作のひとつ《兵士の物語》を上演します(10/16)。今回、演奏をつとめるのは、関西の音楽・芸術大学7校から集結した学生たち。各楽器の聴きどころ、公演への意気込みなどをメンバーにインタビューしました。
前編では、弦楽器・木管楽器を演奏する奏者4人をご紹介します。ぜひ最後までご覧ください!

<インタビュー内容>
① 《兵士の物語》の作品紹介と注目ポイントを教えてください。
② 第一線で活躍する指揮者の広上淳一氏・大蔵流狂言師の茂山あきら氏と、各大学から選ばれたメンバーが集結して共演することへの意気込みを教えてください。
③ この作品はいまから約100年前、第一次世界大戦やスペイン風邪のパンデミックで世界が苦境に陥っているなか誕生した作品です。現在わたしたちを取り巻く状況と非常に似通った作品背景を持つ《兵士の物語》ですが、コロナ禍でこの作品を演奏する意義を教えてください。

後編の一人目は、トランペットを担当する大阪芸術大学演奏学科4年生の川本志保さんです。川本さんは、大学で勉強する傍ら、堺市・スクールサポーターで学校の吹奏楽部を指導、地域のコンサートで依頼演奏もするなど幅広く活躍しています。「兵士の物語」で活躍の場が多いトランペット。川本さんの演奏にご注目ください!

川本志保(大阪芸術大学)

① 1918 年に発表された舞台作品で、管弦打楽器のアンサンブルが語り手と合わせて演奏するというような形を取っています。今回は、トランペットとコルネットを両方使い、クラリネットやヴァイオリンが演奏するような細やかなパッセージがあるのも、数ある難所の一部です。また、各楽器による様々なフレーズや変則的なリズムなどが複雑に掛け合わさって物語を彩っているので、そこを聴いていただきたいです。
② 今からすでに緊張しているのですが、プロの音楽家と一緒に仕事ができることは本当に凄い事なので、必死について行きたいです。他大学の学生の方々と共に演奏できる機会も昨年からは少なくなり、この機会は貴重だと思っているのでとても嬉しいです。
③ 未曾有の事態に巻き込まれた昨今、感染症が私達の生活にこんなに影響するとは思いもしませんでした。ですが、この作品あるいは音楽を通して約100 年前の世界の人々と同じく苦境を乗り越えて生きていける、という意義があると思います。

続いて二人目は、トロンボーンを演奏する京都市立芸術大学音楽部3年生の野口瑶介さんです。京都で生まれ、京都堀川音楽高校を卒業し、現在も京都で研鑽を積む野口さん。京都コンサートホールはとても思い入れのあるホールとのこと。これまで、日本クラシック音楽コンクールなどで多数上位入賞を重ね、現在は京都市交響楽団首席トロンボーン奏者の岡本哲氏に師事しています。トロンボーンの聴きどころを語っていただきました。

野口瑶介(京都市立芸術大学)

① 冒頭、トランペットとトロンボーンの軽快な旋律で物語が幕を開けます。トロンボーンの聴きどころは第2部「王の行進曲」。長く病に苦しむ王女を助けるべく、軍医を装って王の元へと向かう兵士ジョゼフの勇ましさが、トロンボーンの力強いメロディーで表現されます。
② 日本が誇るマエストロ、広上淳一さんと共演させていただけますことは大変光栄です。語り手に狂言師の茂山あきらさんといった、普段のクラシック音楽では味わうことのできない、異文化との融合も非常に楽しみにしています。大学の垣根を越えた学生7人によるアンサンブルで、共にこの難曲に挑みます。
③ 長期にわたる緊急事態宣言や外出自粛により、大勢の音楽家が演奏機会を失いました。幸いにも、まだ学生である私は、自身の音楽を見つめ直す機会となり、1ステップ成長することができました。演奏機会があるということ、聞いてくださる方々がいることの幸せを噛み締め、文化芸術に対する理解への感謝を忘れずに、音楽に取り組んでいきたいと思っています。

室内楽アンサンブル、最後のメンバーは、打楽器を担当する大阪教育大学大学院音楽研究コース2年生の清川大地さん。清川さんは、クラシック音楽だけでなく、マルチパーカッション(複数の打楽器のみで楽曲が構成され、ひとり演奏する分野のこと)と呼ばれる演奏も研究されています。独奏やオーケストラ、吹奏楽など様々な分野でも意欲的に活動する清川さん。ストラヴィンスキーの味わい深い音楽をうまく引き出してくれるでしょう。

清川大地(大阪教育大学大学院)

① この作品には、7種類の打楽器が用いられ、それらを所狭しと並べて、ひとりの奏者で演奏します。それぞれの楽器によって、素材や楽器の大きさ、つくりや奏法も違うため、同じ力で叩いても発せられる音量が異なります。それらをひとつのフレーズに聴こえさせるには、繊細なタッチや、適切な力のコントロールなど、高度な技術が求められるといえます。
② この演奏会に大学を代表して出演させていただけること、大変嬉しく存じております。学生という身分に甘んずることなく、第一線でご活躍されている広上さんや茂山さんと同じ土俵に立つんだという意気込みで、責任と覚悟を持って挑みたいと考えます。また、このプロジェクトを通して、他大学の学生との繋がりを実感しています。ひとつの舞台を作り上げる仲間として、また、同じ職業を志す同志として、この繋がりは大切にしていきたいです。
③ 現在と似た境遇の時代を生きたストラヴィンスキーは、世界をどのように観ていたのか。私はそれを、作品に滲み出た独特で不気味とも言えるテイストから想像します。どこか暗い夢を見ているかのような世界観のこの音楽で、何を伝えたかったのか。夢の中の実在しない奇妙な世界で起きているような、各時代のパンデミック。作曲者自身も、現実とは思い難い、そんな苦悩を感じていたのではないでしょうか。作品の背景を知ったり、それらを学ぼうとする姿勢自体が、大変意味のあることだと私は考えます。

以上、前編と後編にわたり、「京都コンサートホール presents 兵士の物語」に出演する室内楽アンサンブル7名をご紹介しました。関西の音楽・芸術大学7校から選ばれたメンバーが集結し演奏する機会はなかなかありません。10月16日はぜひ、京都コンサートホールまで足をお運びください!

《兵士の物語》公演情報はコチラ

【兵士の物語*出演学生特別インタビュー】<前編>

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京都コンサートホール

京都コンサートホールでは、ストラヴィンスキーの没後50年に際し、彼が残した傑作のひとつ《兵士の物語》を上演します(10/16)。今回、演奏をつとめるのは、関西の音楽・芸術大学7校から集結した学生たち。各楽器の聴きどころ、公演への意気込みなどをメンバーにインタビューしました。
前編では、弦楽器・木管楽器を演奏する奏者4人をご紹介します。ぜひ最後までご覧ください!

<インタビュー内容>
① 《兵士の物語》の作品紹介と注目ポイントを教えてください。
② 第一線で活躍する指揮者の広上淳一氏・大蔵流狂言師の茂山あきら氏と、各大学から選ばれたメンバーが集結して共演することへの意気込みを教えてください。
③ この作品はいまから約100年前、第一次世界大戦やスペイン風邪のパンデミックで世界が苦境に陥っているなか誕生した作品です。現在わたしたちを取り巻く状況と非常に似通った作品背景を持つ《兵士の物語》ですが、コロナ禍でこの作品を演奏する意義を教えてください。

まず一人目は、ヴァイオリンを担当する相愛大学大学院音楽研究科2年の芝内もゆるさん。芝内さんは、大学院でヴァイオリンとヴィオラを専攻し、今年の秋には大阪のザ・フェニックスホールで「ヴァイオリン・ヴィオラリサイタル」(10/3)を開催するなど、精力的な活動をなさっています。2つの楽器の特性や違いを研究することにより相乗作用が生まれ、新しい発見の日々だそうです。ヴァイオリンが主軸となる「兵士の物語」。ヴァイオリンの多彩さを存分に引き出す、ストラヴィンスキーならではのリズムや音型、そして芝内さんの演奏に期待が高まります。公演にかける想いを伺いました。

芝内もゆる(相愛大学大学院)

① 兵士の物語には、たとえお金に恵まれていたとしても心は空虚であり、音楽は人の心を満たす力を持っているというメッセージが込められています。ヴァイオリン奏者からみた本作の注目ポイントは、やはり第2 部の”3 つの舞曲”ではないでしょうか。悪魔が踊り狂う様子を、ヴァイオリンによる技巧的な演奏で表現します。
② 広上さんに茂山さんといった、どこか遠い存在に感じていた素晴らしい方々と共演できるということで、高揚感と緊張感で今から胸がいっぱいです。また他大学の皆さんとのアンサンブルは、同じ関西に居てもなかなか機会がなかったのでとても楽しみです。今回は全員が異なる楽器ということもあり、それぞれの良い個性がぶつかり合う面白いリハーサルになると思っています。
③ 新型コロナウイルスの出現によって、芸術の存在意義について考えさせられる場面が、これまでに沢山あったかと思います。様々な分野で苦渋の決断を迫られるなか、音楽、そして芸術分野の存在意義を題材にしたこの作品と向き合うことができるのは、音楽家を志す私にとって大変意義深い経験になると思います。

続いて二人目は、コントラバスを演奏する同志社女子大学学芸音楽部音楽科(2021年3月卒業)の才野紀香さんです。才野さんは中学校の吹奏楽部でコントラバスに出会ったそうです。大学在学中は、当ホールで開催される「関西の音楽大学オーケストラ・フェスティバル」に出演、今年の4月には岡山県新人演奏会に出演するなど活躍しています。「兵士の物語」でたびたび複雑な変拍子が出てきますが、コントラバスは皆のリズム感を支える重要な役割を担っています。作品の聴きどころを教えていただきました。

才野紀香(同志社女子大学卒)

① この作品は少人数・低予算、かつ狭い場所でも興行できる作品として作られました。コントラバスのパートは、兵士や悪魔の足取りを表現されているようにも聴こえます。複雑な変拍子や、少人数だからこそ表現のできる兵士の表情にも是非ご注目いただきたいです。
② この演奏会に出演させていただける事、とても嬉しく思っています。共演する方々と共に、いい作品を作りあげられることを楽しみにしています。
③ 当時は、パンデミックにより作品を各地で演奏することができなかったそうです。今この状況の中で演奏するに当たって、このコロナのパンデミックに打ち勝つという願いを込めたいです。

続いては、木管楽器です。クラリネットを担当するのは神戸女学院大学音楽部4年生の久保田彩乃さん。久保田さんは、中学校でクラリネットを始め、3年連続「全日本吹奏楽コンクール」に出場。高校在学時にはコンサートミストレスを務めていました。現在は大学でさらなる研鑽を積む傍ら、音楽教室の講師もなさっています。この作品では、冒頭から技巧的なクラリネットが多く登場します。久保田さんのソロ部分にもぜひご注目ください!

久保田彩乃(神戸女学院大学)

① この作品では、クラリネットはA 管とB♭管の二種類の楽器を使って演奏します。A 管はB♭管に比べて管の長さが長いため、特有の深みのある音色がします。クラリネットが活躍する曲(パストラルや小さなコンサート等)で、二種類の楽器の違いをお楽しみください。
② 「兵士の物語」をこの豪華なメンバーでできることに幸せを感じています。広上さんの指揮で演奏することも初めてなので楽しみです。このメンバーでの最高のパフォーマンスをお届けしたいです。
③ コロナ禍でも足を運んでくださるお客様に、勇気と感動を与えられることが私たちのできる精一杯だと考えています。「兵士の物語」とこの今の状況を思い合わせながら演奏します。

インタビュー前編、最後はファゴットを演奏する大阪音楽大学大学院音楽研究科1年生の浜脇穂充さんです。浜脇さんは、これまでザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団とモーツァルトのファゴット協奏曲を共演、大学卒業時には卒業演奏会に出演・優秀賞を受賞するなど活躍されてきました。今年3月にはソロ・リサイタルを開催されるなど、ソロ奏者としても精力的に活動しています。この公演にかける学生たちそれぞれの意気込みを、ぜひ最後までご覧ください!

浜脇穂充(大阪音楽大学大学院)

① 本作は初演当時、多くの芸術家が経済的困窮にあった時代背景から、そんな状況でも上演できるというコンセプトのもとに誕生しました。「3つの舞曲」や「悪魔の踊り」などで度々登場するファゴットの技巧的なパッセージに、是非ご注目いただきたいです。
② 今回の出演オファーをいただき、広上先生や茂山さんはもちろん、関西で活躍する同世代の名プレイヤーたちとご一緒できることをとても光栄に思っています。今この時代の若手演奏家だからこそ作り出せる演奏の熱量を武器に、本作と向き合っていければと思います。
③ 本公演の開催が、現在のこの膠着状態を打開するためのひとつのエネルギーになればと考えています。目に見えないものと闘う中で、人々の心に寄り添えるような舞台を作ると同時に、苦しいときに何かができるプレイヤーでありたいと思っています。

以上、今回は弦楽器・木管楽器を担当する4人にお話を伺いました。後編では、金管楽器と打楽器の3人をご紹介します。

▶《兵士の物語》公演情報はコチラ
https://www.kyotoconcerthall.org/powerofmusic2021/#soldat

伊東信宏さん・三ッ石潤司さん・三輪郁さん オンライン・インタビュー(2021.10.02ラヴェルが幻視したワルツ)

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アンサンブルホールムラタ

10月2日(土)15時開催「ラヴェルが幻視したワルツ」(京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ)。出演者の伊東信宏さん(監修・レクチャー)、三ッ石潤司さん(ピアノ・作曲)、三輪郁さん(ピアノ)にオンライン・インタビューを実施しました。

お三方共に旧知の仲でいらっしゃるということで、非常に濃い内容のお話を伺うことができました。ぜひ最後までご覧ください。

――今日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。まずは監修してくださった伊東さん、本公演のコンセプトについて教えていただけますでしょうか。

伊東信宏(監修・レクチャー)

伊東信宏さん(以下敬称略):コンセプトの中心にあるのは、ラヴェルの《ラ・ヴァルス》という曲です。
    コロナ禍が始まった頃、フランソワ=グザヴィエ・ロトが指揮する《ラ・ヴァルス》の映像がYouTubeにアップされたのですが、それを観てピンとくるものがありました。
    ラヴェルが《ラ・ヴァルス》を作曲したのはスペイン風邪のパンデミック下、今からちょうど100年前のことです。コロナ禍の今こそ、この作品を演奏すべきなのではないか、と思うようになりました。
    ラヴェルという人は、非常にシャイな人で、本音を言いたいときでも誰かのふりをしてしか言えないタイプ。《ラ・ヴァルス》も“ウィンナ・ワルツのふりをして”、自分の表現したいことを表現している曲なのだろうと昔から思っていました。
    《ラ・ヴァルス》の中には、ウィンナ・ワルツの断片みたいなものがたくさん出てきますが、それらはくっきりとは見えてこず、全部に紗がかかったかのように聞こえます。
    そういった「ウィンナ・ワルツの断片」を寄せ集めて、「紗幕の向こうにあるワルツ」を再構成してみたくなりました。つまり、《ラ・ヴァルス》から「本物のウィンナ・ワルツ」を仕立てるというような事をしたら面白いんじゃないかなと思ったのです。
    どなたにお願いしようかと考えた時、すぐに三ッ石さんのお顔が思い浮かびました。三ッ石さんはウィーンに長年住まれておりましたし、「ウィーンのインサイダー」とも言える人です。三ッ石さん自身がちょっとラヴェルに似たシャイなところがあって、でもこういう形の曲なら乗ってくださると思ってお願いしてみたら、快諾してくださいました。

三ッ石潤司さん(以下敬称略):即答しましたよ、やります!と。

伊東:快諾してくださって、とても嬉しかったです。三ッ石さんはピアノの名手でもありますので、新作委嘱と一緒に《ラ・ヴァルス》の演奏もお願いしました。この作品はピアノ・デュオですから、ピアニストが2名必要です。そうなると、やはりウィーンに長年住まれている三輪郁さんにお願いするしかないなと思い、打診しました。三輪さんにもご快諾いただき、よかったです。

三ッ石:三輪さんには僕の弾けないところを全部カバーしてもらおうと思っています(笑)

三輪郁さん(以下敬称略):いやいや、それはこちらのセリフです(笑)

伊東:こうなったらせっかくなので、音楽会として単純にウィンナ・ワルツを楽しんでもらうような面も必要だと思い、シェーンベルクとウェーベルンが室内楽版に編曲した、ヨハン・シュトラウスII世のウィンナ・ワルツなどもプログラミングしました。

――三ッ石さんの委嘱作品《Reigen(輪舞)―― La Valse の原像》について教えてくださいますか。

三ッ石潤司(ピアノ・作曲)

三ッ石:僕はもともとパロディという精神がすごく好きなんです。
    そもそも作曲っていうのは、最初は模倣から入るものだと思います。ですので、「様式を理解する」ということと、「それを模倣して曲を書く」ということは、作曲家としても演奏家としてもすごく重要なことなのではないかと考えています。
    作曲家としてパロディを書くということは、とても面白いことです。「どーだ!良く似ているだろう」ってドヤ顔もできるしね(笑)。
    だから今回、伊東さんから委嘱作品のお話をいただいた時、「面白そうだな」と思いました。もちろん、「いいものができるかな」と不安にはなりましたが。

――ラヴェルの《ラ・ヴァルス》でも、三ッ石さんの《Reigen(輪舞)――La Valseの原像》でも要になる「ウィンナ・ワルツ」について教えてくださいますか。

三輪:ウィンナ・ワルツの最大の特徴は、「ウン・チャッ・チャ」というように3拍が均等に演奏されず、「ウ・チャッッ・チャ」というように2拍目が通常より早いタイミングで入るんですよね。
    1980年代の終わり頃にウィーンで勉強していたのですが、実際に現地の舞踏会に呼ばれたことがありました。綺麗なドレスを着て壁の花になっていたら、地元の知らない青年がやってきて、私の手を取って一緒に踊ってくれました。周りの人たちの動きを真似ながらステップを踏んでいると、2拍目の間にドレスがひるがえることが分かったり、あるいは、それまで右回りで踊っていたのに左回りに変わった瞬間に「間」が誕生することが分かったり、だんだん回転のスピードが増していく等といったことを体感できました。ウィンナ・ワルツ特有のリズムは、舞踏会の場で必然的にそうなったのだということが分かりました。
    あともう一つ、ウィンナ・ワルツの拍節感に関する体験談があります。
    私たちにとっては少し早いタイミングに感じられる2拍目ですが、ウィーンの音楽家たちは「普通に弾いている」らしいのです。彼らと共演する時、2拍目のダウンボウ(上から下に弓を下ろす)や3拍目のアップボウ(下から上に弓を上げる)で自然と勢いが出たり、弓の動きが突き上げられたりするのですが、そこにワルツの回転が加わり、ウィンナ・ワルツ独特のテンポ感や抑揚が生まれていました。その自然な動きの中からウィンナ・ワルツの拍節感が生まれていたのです。

三ッ石:三輪さんはすごく丁寧にウィーン人の3拍子の説明をしてくれましたが、実はウィーンの人たちはそう言いながらも違うことを考えているのではないかなと思ったりもします。確かに理論的にはそうなのですが、彼らはおそらく理論では生きていない(笑)。そこがまたウィーンの面白さじゃないかなと思います。

――それでは続いて、コンサートのメインである《ラ・ヴァルス》についてお伺いします。今回はピアノ2台版で演奏していただきますが、ピアニストからみた《ラ・ヴァルス》とはどんな曲ですか?

三輪郁(ピアノ)

三輪:《ラ・ヴァルス》は、私にとってずっと憧れの曲でした。
だけど、絶対弾けないと思っていて、これまでずっと遠ざけていた曲なんですよね。
    忘れもしないのですが、三ッ石さんにピアノを始めて聴いてもらった時に「音色的にラヴェル。ドビュッシーっていうかラヴェルかもね。」と言われた事がありました。

三ッ石:え、そうなの。

三輪:その当時、自分にはどちらかというとドビュッシーの方が合っていると思っていました。でも、三ッ石さんからそう言われたので、ラヴェルを何曲か弾いてみました。ラヴェルの世界って、スペイン的な要素がありますよね。モヤッとした響きの中にきらきら感を感じたり、陰影みたいなものを感じたり。そういったものをお洒落に表現できるといいのかな、とは考えていました。私の父はトロンボーン奏者なのですが、オーケストラで奏でられるラヴェルの音楽を聴いたら、もう圧倒されちゃって。それをコンパクトにまとめたピアノの世界で、それも一人で全部やるなんて、そりゃ無理よって思っていましたが、「オーケストラみたいな音で、ラヴェルのピアノ作品を弾けたらいいな」とはずっと思っていました。
    だから今回、この演奏会のお話をいただいた時は、ものすごく嬉しくって。すごくワクワクしています。しかも、今回パートナーとして、三ッ石さんと一緒にできるっていうのは、もうめちゃめちゃ楽しみです。

三ッ石:僕がまだ大学生の頃、アルゲリッチが弾く《夜のガスパール》の録音を聴いた時に、「こんな事がピアノでできるんだ」と驚きました。あまりに驚いたので、実際に楽譜を買ってみて弾いてみたのですが、「なるほどこんなふうになっているのか」という箇所がたくさんありました。おそらくアルゲリッチは、ただシンプルに演奏しているのではなかったのだと思います。一種の「手品」ですよね。手品として成立するくらいの腕前が、ラヴェルのピアノ作品には必要なんです。
    ラヴェルのピアノ音楽は弾きやすくはないのですが、弾けるようには書いてある。そこがラヴェルのずるいところです。「これ弾けないとだめでしょ?」という、ギリギリのラインで書かれているので、僕らはそれに翻弄されるというか……。どうしても完璧に弾かないとまずいな、という気分にさせられますね。

――それでは最後に、公演にお越しくださるお客様へメッセージをお願いします。

伊東:まずウィンナ・ワルツの楽しさ、そしてラヴェルの魅力が伝わればと思います。それをお客様が色々な角度で楽しんでいただけると嬉しいです。色んな楽しみ方をしていただければ、と思います。

三ッ石:今回、プログラミングされている作品すべて、サービス精神旺盛な曲ばかりです。難しいことですが、表面的には楽しい曲ではあるけれど、その裏にどこか一抹の腐敗みたいなものを見せることができればいいなと思います。

三輪:変幻自在に変わっていく響きの面白さ、あとは色合いを楽しんでいただきたいです。ウィーンの自由さの中には、たくさんの色合いが存在します。例えばウィーンのオペラ座では、歌い手によって伴奏の仕方を変えています。そういうことを毎日やっているような人たちがいる国なので、その日・その時・どう弾きたいか、舞台上でいきなり変わるかもしれません。ウィーンにはそういった面白さがあります。
    今回のコンサートでは、そういった面白いことを仕掛けられる作品がたくさんプログラミングされています。舞台の演奏者が楽しんでいる空気感がお客様に波及するくらい、楽しいステージになるといいなと思います。

伊東:京都のお客様ですから、きっとそういう演奏を楽しんでくださる方も多いんじゃないかなと思います。

――興味深いお話をたくさんお聞かせいただき、本当にありがとうございました。
我々もコンサート当日を楽しみにしております。

 

 

洛和会ヘルスケアシステム 特別インタビュー(「The Power of Music~いまこそ、音楽の力を~」開催に寄せて)

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アンサンブルホールムラタ

京都コンサートホールがお送りする特別な4公演のシリーズ『The Power of Music~いまこそ、音楽の力を~』。
本シリーズは、新型コロナウイルス感染症で大変な今だからこそ、音楽の力を信じて前に進みたい――そんな思いを込めて企画いたしました。

いよいよ10月2日「ラヴェルが幻視したワルツ」(京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ)からシリーズがはじまります。

開催に向けて、本シリーズのサポーターである洛和会ヘルスケアシステム様に、メールインタビューを行いました。お答えくださったのは、12月4日「クリスマス・コンサート」(大ホール)のプレコンサートに出演される、和田義孝さん(洛和会京都音楽療法研究センター次長・音楽療法士)です。

ぜひご覧ください。

――長年、京都で「医療」「介護」「健康・保育」「教育・研究」の4本柱で人々の暮らしを守ってこられた洛和会ヘルスケアシステム様ですが、1990年代から「音楽療法」を積極的に取り入れられています。医療の現場から見た「音楽の力」について教えていただけますでしょうか。

和田義孝さん

和田義孝さん:みなさんも音楽を聴いて自然に足や体が動いたことや、ひと昔前の音楽を耳にするとそれを聴いていた時の状況や情景を思い出したご経験などおありかと思います。いずれも音楽が働きかける力によるものだと考えます。
医療現場では、音楽療法士がその力を患者さんのニーズに応じて利用した音楽療法を行っております。病気により生きる意欲を失われた患者さんが音楽療法を通して新しい楽器と出会い、楽器の演奏を通して少しずつ自信や意欲を取り戻されたこともありました。またリハビリスタッフと連携して、好きな音楽を歌唱、鑑賞しながらリハビリを行うこともあります。このように「音楽の力」はさまざまな形で医療現場において活用されています。

 

――洛和会ヘルスケアシステム様が応援してくださる本シリーズ『The Power of Music~いまこそ、音楽の力を~』では、コロナ禍だからこそお客様に聴いていただきたい作品を集めています。音楽を通して、アフター・コロナをお客様とシミュレーションしてみようという試みです。
洛和会ヘルスケアシステム様の当シリーズに対する想いや、ご出演いただく「クリスマス・コンサート」のプレコンサートへの意気込みを教えていただけますでしょうか。

和田義孝さん:コロナ禍であっても新しい音楽は常に生まれ続けています。この1年間で、リモートでの多重録音による音楽制作、オンラインを活用した音楽配信など、新しい音楽制作や演奏形態が生まれました。音楽が私たちの生活の中に無くてはならない存在だからだと思います。過去にも世界でこのような危機的な状況が幾度と起こりましたが、音楽は絶えませんでした。そのような状況は作曲家や作品にも何らかの影響を与えていると思います。
『The Power of Music~いまこそ、音楽の力を~』では、4つのコンサートを通して過去を振り返り、そしてアフター・コロナの世界を考えるきっかけとなる大変興味深いプログラムだと思います。
シリーズ最後のクリスマス・コンサートでは、洛和会京都音楽療法研究センターがプレコンサートに出演させていただくことになりました。音楽療法で使用している楽器なども取り入れて、当センターならではの楽しいプログラムにできればと考えております。

※プレコンサートは、当日14:15よりステージ上で予定(クリスマス・コンサートのチケットをお持ちの方のみご覧いただけます)。

——最後に、このコンサート・シリーズにお越しになられるお客様へ、一言メッセージをいただけますでしょうか。

和田義孝さん:コンサートホールで聴く生の音楽は、耳で聴くだけではなく、目で演奏者の様子を見たり、体で音の振動を感じたり、演奏者や指揮者の緊張感を一緒に味わったりと、五感で楽しむことができます。クラシック音楽に対して堅苦しいイメージを持っている方もいらっしゃるかと思いますが、気軽にコンサートホールにお越しいただき、音楽のいろいろな楽しみ方や、新しい音楽との触れ合いを体験していただけたらと思います。

* * *

「The Power of Music~いまこそ、音楽の力を~」特設ページ

ラヴェルが幻視したワルツ(10/2)
京都コンサートホール presents 兵士の物語(10/16)
オピッツ・プレイズ・ブラームス~withクァルテット澪標~(11/13)
京都コンサートホール クリスマス・コンサート(12/4) ※プレコンサート(和田義孝さんご出演)

特別寄稿「オピッツのブラームス」(「オピッツ・プレイズ・ブラームス~withクァルテット澪標~」11月13日)

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アンサンブルホールムラタ

11月13日(土)、ドイツ・ピアニズムを脈々と受け継ぐ巨匠オピッツが、京都コンサートホールでオール・ブラームス・プログラムを披露します。

公演に寄せて、音楽学者でドイツ音楽がご専門の西原稔氏(桐朋学園大学名誉教授)より、ブラームスと巨匠オピッツについて特別に寄稿いただきました。ぜひ、ご覧ください。


オピッツのブラームス/西原稔

ゲルハルト・オピッツは今日、まちがいなく世界でもっとも権威あるブラームス演奏家である。彼のリリースしたブラームスのピアノ作品全集はその卓越した作品解釈で知られ、オピッツの指から生み出される燦然と輝くその音質と音色はドイツの伝統を深く実感させる。

©HT/PCM

彼のメインはドイツ音楽で、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲やピアノ協奏曲全曲も彼の記念すべき業績である。ブラームスの演奏ではまず揺るぎない演奏技術が求められ、その技術によってしか表現できない要素が多いが、オピッツがベートーヴェン演奏で培った堅牢で構築的な演奏は彼のブラームスの土台となっている。また、ブラームスの作品にはベートーヴェンだけではなくシューベルトやシューマン、メンデルスゾーンなどの影響も流れ込んでいるが、オピッツの幅広いドイツ音楽の演奏で得た経験が彼のブラームス演奏に反映されている。

ブラームスの作品は非常に輻輳(ふくそう)的である。その旋律には彼の愛した民謡の旋律だけではなく、彼の内面世界を映し出したメランコリックなモノローグが融合している。オピッツのブラームスは、この複雑に屈折した世界を細やかに描き出す。オピッツの演奏が素晴らしいのは、ブラームスの内面のこの輻輳した世界に耳を傾け、それを自身の音楽として語るからである。

オピッツが日本の現代音楽にも深い関心を持っているのは、あまり知られていない。彼は、藤家渓子の「水辺の組曲」や武満徹の「雨の樹素描」、池辺晋一郎の「大地は蒼い一個のオレンジのような」、そして諸井三郎の「ピアノ・ソナタ第2番」の録音を手掛け、とくに諸井の作品には深い共鳴を示しているという。また日本人の演奏家にもオピッツに師事した方は多い。

オピッツが中期の2曲の「ラプソディ」と後期のピアノ小品集、そしてブラームスが大変な精力を傾けて完成した「ピアノ五重奏曲」の演奏で、ブラームスのどのような世界を示してくれるのか、大いに期待がもてる。


西原 稔(音楽学者・桐朋学園大学名誉教授)

山形県生まれ。東京藝術大学大学院博士課程満期修了。桐朋学園大学音楽学部教授を経て、現在、桐朋学園大学名誉教授。18,19世紀を主対象に音楽社会史や音楽思想史を専攻。「音楽家の社会史」、「聖なるイメージの音楽」「音楽史ほんとうの話」、「ブラームス」、「シューマン 全ピアノ作品の研究 上・下」(以上、音楽之友社、ミュージック・ペン・クラブ賞受賞)、「ドイツ・レクイエムへの道、ブラームスと神の声・人の声」(音楽之友社)、「ブラームスの協奏曲とドイツ・ロマン派の音楽」(芸術現代社)、「ピアノの誕生」(講談社)、「楽聖ベートーヴェンの誕生」(平凡社)、「クラシック 名曲を生んだ恋物語」(講談社)、「クラシックでわかる世界史」、「ピアノ大陸ヨーロッパ」(以上、アルテスパブリッシング)、「世界史でたどる名作オペラ」(東京堂)などの著書のほかに、共著・共編で「ベートーヴェン事典」(東京書籍)、翻訳で「魔笛とウィーン」(平凡社)、監訳・共訳で「ルル」、「金色のソナタ」(以上、音楽之友社)「オペラ事典」、「ベートーヴェン事典」(以上、平凡社)などがある。


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