指揮者 阪 哲朗 インタビュー(2026.9.13 第15回 関西の音楽大学オーケストラ・フェスティバル IN 京都コンサートホール)

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インタビュー

関西の音楽大学・芸術大学8校の学生が一堂に集い、大学の垣根を越えてオーケストラの演奏をお届けする年1回のフェスティバル「関西の音楽大学オーケストラ・フェスティバル IN 京都コンサートホール」。2011年に開始し、今年で15回目を迎えます。

今年の指揮者は、このフェスティバルの参加大学である京都市立芸術大学(以下、京芸)を卒業し、現在は母校の教授を務めている阪哲朗先生。参加学生にとっては大先輩にあたります。

公演を前に、阪先生にさまざまなお話を伺いました。ぜひご覧ください!

 

――指揮者への道

阪先生、本日はお時間をいただきありがとうございます。今年のフェスティバル、 どうぞよろしくお願いいたします!
はじめに 、阪先生が「指揮者になりたい」と思われたきっかけを教えていただけますか?

指揮者を初めて意識したのは高校生の時です。もともと野球部と合唱部を兼部していて。指を怪我してボールを投げられない時期があり、ちょうどその頃、合唱部の顧問の先生から「あんた、指揮やって」と勧められたのがきっかけでした。

指揮者が何をしなければいけないのかも、よく分かっていませんでしたね。みんなをまとめる人くらいの認識で。ただ、もともとスポーツでも団体競技が好きでしたので、音楽でも合唱やオーケストラのように 「みんなで一つのものをつくる」というところに魅力を感じたのだと思います。

 

高校何年生の時でしょうか ?

2年生の時です。ちょうど進路選択の時期でしたが、得意だった音楽か体育での二択でした(笑)。ピアノは4歳から習っていたこともあり、やはり好きな音楽の道を選びました。

ただ、ピアノの先生からは大反対されましたね。「あなたを音楽家にするためにピアノを教えていたのではないし、音大に行くならツェルニーやエチュードもやらなきゃいけなかったのに・・・」と言われました。先生としては、「この子は趣味として音楽を続けていけたらいいな」というお考えだったのでしょう。

 

合唱部に入られた理由は何ですか ?

もともと歌うことが好きだったのです。学校の行き帰りも歌っていたくらいで。
先輩の強い勧誘があった、というのもありますね。

 

指揮者を目指す中で、京芸の作曲専修を選ばれた理由を教えてください。

当時、京都教育大学で作曲を教えておられた藤島昌壽(ふじしま・まさひさ)先生が、合唱部の一年上の先輩のお父様で、先生に指揮者になりたいと相談したところ、「指揮をするなら作曲を学ばないと」と助言をいただいたのが、作曲専修を選んだ理由です。

また、藤島先生は京芸の非常勤講師もされていて「京芸では和声や対位法も入学後もしっかり見てくれるし、廣瀬量平先生が作曲を教えられているから、京芸がいいよ」ともご指南いただきました。廣瀬先生といえば当時合唱部で毎日のように先生の曲を歌っていましたし、「その方から学べるのであれば」と導かれるように京芸に進学しました。

廣瀬量平 (1930-2008): 作曲家。京都市立芸術大学名誉教授。1977年から1996年まで京芸の教授を務めた。2005 年から2008年までは京都コンサートホール館長を務めた。戦後の日本における音楽教育と音楽文化の発展に大きく貢献したひとり。作品は国内外で高く評価されている。

 

学生時代は、作曲を学びながらも指揮活動をたくさんされていたようですね。

学生時代は、指揮をしていることは先生方には隠していました。破門されるんじゃないかと思って。ただ芸祭(京芸の学園祭のこと )ミュージカルや四芸祭などで指揮をする機会が次第に増えてきて、「あいつは指揮ばかりしている」と廣瀬先生にも知られるようになりました。

そんなある日、廣瀬先生から「君は作曲で卒業させることにしたから」と言われたのです。もちろん私は作曲専修で卒業するつもりだったのですが、廣瀬先生は破門にするどころか私の将来のことを考えてくださっていました。このまま作曲科か、あるいは指揮科に転科させて指揮科で卒業させるべきかと、指揮科の先生らと相談までしてくださっていたんだと聞かされ、本当に驚き、心から感謝したものでした。

四芸祭:京都市立芸術大学、東京藝術大学、愛知県立芸術大学、金沢美術工芸大学の国公立系芸術大学4校によって毎年
行われていた、芸術文化の交流を目的としたイベント。現在は沖縄芸術大学が加わり五芸祭として開催している。

 

――指揮者、そして教育者として

京芸を卒業後、留学されウィーンで指揮を学ばれ、指揮者としてのキャリアを築かれていきました。現在は指揮者として活動される一方、母校の京芸でも教鞭を執られていますが、「舞台に立つこと」と「学生を教えること」には、どのような違いがありますか ?

プロの現場で共演する相手は、すでに音楽家として活動している人たちです。一方、大学で関わるのは、これから音楽家へと成長していく学生で、その過程を支える役割があります。

音楽大学には、楽器の演奏技術に優れた学生が集まってきます。しかし、さらに大切なのは、自分自身の楽器や専門分野を越えて、異なる楽器・異なる専攻の人たちとどのように音楽を創り上げていくかということです。そのためには、音楽における共通言語を見つける訓練が必要になります。

例えば、指揮者の場合は楽器を演奏するわけではありませんので、すべての音楽家と共有できる音楽言語を通して、コミュニケーションを取らなければなりません。 理論と演奏 、その間をつなぎながら音楽家を育てていくことが私の役割だと思っています。

音楽の世界に限らず、練習にはよく「質」と「量」があると言われます。日頃から同じことを漫然と繰り返すいわば「量」のみの練習をするのではなく、昨日の自分より今日の自分、今日より明日と、試行錯誤を重ね自分に課題を課しながら進んでいく・・・「質」を伴った練習の積み重ねを経て、やがてプロの音楽家になっていくのでしょう。

 

「教える」という仕事も 、阪先生にとって、指揮者として大切な活動のひとつなのですか?

そうですね。人に物を教えるためには自分が分かっていないといけませんし、きちんと言語化する必要もあります。人を育てて一人前という言葉もありますしね。

そして私は常々、京芸で育ててもらったのでその恩返しができたらなと思っています。それと同時に、自分がこれまで国内外で経験し、先生・先輩方からいただいた事を次の世代へ伝えていくことも、自分の役割だと考えています。母校の学生に限らず、多くの学生、次の世代に伝えていくことも大切です。

 

――関西の音楽大学オーケストラ・フェスティバルについて

このフェスティバルは、関西の音楽大学・芸術大学8校の学生が一堂に集まる 、年に一度の機会です 。学生たちにとって、どんな影響があると思いますか?

学校の中だけでは得られない刺激があると思います。8つの大学の学生が集まりますので、いい意味でのプライドや責任感、自身の大学に対しての誇りも生まれますし、同世代の学生がどんな演奏をしているのかを知ることもできます。

私が学生だった頃は、このような交流機会は四芸祭くらいでした。東京藝術大学の学生オペラを観て大きな刺激を受けた私は、その後、京芸でも学生オペラに取り組むようになりました。

このような出会いや刺激は、その後の音楽活動にも大きな影響を与えてくれるものだと思います。

 

このフェスティバルで、学生たちにどんなことを経験してほしいですか ?

実は私自身は《ラ・ヴァルス》以外は日本で初めて指揮をする作品ばかりです。私にとっても新しい挑戦ですし、学生たちにとっても、きっとこれまでとは違う音楽の考え方に触れる良い機会になると思います。

フランスの音楽は和声の色彩感、各楽器のソロらしさ、またそれに伴う細かなニュアンスなどが魅力ではないでしょうか。例えば音が多いパッセージで全ての音を同じように並べてしまうと、結果的に単に音数が多いだけの音楽になってしまいます。言葉で説明するのは難しいですが「ここは雰囲気として感じてもらえばいいのか」「ここははっきり聴かせるべきなのか」というような判断が重要になります。そうした選択や感覚を、今回の経験を通して感じ取って欲しいと考えています。

 

プログラミングの意図や作品の聴きどころを教えてください。

今回は、学生たちが卒業後も演奏する機会の多い代表的なフランス作品を選びました。今回取り上げるドビュッシーの作品には、まだワーグナーの影響が色濃く残っています。そして、そのドビュッシーがいなければラヴェルは作曲家として世には出て来なかったかもしれないと言えるほど、ドビュッシーとラヴェルのつながりは大きなものがあります。

ドビュッシーは音楽だけでなく、その生き方も非常に個性的で型破りなところがあり、感性や芸術性を強く感じさせる作曲家です。一方、ラヴェルは職人的な作曲家で、模倣や仕掛けを巧みに使いながら、聴き手を驚かせるような音楽を創り上げています。よくセットで語られる2人ですが、個性の違いを感じていただけると思います。

 

コンサートを楽しみにしているお客様 、そして共演する学生へメッセージをお願いします。

フランス音楽は、ドイツ音楽(例えばソナタ形式)のような構築、論理的なものを重視するというよりも、もっと直接的に感覚へ訴えてくる部分があります。フランス印象派の絵画のように、見る者の想像力をいかに働かせるかのような独特な味わいがあります。

フランスに行ったことがある方なら、スーパーに並ぶ野菜の瑞々しい色鮮やかさをご存じかもしれません。ドイツとは違う原色、発色が鮮やかで輝きのある世界です。
涼しげな水辺のような表現、日の出のような自然現象の描写、または人間の生命の根源的なエネルギーに満ちた祭りなど、様々な魅力を感じていただけら、と思います。

共演する学生たちには、若い世代だからこそ持っているピュアな感性や爆発的なエネルギーを、そのまま音楽の色彩や感覚として存分に表現してほしいですね。彼らの持つ素晴らしい演奏技術だけではなく、自分たちの感性で感じ取ったものを飾ることなく、音楽としてお客様に届けられることを期待しています。

 

ありがとうございました 。
阪先生が学生たちと繰り広げる、フランス音楽の数々を楽しみにしています!

本日はお 時間をいただきありがとうございました。
今年のフェスティバル、どうぞよろしくお願いいたします!

 

(2026年7月 京都コンサートホールにて 事業企画課インタビュー)

 

★「第15回関西の音楽大学オーケストラ・フェスティバル IN 京都コンサートホール」の詳細はこちら

フォルテピアノ奏者 川口成彦 インタビュー(2026.7.3 キアロスクーロ・カルテット特別公演――フォルテピアノ奏者 川口成彦を迎えて)

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アンサンブルホールムラタ

世界中のクラシックファンから熱い視線を集めるキアロスクーロ・カルテットが、ついにこの夏、京都コンサートホールに初登場!本公演では、弦楽四重奏曲に加え、京都公演だけの特別プログラムとして、フォルテピアノ奏者 川口成彦さんを迎えてピアノ五重奏曲を披露していただきます。

音楽への深い探究心と、緻密なアンサンブルで高い評価を得る両者の初共演。公演に向けて、川口成彦さんに話を伺いました。

――京都コンサートホールへのご出演は、初出演となった2019年の『3つの時代を巡る楽器物語』第1章「ショパンとプレイエル」以来、今回が2度目となります。約7年の時が経ちましたが、以前と比べ、音楽家としてご自身の中で大きく変わったことはありますか?

『3つの時代を巡る楽器物語』第1章「ショパンとプレイエル」(2019年10月5日開催)

20代や30代前半は、どうしてもコンクールや周囲の評価を強く意識していました。他の演奏家と比較してしまったり、コンサートで演奏した後も「この演奏で大丈夫だったかな」と聴衆の顔色をうかがいながら不安になったりしていました。でも最近は、演奏家も含めて芸術家にとって一番大事なのは、他人の尺度の上ではなく自分自身の尺度の上に己を立たせ、最終的に「自分自身」であることだと感じています。もちろん、いろいろな方の演奏を聴いて学ぶことは大切ですし、特にクラシックの演奏家は主に自分ではない人間が創作した作品を演奏するので、何よりもその作品を尊重しなければなりません。ですので「自己主張をする」ということではなく、自分の作品解釈や演奏時における己の心情やインスピレーションに確固たる意思を持つということです。今は以前よりもそういったものをより大切にしながら舞台に立てるようになってきました。

――そのような意識の変化をもたらした出来事は何だったのでしょうか?

マルタ・アルゲリッチをはじめ、エルヴィン・ニレジハジ(1903-1987)、アルフレッド・コルトー(1877-1962)など一流の演奏家の録音をあらためて聴いた時に、彼らの演奏に共通して宿っているものが、一音出すことにも一切の迷いのない「意思の強さ」だと気がつきました。それは、演奏技術や演奏スタイルなど表面的なことを通り越した部分にある、表現者として最も大事なものであると気がついたのです。しかしながら、人によってはそれを持つことは非常に困難でしょう。私自身、芸術家としてまだ変化の途上にありますが、迷いのない音を出すためにも、以前よりも自分自身を大切にしたいと思っています。私自身人間としても色々なコンプレックスを抱えていますが(多くの人がきっとそうかもしれませんが)、少しでも自分で自分を認めていきたいです。

――演奏するうえで、川口さんが最も大切にしていること、意識していることは何ですか?

私にとっては作曲家の存在が第一です。作曲家、そしてその作品を深く理解したうえで、自分の解釈をもって演奏することを大切にしています。

演奏という言葉には、英語の場合「playing(演奏すること)」「performance(演奏)」「interpretation(解釈)」の3つの表現があります。その中でも私は、海外の方から「I like your interpretation.」と言われるのが一番嬉しいです。つまり「自分がこの作品をどう解釈したか」に共感してもらえたということです。私自身、解釈とは作品や作曲家を深く尊重することだと思っています。もちろん、感じ方は人それぞれですが、自分がその作品をどう受け取り、何を感じたのか。そこに、自分が演奏する意味があるのではないかと感じています。

ですので、「自分自身であることを大切にする」というのは、作品を通して自分が何を感じどう向き合ったのか、その解釈を大切にしたいということになります。今回のコンサートでは、その解釈をキアロスクーロ・カルテットの皆さんと共有できたら嬉しいです。

――フォルテピアノへの探求心、演奏時の意識に変化はありましたか?

フォルテピアノは本当に繊細な楽器で、経験を積めば積むほど、こだわりはむしろ強くなっていきます。例えば音色に関して言えば、この数年で椅子の高さを以前より高めにするようになりました。ほんの1ミリ違うだけでも、音色が変わる感覚があるのです。昔は鍵盤を下に押し込むような弾き方をしていましたが、今はもっと自然に音を響かせたいと思うようになりました。椅子の位置が高いほうが、自分の中では楽器をより響かせられる感覚に近いのです。

ほかにも、打鍵のスピードや、鍵盤に触れる指の面積の違いによっても音色は変わってきます。まだまだ模索している途中ではありますが、以前に比べると、音に対するこだわりや感覚へのアンテナは、より鋭くなってきたように感じています。

――それでは次に、コンサートに関するお話も伺わせていただきます。今回、キアロスクーロ・カルテットとの共演の話を受けた時のお気持ちを教えてください。

まず純粋に、「本当に自分でいいんですか?」という気持ちでした。お話をくださった京都コンサートホールのプロデューサーには、自分が学生のころから気にかけていただいており、7年前の初出演のコンサートもお声がけいただきました。そしてそれから7年ほど経って、また呼んでいただけたことが、まずとても嬉しかったです。演奏家にとって、一度きりではなく再び呼んでいただけるというのは、「また聴きたい」と思っていただけたのかなと感じられる瞬間で、特別な喜びがあります。

さらに今回は、キアロスクーロ・カルテットという世界最高峰のカルテットとご一緒できる機会をいただけました。ピアニストは、ある意味ひとりでも完結できる存在です。でも、アンサンブルをすると一気に世界が広がり、自分ひとりでは見えなかった音楽の景色に出会えるんです。今回の共演でも、きっと新しい発見があると思っています。

――今回の共演に向けて、どのような思いをお持ちですか?

キアロスクーロ・カルテット

世界には素晴らしい音楽家がたくさんいます。今回共演させていただくキアロスクーロ・カルテットのメンバーも、普段からヨーロッパで非常に高いレベルの音楽家たちと交流し、演奏されています。だからこそ、キアロスクーロ・カルテットの皆さんが、私との共演を楽しんでくださるかどうかは、自分自身にかかっていると思っています。それは同時に、自分にとって大きな刺激であり、エネルギーにもなります。

そして、お客様に「この演奏会は素晴らしかった」と感じていただくためにも、どんなレベルのアーティストとでも音楽を共有できる、柔軟性のある演奏家でありたいです。そんな思いに、自然と背筋が伸びるような感覚があります。そういった思いに加えて、今回古楽器で皆さんと共演するということは、作品の核により近づきたいという思いを皆で共有することでもありますので、アンサンブルを通じてその思いを分かち合うことがやはり楽しみです。

――聴きどころはどのようなところでしょうか?

まず、室内楽作品をフォルテピアノで演奏することは、モダンピアノとはまったく違う世界を生み出すと思っています。私は20歳でフォルテピアノに初めて触れて、「ピアノは弦楽器なんだ」とようやく身をもって感じるようになりました。それまではピアノを鍵盤楽器としてしか捉えていなかったのですが、ピアノは「鍵盤のついた弦楽器」であって、ヴァイオリンやチェロと同じように、弦を震わせて音を出している存在だと感じられるようになりました。「鍵盤楽器奏者」ではなく「弦楽器奏者」としてピアノに向かえるようになったことで、ピアノという楽器の持つ「弦の語り」の部分に大きく意識が向くようになり、ピアノの多様な可能性や表現の幅をフォルテピアノを通じて感じるようになりました。

キアロスクーロ・カルテットとの共演では、「ピアノ 対 弦楽器」ではなく、「弦楽器同士」の対話であるという感覚を大切にしたいと思っています。特にシューマンの《ピアノ五重奏曲》は、その対話が非常に豊かに現れる作品です。

――シューマンの音楽について、どのように捉えていますか?

実はシューマンの《ピアノ五重奏曲》は今回、初めて演奏します。とても素晴らしい曲なので、今から楽しみでなりません。

この作品はシューマン独特の世界観が非常に凝縮された曲だと思います。シューマンの音楽は、現実から少し離れた世界へと踏み出しているような、夢想といった言葉だけでは収まりきらない、もっと複雑で、時に歪みや陰影を含んだ感じがします。そこにはとても美しく幸せなものもあるのですが、一方で不安や恐さのようなものも併せ持っている。それこそが、シューマンの音楽の大きな魅力だと思います。

また昔、ショパンとシューマンを同時並行で練習していた時に、明らかに脳みそが切り替わる感覚を感じたことがありました。私がその時大きく感じたことの一つは、自己愛にも近いショパンの内向きな愛のベクトルに対し、シューマンは(ショパンに比較して)愛のベクトルが外に大きく開けているということです。もちろんその時練習していた曲による印象ではありますが、その時からシューマンの音楽が持つ温かな愛に不思議な引力を感じています。

――今回1841年製のエラールを選んだ理由を教えてください。

1841年 エラール社製 フォルテピアノ(タカギクラヴィア所有)

1841年製のエラールは、ダブル・エスケープメント(鍵盤が完全に戻る前に次の音を鳴らせる仕組み)でモダンピアノに少し近づいたハンマーアクションのため、ピアニッシモでの細かい指の動きが比較的作りやすいです。今回の《ピアノ五重奏曲》には弱音での躍動感のあるスタッカートも出てきますが、キアロスクーロ・カルテットの皆さんがどんなに繊細な表現をしても、それに応えたいとの思いがあって、色々悩んだ末にエラールに決めました。

そしてシューマンの《ピアノ五重奏曲》が1842年に作曲されたので、作品が生まれた時代に思いを馳せたいと思います。また、この作品はロベルト・シューマンの妻で大ピアニストだったクララ・シューマンに捧げられていますが、彼女はエラールの楽器も弾いていたと考えられるので、ロベルトももちろんエラールの楽器にも慣れ親しんでいたでしょう

――最後に、京都のお客様へメッセージをお願いします。

私は京都という街が本当に大好きです。歴史があり、街を歩いたり、食事をしているだけでも五感が刺激されます。それはやはり、深い歴史を持ちながら、その歴史を大切に受け継いでいる街だからだと思います。

最近は気が付いたら一日の多くをスマートフォンを見てしまっていたという、どこかロボットのような時間の過ごし方になってしまうこともあると思います。そんな現代だからこそ、18世紀や19世紀の音楽、そしてフォルテピアノに触れることは、人間がもっと人間らしく生きていた感覚を思い出すことができるような(現代の視点において)非日常だと感じています。フォルテピアノを演奏するということは、ある意味で当時の人々の感性に立ち返る時間でもあります。そしてその音楽を、古くからの歴史と文化を大切にしている京都という街で、皆さんと共有できることを、とても嬉しく思っています。

――ありがとうございました。キアロスクーロ・カルテットとの共演を楽しみにしています!

(2026年5月 兵庫にて 事業企画課インタビュー)

★「キアロスクーロ・カルテット特別公演――フォルテピアノ奏者 川口成彦を迎えて」の詳細はこちら

第3期登録アーティスト 福田優花(ピアノ)インタビュー<後半> (2026.3.7 Join us(ジョイ・ナス)!~キョウト・ミュージック・アウトリーチ~「最終年度リサイタル」)

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インタビュー

2024年度から2年間、京都コンサートホール第3期登録アーティストとして活動してきた、ピアニストの福田優花さん。後半では登録アーティストとしての活動の集大成となる「最終年度リサイタル」について話を伺いました。

※インタビュー前半は「こちら」よりご覧いただけます。

――最終年度リサイタルのテーマは「音楽で語られる愛」ですが、今回のプログラミングの意図を教えてください。

2年間アウトリーチでやってきたこと、伝えたいと思ったことを実際にリサイタルでも表現したいと思い、このプログラムを組みました。アウトリーチで伝えたかったことは、1年目も2年目も変わらず「自分の経験と音楽を重ね合わせて、音楽を楽しんでほしい」ということです。アウトリーチの対象は小学生が多かったのですが、リサイタルは客層が広がります。より多くの方、そしてその方々の人生に普遍的に重なるものは何だろうと考えたとき、その答えが「愛」でした。「愛」といっても様々な形があると思います。恋人への愛、家族への愛、友人への愛、ペットへの愛…。みなさんそれぞれの心に宿る愛を、ご自身の経験や気持ちと重ねながら聴いてもらえたら嬉しいです。

――今回演奏する5曲について教えてください。

はじめに演奏するドビュッシーの《亜麻色の髪の乙女》は、みなさんよくご存じの曲だと思いますが、原曲は片思いを表現した詩をもとに作られた歌曲で、後にピアノ独奏用に編曲されました。

ベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ第31番》は後期の作品で、彼の人生観が表れている曲だと思います。ベートーヴェンのピアノ・ソナタは全て誰かに献呈されているのですが、この31番だけは誰にも献呈されていません。理由は諸説ありますが、私は、ベートーヴェンは大切な女性(ブレンターノ夫人)に献呈するつもりで作曲したが、結局は献呈せずに終わってしまったのではないかと想像しています。この作品にはベートーヴェンの秘められた恋情を感じます。またこの作品は、晩年のベートーヴェンに共通する、苦しさから幸福・歓喜へとつながっていく精神的なメッセージが込められているようにも思います。私自身、この曲を演奏すると、「人生は悲しいこと苦しいこともあるが、いいものなんだ」という、人類愛のようなものを感じます。

前半の最後に演奏するのは、アルゼンチンの作曲家ヒナステラの《3つの舞曲》です。2曲目が愛の悲しみを歌っているような感じがします。

リストの《バラード第2番》はギリシャ神話の『ヘロとレアンドロス』という悲劇に基づいた曲です。青年ヘロが恋するレアンドロスに会うために毎夜海を渡るのですが、ある晩、嵐が来て溺れ死んでしまうといった話です。悲恋の話なのですが、リストの曲は最後が盛り上がって終わるんですね。リストが神話からどのような結末・愛を描いたか、想像しながら聴いていただけたらと思います。

最後に演奏するのはシューマンの初期の作品《ピアノ・ソナタ第3番》です。全楽章を通じて、シューマンが後に結婚する「クララの動機」と呼ばれる音型が出てきます。この作品を書いた当時、シューマンはクララの父親に交際を反対されていたのですが、反対されてもなお、クララへの強い気持ちが感じられる、愛で包まれた曲です。

――考え抜かれたプログラムですね。とても楽しみです。

みなさんの大切な方のことを思い浮かべ、ご自身の気持ちと重ねながら聴いていただけたら嬉しいです。その一方で音楽的な背景を知っていただくと、より深く音楽を感じていただけるのではないかとも思います。音楽的なことは当日配布するプログラムに解説を書きますので、そちらとあわせて楽しんでいただけたら嬉しいです。

――プログラミングで工夫した点はありますか。

何かひとつでも聴き手の気持ち・経験と重なればと思い、様々な愛に繋がる作品を選曲しました。また、冒頭に演奏する《亜麻色の髪の乙女》はよく知られた曲ですので、「これから2時間のコンサートが始まる…」という緊張感をほぐすという意味で、リラックスしてお聴きいただけるのではないかと思い、1曲目に選びました。また、ヒナステラの作品は他の曲と比べて、雰囲気・曲調がガラッと変わります。アウトリーチの時も感じたのですが、身体を使った曲やリズミカルな曲は人の本能に響きます。楽しい気持ちになっていただき、前半を終えたいとの狙いでプログラミングしました。

――リサイタルのプログラムは、アウトリーチの構成と似ていますね。

そうなんです!気づいていただけて嬉しいです。はじめは聴きなじみのある曲で親近感を持っていただき、真ん中にリズミカルな曲を入れて身体で音楽を感じてもらう、そして後半は音楽をご自身の経験や気持ちと重ねて聴いていただくという、徐々に内面にアプローチしていく構成です。この最終年度リサイタルはアウトリーチの集大成ですので、アウトリーチの構成を踏襲して、アウトリーチの経験を活かしたプログラムを組みました。

――今回のプログラムで思い入れのある曲はありますか。

ブルーノ・リグット先生とフランスにて

最初と最後の曲です。私がフランスへ留学することになったきっかけは、ドビュッシーの作品でした。大学を卒業した2019年の春に受講した講習会(京都フランス音楽アカデミー)で、ドビュッシーの《前奏曲集》から何曲か演奏しました。その時に「とても素敵に弾けているよ」と言葉をかけてくださったのが、後にフランスで師事することになったブルーノ・リグット先生でした。ですので、ドビュッシーの《前奏曲集》は私にとって、ターニングポイントともいえる作品です。

シューマンの《ピアノ・ソナタ第3番》はフランス留学時に初めて取り組んだ曲です。リグット先生がシューマンとショパンを得意にされていましたので、せっかくなら先生とシューマンかショパンの大曲を学びたいと思いました。エコール・ノルマル音楽院の卒業試験でも演奏しました。とても満足いく演奏ができ、先生も私の演奏を聴いてとても喜んでくれました。私はフランスに2年留学しましたが、どちらかというと留学期間としては短い方だったと思います。それでも先生は「君と勉強ができてすごく嬉しかった。これからもっともっと素晴らしい演奏家になってほしい」と、この作品を演奏し終えたときにおっしゃってくださいました。私にとっては想いの詰まった大切な曲ですので、みなさんにも聴いていただき、そして喜んでいただきたいと願い、選曲しました。

――最終年度リサイタルは、京都コンサートホールの登録アーティストとしての集大成であるとともに、次のステージへの第一歩でもあります。これから先、演奏家としてチャレンジしてみたいことはありますか。

まだまだ演奏家としては未熟ですので、様々なことにチャレンジしていきたいと思っていますし、アウトリーチ活動もできる限り続けていきたいです。具体的には、アウトリーチのように聴き手と密にコミュニケーションが取れるようなコンサートをしてみたいです。大きなホールで演奏できるのはとても嬉しいのですが、聴き手のみなさんの表情が見えるくらいのサロンのような空間でお客さんと言葉を交わし、感じたことを共有しながら創り上げていくコンサートができたら素敵だなと思うようになりました。

――アウトリーチ活動を通じて様々な人と音楽を共有する時間が増え、もっとたくさんの方に自分の演奏を聴いてもらいたいという気持ちが生まれてきたのですね。

そうですね。でも、自分が一方的に弾いて演奏を聴いてもらうというよりは、聴いてくださった方と感想を共有したり、聴き手の想いをもっと感じたいという気持ちが大きくなりました。アウトリーチ活動を続ける中で、「人によってこんなにも感じることって違うんだ」と、視野が広まりました。思いもよらないような感想が出ることもあり、たくさんの気づきをもらえました。

――今後の活動予定について教えてください。

人前で演奏することはもちろんですが、指導者としてピアノを教えたり、共演者として大学で伴奏員をしたり、時にはコンクールの審査員をしたりと、音楽家として様々な活動を行っていきます。

なかでも、演奏家と指導者としての活動は両立していきたいと思っています。演奏家として知識や経験を積みつつ、それを指導者として伝えていきたいです。ピアニストとして、そして指導者として、常に成長し続けられる人でありたいです。

――音楽家としての目標はありますか。

大学生の頃、恩師の福井尚子先生と

 小学生から高校生まで師事していた福井尚子先生から言われた「あなたはピアノを弾くことで、これまで脈々と受け継がれてきた西洋音楽の礎の一部にならなければならない」という言葉がずっと私の心に残っており、そのような音楽家になりたいと常に思っています。この言葉をかけられたのは小学生の頃です。小学生にとってはとても難しい言葉ですよね。でも、私を一人の音楽家として扱ってくれたような感じがして、子供ながらに嬉しかったことを、今でも覚えています。

――最後に、みなさまへメッセージをお願いします。

2年間の活動の集大成として、そしてみなさまへの感謝を込めて準備をしてきた最終年度リサイタルです。ぜひ多くの方に演奏をお聴きいただけたら嬉しいです。そしてご来場くださったみなさまと素敵な音楽の時間を共有できたら、音楽家として幸せに思います。

――ありがとうございました。最終年度リサイタル、楽しみにしています。そしてこれからのピアニストとしての活動を応援しています!

(2025年12月 京都コンサートホール事業企画課インタビュー)

♪3月7日(土)開催「最終年度リサイタル Vol.1 福田優花 ピアノ・リサイタル」の詳細はこちら!

第3期登録アーティスト 福田優花(ピアノ)インタビュー<前半>(2026.3.7 Join us(ジョイ・ナス)!~キョウト・ミュージック・アウトリーチ~「最終年度リサイタル」)

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インタビュー

2024年度から2年間、京都コンサートホール第3期登録アーティストとして活動してきた、ピアニストの福田優花さん。2024年度は市内の小学校、2年目となる2025年度は小学校に加え、幼稚園や支援施設にも伺い、クラシック音楽を届けてきました。

2025年12月、登録アーティストとして全21回のアウトリーチを終えた福田さんに、2年間の振り返りと、活動の集大成となる「最終年度リサイタル」について話を伺いましたので、前半・後半に分けてお届けします。

前半では、2年間のアウトリーチ活動について、語っていただきました。

――2年間のアウトリーチ活動が終わりましたが、今の率直な気持ちを教えてください。

「楽しかった」の一言です。京都コンサートホールのアウトリーチ事業をきっかけに初めてアウトリーチというものに携わりました。はじめの研修で、アウトリーチについて座学で学んだものの、「本当にできるのだろうか・・・」と不安な気持ちで私の活動はスタートしました。でも、ホールのスタッフのみなさんとチームを組ませていただき、支えていただいたおかげで、心から楽しみながら活動できました。

――アウトリーチ活動を始める前、アウトリーチに対してどのような印象がありましたか。

研修時の様子

登録アーティストのオーディションを受けた時はアウトリーチの概要くらいしか知りませんでしたが、「楽しそう」という印象はありましたね。小学校や福祉施設に行き、ピアノを弾いて話をするといった、いわゆるトークコンサートのような、もう少し親しみやすいイメージを抱いていました。

オーディションの2次選考で、実際に小学4年生向けのプログラムを15分程実演するという課題があったのですが、今思い返すと、ピアノを弾いている時間がとても長く、話はしているものの一方的だったと思います。

研修を経て活動を重ねる中で、試行錯誤しながらプログラムを練り直したり、ホールのスタッフのみなさんや講師の方に相談しアドバイスをいただいたりしながら、いろいろな経験を積んで、やっと「私がやりたいアウトリーチってこういうものかな」というのが感覚的に分かるようになってきました。

――1年前のインタビューで、アウトリーチを始めたきっかけは、故 福井尚子先生からの勧めだったと伺いました。(1年前のインタビューはこちらをご覧ください。)

そうですね。ただ、もしかしたら「アウトリーチ活動をしてみたら」というよりは、「京都に貢献する演奏家になりたいのであれば、京都コンサートホールのアウトリーチ活動に参加してみては?」といった考えで勧めてくださったのかもしれないと、今は思っています。

第1期登録アーティストの募集チラシを見た時、「こんなことをするんだ」「楽しそうだな、やってみたいな」という気持ちはありましたが、当時は学生でしたのですぐに挑戦することはできませんでした。その後、大学院を卒業し2年間のフランス留学を終え帰国したタイミングで、第3期登録アーティストの募集がありました。しかも対象がピアノでしたので、タイミング的にも恵まれていましたね。私の中で「アウトリーチ活動をやってみたい」という気持ちが変わらずあったので、オーディションを受けました。

 

――2年間のアウトリーチ活動で思い出に残っていること・印象深かったことを教えてください。

初めはとにかく、曲のこと・ピアノのことをいろいろ説明していました。クラシック音楽に慣れ親しんでいる人であれば、曲名を聞いていろいろ想像できるかもしれませんが、日ごろクラシック音楽を聴かない方の場合は、説明がないと分かりづらいだろうと勝手に思い込んでいたのです。

でも、アウトリーチで出会った子どもたちは、大人もびっくりするくらいの想像力を持っていました。ただ単に音楽を聴くだけでなく、聴いた音楽から作曲家の想いや情景を想像できる力です。しかもそれは感覚的なものだけでなく、「始めと終わりに同じ旋律が出てきた」「音がだんだん大きくなっていた」「音が下がっていったから悲しい感じがした」など、いわゆる楽曲分析的なことを自然にしながら聴いていたんですね。そのように楽しみながら音楽を聴いてほしいと思っていましたので、このような場面に出会えた時は嬉しかったです。

――アウトリーチ活動の中で、常に意識していたことはありますか。

話をする際、常に聴き手の表情を見るように心がけました。また、必ず目を合わせ、自分に話しかけてもらっていると感じてもらえるよう意識しました。

――確かに、福田さんは子どもたちと話をするときに、子どもたちの輪の中に入っていって、姿勢を低くして話しかけていましたね。

何も考えずに自然とそうなっていましたね。初回のアウトリーチの時、相手が小さいので見下ろす形だと話しづらいのではないかと思い、しゃがんで私から見上げる形にしてみたら、スタッフさんから「すごい良かった!」と言ってもらえて。私自身もその方がコミュニケーションがとりやすかったので、それからは常にそうやってコミュニケーションを取るようにしました。

――プログラムで工夫した点・意識した点はありますか。

私がアウトリーチを行ったのは小学校が多かったため、参加型のアクティビティ(一緒に歌ったり、身体を動かしたり、クイズなど)をいくつかプログラムに取り入れました。私の演奏と話を聴いてもらうという一方通行のコミュニケーションではなく、一緒に楽しむアトラクションのようなイメージを持つようにしました。「一緒に」「参加しながら」「みんなで」といったことをいつも意識していましたね。

――福田さんがアウトリーチで一番伝えたかったことは何ですか。

「自分の経験と音楽を重ね合わせて、音楽を楽しんでほしい」ということです。これは1年目から変わっていません。日頃クラシック音楽に馴染みのない方にとっては、クラシック音楽=堅苦しいという印象がどうしてもあるかと思います。そのような中で、少しでも「クラシック音楽っていいな」「もっと聴いてみたいな」と思っていただくには、自分の経験と重ねながら聴いていただくことが一番だと考えました。少しだけ曲の背景や作曲家について説明をしつつ、あとは自由に想像しながら聴いてもらう。そこで何か、自分の経験や気持ちと重なる「共感」があれば、クラシック音楽を好きになってもらえると思っています。

――福田さんは活動1年目と2年目でプログラムの構成は変えていませんね。前半は視覚的・身体的に音楽を楽しみ、後半は音楽を聴いて情景や気持ちを想像する。伝えたいことが明確だったからだと思いますが、このプログラムに至った経緯を教えてください。

最初の研修で、講師の児玉真先生から「アウトリーチは聴き手のためにするもの。アウトリーチを通して、音楽が聴き手の心を豊かにしたり何らかの人生の助けになったりする。その一方で、演奏家にとっても何かメリットがなければいけない。一方的な奉仕ではなく、Win-Winの形であることが望ましい。そう考えたとき、あなたがアウトリーチで伝えたいことは何ですか」と問われました。

当時の私にとっては結構斬新というか、ハッとさせられました。綺麗ごとかもしれませんが、私がピアニストとして演奏するとき、「お客様に楽しんでいただきたい、聴いてよかったなと感じていただける演奏会にしたい」と思っていますが、演奏家にとってのメリットについては、少なくとも私自身は考えたことがありませんでした。

私にとってのメリットは何だろう…と考えたとき、一番に思い浮かんだことは、私の演奏をきっかけに「聴き手に音楽を好きになってもらえること」「聴き手の人生において、音楽が何かしらの役に立つこと」でした。そして「Join us!~キョウト・ミュージック・アウトリーチ」は京都コンサートホールの事業ですので、ホールの想い・目的も大切にしたいと思いました。この事業の目的は「さまざまな理由でホールに来館できない方、クラシック音楽に接する機会の少ない方などに、クラシック音楽の喜びや楽しさを生演奏として届ける」ことです。その点においては、私の想いとホールの想いは一致していましたので、「 “クラシック音楽は面白いものだよ” と感じていただけるプログラムを組み立てよう!」となりました。

プログラムを組み立てるうえで、一緒に歌ったり身体を動かしたり、クイズを用いて知識を増やしていくことが楽しいのはもちろんですが、それを超えて「音楽を聴いて自由に想像する楽しさ」まで到達してもらいたいと思いました。ですので、まずは親しみのある曲でピアノとの距離を縮め、リズミカルな音楽を使って身体で音楽を体感してもらいつつ、最後は音楽で描かれた情景や作曲家の気持ちを想像するといった、徐々に内面にアプローチしていけるようなプログラム構成にしました。

――活動の中で、京都コンサートホールの登録アーティストでよかったと感じることはありましたか。

2025年3月ジョイントコンサートの様子

まず、ホールのスタッフのみなさんのサポートがとても心強かったです。ピアニストはどうしても1人で活動することが多いですが、常に支えてくださりチームとして活動している感覚でした。また年1回、1年目のジョイント・リサイタル、そして2年目の最終年度リサイタルと、ホールでの演奏機会をいただけることは、ピアニストとして大変貴重です。私自身、小さなころからコンクールや高校の定期演奏会など、何度も京都コンサートホールの舞台立っていますが、どれも思い出深い、そして私にとってはターニングポイントとなるような本番ばかりですね。

そして何よりも嬉しいのは、アウトリーチで京都の子どもたちに会えること、京都の施設で演奏できることです。自分の出身地で音楽活動ができることは音楽家として何よりの幸せですし、登録アーティストであるからこそできることでもあります。アウトリーチのたびに、京都コンサートホールの登録アーティストに選んでいただけてよかったと感じています。

――アウトリーチを終えて、福田さんが得たものを教えてください。

アウトリーチ先の学校にて

演奏家として宝物のような経験をたくさん積ませていただきました。また、留学を終えてこれからピアニストとして歩んでいくうえで何を伝えたいのか、自分自身と向き合う時間ともなりました。

音楽を通じてたくさんの方に出会い、思いを通わせ合うことができました。一般的なコンサートではアウトリーチのような距離感でお客様とコミュニケーションを取ることは難しいです。もちろんコンサートでも言葉(お話)がないだけで、その瞬間に聴き手が感じていることが言葉にならずとも発せられていると感じてはいましたが、そういったことをアウトリーチを通してはっきりと実感することができました。アウトリーチを経験しなければ得られなかったものであり、何よりそれがアウトリーチの楽しさでもありました。

――ありがとうございました。あっという間の2年間でしたが、とても充実した2年間でしたね。後半では、活動の集大成となる「最終年度リサイタル」について話を伺いました。後半もどうぞお楽しみに!

(2025年12月 京都コンサートホール事業企画課インタビュー)

♪3月7日(土)開催「最終年度リサイタル Vol.1 福田優花 ピアノ・リサイタル」の詳細はこちら!

オルガニスト イヴ・レヒシュタイナー インタビュー(2026.2.28 オムロン パイプオルガン コンサートシリーズVol.77「世界のオルガニスト“イヴ・レヒシュタイナー”」)

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インタビュー

 

京都コンサートホールが誇る国内最大級のパイプオルガンをお楽しみいただける人気シリーズ「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズ」。2026年2月28日に開催するVol.77は、スイス出身のオルガニスト イヴ・レヒシュタイナー氏にご出演いただきます。

フランスを拠点に活躍するレヒシュタイナー氏に、オルガンの魅力や今回のプログラムに関すること、そして最近の活動についてなど、メールインタビューを行いました。

———レヒシュタイナーさんはオルガンのオリジナル作品だけでなく、自らオーケストラ作品をオルガン版に編曲したり、ロック音楽を演奏したり、コンテンポラリーダンスと共演したりと多彩な活動をされていますね。従来のオルガニストの域を超えた様々な活動の中で感じる、オルガンの魅力を教えてください。

私は、オルガンがとても多彩であると同時に、楽器ごとにまったく異なる個性を持っているところが魅力だと感じています。どのオルガンも独自の音の世界を持つため、演奏のたびに、その楽器を一から理解し、音楽を形づくっていくことが求められます。時には、最初に弾いたとき好きになれないオルガンもあります。しかしそれでも、本番に向けてその楽器と向き合い続け、音楽をつくり込んでいく必要があるのです。たいていの場合、そのオルガンの良さが後から見えてきて、たとえ最高の楽器でなくても、結果的に良い演奏をお届けできることが多いです。

―――今回のコンサートでは、オルガンのオリジナル作品であるフランクの《交響的大曲》のほか、自らの編曲でシューベルトの弦楽四重奏《死と乙女》より第2楽章、そしてベルリオーズの管弦楽作品《幻想交響曲》を演奏していただきます。このプログラムのテーマ、そして選曲理由を教えてください。

今回のプログラムは、フランスの交響的伝統に敬意を込めてつくったものです。

私はベルリオーズの《幻想交響曲》をオルガン用に編曲しましたが、それはこの作品がフランス・ロマン派を象徴する作品だと考えたからです。

京都でのリサイタルでは、この作品と鏡のように呼応するフランクの《交響的大曲》を加えることにしました。というのも、この曲が純粋なオルガン作品でありながら、まるでオーケストラ作品であるかのように書かれているからです。フランクは、可能な限りオーケストラを模倣しています。音を響かせている途中で新しい音色を加えるという、当時としては新しい手法を用い、まるで管楽器セクションが途中から演奏に加わるような効果を生み出しています。

シューベルトの作品(「死と乙女」より第2楽章)は、フランク作品とうまく響き合います。オルガンで演奏することにより、この曲をよりオルガン的・オーケストラ的な観点から聴いていただくことができます。

―――レヒシュタイナーさんが編曲されたオルガン版の《幻想交響曲》は、日本では2021年にミューザ川崎のコンサートで取り上げられ、話題になりました。オーケストラの大作をオルガン1台で演奏するなんて、誰も想像しなかったと思います。どうしてこの作品を編曲しようと思われたのでしょうか。また、オルガン編曲版ならではの魅力を教えてください。

このアイデアは、トゥールーズのノートルダム・ド・ラ・ダルバード教会の1888年製ピュジェ・オルガンを、修復直後に初めて聴いたときに生まれました。そのオルガンが持つ、まるでオーケストラのように多彩な響きを生み出せる能力に強く刺激を受け、私はその魅力を記録に残そうと初めてのレコーディングを行いました。そのレコーディングで私は、フランスの交響的伝統を描き出したいと思ったのです。

どのような編曲作品であっても、原曲が持つ音楽的な要素をいくつか失います。しかし同時に、編曲を通して音楽が簡略化されることにより、作品の別の側面が明らかになることもあります。

オルガニストとして《幻想交響曲》を演奏していると、ベルリオーズの旋律と和声の素晴らしさのおかげで、毎回まるで驚きに満ちた音楽の旅をしているかのように感じます。これは、ものすごい持久力が要求される挑戦です。最後には、自分の手と足からまるでフルオーケストラを生み出したように感じられて、ちょっとした誇りさえ覚えます。

―――オーケストラの作品をオルガンで演奏するには、より多彩な音色が求められますね。レヒシュタイナーさんはレジストレーション(音作り)へのこだわりはありますか。どのようなことを考えながら、音色を作っていくのでしょうか。

スイス・ジュネーブのヴィクトリアホールにて

私が編曲をする時、特定のオルガンのスタイルを念頭に置いておこないます。ベルリオーズの場合、19世紀後半のフランス製のオルガンが私の基準としてありました。

実際に演奏するオルガンはそれぞれ音色が異なり、私が基準としたオルガンに近いものもあれば、そうではないものもあります。作品のスタイルに合う範囲で、そのオルガンの音色をどれだけ幅広く引き出せるかが重要です。

京都コンサートホールのオルガンのストップの中には、公演当日使われないものもあるかもしれません。フランスのシンフォニックな響きとは合わない音色のものもあるからです。しかしながら同時に、思いがけない音色の組み合わせが見つかり、それが驚くほど興味深い響きを生むこともあります。それこそが「生のコンサート」ならではの魅力です。つまり、その楽器を深く理解し、その可能性を最大限に引き出そうとすることがコンサートの醍醐味なのです。

——最近はどのような活動を行われていますか。今取り組んでいる作品や興味のあるもの、今後挑戦してみたいことなどを教えてください。

演奏家として、私はいつも「聴衆に新しい音楽体験を届けること」に関心があります。その考えに基づき、2025年7月にハンブルクで「Hymn to Remembrance(追憶への讃歌)」というプログラムを創作しました。これは、異なるスタイルの非常に対照的な作品を、即興でつないだり、唐突に切り替えたりしながら60分間ノンストップで演奏するというものです。

一見すると、選んだ作曲家や作品の組み合わせは奇妙に見えるかもしれません(バッハ、ピアソラ、メシアン、キース・ジャレット、ドリーム・シアター)。しかし、このプログラムには一つの明確なコンセプトがあり、それぞれの作品が生み出す感情が物語のようにつながるよう、流れを考えて配置しています。会場の反応はとても温かく、演奏者と聴衆のあいだに豊かな感情が生まれ、特別な体験となりました。

移動式オルガン「Explorateur」(レヒシュタイナー氏のFacebookより)

自宅では、私が自ら設計した移動式オルガン「 Explorateur」の音楽的な可能性を探っています。この楽器は、各パイプの風圧を個別にコントロールできる仕組みを持っており、これまで経験したことのないほど多彩な表現を生み出してくれます。この楽器を使ってどんな新しい音楽をつくることができるのか、どんなプロジェクトに取り組めるのか、もっと時間をかけて探っていく必要があると感じています。自分のオルガンを携えて旅をし、そのたび新しい場所に自分で楽器を設置して演奏するという経験は、私にとって非常に新鮮で、そして非常にチャレンジングなものです。

トニー・デカップによって製作された移動可能なモジュール式オルガン。レヒシュタイナー氏も考案に関わった。

―――最後に、京都のお客様へメッセージをお願いいたします。

京都に伺い、コンサートホールとそのオルガンを楽しみ、私の演奏を聴きに来てくださる皆さまと一緒にひとときを過ごせることを、とても楽しみにしています。どのコンサートも一期一会で、混乱や暴力、不安が渦巻く世界の中で出会える、特別な時間です。私は自分のささやかな才能を使って、聴衆の方々の心を満たし、音楽で心を養っていただけるような感動をお届けしたいと思っています。

―――ありがとうございました。京都でレヒシュタイナーさんの演奏をお聴きできることがますます楽しみになりました!

(2025年12月 メールインタビューにて 京都コンサートホール事業企画課)

♪ 2月28日(土)開催「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズVol.77 世界のオルガニスト“イヴ・レヒシュタイナー”」の詳細はこちら!

オルガニスト 松居直美 インタビュー<後編>(2025.11.1 オムロン パイプオルガン コンサートシリーズVol.76「松居直美 presents “J.S.バッハに至る道”」)

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インタビュー

京都コンサートホールが誇る国内最大級のパイプオルガンをお楽しみいただける人気シリーズ「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズ」。11月1日に開催するVol.76にご出演いただく松居直美さんのインタビュー後編をお届けします。

前編はこちら

――前編では、オルガンとの出会いや留学時代のお話をお伺いしました。留学から戻ってきてオルガニストとしての道を歩まれ始めましたが、当時の日本では松居さんがオルガニストの先駆け的な存在だったのでしょうか?

先に述べたように、私が留学から帰ってくるまでは、ホールにあるような大きなオルガンはNHKホールにしかありませんでした。もちろん私よりももっと前にオルガンを勉強している先輩はたくさんいらっしゃいますが、活動の場がなく、ホールにオルガンもありませんでしたので、自分が卒業した学校の先生になったり、教会でオルガンを弾いたり、あるいは留学先で教会音楽家の資格をとってそのまま海外で活動をしたりしていましたね。残念ながら当時の日本は、オルガンやオルガニストが広く知られる環境ではありませんでした。

――当時に比べ、今は全国のいくつものホールに大きなオルガンがあり、オルガンのコンサートが各地で開催されていますね。楽器としてのオルガン認知度・人気も築いていると思います。

それは各ホールの努力の賜物だと思います。ただオルガンのコンサートをするだけでなく、オルガンの仕組みをお話ししながらのレクチャー・コンサートであったり、オルガンスクールのような啓発的な意義のある取り組みもされていますよね。今、30代で頭角を現しているオルガニストというのは、コンサートホールでオルガンコンサートを聴いてオルガンを始めた方、そしてホールが行っているオルガンスクールの出身者が多いのです。その背景には、ホールの皆さんの努力があります。

――今やオルガン、そしてオルガニストは日本のクラシック音楽界にはなくてはならない存在です。これからのオルガン界に思い描く未来を教えてください。

もう少しオルガンで仕事ができるようになればいいと思いますね。私たちやその下の世代もそうなのですが、今の時代に音楽大学でオルガンを勉強したら “こんなことができる” “こんな人になれる” といった確たるものを示しきれていないように感じています。ホールオルガニストがいるホールはまだ片手くらいしかありませんし、 “オルガンを勉強したってどうにもならない” と思っている若い人は結構いるのです。ですので、オルガニストが生きていける道・活動できる場所というものがもう少しないのだろうかとは思ってはいます。何がきっかけになるかわかりませんので、身近なことでできることをやっていくしかないと思うのですが、どうしたらよいのか、まだ私には見えていません。

また、いま日本には1,000台以上のオルガンがありますが、これを維持管理していく人、そして弾いていく人が減ってしまうことも悩ましいことです。維持管理する職人も第一世代が高齢化していますので、次の世代が引き継いでくれたらと願います。

――松居さんのオルガンへの想いをお聞かせいただきありがとうございます。京都コンサートホールにもとても立派なオルガンがありますので、大切にしていきたいと思います。ところで、松居さんは京都コンサートホールのオルガンに対して、どのような印象をお持ちでしょうか?

京都コンサートホールのパイプオルガン

過去に2回ほど演奏したことがありますが、まず最初に見たときは、 “面白いな” と思いました。左右非対称に作ってありますので、見た目だけでなく、音の聴こえ方も面白くなるのです。左右対称のオルガンはどのように音が聴こえてくるのか大体決まっていますが、非対称の場合は変わってきます。また、ドイツ系とフランス系の音色が同居していますので、音の組み合わせの種類がとても多くなります。ドイツ系とフランス系それぞれの音色を使ってもよいですし、両方の音を混ぜて使うこともできます。

――今回のコンサートのタイトルは「J.S.バッハに至る道」です。スウェーリンクから始まり、北ドイツ・オルガン楽派のオルガニストたち、そしてJ.S.バッハと、バロック時代のオルガニストの系譜をたどるようなプログラムです。このプログラムの意図、そして聴きどころを教えてください。

北ドイツ・オルガン楽派からJ.S.バッハまでの時代は名曲が多く、繰り返し何度も弾いてみたいと思わせられます。スウェーリンクの《半音階的ファンタジア》は彼の代表作といえるような作品です。続くシャイデマンはスウェーリンクの弟子です。今回演奏する《アレルヤ、我らの神をほめたたえよ~H.L.ハスラーのモテットによる~》は、多声のための古い合唱曲であるモテットを鍵盤用に移したものですが、単に鍵盤用に書き移しただけでなく、いろいろな変化をつけた曲で、そこが面白いと思っています。ヴェックマンはハンブルクのヤコブ教会のオルガニストでした。ヤコブ教会のオルガンはとても巨大なのですが、《第1旋法によるプレアムブルム》はその巨大な楽器からこんな曲が生まれたのだと思わされる、私の好きな作品です。ブクステフーデは、言わずと知れた名曲ばかりですね。そして後半にはJ.S.バッハの作品を並べました。

今回のプログラムはJ.S.バッハに至るまでの作曲家を並べてはいますが、 “こことここが似ているね” など難しく捉えていただかなくてよいと思っています。それぞれが個性的で美しい曲ですので、1曲1曲楽しんで聴いていただければよいと思います。

――プログラムの後半には、偉大なるJ.S.バッハの作品が並びました。バッハの偉大さ・素晴らしさはどのようなところに感じますか。

J.S.バッハも初期から後期と作風は変化していて、若い時の作品は確かに若さを感じはしますが、作曲技法的に巧いなと思います。あまりに巧みであるし、あれだけのオルガン作品があっても曲の終わり方が全く同じ曲はないのです。たくさんの引き出しを持った人といいますか、バッハに至るまでの数々の音楽が吸収されていて、それがバッハの中で統合されて曲となって出てきていると思うのですが、1曲ずつの曲のキャラクターの違いの面白さもありますし、バッハ以上にどの作品を弾いても興味が持て、その興味が尽きることがない作曲家はいないように感じます。しばらく時間をおいて改めて演奏してみるとまた違った発見がいつもある作曲家は、バッハの他にはあまりいないような気がします。ですので、バッハの作品を理解したと思っているわけではありませんし、近づくほどに峰が高く見えるような、そんな存在です。

――やはり、オルガニストにとってバッハは特別なのでしょうか?

特別ですね。簡単な曲は習い始めて割と早くに弾かせてもらいますが、それでも改めて弾くとなると全く違う曲のような気持ちで取り組まないといけないような、終わりがないような感じです。オルガンだから感じられること・得られることがバッハの作品の場合はたくさんあると思います。バッハの作品を演奏するときは、オルガニストでよかったなと思う瞬間です。

――最後にお客さまへメッセージをお願いいたします!

今回のプログラムは、最初は割と素朴な感じのような、いま私たちが慣れ親しんでいる近代和声とは違う世界の作品から入っていきますが、どの作品も美しい曲ですので、あまり難しく考えずに楽しんで聴いていただけたら嬉しく思います。

――ありがとうございました!11月1日、京都コンサートホールのオルガンで松居さんの演奏をお聴きできることを楽しみにしています。

(2025年7月 東京にて 京都コンサートホール事業企画課インタビュー)

♪11月1日(土)開催「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズVol.76 松居直美 presents “J.S.バッハに至る道”」の詳細はこちら!

オルガニスト 松居直美 インタビュー<前編>(2025.11.1 オムロン パイプオルガン コンサートシリーズVol.76「松居直美 presents “J.S.バッハに至る道”」)

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インタビュー

京都コンサートホールが誇る国内最大級のパイプオルガンをお楽しみいただける人気シリーズ「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズ」。11月1日に開催するVol.76にご出演いただくのは、本シリーズ初登場となる日本オルガン界の第一人者 松居直美さんです。

7月中旬、教会での演奏を終えた松居さんにお話を伺いました。

――素敵な演奏をお聴かせいただきありがとうございました!11月のコンサートがますます楽しみになりました。今日は松居さんとオルガンのお話をたくさん聞かせてください。早速ですが、松居さんとオルガンとの出会いはいつですか?

私の両親はクリスチャンでしたので、幼いころから毎週日曜日は教会に通っていました。私が中学生の頃、当時通っていた教会にパイプオルガンが導入され、その時にオルガンの音色を聴いたのが出会いです。当時はピアノも習っていましたし、通っていた学校もミッション系でしたので、教会音楽は非常に身近でしたが、導入されたオルガンの披露演奏会を聴いたときに今までに聴いたことのないような音が聴こえてきたのです。オルガンは教会の2階に設置されたため、上から音が降ってくるような、そんな感覚でした。いま見ればごく一般的な楽器ですが、中学生だった私は「オルガンを弾いてみたい!」と思ったのです。

――そこからオルガンを演奏されるようになったのですか?

そうですね。教会では子どもが興味を持てばオルガンを弾かせてくれましたし、そのうち伴奏をさせてもらったり、慣れてきたら礼拝の奏楽も弾かせてもらえました。そういう点では、恵まれていたと思います。

――当時はオルガンを教えてくださる方がいたのですか?

当時は教会内にキリスト教音楽学校(現キリスト教音楽学院)があり、そこに通いオルガンを習いました。教えてくださったのは日本人の先生です。

――国立音楽大学への進学は、どのように決められたのですか?

ミッション系の一貫校に通っていたのですが、オルガンが好きで、もっとたくさんの作品を演奏してみたいと思い、音大に進学しました。周りのオルガン科の学生は牧師の娘さんや、日頃から教会に通ってオルガンを弾いているような方ばかりでした。

――大学卒業後はオルガニストになりたいと思っていましたか?

オルガニストになるというビジョンは全くなかったですね。実は一度、オルガンを辞めようと思ったことがありました。大学院を卒業してから1年くらいの時期です。オルガン科を卒業しても “何かになれる” というモデルがあったわけではありませんし、可能性も考えられませんでした。私が学生の頃はオルガンのあるコンサートホールはなかったので、ホールオルガニストという職もありませんでした。しかし、その頃たまたま誘われて行った国際基督教大学でのコンサートを聴いて、 “もう一度オルガンを演奏したい” と思ったのです。そのコンサートで演奏していたのは、東ドイツのトーマス教会のオルガニストだったハンネス・ケストナーでした。

※ハンネス・ケストナー
J.S.バッハも音楽監督を務めていた、ライプツィヒの聖トーマス教会のオルガニストであった人物。

――その演奏会を聴いて、ドイツ留学を決められたのですか?

はい。ただ迷いはありましたね。20代半ばというのはその後の人生を大きく左右する、とても大切な時期です。そのような時期にドイツに行って何年も時間を費やしてよいのかと悩みました。

ドイツの大学院では、ジグモンド・サトマリー先生のもとで3年半ほどオルガンを学びました。サトマリー先生は演奏の解釈にしても、音色の作り方にしても、私の視野をとても広げてくれた方です。古典作品だけでなく現代音楽にも取り組まれており、たくさんの方に作品を委嘱していました。現代音楽では楽譜が完成されていない(演奏しながら作り上げていく)こともありますが、その点においては不完全な楽譜から最大限のものを引き出すことができる素晴らしい方です。

※ジグモンド・サトマリー
1939年ハンガリー生まれのオルガン奏者。1970年にハンブルクのルター教会の音楽監督・オルガン奏者に就任。1978年よりフライヴルク音楽大学の教授を務める。京都コンサートホールでは1999年11月7日にリサイタルを開催している。

――ちなみに、オルガンはどのように学んでいくのでしょうか?同じ鍵盤楽器でもピアノとオルガンでは楽譜も奏法も違いますし、オルガンは音作りも自身でしなければいけない楽器ですよね。

音色に関して言えば、最初は先生が作ってくださいます。そのうち基本的な音の作り方を習いますが、オルガンひとつひとつ全く違いますので、基本的な考え方をそのまま当てはめてもどうしようもありません。留学した初めの頃は、初めて弾くオルガンの場合は先生が音色を作ってくださって、それを覚え、 “この組み合わせだとこういう音になるんだな” という経験を積み重ねていきました。楽譜や本に書いてあるものを読むだけではどうしようもありません。今でもほかのオルガニストが作った音の組み合わせを聴いて、 “ういうこともできるのだ” と思うときもありますし、これからも無限にあると思っています。奏法に関しては、まずは弾き方を習い、そして曲の解釈や演奏技術、様式などを習っていくという感じでした。

――ドイツ留学のあと、オランダにも留学されていましたよね?

ドイツ留学から戻ってきてしばらくしてから、オランダへ留学しました。オランダへは文化庁の海外特別派遣生としていきましたので期間は短かったのですが、主人がオランダに駐在していたため、日本とオランダを行き来するような生活を送りながら、オランダでも演奏活動をしていました。

――ドイツとオランダでオルガンを学ばれましたが、日本と海外ではオルガンを学ぶ環境は違いましたか?

当時、NHKホール以外に大きなオルガンはありませんでした。NHKホールは日常的に通えるような場所ではありませんし、サントリーホールができたのも私が留学から帰ってきて半年くらい後のことです。ですので、それまで私が日本で弾いてきたオルガンは小さな楽器でした。今のようにインターネットもなければYouTubeで見たり聴いたりすることもできない時代で、レコードを聴いたり本を読むくらいしか情報を得る方法はありませんでした。それが留学先ではいきなり大きくて響きのある楽器、そして石造りの教会で弾くのですから、違う楽器に出会ったような感じでしたね。

――オルガンが好きでオルガンを学ばれてきたなかで、オルガニストになろうと決心されたのはいつ頃ですか?

オルガニストになろうと思ったのは留学から帰ってきた後ですね。留学した時はオルガンが好きでオルガンが生まれた場所に行ってみたいという思いで行きましたので、海外の大学の卒業資格を取って何かになる・何かの職に就く、ということは考えられませんでした。

私が留学から帰ってきたときはちょうどバブルの時期でした。輝かしいものへの興味としてコンサートホールでオルガンを聴いてみたいという人がたくさんいるような状況で、演奏の機会もたくさんいただきました。ただ、日本はキリスト教国ではありませんし、教会も国教会のように国や人のサポートがあって存在しているわけではありませんので、日本でオルガンが楽器として人々にどのように定着していけるのかは分かりませんでした。そもそも、それまで日本のコンサートホールにはオルガンもなかったのですからね。演奏曲も今回(11/1)の公演のようなプログラムを出しても敬遠されてしまうというか、宗教的なタイトルが付いてしまうと、引かれる感じはあったように思います。ただ、ヨーロッパのような教会の縄張り争いはありませんでしたので、公共的な存在としてオルガンには別の道があるのではないかとも思っていました。

――貴重なお話をたくさんお聞かせいただきありがとうございます。インタビュー後半では、この続きや日本のオルガンにまつわるお話、そして今回のプログラムについてお話を伺いました。後編もお楽しみに!

(2025年7月 東京にて 京都コンサートホール事業企画課インタビュー)

♪11月1日(土)開催「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズVol.76 松居直美 presents “J.S.バッハに至る道”」の詳細はこちら!

作曲家 酒井健治 インタビュー(2025.11.8 ピエール・ブーレーズ生誕100年記念事業 ブーレーズへのオマージュ)

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20世紀を代表するフランスの偉大な音楽家 ピエール・ブーレーズの真髄に迫る、京都コンサートホールのオリジナル企画「ブーレーズへのオマージュ」。コンサートの翌日11月9日(日)には、ブーレーズの作品や思想への理解をさらに深めていただくため、京都市立芸術大学 堀場信吉記念ホールにてスペシャルイベント「ピアニスト永野英樹による公開マスタークラス」を開催します。

コンサート、そしてマスタークラスをより楽しんでいただくため、マスタークラスで永野氏と対談を行う、京都市立芸術大学音楽学部音楽研究科作曲専攻教授 酒井健治氏にブーレーズにまつわるお話を伺いました。

―――京都コンサートホールでは、今年生誕100年を迎えた音楽家 ピエール・ブーレーズに焦点を当てたコンサートを開催します。酒井さんがブーレーズの作品に初めて触れたのはいつですか?

ブーレーズの存在自体は以前から知っていましたが、きちんと楽譜を見て作品を聴いたのは大学3年生の時です。当時、京都市立芸術大学で作曲を教えていた前田守一先生の研修室で、楽譜を見ながら音楽を聴くといった内容のゼミがあり、その中にブーレーズの作品がありました。

―――その時のブーレーズに対する印象はどのようなものでしたか?

『どうやってこの作品を書いたのだろう?』とまず思いましたね。それまではメロディーをどのように作るか、和声をどう付けるかなど、いわゆるクラシックの作曲技法を学ぶのがほとんどでした。現代音楽の語法なんて全く詳しくなかった頃に聴いたので、 “どのようにこの音楽を作ったのか”  “なぜこれが作曲家にとって良い表現なのか”  “どういう美学・感性をもってこの作品を書いたのか” 、そういったことを考えるきっかけになったのがブーレーズでした。

―――その後もブーレーズの作品を聴く機会はありましたか?

作品を聴くことはもちろん、私自身の作風にも大きな影響を与えてくれました。特にブーレーズのオーケストラ曲のグロッケンシュピールなどのきらびやかな音響、金属の打楽器を豊富に使って余韻を作るような作風には、とても影響を受けました。

―――酒井さんは京都市立芸術大学そしてパリ国立高等音楽院を卒業された後、ブーレーズが設立したIRCAM(フランス国立音楽音響研究所)で学ばれていますが、実際にブーレーズにお会いしたことはありますか?

ブーレーズに初めて会ったのはIRCAMでした。確か2009年です。私は2007年から2009年まで研究員として2年間、IRCAMに滞在していました。当時、修了作品を制作するため施設によく寝泊まりしていたのです。確か夜の22時頃だったと思うのですが、カフェで休憩しようと飲み物を取りにエレベーターを降りたら、ブーレーズが目の前にいたのです。僕は『え?』となりましたし、ブーレーズも『え?』となっていましたね(笑)。不思議な出会い方でした。その後、私の修了作品がポンピドゥー・センターでアンサンブル・アンテルコンタンポランの演奏により初演されることになったのですが、その時にもブーレーズは聴きに来ていました。作品を聴いていただいた後に直接お話ししたのですが、ものすごく緊張していて何をしゃべったかは覚えていません。でも『よかったよ』とは言ってもらえましたね。当時、ブーレーズはかなり高齢でしたので、一緒に活動をすることはなかったのですが、ブーレーズの存在感、そしてオーラのようなものを強く感じました。

―――ちなみに、酒井さんも学ばれたIRCAMはどのような施設ですか?

総合文化施設であるポンピドゥー・センターの一部門で、電子音響の研修所です。ブーレーズが設立し、初代所長も務めています。ちょうど私が入所した年に、研究員の履修システムが1年制から2年制に変わりました。1年目に15名ほどが入所し、半年間にわたって電子音響を学び非公開で作品発表を行います。そして2年目に進むときに審査が行われ、15名から6名にメンバーが絞られます。2年目は丸々1年かけてソフトウェアをさらに深く学びます。

―――どちらかというと学びの環境・要素が強いのですね。

研究員との肩書ではありますが、実際は音響音楽に必要な知識を学ぶための施設ですね。朝の10時から夕方の5時まで毎日パソコンに向かい勉強していました。しかもそれで終わりではありません。勉強のスピードがかなり速く、そして内容も濃いため、5時まで勉強した後は1日の復習をずっとしていました。作曲活動をする時間もあまりなく、ただひたすら1年間勉強し続けるといった感じでした。

―――お話を聴いているとIRCAMはほんの一握りの人しか入れないような、かなりの狭き門ですね。若い作曲家にとっては、登竜門のような場所なのでしょうか?

若い作曲家にとって、IRCAMは自己表現を進化させる場所であると同時に、キャリア形成の場所でもあると思います。パリ国立高等音楽院で学び、IRCAMに入って、そしてローマ賞を取るというのが、フランスにおける作曲家のひとつのステップにもなっています。フランスで活躍している作曲家の多くがこの道をたどっていますね。

―――現代音楽におけるIRCAMの重要性、そしてブーレーズの功績がとてもよくわかりました。さて、酒井さんは指揮者としてのブーレーズにはどのような印象をお持ちですか?

パリに住んでいるときにブーレーズが指揮する姿を見たことがあります。作曲家としてのブーレーズと直接的な繋がりがあるかはわかりませんが、ブーレーズのリハーサルは極めて合理的なのですよね。楽譜を通してブーレーズの人柄を知ることは難しいと思うのですが、指揮者としてのブーレーズはきわめて厳格な音楽づくりをしていました。ただそれと同時に、ユーモアを忘れないという一面もあって、そういった場面に出会ったときに、『ああ、やっぱりブーレーズも人間なんだな』って思いました。僕が楽譜を通して知るブーレーズ以上に、指揮者ブーレーズは人間的だなと思います。楽譜からも論理だけでは片づけられない作曲家の顔みたいなものは見えるのですが、実際に指揮をしている姿を見ると結構インパクトがありました。

―――さて、今回の企画「ブーレーズへのオマージュ」では、関連イベントとして11月9日(日)にピアニスト 永野英樹さんのマスタークラスを開催します。マスタークラスでは、永野さんと酒井さんとの対談も予定していますが、永野さんとはご面識はありますか?

お会いしたことは数えるくらいしかありません。私の作品をアンサンブル・アンテルコンタンポランで取り上げていただいた時も、別の専属ピアニストの方が演奏されていたので、まだお仕事をご一緒したことがないのです。でも実は一度、フランスの空港でばったりお会いしたことがあり、その時は長い間話し込んだ記憶がありますね。お仕事でご一緒するのは今回のマスタークラスが初めてになりますので、今から楽しみにしています。
マスタークラスの受講者・聴講者は大学時代の自分と同じように、 “楽譜上のブーレーズは知っているけれども、人間としてのブーレーズは知らない” という方がかなり多いのではないかと思います。そういった方たちに、ブーレーズの素顔が垣間見られるようなエピソードを永野さんからお聞きしたいなと思っています。

―――たくさんの興味深いお話をお聞かせいただきありがとうございました。作曲家としてブーレーズの影響力、偉大さを改めて感じました。マスタークラスでの対談も楽しみにしています!

(2025年8月 京都にて 事業企画課インタビュー)

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クラリネット奏者 上田希 インタビュー(2025.11.8 ピエール・ブーレーズ生誕100年記念事業 ブーレーズへのオマージュ)

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アンサンブルホールムラタ

京都コンサートホール開館30周年記念、そして作曲家ピエール・ブーレーズの生誕100年を記念して開催する「ブーレーズへのオマージュ」(11月8日)。

本公演の出演者であり、いずみシンフォニエッタ大阪やアンサンブル九条山のメンバーとして活躍するクラリネット奏者の上田希さんにインタビューを行いました。現代音楽の分野でも高い評価を得ている上田さんならではの、興味深いお話が盛りだくさんです。

―――今回の公演は、今年生誕100年を迎えた作曲家ピエール・ブーレーズに迫る、京都コンサートホールのオリジナル企画です。公演に向けて、今のお気持ちをお聞かせください。

ブーレーズ自身、「現代音楽においてクラリネットは重要な位置を占める楽器だ」と言っています。また「俊敏性や音域の広さという点において、クラリネットは多様性のある楽器であり、レパートリーも多い」ということも言っています。ブーレーズがそう捉えていた楽器を吹く者として、その思いに応えなければいけないという気持ちです。

ブーレーズほど多くの著作や映像が残っている作曲家はいません。また、自身の作曲・指揮活動に加え、アンサンブル・アンテルコンタンポランやIRCAMの創設など、人のため、音楽界のため、そして聴衆のために活動をしてきた人でもあります。 “音楽を超越したような場所にいる人物” といった印象です。だって、大統領から「施設を創ってくれ」って言われるほどの人物ですよ。すごい人ですよね!

私はブーレーズが遺したものを読んだり聴いたりしながら、11月の演奏会に向けてブーレーズのことをもっと理解していきたいと思っています。また今回、ブーレーズの薫陶を受けたピアニスト 永野英樹さんとご一緒させていただけるので、ブーレーズに関するお話をたくさん聞き、ブーレーズの作品、そしてブーレーズという音楽家について、もっと知っていけたらとも思っています。

IRCAM(イルカム)
正式名称は「Institut de Recherche et Coordination Acoustique/Musique(音響・音楽の探求と調整の研究所)」。テクノロジーや音響・音楽創造などを研究する、世界最先端の組織。1976年、ポンピドゥー大統領の庇護のもと、ポンピドゥー・センター内に設立され、ブーレーズが初代所長を務めた。

―――これまでにブーレーズの作品を演奏されたことはありますか?

《デリーヴⅠ》を何度か演奏したことがあります。今回の公演のプログラムにある《12のノタシオン》や《フルートとピアノのためのソナチネ》は割と初期の作品ですが、《デリーヴ》はもっと後の作品で、非常に簡潔に書かれています。私自身、ブーレーズの作品は “譜面を読み解き忠実に表現すればブーレーズの音楽になる” といったイメージがあります。ブーレーズの著書で「省察を続けないといけない」という言葉がよく出てくるのですが、実践の中からより良いものを見つけて、考察して、次に繋げて、と。省察し続けているからこそ、ブーレーズの楽譜は意図がはっきり伝わるのであり、その譜面に忠実に音を奏でることでブーレーズの音楽になると思っています。

―――今回演奏する《ドメーヌ》について教えてください。

実は、この作品を演奏するのは今回が初めてです。作品のことはもちろん知っていましたし、重要なレパートリーであるということも分かっていましたが、これまで演奏する機会がありませんでした。《ドメーヌ》は、一時期親交のあったジョン・ケージの ”偶然性” の考え方から発展した “管理された偶然性” の作品です。 “管理された偶然性” というのは、ケージのように全てをコインやサイコロといった不確定なものに委ねるのではなく、全てが作曲家の意図のもとに統制されたうえで、奏者自身が演奏するフレーズの順番や奏法を選択しながら演奏するものです。

―――奏者に選択の権利を与えるなんて、面白い作品ですね!すでに演奏する順番は決めているのですか?

ブーレーズとともにアンサンブル・アンテルコンタンポランで活動したミシェル・アリニョンや、《ドメーヌ》の初演者でもあるヴァルター・ブイケンスといったクラリネット奏者たちが、ブーレーズから「この順番が好きだ」と聞かされている順番の型があり、私もアリニョンのマスタークラスを受けた際にメモを書き残しています。一応、ブーレーズが好んだ演奏順を知っておきつつ、あとは自分次第かなと。ブーレーズが好んだ型にしようか、違う型にしようか、でもやっぱり今回はブーレーズへのオマージュなのでブーレーズが理想的だと思った型でやってもいいかな…と。きっと最後まで迷うと思いますね。

―――演奏順によって曲のキャラクターは変わってくるのでしょうか?

道筋が変わりはしますが、全体像としてはおそらく変わらないと思います。ブーレーズ自身、 “管理された偶然性” の作品については「楽譜全体は地図であり、どの道を通っても街全体は変わらない」と言っています。同じ街ではあるが、通った道が違うので、見えるものや見える角度が違うという感じでしょうか。演奏する側としても、次にどのフレーズが来るかはとても大切で、 “次にこれが来るならこうしておこう” とか、 “起承転結をどうしようか” とか、そういう考えは出てきますね。

―――クラリネットの作品は、モーツァルトの時代から現在までたくさんありますが、その中で《ドメーヌ》はどのような位置づけですか?

 “譜面を読み解き忠実に表現すればブーレーズの音楽になる” という点では、モーツァルトとブーレーズは近いものを感じます。もちろん作曲技法や演奏技法などは異なりますが、 “楽譜を見て楽譜通りに吹けばその作曲家の音楽になる” という種類の作品という点では同じように思っています。私自身、基本的にモーツァルトのような古い作品と、ブーレーズのような新しい作品の譜面を違う視点で見ることはありません。どの作曲家の作品も同じと言ったら変かもしれませんが、演奏すること自体は変わりありませんので、 “何をベースにしているか” そして “そのベースがどう発展していくか” ということを考えながら譜面を読むようにしています。ブーレーズの作品がこの考えに当てはまるかどうかは、もっと勉強してみないと分かりませんが、作品自体を構築されている建築物みたいな感じで、 “ここはこの部分になって” とか “ここはこれが派生してて” というふうに風に譜面を読んでいけるのではないかと思っています。

―――シェーンベルク/ウェーベルン編曲の《室内交響曲》はどんな作品でしょうか?

原曲が大編成の作品で、それをウェーベルンが五重奏に編曲しました。五重奏版では、原曲にある全ての音が入っているわけではありませんが、元の編成を踏襲した形でとてもよくできています。ピアノがたくさんのパートを担っているので音数も多く、どうしても響きが重厚で分厚くなってしますが、それに対し他の4つの楽器(フルート、クラリネット、ヴァイオリン、チェロ)がどうバランスをとっていくかが難しさの一つでもあります。また、指揮者がいれば問題なく合わせられるところも、5人の場合はアンサンブル力が試されます。大変ですがやりがいのある作品です。

―――ブーレーズとシェーンベルクの親和性はどういった点でしょうか?

ブーレーズはシェーンベルクの十二音技法**を勉強し、その後トータル・セリエリズム***に至りました。ただ単に12音をばらばらにして調性に縛られないようにするだけでなく、音の高さや和声、リズム、音量など音楽を構成するすべての要素を管理する技法です。シェーンベルクとの出会いがあったから、ブーレーズという作曲家、そして作品が生まれたとも言えると思います。

ブーレーズの《12のノタシオン》はまさしく12音を使って12小節で作って…と、とてもこだわりを感じられます。逆に言えば、そんな制約がある中で12種類の作品を作曲できることはとても凄いことだと思います。今回の公演が、この《12のノタシオン》で始まるところから、すでにシェーンベルクが感じられますよね。

また、ラヴェルもシェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》を聴いてすごく衝撃を受けて楽譜を取り寄せたらしいです。今回の公演は、ブーレーズを軸に作曲家の関係性が見える、すてきなプログラムだと思います。

**十二音技法
12の半音すべてを均等に扱う作曲技法。特定の音・調を基準としないため、無調音楽を体系的に作り出す。

***トータル・セリエリズム
十二音技法を発展させ、音の高さだけでなく、音価やリズム、音色、強弱などのあらゆる要素を組織的・論理的に管理する作曲技法。

―――ピアニストの永野さんとは、これまでにも何度か共演されていますね。

いずみシンフォニエッタや「サントリーホールサマーフェスティバル」でご一緒したことがありますが、いずれの曲も指揮者がいる作品でしたので、今回のように少人数の室内楽で共演するのは初めてです。今回のお話をいただいてから、シェーンベルクの《室内交響曲》をご一緒できることが楽しみで仕方ありません。この作品はピアノがすごく大変なのですが、永野さんがピアノを弾いてくださって、一緒に演奏できるなんて、とても幸せです!

―――今回のコンサートの聴きどころや、ブーレーズの作品の楽しみ方を教えください。

あまり構えずに、耳や心を開いて聴いていただけたら嬉しいです。感じたままに、あるがままに受け止めてもらうことが一番良いと思います。今回の会場であるアンサンブルホールムラタは、ステージと客席が一体になっている感じがして、私はとても好きなホールです。演奏家と同じ目線・同じ空間に居て、音を受け止めていただける場所だと思います。

―――興味深いお話をありがとうございました。演奏会がますます楽しみになりました!

(2025年7月 京都にて 事業企画課インタビュー)

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フルート奏者 上野由恵 インタビュー(2025.11.8 ピエール・ブーレーズ生誕100年記念事業 ブーレーズへのオマージュ)

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アンサンブルホールムラタ

今秋にお送りする、京都コンサートホールのオリジナル企画「ブーレーズへのオマージュ」(11月8日)。

本公演の出演者であるフルート奏者の上野由恵さんに、現代音楽作品との出会いから、今回演奏していただくブーレーズ作品のことなど、様々なお話を伺いました。

―――京都コンサートホール主催公演へのご出演は、2023年3月1日に開催した『KCH的クラシック音楽のススメ』第3回「東京六人組」以来となります。今回、出演依頼を受けた時、どのようなお気持ちでしたか?

ブーレーズ作品の第一人者ともいえる、憧れのピアニスト 永野英樹さんと共演できることがとても嬉しかったです。2021年に「サントリーホール サマーフェスティバル」でご一緒したのですが、本当に素晴らしくて。学べるものは学ぼうと、ずっとそばで永野さんの演奏を聴いていました。現代音楽を知り尽くした雲の上のような存在の永野さんと、今回ブーレーズの作品を一緒に演奏できるなんて、夢のようです。

京都コンサートホールでの演奏は2023年3月以来となりますが、実は京都には学生時代からよく来ていました。毎春、関西日仏学館で開催されている京都フランス音楽アカデミーに何年も参加しており、そこでレッスンをしていただいたフィリップ・ベルノルド先生との出会いは、私の転機とも言えます。また、私は数年前から京都に別宅をもっており、歴史ある文化や季節ごとの美しい自然に触れています。

今回のコンサートも、素晴らしいプログラムだと思います。京都の町自体、古いものを守りながら新しいものも取り入れている感じがしますが、京都の町と同様に、京都コンサートホールも常に、他にはない独自の企画をされている印象があります。

―――上野さんは幅広いレパートリーをお持ちで、リサイタルでも必ず現代音楽を取り入れていらっしゃいますが、現代音楽を演奏するようになったきっかけを教えてください。

最初に出会った現代音楽作品はイサン・ユンのエチュードです。高校生の時でした。初めて聴いた時に、調性などの制約がない分、人間の生々しい感情が出せる、だからこそ表現が広がるのだと、新しい発見がありました。それから現代音楽に惹かれるようになりました。2つあるデビューCDのひとつもイサン・ユンの作品集ですが、このCDを作曲家の細川俊夫先生が聴いてくださって、「これからも現代音楽を続けていった方が良い」と言ってくださいました。その言葉がきっかけで自信にもなりましたし、自分が進んでいく道を見つけることができました。

イサン・ユン(尹伊桑)
韓国生まれの作曲家。日本に留学し、その後はパリ音楽院、ベルリン芸術大学等で作曲を学んだ。1967年の東ベルリン事件で韓国へ強制送還されたが、ブーレーズをはじめとする多くの音楽家らの署名により釈放された。

―――これまで様々な現代音楽を演奏されてきましたが、その中で感じるブーレーズの音楽の特徴や魅力を教えてください。

今回演奏する《ソナチネ》は、奏法的には古典的な手法で書かれていますので、これまで取り組んできた他の現代作品とは違うものとして捉えています。フルートとピアノの作品で最も難しい曲のひとつと言われており、取り組む前は “とんでもない!” と思っていましたが、譜面を読んでいくととても緻密に書かれていることが分かり、丁寧に丁寧に読んでいけば積み上げられていくものがあると感じています。

この作品を初めて演奏したのは大学院生の頃だったと思います。国際コンクールの課題曲でした。最初はCDを聴いても、楽譜を見ても、何が何だか分からず何も音が追えない状況でした。友達に頼んで50%と75%の速度のCDを作ってもらって、それを何度も聴いてピアノパートとフルートパートを覚えました。ピアノは右手と左手が違うことをしているので、右手と左手それぞれ覚えましたね。かなりの時間をかけて取り組みました。当初は全然うまくいきませんでしたが、そのように練習を重ねていきました。

―――《フルートとピアノのためのソナチネ》が、フルートとピアノの作品で一番難しいといわれる所以は何でしょうか?

まず、ピアノが難しいです!フルートにおいては、跳躍が大きかったり、強弱の幅が広かったりと技巧的な難しさもありますが、何が一番難しいかというとアンサンブルです。ピアノがフルートの何倍もの音をかなりのスピードで弾いているなかで、縦のラインを合わせていく難しさがあります。そんな曲は他になかなかないですね。

――――聴きどころはどのような点でしょうか?

私自身もそうだったのですが、まず “難しい!” となります。でも、以前フィリップ・ベルノルド先生にこの曲のレッスンを受けた際に、冒頭で「ほら、ファンタジーの幕開けだよ」と言われ、意識が変わりました。ただ難しいというだけではなくて、ファンタジックな作品だと思って見てみると、また全然違う作品として捉えることができました。楽譜はとても緻密に書かれていますが、技巧的に難解な面だけでなく、その時・その場所で生まれる生命感や躍動感を感じながら聴いていただけると嬉しいですし、そういう演奏ができると一番理想的だと思いながら演奏しています。

ブーレーズがこの作品を作曲したのは20~21歳の頃で、ものすごく尖がっていた時代です。若さの最高潮みたいな曲です。ブーレーズ自身、ものすごく頭がよくて、いろいろなことを理解できて、その若さの爆発というか挑戦的なエネルギーも演奏の中で表現できたらいいですね。また、永野さんからブーレーズのいろいろなお話をうかがうことで印象も変わるかもしれませんので、今からリハーサルから楽しみでなりません。

――――久々の京都コンサートホールでの演奏となります。京都の皆さまへメッセージをお願いいたします。

現代美術については、街中に作品が展示されていたり有名なアーティストが多くいたりと比較的人々に受け入れられています。 “なんだろうね、よくわからないね、でも面白いね” など言いつつ、皆さんとても気軽に作品に触れている印象があります。現代音楽についてもそうなってほしいと願っています。 “調性がないと分からない” とならずに、現代美術作品と向き合うように、 “わからないけど何だか神秘的” “すごく生命力を感じる” など、難しさや理解という点ではなく、感じるがままにストレートに受け止めていただければ、きっとその良さを感じていただけると思いますし、わたしもそう信じて演奏しています。今回演奏するブーレーズの《ソナチネ》においても難しい曲というよりも、難しさのなかから出る緊迫感のような、生の音楽からしか感じられないものを、奏者と同じ空間で体験してもらえたら嬉しいです。

―――ありがとうございました!公演当日、ホールで《ソナチネ》を聴けることを楽しみにしています!

(2025年8月京都にて 京都コンサートホール事業企画課)

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